特集 : ショートショート〈1〉 瞬間のノスタルジアを物語に閉じ込める。田丸雅智さん、インタビュー。

(2016.08.31)

「ショートショート」という文学のジャンルが注目されている。昨年「ショートショート大賞」という文学賞が始まり、今年は「坊っちゃん文学賞」でも賞が新設された。ショートショートの第一人者として、この世界を牽引する田丸雅智さんに、ご自身とショートショートの魅力について聞いた。
ものをつくり出す日常から育まれた
ネイティブ・クリエイターの感性
—東大大学院工学系研究科卒ですね。創作活動もやはり理系的な思考で組み立てられているんでしょうか?

みなさん、すぐそうやってジャンル分けしたがるんですね、文系とか理系とか。でも僕は、誤解を恐れず言うならば、自分は「全部系」を目指したいと思っています。昔から、理系も文系も体育も美術もみんな好きでした。もともと何かを生みだすこと=クリエイトなことに夢中になる子どもで、小さな頃は工作が好きでしたね。学業では理系に進んだわけですが、それ以外のこともやりたいと思って書き始めたのがきっかけです。

—書き始めたのはいつ頃ですか?

最初は高校時代です。なんとなく自由に書き始めて周囲の友人に見せてみたら、いい反応だったので、ああ、こういうのを書いてもいいんだな、と思って。それからは次々に書くようになりました。

—書いてみたいと思う人は多くても、実際に書いて周囲に見せる、という一歩を踏み出すには、それなりの衝動が必要なのでは?

僕は愛媛県松山市の生まれなのですが、2人の祖父のうち1人は鉄工所を営み、もう1人は大工をやっていました。一方は鉄、もう一方は木からものをつくり出していく仕事。そして両親は教師でした。ものを生み出し、さらに、つくり出したものを人に伝えて一緒に遊ぶ。そういうことが当たり前の世界で育ってきた僕は、ちょっと格好をつけた言い方ですが「ネイティブ・スピーカー」や「デジタル・ネイティブ」ならぬ、いわば「ネイティブ・クリエイター」なのではないかなと思います。当然のこととして、ものをクリエイトする。雑貨なども作りますし、自分で何かを新しく生み出すことが好きなんです。

—田丸さんの作品には、ある瞬間を懐かしく愛おしんでいるような、年齢を重ねた人のような言葉にしがたい世界観を感じます。

それは若い人へのステレオタイプな決めつけがあるかもしれません(笑)。僕は年齢的にはまだ20代ですが、大切なのは年齢ではなく、思考の質・量ではないかと思います。どれだけ考え抜けているか。自分の場合、生きることや死ぬことについて、あるいは、働くって何だろう、アイディアが枯渇するってどういうことだろう、思い出って何なのかな、とか、もちろん明快な答えは見つかりませんが、常に、今はこう考える、という暫定的な答えを自分の中に見つけ出そうとしています。

でも、自分は「好きなものや思い出を物語の中に閉じ込めていることに喜びを感じるんだ」と感じた時に、同時に危機感も抱いたんです。自分のこれまでの20年間の思い出は、家族や友人たち、自分を取り囲む大好きな人たちに守られながら作られてきたものです。今後、何十年も生きていく間、この20年の思い出を食いつぶしながら生きていくのか?と自問したとき、そんなことでは間違いなく枯渇すると思いました。

それからは、「今を思い出にする」ということを意識しています。どんな些細なことも記憶にとどめていく。今のこの瞬間のささいな風景も出来事も、10年後には思い出になっています。高校時代の出来事も、1年前のことも、昨日のことも、あるいは他人からインスパイアされた出来事も、全てを咀嚼しきったとき、そのノスタルジアを、自分のものとして物語の中に閉じ込めることができると思うのです。

書き手として積極的に動きながら
活字に対するハードルを下げていきたい

—ショートショート作家としてのデビューのきっかけは?

一度、作品を応募して賞を取ったことがあります。とはいえ当時は、ショートショートを受賞しても出版につながりにくい、という状況がありました。そこで、知り合いのつてを頼って、いくつかの出版社に作品を持ち込みましたが、どこの出版社も「面白いけど、いまはショートショート自体が売れないんですよ」と。それでも諦めずに書き続けていたら、とあるアンソロジーに参加して商業誌デビューを果たすことができました。その後、さまざまな人とのつながりの中、ある作家の方が僕の作品に目をとめて「面白いから単行本にすべき」と出版社に話をつけてくださったんです。驚きましたし嬉しかった。そうやって初めての単行本を出したのが2年前の春。今では、多くの出版社とおつきあいさせていただいています。

—今、挑戦したいと思っていることは?

活字に対するハードルを下げていきたいですね。「小説」というと身構えてしまう人、多いと思うんです。そんな「小説」に対する固定観念を打ち破っていきたい。

出版における作家の役割は、「書いたら終わり」というような風潮が少なからずあるような気がします。そこから先、出版社でどのように形になって、どのように流通して読み手まで届くかということが本当はとても大事なのに。作品は書き上げて完成するのではなくて、読者が手にとって読む、その瞬間に完成するものですよね。

かつては良いものを作れば届く時代だったかもしれないけれど、時代は変わりました。良いものを作ってもちゃんと伝えないと届かないんだ、ということは、すでにメーカーなどでは当たり前の考え方です。ダイソンなど、何を作るかだけでなく、どう見せてどう伝えるかというところにシフトしましたよね。でも、まだ出版業界は既存のフレームの中でやろうとしている気がします。

今、活字離れを嘆いているだけでは仕方がないので、僕は行動をしながら状況を変えていきたい。小説を読んでみたいけれど時間のない人、小説というと少し尻込みしてしまう人にとって、ショートショートというジャンルは良い入り口になると思います。こちらから積極的に働きかけて、ラノベのように、ジャンルとしてのショートショートを築き上げたいですね。書き方講座を開催したり、様々な異分野の方とコラボして、即興で作品を作るライブイベントを行なうなど、いろいろな形で作品を届ける工夫をしています。

—その他、作品がラジオドラマになったり短編映画になったりと、さまざまな形で展開していますね。

そうですね。『海酒』という作品がピース又吉さん主演の短編映画になってカンヌ国際映画祭でプレミア上映されたり、僕の初単行本作品の『夢巻』がラジオドラマ化されてNHK-FMの『青春アドベンチャー』という番組で放送されたりしています。ラジオドラマは昨日ちょうど3話目まで放送が終わったところなんですが、全然違う作品に生まれ変わっていて、一人のリスナーとしてめちゃめちゃ楽しんでいます。こういうところに、新しいものをつくっていく醍醐味があります。

田丸雅智
1987年、愛媛県生まれ。東京大学工学部、同大学院工学系研究科卒。2011年、『物語のルミナリエ』(光文社文庫)に「桜」が掲載され作家デビュー。12年、樹立社ショートショートコンテストで「海酒」が最優秀賞受賞。「海酒」は、ピース・又吉直樹氏主演により短編映画化された。15年、ショートショート大賞の立ち上げに尽力し、審査員長を務めるなど、新世代ショートショートの旗手として精力的に活動している。主な著書に『夢巻』『海色の壜』など。