片岡英彦のNGOな人々 (Non-Gaman Optimists)ジャーナリスト 櫻井よしこさん
誠実な情報を提供したい(後編)

(2013.11.02)

「NGOな人々」”Non-GAMAN-Optimist”とは「ガマン」していられず、チャレンジをし続け、決して諦めない「楽観人」のこと。NGOな人々へのインタビュー第35回目のゲストは、前回に引き続きジャーナリストの櫻井よしこさんです。インターネットテレビ『言論テレビ』を立ち上げ、毎回ゲストを招き日本が抱える諸問題を伝えるインタビュー番組「君の一歩が朝(あした)を変える!」が、昨年の10月26日から公開開始されました。番組開始からちょうど一年を迎えるにあたり、これまでの手応えや、今後の可能性についてお話を伺いました。インタビュワーの片岡が日本テレビ在職中の新人記者時代に、『きょうの出来事』のメインキャスターをされていました。そのご縁もありインタビューに応じて頂きました。前回の続き「後編」となります。

■櫻井よしこ プロフィール

(さくらい・よしこ)ジャーナリスト、国家基本問題研究所理事長。言論テレビ株式会社 取締役会長。ベトナム生まれ、新潟県立長岡高等学校卒業、ハワイ大学歴史学部卒業。クリスチャンサイエンスモニター紙 東京支局の助手としてジャーナリズムの仕事を始め、アジア新聞財団 DEPTH NEWS 記者、東京支局長、NTVニュースキャスターを経て、現在に至る。2007年にシンクタンク、国家基本問題研究所を設立し、国防、外交、憲法、教育、経済など幅広いテーマに関して日本の長期戦略の構築に挑んでいる

言論テレビ「君の一歩が朝(あした)を変える!」


ジャーナリスト、国家基本問題研究所理事長 櫻井よしこさん。photo / 渡辺遼

言論テレビ「君の一歩が朝(あした)を変える!」が昨年10月26日の放送から1年を迎えた。

片岡:テレビの場合、どういう企画をやるかというのは意見を言うことはあっても番組の全てを自分で決めることはできませんし、様々な制約もあるかと思います。ネットの場合も同様の制約は当然あると思いますが、ネットメディアならではの「強み」はありますか。

櫻井:地上波のテレビ番組の質は圧倒的にプロデューサーの力量です。どのニュースを取り上げるか、誰をゲストに呼ぶか、話の構成はどうするかはプロデューサー権限の範囲です。出演者はその枠の中で力量を発揮することになります。一方で、言論テレビの場合、私たちは少人数ですから、毎週、皆で話し合いをして、今一番知りたいニュース、それについて語れる人は誰かを探します。単なるコメンテーターではなくて、ニュースの本質を知っている、どちらかというと第一次情報に近い人物に出演交渉をします。もちろん相手の都合もありますので希望通りにいかない場合もありますが、今一番伝えるべきはこの点だという、いわば核心となるポイントをおさえます。そのうえでそのポイントを語れる人を呼んで、論点整理をしていくという制作姿勢をとっています。

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片岡:『言論テレビ』では、なるべく若い方々にも視聴して頂きたいとの思いを持たれているとのことですが、高度成長期やバブル時代を経験した世代が未だ元気に社会で活躍されている一方で、最近の30代、20代の若い世代の方々の中には、真面目に働いていても、年収300万以下で、東京の高い家賃を払いギリギリの一人暮らし生活をしている人達も多くいます。お昼はコンビニのおにぎり一個で済ませていたりします。また、現役学生の中には、どうせ就職しても一生勤められるわけではないし、いつどうなるかわからないから、企業も国家も歴史もどうでもいいと考える人もいます。一方で、SNSで仲の良い友人知人と「横の繋がり」は大切にしていたりします。

『言論テレビ』を視聴すれば質の高い情報が得られると分かっていても、実際にその情報を咀嚼し、理解し、自ら考えることのできる人は、もしかしたら若い世代の5%か10%、あるいはもっと少ないかもしれません。私は大阪万博の年1970年生まれです。櫻井さんのような上の世代の仰ることも、若い世代が感じる閉塞感のようなものもわからなくはありません。世代の橋渡しができないかと考えています。この「世代間格差」「縦の繋がり」のなさが、日本のひとつの大きな課題ではないかと思っています。

櫻井:そうですね。20代でおにぎり一個でお昼をしている人が少なくないということですが、私も20代で「クリスチャンサイエンスモニター」(アメリカ・ボストンを本拠とする国際的な新聞社。現在はオンライン新聞を発行)のアシスタントだった時はそういう状況でした。今考えるとよくあのような労働環境で働いていたと思います。最初の給料が月1万円でしたから、お給料を頂いて二週間もすると本当にお金がなくなるのです。

先輩によくお昼をご馳走してもらいました。その時の私の労働条件は、朝8時出社で、終わるのが夜10時頃、残業代を要求する知恵もありませんでしたからとにかく一所懸命働きました。支局長の下で鉛筆削りや靴磨きまでちゃんとやって、ありとあらゆることをして働くのが当たり前、お金がなくなったら我慢するのが当たり前、という感じでした。

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櫻井:私の上司はアメリカの女性特派員で、取材に当たっては私が通訳をしました。今考えると、これ以上のトレーニングはなかったと思います。日本語を英語にし、英語を日本語にし、通訳をする一時間半なり二時間なりの間に様々な言葉が行き交うんですが、その言葉の意味は本当によくわからないことがいっぱいありました。頭の中に入って消えていくこともあれば、通り過ぎたと思ったことが記憶になって残っていく。そうした情報が集積されてある時、ふっとわかるようになる、ということが何度かありました。

30歳になった時に、何がどう変わったというわけではなく、収入が増えたわけでもないのですが、「私はこれで大丈夫、自分で生きていける」と自分自身に対して信頼感が湧いてきたのです。まだわからないことが山ほどあったのですが、一所懸命にやってきた積み重ねが自分をそこに押し上げてくれたと思います。

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櫻井:若い人たちに申し上げたいのは、20代でものがわかると思わない方が正解だということです。20代でなにが自分に向いているかというのを判断するのも難しい。だから20代っていうのはわからないのが当たり前だと思って、目の前のことを全力でやる。たとえば、テーブルを拭きなさいと言われれば、目の前のテーブルを単に拭くのではなくピカピカにする。そうやっていると、30代になった時に別の次元が開けてきて、40代でまた新たな次元が開けてくるということになると思います。

私は30代でもお金がありませんでした。本当に。信じてもらえないかもしれませんが、洋服も5着位しかありませんでした。男性がスーツ5着ならわかりますが、女性の5着というのは結構大変なのです(笑)。でも、その頃の私はあんまり気にしていませんでした。「人生ってそういう時代があった方が、むしろいいね」と楽天的に思った方がいいですね。

確かに、今はいかにして若い世代にメッセージを届けようかと思って『言論テレビ』を報道しています。しかし、若い世代が分からないからといって、内容を簡単にして、分かり易しくして、噛み砕いたり、大切なことを省略したりして、その結果、一体私たちはどこに行き着くのでしょう。どこにも行き着かないと思います。自分で情報のアンテナを立てて成長していくのが人間の性だとすれば、その「人間の能力に信頼を置いてやっていく」のが正しいことなのだと思います。

◆現政権への期待と日本の将来について

片岡:『言論テレビ』を始められて、この一年で一番大きな変化は、政権が変わったということだと思います。日本は良くなっていく方向にあると思われますか。

櫻井:私たちの責任で良くしていかなければいけないし、良くしていく局面に立っていると思います。『言論テレビ』での番組名は「君の一歩が朝(あした)を変える!」です。

先日、上越市の日本青年会議所(JCI-Japan)の会合に行きました。車で駅から送り迎えしてくれた方がちょうど40歳位で不動産業を営んでいる方でした。その方が、「櫻井さん、景気良くなりますかね。僕、景気がよくなるということがどういうことか全然わからないんです」とおっしゃるのです。この方40歳ですから、学校を出て社会人になって20年間全然景気は良くなっていないのです。ですから、本当に景気がよくなるということが具体的にどういうことなのかわからないんですね。日本人はそういう停滞の時期を生きてきた。これは大人の責任であり政府の責任です。

一方で、このところ人々の気持ちが少し明るくなってきました。これからどうなるのか、アベノミクスが成功するか、実際の収入を増やすことができるのか、アメリカの景気にも影響を受けますし、中国の動向に影響を受けることもありますからどうなるかはわかりません。ただ、「良くなる可能性が出てきたということを多くの人が感じ始めている」という、そのこと自体が大切なのだと思います。人々の気分を変えることが政治の第一義的責任だとしますと、これから先の評価は別にして、安倍総理の行った第一歩は正しかったと思います。ですからこの方に「どうなるかは神様しかわからないけど気分はどうですか」と聞きました。すると「なんとなくいいです」と仰いました。気分が良くなったということはとてもいいことです。お給料もデフレでもっと下がるかもしれないとかつて後ろ向きだったのが、もしかしたら前向きになるかもしれない。これは180度の転換です。「後戻りさせないように頑張りましょう」とお話しました。

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櫻井:30代以降、確かに私の洋服は5着から10着に、そしてもっと多く増えていきました。でもこれは自動的に増えたのではありません。私が前向きに生きてきた結果なのです。私は会社に就職したこともありません。親戚に偉い人がいるわけでもありません。日本の大学に行っていないから先輩後輩もないのです。でも努力をして少しずつ良くなっていきました。これからもひとりひとりの若い日本人が、社会全体がどういう状況だろうと、まず一番大事なのは自分の努力だということを肝に銘じて生きて欲しいです。それから、政治が今ようやく前向きに動こうとしているわけですから、みんなそれに一緒に乗っかって一歩踏み出していけば、その集大成が日本全体を良くしていくのではないかと思います。


私は30代でもお金がありませんでした。本当に。信じてもらえないかもしれませんが、洋服も5着位しかありませんでした。男性がスーツ5着ならわかりますが、女性の5着というのは結構大変なのです(笑)。

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片岡:安倍総理になって、日本が経済的に少し良くなってきています。一方で、憲法改正や安全保障の話は後回しになっている気もします。中国と韓国、そして米国への配慮ということもあるのでしょうが、経済政策を優先しすぎているのではないかという「もどかしさ」のようなものはお感じになられますか。

櫻井:確かに衆参両院で多数を取り、ねじれが解消されたので、もうちょっとトントンと進んでもいいのではと考えますが、これはあくまで机上の論理ですよね。実際にはもっと多くの問題があると思います。第一次安倍内閣で、安倍総理は、これ以上ない失敗をし、挫折して辞任した方ですから、その時の経験を忘れていないと思います。非常に用心深い。消費税のことも60人もの知識人を呼びました。そんなこと聞かなくてもいい、自分で決断すればいいという意見もありますが、おそらくこのひと手間、ふた手間をかけたのは、私の推測ですが第一次内閣の失敗の上に立ってのことだろうと思います。

憲法改正については、これは、民間憲法臨調の会長としての現在の私の立場で言えば、もっとスピーディにやったほうがいいと思います。しかし公明党が反対しているので、今のままではやりきれないと思います。すると三年後の衆参同時選挙で国民投票も一緒にということを政治家だったら考えるだろうということが合理的推論として成り立ちます。安倍総理がやる気をなくしたということではないと思います。

今日の新聞(10月4日)を見てみると、日米の日米安全保障協議委員会(2プラス2)は、とても大胆な提案です。今までの提案を非常に大きく変えることになります。日米安保条約、ガイドラインも見直すステップになるかと思います。着々と実務の面で(憲法改正を)「やる」という体制を作っているのではないかという意味で、それ程心配はしていません。

多数を取った上にあぐらをかいているのではないかという批判をしようと思えばできますし、批判をしないで前向きに見ようと思えば前向きの材料があります。問題はどちらの視点から見るかということです。私は人間というのは自分の言葉にそうそう嘘はつけない存在だと考えます。まして総理大臣ともなれば自分の言葉に責任を持たざるを得ない。安倍総理は靖国神社のことに関しても「痛恨の極み」と仰っています。憲法改正についても「やる」と仰っています。

もしこれをやらなければ、自己否定に繋がります。政治家としての自殺行為に等しいことをするはずがないと思います。消費税に見られるように決断は遅く右顧左眄(うこさべん)ということもありますが、「結果を見る」ということが何よりも大切なことではないでしょうか。

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片岡:もし、櫻井さんが「憲法改正担当大臣」にというお話があったらお受けしますか?

櫻井:私はすでに民間憲法臨調の会長ですし、国家基本問題研究所の主意書には明確に「憲法改正」と書いております。民間の立場でこれ以上ない程、すでに旗を振っていますので、憲法改正に向けて疑いを持っていたり、憲法改正は良くないと思っていたりする方たちの誤解を解くこと、きちんとしたわかりやすい合理的な説明をすることが、今の私が日本国に対してできる最善の道だと思いますし、それ以外にはないと思います。

片岡:30年後の日本はどうなっていると思われますか。アメリカと中国が対峙する中で、日本は存在感を示していけるのでしょうか。中国に吸収されてしまうのでしょうか?

櫻井:まず30年先のことをネットで公表するのは言論人としてどういう責任が持てるかというのが第一にあります。あくまで可能性として論ずれば、台湾が中国に吸収される可能性はあるかもしれません。その時に問題になるのは我が国、日本がどういう状況にあるかという点では、片岡さんが、仰るように、中国に吸収される危険性のないように、そのようなことが絶対に起こらないために今の日本が頑張らなければならないというのが私の考えです。今ちょうど曲がり角、自主独立で日本を守る瀬戸際だと思っています。

アメリカが事実上アジアの紛争のみならず中東の紛争にも介入したくてもできないという状況が続いています。アメリカの力によって世界秩序を維持していた国際政治の基本的構造が明確に崩れ始めてきています。これから世界は混沌となり、アメリカはしばらく非常に強い影響力を持ちながらも、シリアのことにも朝鮮半島のことにも手を出し得ない。そこに中国が膨張してきますので、物凄い地殻変動が起きると思うのです。

その中で日本にとって大事なことは、日本国を守ること、その上でアジア諸国のために貢献することです。まず日本を守るということが、30年間と言わなくても、これからの5年間、日本にとっての大きな山場だと思います。少なくともこれから10年間ものすごく緊張が続きます。その10年間というのは習近平体制を頭においているのですが、習近平の10年間がどういう形で終わるのか、中国共産党がどういう形になるのかはともかく、安倍政権が憲法改正の端緒を開いて、自主独立を守りうる基盤を作ることが必要です。日本国民の気持ちを自分の国、国民、親兄弟、故郷は自分で守れるようにしないと駄目なのだ、という方向に引っ張っていくことが大事です。

私たちは日本人であって中国の属国でもアメリカの属国でもないということを肝に銘じ、自主独立を旨とする価値観を育てていかなければなりません。30年後のアジアはヘタをすると片岡さんのおっしゃったような事態になりかねないという危惧は抱いています。夜中に目が覚めて、日本の将来がとても心配になることがあります。でもそれを防ぐ力は今私たちの手にある。そのことをずっと訴えたいと思います。

インタビューを終えて

約1時間のインタビュー時間の中で沢山のお話を伺いました。とても1回の掲載では収まりきらないため、急遽、「前編」「後編」の2回に分けて公開させて頂くことになりました。

私がまだ日本テレビの新人記者だった頃に、同局の看板ニュース番組のメインキャスターだった櫻井よしこさんに、およそ20年の時を経て、改めてお話を伺えるという、非常に貴重でありがたい経験でした。そして、何百人の方たちの前でお話するよりも緊張しました。ハワイでの学生時代のお話を伺って、どうして櫻井さんが「日本国」「日本人」「日本文化」といったものに強い思いを寄せるようになったのか、その原点を垣間見ることができた気がしました。

先日は「離島経済新聞」の諌本編集長から「離島からみた日本」という切り口のインタビューを公開させて頂きましたが、「日本」と「日本人」を、どういった視点から見つめるか。今後も様々な視点から「日本」と「日本人」を見つめていきたいと思います。