片岡英彦のNGOな人々 (Non-Gaman Optimists)戦略PRの未来、インバウンドマーケティングの未来。

(2014.04.11)

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『NGOな人々』”Non-GAMAN-Optimist”とは「ガマン」していられず、チャレンジをし続け、決して諦めない「楽観人」のこと。第40回目のゲストは、「戦略PR」と「インバウンドマーケティング」という、現在、企業のPRやマーケティング担当者の間で注目されている概念を提唱された、ブルーカレント・ジャパンの本田哲也さんと、マーケティングエンジンの高広伯彦さんのお二人です。ちなみに、偶然ですが、私も含めて3人とも1970年の大阪万博の年生まれです。
photo / ryo watanabe
■本田哲也(ほんだ てつや) プロフィール

ブルーカレント・ジャパン株式会社 代表取締役社長
米フライシュマン・ヒラード 上級副社長兼シニアパートナー

1970年生まれ。戦略PRプランナー。米国留学を経てセガ・エンタープライゼス(現セガ)入社。アミューズメント海外事業部にてセールス/マーケティングに従事。99年、米オムニコムグループに属する世界最大規模のPR会社フライシュマン・ヒラード日本法人に入社。同社バイスプレジデントを経て、2006年8月ブルーカレント・ジャパン株式会社の設立に伴い現職に。国内外の大手製薬企業、生活用品メーカー、エンターテイメント関連企業などを対象に、戦略PRの実績多数。月刊『PRIR』(宣伝会議)主催『PRコンサルタントオブザイヤー2005』優秀賞を受賞。主な著作に『影響力』(玉木剛・本田哲也共著:ダイヤモンド社)、『その1人が30万人を動かす!』(東洋経済新報社)『戦略PR 空気を作る。世論で売る。』(アスキー新書)、『ソーシャルインフルエンス 戦略PR×ソーシャルメディアの設計図 』(本田哲也・池田紀行共著:アスキー新書)などがある。
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■高広伯彦 プロフィール

1970年大阪生まれ。1996年博報堂に入社後、営業業務を経て、2000年6月よりインタラクティブ局にてメディア開発やインタラクティブ・マーケティング業務に従事。2002年7月よりi-メディア局にて、コンテンツ開発やビジネス開発を手がける。2004年9月からは株式会社電通 インタラクティブ・コミュニケーション局に勤務。2003年に制作したWebCINEMA TRUNKが第2回東京インタラクティブ・アド・アワードでグランプリを受賞し話題に。2006年からGoogle日本法人に勤務し、AdWordsやYouTubeなどの広告商品のマーケティングと日本導入を行う。2009年に独立し、コミュニケーションプラニングを行う『スケダチ』を設立。2012年にはインバウンドマーケティングやコンテンツマーケティングを主軸にしたデジタルマーケティングエージェンシーである『マーケティングエンジン』を設立した。共著書に、『フェイスブックインパクト』(宣伝会議)、単著に『次世代コミュニケーションプラニング』、『インバウンドマーケティング』(ソフトバンククリエイティブ)などがある。

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そもそも「PR」と「広告」の違いってなに?

片岡:本題に入る前に、まずは「PR」と「広告」との違いについて、本田さんの方から説明をお願いできますか?

本田:「PR( public relations )」は、アメリカで発達した考え方で、「広告」とは違います。元々は100年以上前に、アメリカで独立の気運が盛り上がった時に、「色々な民族、たくさんの人の合意を得て、ひとつの目的を達成していく」ために、「一方的にメッセージを出すよりも社会全体が共感できるような大義を得る」というための活動でした。やがて考え方として整理され、政治、選挙、民間企業のマーケティングへと体系化されました。これを「パブリック・リレーションズ(PR)」と言っています。

一方で「広告(advertising)」というのは、テレビや雑誌の広告の「枠」を企業が買って、言いたいことを言うというものです。ですから、「PR」と「広告」はそもそも全然違う考え方から発達してきています。

欧米では「PR」と「広告」の使い分けがなされていて、企業や政府などもうまくバランスをとって活動しているのですが、こと日本は広告が先行して発達してしまった歴史があります。「商品のいいところを伝えましょう」となると、どうしても「広告」の方が一般的な手段として認識されてきました。

情報環境の変化に沿って「何を伝えるか」「どうやって伝えるか」

片岡:「広告」だけでも、十分にモノが売れていた時代から、売れなくなってきたと言われています。

本田:世界的にある程度共通なのですが、ネットが登場しソーシャルメディアが普及すると、様々な考えを持った人たちが自由に声を発するようになりました。情報やクチコミの洪水状態となりました。情報環境の変化です。ところが、広告はひとつの言いたいことをメディアがドンッと伝えるという手法なので、こうした環境とは徐々にそぐわなくなってきました。逆にPRは元々考え方が「空気感」や「世論」を喚起してみんなの興味や行動を捕らえていく手法ですので、情報環境が変わり、個人メディアやソーシャルメディアも登場してきた現在の環境の方が、PRの考え方にはマッチしてきたと思います。

片岡:一方で、縦割りの日本型の組織の中で「広報(部)」が実際何やってきたかというと、多くの場合が、プレスリリースを書く、記者会見をやる、そして、「どうか載りますよう」と祈る。(笑)掲載されるとなぜか広告換算をする。「ふわっ」としたカルチャーが残っています。本田さんが2009年に出版された「戦略PR」で書かれた「PR」の概念との違いはどういう点でしょうか?

本田:まずレイヤーが違う、次元が違う話です。日本の広報、パブリシティは旧態依然としています。記者会見を行い、イベントを行い、記事を書いていただいたり、番組で放送していただいたりという、これは手段としては今も昔もこれからもある話です。アメリカでもそれはやってきています。でも日本はそこだけで、「これがPRである」「PR活動である」となってしまい、狭義な世界の中だけの活動になっています。別なものというよりも広いものとその中の一部の関係性ですね。

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片岡:日本の組織における広報部門は、パブリシティ(フリーで掲載してもらう)ということが絶対であって、「ペイド」(有料)での掲載をものすごく嫌がりますね。一方、マーケティングや広告畑の部門は、基本お金で「枠」をまず押さえ、クリエイティブにこだわり、キャッチコピーを考え、フリー(無料)で掲載してもらうというのは自分たちの仕事とは関係ないと考えている方が多い。本田さんのおっしゃる「戦略PR」は、広告とPRとの「ハイブリッド」という概念でしょうか。

本田:「何を伝えようとするか」という話と「どうやって伝えようとするか」という話を切り分けた方がいいと思います。ひとつのサービスや商品を「いいだろう」といっても、今は情報もたくさんある環境なのでなかなか振り向いてもらえません。

まず、「何を伝えるか」という場合、「より社会的な話とか大義がある。よりたくさんの人に関係があることを伝えていくこと」にPRの本来の姿があります。それは戦略PRの得意な部分です。一方、広告は「商品、ものの特性、世界観などを伝えていく」という役割が得意です。

例えば、オムツを売りたい企業が「このオムツは10時間吸水します」という話から始めると、興味を示す人は限られます。ターゲットはお母さんですが、もっと広く、「赤ちゃんの睡眠は大事だよね」「今、考えなきゃいけないよね」というところから伝えていって、「よい睡眠環境を提供するのはこのおむつです。」ここは広告でもパブリシティでもいいわけですけれども、そういう全体の関係性になっているんですね。

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片岡:商品PRやマーケティングPRよりも戦略PRの概念の方が広いということですね。

本田:そうですね。「どう伝えるか」というのはメディアを「買う」「買わない」の話になってきます。日本の場合、「媒体を買う」、というのがほぼ何かを伝える場合必須の手段という先入観があります。しかし広報の人は「ペイドではだめ。私の仕事じゃない」となります。広告の人は「枠を買ってクリエイティブを載せてというところが、我々の仕事の範疇だ」という「HOW」の部分が世界的な水準からいくと狭い住み分けになっていて、そうした意識が根付いてしまっているんです。

片岡:海外だと「PR」でも「広告」でもなく「コミュニケーション」っていう概念があります。「戦略PR」は「戦略的コミュニケーション」に近い形ですか。

本田:そうですね。「戦略的コミュニケーションを考えましょう」ということです。

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PRは元々考え方が「空気感」や「世論」を喚起してみんなの興味や行動を捕らえていく手法。個人メディアやソーシャルメディアも登場してきた現在の環境の方が、PRの考え方にはマッチしてきた。例えば、オムツを売りたい企業が「このオムツは10時間吸水します」という話から始めると、興味を示す人は限られます。ターゲットはお母さんですが、もっと広く、「赤ちゃんの睡眠は大事だよね」「今、考えなきゃいけないよね」というところから伝えていく。
相手が情報を得るために向こうからこちらにやってくるという考え方〜インバウンド

片岡:高広さん、インバウンドマーケティング(inbound marketing)についてお伺いします。SEO(検索エンジン最適化)のことだけをインバウンドマーケティングという人もいるので、高広さんがおっしゃる「インバウンド」という言葉の意味をわかりやすく教えてください。

高広:まず「インバウンド」という言葉ですが、この概念をマーケティングの革新として広めている HubSpotという会社があるボストンでは上り電車が「インバウンド」、下り電車が「アウトバウンド」と呼ばれています。つまり中心に行くもの、こちらに向かってくるものが「インバウンド」、外に行くものが「アウトバウンド」です。「インバウンドマーケティング」は、一つの手法を指しているわけではなく、考え方のことを言います。

「情報をどういう風に取得するのか」ということに関して、インターネット普及以前と以降では大きく変化が起きています。例えば「テレビを見ていない人が増えて来た」と業界でもよく言われるトピックがありますが、もしそれが真実なのであれば、広告であれ、PRであれ、「情報を送り込む」タイプのメディアであるテレビだけでは情報は「届かなく」なってしまうわけです。なので、「テレビCMがダメになってきたから、PRでテレビでの露出を稼ぐ」というのも実はおかしな話なのです。一方で、インターネットのようなメディアでは、人は「情報を(自ら)取りに行く」という行為をします。GoogleやYahoo!といった検索サービスがその情報取得行動を後押ししているわけですが、この変化に対応したマーケティングは、「情報を送り込む」のではなく、必要とされるタイミングで必要とされる情報を「取得される」ことを目論むことなのです。

インターネット以前は、情報は、新聞のように毎日届くとか、テレビのようにメディアの方から情報を送り届けてくれるというものでした。でも皆さんすでに日常的にされているように、「自分たちが自ら情報を引き出しに行く(取りに行く)」という行動をされていますよね。そしてその情報がある企業が生み出しているものであるとすれば、その企業のほうに向かっていくことになるわけで、このことを「インバウンド」と言います。これまでは、企業側がターゲットとする人々のほうに向かっていくようなマーケティングだったので、従来のやり方のことを「アウトバウンド」と呼ぶこともあります。

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こうしたインターネットで情報を探す人を対象とした広告・マーケティング手段としては、「検索連動型広告」というものがあり、皆さんが検索したときに出てくる広告、あれです。ただ、これはどちらかというと現在では「買う直前の人」に向けたマーケティング手法として使われることが多い。でも皆さんも日頃検索しているときのことを考えてみてもらうとすると、実際のところ、一日20回、30回検索するうち、ものを買うための検索は一回か二回、あるいはもっと少ないかもしれないわけですよ。つまり、「検索連動型広告」の今の使われ方は、「何かを買おうとしている人」をターゲットにはできるけれども、「何か有益な情報を探している人」のことをあまり考えていないのです。後者のほうが多いのにね。

世の中の多くの人は、「自分が探している情報」を得るために検索をしているわけです。ですから、企業は、やたらと広告を打ったり、ブランド名や商品名の露出のためだけのPR活動をやってるばかりではなく、「自分たちが得意とする領域のコンテンツを作り、インターネット上で公開し」て、自社の商品やブランドに興味をもってもらう前段階の「ファーストコンタクト」を作ろうというのが、「インバウンドマーケティング」の基本的な考え方です。

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片岡:「インバウンドマーケティング」と「コンテンツマーケティング」というのはどこが違うのですか?

高広:両者の関係でお話しすると、両者はイコールではではなく互いに領域が重なっているものです。「コンテンツマーケティング」と言われているものの中には、「ブランデッドエンターテインメント」とか「ブランドジャーナリズム」といったものが存在します。かつてBMWがジョン・フランケンハイマーという映画監督を使い、“BMWfilms”というオンラインでしか公開しないショートフィルムを制作したことがありました。2001年のことです。当時はまだブロードバンド環境は米国でもそれほど普及していなかったわけですが、リサーチの結果、当時「ブロードバンドを使っている人は高所得者でBMWのターゲットと一致する」ということがわかり、BMWの様々な車が出てくるオンライン向けのショートフィルムを何本も作って公開したのです。広告の祭典でもあるカンヌ広告祭でもこのプロジェクトについては、どこのカテゴリーで評価していいかわからず、結局この”BMWfilms”のために新たな賞が作られることになったほどの話題のプロジェクトでした。これがブランドが作るエンタテインメントコンテンツとして「ブランデッドエンタテイメント」と知られることになったものです。

この”BMWfilms”が知らしめたのは次のようなことです。広告というのは、「他人(=テレビや新聞のコンテンツ制作者)が作ったコンテンツ」が「人を集めてくれ」ていて、そのコンテンツとコンテンツの隙間にお邪魔するように場所を確保してきた。つまり広告そのものが人々を集めてくるわけではないわけです。他のコンテンツが産み出した「リーチ」をうまく利用してきたわけです。これはメディア露出という狭義のPR活動も同様でしょう。しかし“BMWfilms”というプロジェクトでは、ブランドが自らのコンテンツ力で人を集めることをしてしまった。広告枠を買うための予算を制作費にまわして、ですよ。他にもメルセデスベンツが、様々なアーティストの楽曲を一枚のアルバム風にまとめサイトから無料でダウンロードできるようにしている”Mixed Tape”というプロジェクトもありますけど、2004年から今も続いています。こうした、ブランドがコンテンツを作る、コンテンツを収集しまとめる、といった仕組みは10年以上も前からあるものだったのですが、一部の先進的企業によって取り組まれていたに過ぎなかった。それがインターネットがますます普及し、マーケティングに使う企業もたくさん出てきて、ソーシャルメディアの普及の波もあって、消費者と企業が直接つながることがますます容易になった。つまり、媒体の力、他人のコンテンツの集客力だけに頼る必要ないわけです。自分たちが媒体をつくる能力があれば媒体も作れるし、媒体そのものを作らなくても作ったコンテンツはソーシャルメディアやYouTubeでも配信することができる。「ブランデッドエンタテインメント」という言葉が出てきた10年前よりも、格段にコンテンツを配信するコストは安くなってるし、簡単になってます。それが“ブランディング”側から来ている「コンテンツマーケティング」がある意味「再注目」されている理由でしょう。

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高広:こうした「ブランデッドエンタテインメント」の流れを汲むブランディング側の「コンテンツマーケティング」に対し、SEO(検索エンジン最適化)というインターネットマーケティングの世界で語られる「コンテンツマーケティング」もあります。こちらについては「コンテンツSEO」と呼ばれることもありますが、Yahoo!やGoogleなどの検索結果に出るためにコンテンツを作るというものです。例えばGoogleが検索結果を作るための仕組みというのは頻繁に更新されており、この数年のアップデートで従来使われてきたSEOテクニックが使えなくなってきました。特に今までのやり方というのは「検索エンジンのためのコンテンツ」という言い方で揶揄されることもあります。でもこのやり方では検索結果の上位をとることができなくなってきてるんですね、最近は。Googleも賢くなってきていて小手先のテクニックでは検索上位をとりにくくなってきた。そのため、「検索している人々に役に立つコンテンツを作る」ことで、ちゃんと検索結果に現れるようにしよう、という動きがより明確にでてきています。これがインターネットマーケティング、特にSEOと呼ばれる領域からきている「コンテンツマーケティング」です。

このように一口に「コンテンツマーケティング」と言っても実は、今、世の中には大きく分けて二種類存在しています。コンテンツマーケティングの世界的な潮流としてはこのようになってるのですが、日本でコンテンツマーケティングというと、現在は後者を語る人が多いような気がしますね。

片岡:間違ってはいないけど両者は異なるということですね。

高広:そうです。で、そうしたコンテンツマーケティングとインバウンドマーケティングの違いですが、インバウンドマーケティングは、色んな手法の組み合わせで構成されています。ブログやソーシャルメディアやSEO、コンテンツマーケティングなどを含めて全部使います。ですから、両者の重なり合う部分だけを見ているとインバウンドマーケティングとコンテンツマーケティングは一緒だよねという誤解が生じてしまうんです。

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こちらに向かってくるものが「インバウンド」、外に行くものが「アウトバウンド」です。「インバウンドマーケティング」は、一つの手法を指しているわけではなく、考え方のことを言います。インバウンドマーケティングは、メールを使ったり、色んな手法を使ったりするので、ブログやソーシャルメディアやSEOを含めて全部手法としては使います。
オンラインに残るPR活動を可視化する

高広:そしてインバウンドマーケティングを語る上で外せない重要なポイントがあります。それは、買う側の変化というもので、「ソリューション営業の終焉」と「自ら学ぶ購買者」という二つの観点から話をしましょう。
「Harvard Business Review」の2012年7月号で、”The End of Solution Sales”という論文があってですね、一時もてはやされた営業スタイルに「ソリューション営業」というものがありましたが、もうそれすら役に立たないという話です。従来は、顧客側には課題があって、その課題に対して「こういうソリューションがありますよ」と“ソリューション”を持ち込んで買ってもらうという考え方が成立した。ところが、インターネットなどがこれだけ進化して様々な情報が顧客に入ってくるようになると、顧客自身が自分で課題を認識すると、それをどう解決するかのソリューションも自分たちで見つけるようになる。こうなると、“ソリューション”が売り物にならない。さてどうしたものか、と。そこでソリューションを考えるきっかけや課題認識のきっかけになる「インサイト(洞察)」を提供する営業が今後は強くなっていく。これを「ソリューション営業の時代」から「インサイト営業の時代」という風に同論文では語っています。

そして、米国でTom Martinという人物が書いた、『インビジブル・セールス (invisible sales)というのがあるのですが、その名の通り、見えてない営業行為があるというものです。かつて営業行為と言えば、例えばイベントやセミナーで名刺を集めて、集めた名刺に対してメールやDMを送る、アポをとって会社説明するという流れでした。でも米国のある調査によると、最初のアポのタイミングで、すでにこのプロセスの57%が終わっていて、ミーティングの時点では、客先のほうはその会社や商品のことはインターネットなどで調べ終わっていると。これを「自ら学ぶ購買者 self-educating buyers 」と言って、すでに知られてしまっているから、最初のミーティングで会社案内を出す、商品説明資料を出すという機会は減っているという自体が起きています。

このような買う側の変化に適したマーケティングの考え方が「インバウンドマーケティング」です。

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片岡:戦略PRとの関係はどうでしょうか?

高広: PRという活動をどうやって可視化するか、またそれがどのくらいビジネスに貢献してるかを把握しているのは大きな課題です。特にマーケティングPRでは。今までのPR活動は、「媒体にどれだけ出たか」が効果の可視化でした。また、効果の持続期間という観点で言えば、例えば新聞の場合は新聞が出た日から2〜3日でしょうし、テレビもテレビの中で露出している期間となるでしょう。ところが、ネット上のPRメディアに掲出されたニュースやプレスリリース、或いはインタビューや記事というものは、サーバー上に情報があり、公開されている限りは、検索結果に現れたり、ソーシャルメディアでシェアされる可能性と持つなど、これまでになかったPR効果をもたらします。たとえば、一般的に言って、企業は自社サイトがどういうキーワードで検索エンジンに出ているのかは気にしていますが、自分達のことが書かれているサイトが検索エンジンで何位に表示されているのか、自社サイト外へと配信されたニュールリリースやプレスリリースについてはあまりそのようなモニタリングをしてないのです。

でも実際は、自分たちのサイト上にないものであっても、社名や商品名あるいは商品が属するトピックにかんするキーワードが検索されたときに、インタビューされた記事やプレスリリースのようなものが出てくる可能性がある。そしてそれらを読んだ人々がこんどはそのページに埋め込まれたリンクや新たな検索をして、自分たちのサイトを訪れる可能性もあるのです。だから「PR活動をした結果、どのぐらいのトラフィックを呼んでいるのか」といったことを可視化していくことが「インバウンドマーケティング」視点ではすごく重要になってきています。

ありがちな戦略「風」パッケージ

片岡:戦略PRもそうですよね。良く言えば言葉(ワーディング)、切り口、悪く言えば「レッテル貼り」(笑)、たくさんある要素の中から多くを削って、一部分を強調することはよく行います。

高広:インバウンドマーケティングの場合は、恐らくそういう切り口で「これが日本流のインバウンドマーケティングだ」と言っているのが、とある“戦略PR”を生業にする企業とCRMのサービスを提供してる企業の両代表が書いた『実践インバウンド・マーケティング』という宣伝会議から出ている本ですね。この本では「“戦略PR”で、とあるキーワードが露出させ、そのキーワードが検索されることで、サイトに人を呼び込もう」といった主旨のことが「日本流のインバウンドマーケティング」だと書いてあります。でもそもそも、インバウンドマーケティングに「日本流」も「米国流」もないと思うんですよ。あと、そもそもこの「日本流のインバウンドマーケティング」の主張には、インバウンドマーケティングの本質的理解がまったく欠けている気がします。

というのも、インバウンドマーケティングの特徴は今までのマーケティングの反省の上に出てきた考え方なわけで、その一つが企業側が買う側をなんとかしてコントロールしようというものです。例えば今までの広告やマーケティング、PRというものは、結局、企業側、マーケッター、広報マンが「人を動かしたい」と思って組んだスケジュールに基づいてるわけです。

ところが、「自分たちが情報が欲しいタイミング」というのは、必ずしもテレビでキーワードを見た結果ではないでしょう。例えば「保険」というのは、知り合いから交通事故に遭った話を聞いたり、自分の給料が上がったりというタイミングで見直しをするというのが多いといわれます。こうした場合は、企業の作ったキャンペーンスケジュールではなく、人々が自分達のスケジュールで動くわけです。この「今までのマーケティングは、企業側がスケジュールを作って実行された。しかし買う側の自然と起こる情報行動とそのスケジュールに合わせたマーケティングはなかった」という観点に注目したのがインバウンドマーケティングなのです。だから、なにか“戦略的に”流行らせる、露出させるキーワードを決めて、そのキーワードをメディアに出した結果トラフィックを生み出すというものは、根本的に「インバウンド」なマーケティングとは言いがたいのです。

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片岡:「キーワードを流行らせる」というのは「ひとつの手法」としては確かにありますね。

高広:「キーワードを流行らせる」という考え方自体は否定はしません。ただ、それが「インバウンドマーケティング」かどうかと言われると、うーんそれは違うのではないかなと。むしろ、そのやり方は従来の広告に近いでしょう。

インバウンドマーケティングからちょっと離れて、PRの本質的なところから話をすると、コーポレートPRであってもマーケティングPRであっても、PRの機能というのはアジェンダ設定(課題設定)だと思うんですよね。先ほどの本田さんの話で言うと「赤ちゃんに関するなんらかの課題」を設定することが戦略的なPRであって、その課題に対して関心を持っているからそれに関係する広告が出たときに目に入るという流れができれば最高でしょう。

なので、「キーワードを流行らせる」とかではなくって、「アジェンダ設定」としてのPRの話がなんでもっとされないのか不思議ですよ。それがないままに、適当に自分たちのやり方を「これが日本流のインバウンドマーケティングです!」とか言われると、まじめにインバウンドマーケティングを普及させようとしている側からすると、苦笑でしかありません。

本田:キーワードを作って広めること自体が目的化し過ぎていると、これが戦略であった場合には本末転倒です。商品名の代わりにキーワードとやらが出て、それをマスで伝えようとしているということですから。。

本来のPRは、「消費者の生活や関心に寄り添う」というのが大前提です。だから「パブリック」な「リレーション」なんですね。キーワードを作るというのも手段としてはたまにあるのですが、キーワードの作り方という話になった時に企業の理屈や戦略で決めるというよりも、「今この人達が関心を持っていることってなんだろう?」とか「毎日どういう生活をして、どういうインサイトがあるだろうか?」という点を掘り出して行く。逆に掘り出せないのなら、どんなキーワードであってもダメなのです。

高広:それが「戦略的にものを考える」ということですよね。「ストラテジックパブリックリレ-ションズ(Strategic Public Relations)」と欧米で呼ばれているものは、あくまでも「PRを戦略的思考で行おう」というものでしょうが、日本の場合は、「戦略PR」というとある種の「型」になってしまっているという弊害があるでしょう。

例えば、世の中にブームを起こすための「キーワード作り」だったり、キーワードを広めるためのイベントやったり、そのイベントに色んなメディアを呼んだり。ただ、そのイベントをやる時に単純にキーワード作っただけだとメディアが来てくれないからタレントを呼んで、結局、露出はタレントがメインになっている。何のために、誰のためにそのPRイベントをやったのかわからなくなってしまっているの、結構みかけますよね。商品よりもタレントの露出が多かったり、タレントが無理やり商品のことしゃべってたりするような (笑)

他にも「○○研究所を作りました」とか色々なパターンがありますけれど、日本の場合はそういうある「型」、「フォーマット」を売ることが「戦略PR」になってしまっているのじゃないでしょうか。

片岡:戦略「風」PRみたいですね。(笑)

高広:戦略“風”。 (笑)

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片岡:戦略PRは「枠」を売る広告と違い、課題や施策をクライアント毎に提案しないといけません。ありものを「パッケージ」にした方が楽だというのは広告代理店にとっては、正直あります。またPR会社には、「何時間働いていくら」というフィーでやってきた伝統があり、「作業」や「メディアリレーション」は強いけれど、マーケティング分野に踏み込んだ提案にはあまり慣れておらず、コミュニケーションデザインが出来る社員も少ないという背景がありますか?

本田:日本は、「こういうメディアがあります」「こういうパッケージがあります」、というサービスの「メニュー」があって、「ほう、これいくら?」「まるっと一千万円です」こういう買い物の仕方なんですね。(笑)

片岡:まるっとお買い上げ!(笑)

本田:そう、お買い上げ。(笑) これが根っこにあると思います。「誰がどれくらいの時間使ってやってくれるの?」とは、なかなかならないのです。アメリカの場合、コンサルティングもプロフェッショナルなサービスとして確立しているので、「どういうスキルの人が何時間使って、それでいくらなの?」という話し合いをします。

PRというのは元々あるパッケージではなく、「こういう知見がある人が御社のために、これぐらいの時間を使って考えます。そのあとに最適化されたやり方を考えます」というものであって、それに対して「いくら払いましょうか?」がフィーとなるわけです。日本はフィーじゃなくてパッケージサービスやメニューに対して払う慣習になってしまっています。

高広:フィーの時は何時間働いたということがエビデンス(evidence/証拠・根拠)だけど、日本の場合エビデンスは「企画書」であり「納品物」ですからね。だからこそPR活動に関しても、「これだけ頑張りました!」という露出量がエビデンスになっちゃうんですね。

本田:社内稟議を通すため、役員さんに「良かったんじゃないの」って言ってもらうためには、そういう方が分かりやすくて楽なんですよ。始める時の決済も同じで、「こういうパッケージでいくら、こんなことしてくれるらしいですよ」と言えば商品としては買いやすい。けれど、「彼らが今から動き出すらしいです」「彼はプロなんで、このぐらいの金額はしちゃうんですけど、払おうと思います」というのは、日本では稟議を通りにくいんです。だから、残念ながら日本にもPR会社やPR代理店はあるけど、手離れをよくすることを考えたら確かにパッケージの方が売りやすいでしょうね。

PR=パブリック・リレーションズが相手にするのは現実世界の中でコントロールできない要素、それは第三者だったりマスコミだったりに対してなんとかやっていこうということなんです。だから「ひとつのパッケージで再現性があります、というのは元々ありえない話」なんです。

片岡:そりゃそうだ。(笑)

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本田:だからアメリカのプロフェッショナルはひとつひとつのクライアント――政府機関だったり企業だったりしますが――クライアントに対してほぼオーダーメイドで提案を考え実行しフィーを得ているんです。それは面倒ですけど、プロのPR会社やおPRパーソンにはどんどん仕事がリピートしていきます。パッケージにしてしまうと、リピートしてもらえるかには疑問が残る。

高広:日本では「パッケージ化されたPR」みたいなのが実際たくさん売られているじゃないですか。一般的にPRは露出保障はしない、できないものです。なぜできないかというと、そこに金銭、コマーシャリズムが発生していないという判断が、その情報の作り手側になされているのが大前提だから。でもなぜか「うちに頼んでくれれば100%露出保障しますから」と言っている戦略PR会社さんもある。あるいは“ノンクレジット・ペイド・パブ”ってのがあったり。通常は企業のお金が入って書かれた記事は、消費者保護の観点からも、[PR]とか[広告]っていう言葉がどこかに入ってなければいけないですけれど、広告とかPRって書かずに、企業のお金が入って書かれているPR記事や番組での露出があったりする。日本ではそういった「PR枠の広告枠化」が結構激しいように思えますね。そしてまた、お金の動きがあるのに、それを消費者にディスクロージャーしてないようなものがあったり。

海外なら「企業の金が入っている=消費者を騙しているものだ」ということで、国の第三者機関や国に関係する機関がガイドライン作って禁じています。日本の場合は悪く言うと、媒体とPR会社が結託して「戦略PR」と歌いながら、「広告枠化したPR枠」を売っているというような状況。そうした「日本流戦略PR」がお客さんをだまし放題という状況があることは、大きな社会問題だと思いますよ。

片岡:本田さん、その辺をぜひ。(笑)

本田:ペイドパブリシティーそのものは悪くないんですよ。

片岡:プロダクトプレイスメント(Product Placement)って昔からテレビドラマの中で、パソコンとか携帯とか旅館とか露出されていましたがあれは可愛いもんですよね。

高広:そうですね、一応「協力」とか最後にクレジットが出ますからね。

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片岡:それがうやむやになってきているのは、メディアがそこにまで営業的な「色気」を出してきたのか。ペイドとノンクレジットの関係というのはどうですか?

本田:何を伝えるか、どうやって伝えるか、のHOWとしてのペイドというのはあると思います。確実に押さえたいという話は絶対に出てきます。だから、そこは堂々と、ヤラセとかじゃなくてちゃんと枠を押さえましょうということは、あるべきだと思います。

PRというのは元々広い概念で、狭い枠から飛び出して考えられることもあるし、こういう人にアプローチしたら次に繋がるんじゃない?という自由な発想でやるべきなのです。でも日本では結果的に広告という有限な「枠」の中でしか物事が伝えられない。せっかく外の世界がでてきて可能性が広がったのに、相変わらず枠の中でしか伝えられない。もしくはPRをわざわざ広告の枠にはめて取引しているから逆に矮小化してきているんです。

高広:日本流戦略PRで作られているPR枠って、「安く買える広告枠」っていうのがほとんどですよね。

本田:そうですよ。もうこれ以上はダメだよねと言っているお店の中に、さらにもっと小さい店を作っちゃったみたいな。(笑) 本当のPRっていうのは、そんなお店の中でやる必要がないよ、もっと世界は広いということなんです。

「戦略PRは終わりました。」(!?)

片岡:今回の鼎談のきっかけとなったインテグレートの藤田社長の記事を、最初に読んだ時に、お二人はどう思われましたか?
http://www.advertimes.com/20140327/article151210/

高広:元々インテグレートの社長の藤田さんは「うちPR会社なんですかね?」と言っていましたからね。同社にとっては「戦略PRは終わった」ということにして、同社が掲げている「次世代IMC」企業としてやっていきたいというポジショントークなのでしょう。なのでインテグレートさんにとって、そのタイミングが来たのかな?とも考えられます。しかし一方で、戦略PRの雄として業界では知られている同社ゆえに、いわゆる日本流の「戦略PR」というのが同社のビジネスとして厳しくなってきたのかな?ということを、実は先に頭をよぎりました。というのも、ビジネスとして成立するんであれば、その「戦略PR」というワードをわざわざ捨てる必要はないですし、これからもまだ使うはずですから。

片岡:電通が「広告」というワードを決して捨てないのと同じですね。

高広:そうです。で、文章を読んだときに、じゃあ、その次はなんなのかというと、IMC(Integrated Marketing Communications:総合型マーケティング・コミュニケーション)だということなんですね。でも戦略PRとIMCは別物ではないわけで、IMCの中にストラテジックなプランニングが入っているべきじゃないですか。

例えば昔P&Gの人が言っていたんですけど、「最初にマーケティングPRをやって、次に、広告をやって、そしてマーケティングPRをやるというのが一番効果が高い」と。IMCを語る上で、その一部分が死んだとかその手法を使わないとなると、これは論理矛盾を起こしていると思います。

片岡:自らの内蔵を潰して痛めてしまうような感じですね。

高広:あとはぶっちゃけ、今度出る本を売るための“釣り”戦略なんじゃないかなと。(笑)

本田:「ちゃんと戦略PRやっているじゃないですか!」と(笑)。釣りとしては秀逸な、実際に僕たちは釣られちゃっていますけど。(笑)入口として「戦略PRは終わりました。」となると、業界的には「なに?」となりますよね。これは素晴らしく皆さんの関心を捉えているわけですよ。で、記事に入って最後に著書「リアル・マーケティング」発売。となるわけですから。これこそ、戦略PRのやり口じゃないかと。(笑)

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高広:タイトルとしては良かったんですけど、書いてあることの中身がちょっと浅いというか薄すぎたので、あれはむしろあのタイトルであの内容だったら、僕はむしろブランディングとして失敗じゃないかなという感じはすごくしています。だから「ちょっともったいないんじゃないの、あのタイトルでは……」と思います。

本田:そうですね。ちょっと整合性がおかしいですね。あと、その結果、釣りだったりポジショントークだったりはいいのですが、「PRってそんなもんだっけ?」という、いくつかTwitterの投稿にありました。釣りだろうが、本が売れようが売れまいがいいんですが、PRに関する誤認、誤解は、今、日本では起こしてはいけないことだと思うんです。なぜなら、ビジネスだけではなく国のあり方のレベルで、今、グローバルにどうしなきゃいけないか模索している状況じゃないですか。日本が世界のなかで遅れているものがある。そのうちの一つがPRなんです。だからもうちょっと戦略的なコミュニケーションのあり方を、今はもっと貪欲に、グローバルレベルのPRのやり方、考え方をガンガン学ばなきゃいけない時です。矮小化されたPRの概念を前提として「だから、終わりました」というメッセージが結果的に世の中に出ちゃうというのが、これはちょっとPRの人間としてはよろしくないなと思いましたね。

高広:一方で、今日、戦略PRといえばインテグレートと並んで語られることの多いベクトルという会社の代表が『戦略PR代理店』という本が出してました(笑)。まだ読んでないですが。すごく面白いですね。これじゃ、インテグレートさんとベクトルさんの対決……。

本田:ベクトルさんへの牽制だったんじゃないですか? 実はそこの対決じゃないかって。我々なんか被弾しちゃったみたいですね。(笑)

戦略PRはなくならない?

片岡:将来的にPRと言いますか、戦略PRはまだまだ伸びる余地はあると思われますか?

本田:もちろんです。概念としてのパブリック・リレーションズは始まったも終わりもなくて、ずっとあるんですよ、社会システムの中に。

高広:人間が飯を食うのと同じレベルです。

本田:そうそう。例えば本来のパブリック・リレーションズは報道システムの一部でさえあると思います。アメリカとか国際世論ではそのように機能しています。「PRが終わりました」というのは言い方を変えると「報道は終わりました」って言っているのと同じです。始まりも終わりもないということははっきり言えます。

とはいえ、「こういう時には戦略PRを使わなくてもいいんじゃないですか?」、とか、「ちょっと不確定要素が強すぎるからやめましょう」ということはリテラシーが上がって起こると思いますが、PRそれそのものの検討がなくなるということはありえないでしょうね。
まだまだそういうアプローチで行った方が売れるものとか、人が動く局面というのはあります。それは実際に日々活動していて思います。

高広:PR会社に頼むか頼まないかというレベルの話ではなく、色んな企業がPR活動しているわけです。広告は広告会社に頼むことが確実に多いですが、PRは自社だけでできる、PR会社に頼んでいない企業の方がずっと多いわけです。でも、日本中、世界中の企業が何らかの形でプレゼンス(presence:存在感)を獲得しています。企業が世の中にプレゼンスを獲得することは、企業という一つの命、それが生きるために重要なわけです。その上で「もうちょっと服を着たい」とか、「もうちょっと鍛えたい」とか、そういう要望がある時に、PR会社や広告代理店に依頼をする。

PR会社や広告代理店の中の人が「これからはなになにです」「なになにが終わりました」というポジショントークを繰り広げるのとは全く別のところで、企業活動としてプレゼンスを作るというのは普通の企業活動なわけです。PR会社や広告代理店が決める話ではない。だから結局インバウンドマーケティングもPRも広告もそうだけど、その時代の企業活動や、人々がものを買う、情報を得るという行動の変化が先にあり、その中で必要な何かが生まれるわけであって、例えば「戦略PRはおわりました」みたいなスローガンや「“戦略”的に決められたキーワード」が先に来るわけではないんです。順番が逆なんです。

我々が対象にしているのは世の中、社会に関係するものなので、そこを無理やり「終わった」と言っても、それこそ僕はリアルなマーケティングの話をしている気がしないんです。(笑)

***

本田:あと違う視点で、戦略PRというと確かにマーケティングでモノを売る話が多いですが、「不祥事が起こった時」などにも関係してて、そういう時に戦略的にどうPRするかという考えもあるんです。海外では企業や政府などでも、ネガティブな事が起こった時にまず呼ばれるのは広告代理店ではなくPRのプロですよね。藤田社長の考え方は、いわゆるIMCのマーケティングの話においてそうだ(戦略PRは終わった)ということですが、その部分においては百歩譲ったとしても、IMCや広告ではどうにもならない時もある。だからやっぱり売り込みたい時とそうじゃない時の両方に戦略PRの考え方が存在するんだとしたら、「戦略PRはなくなるわけがない」んです。

片岡:お二人は思ったほど対立しないんですね。(笑)

高広:ここ(の関係)は対立しないですよ。

本田:インバウンドマーケティングと戦略PRが近いなと思うのは、どちらも手段、手法ではなく、発想、考え方、概念なんですね。アウトバウンド会社はいっぱいあります。こちらもパブリシティという手段でなく、もう少し社会の関心に寄り添ってコミュニケーションを考えましょうということなんです。

高広:あと、外国の人に、「なんで日本人はこういうハイレベルな話が苦手なの?」と言われることがあるんですが、この場合の「ハイレベル」というのは「概念的」というニュアンス。言語構造のせいなのかもしれませんが、なんらかの具体的なイメージを欲しがる人が多い。例えば、日本人はすぐ「他の企業の事例はないの?」と言う。先んじて何かをやろうとするなら、そんなこと言わないですよね。でないと結局はフォロワーに過ぎないんです。他社がやってるからやる、ってことなら。

片岡:「とにかくツイッターやれっ!」て社長が社員に指示するよくある「アレ」ですね。「何のために?」って言うと誰も答えられなかったりします。

高広:「ここの企業はこんなことやっているじゃないか。なんでうちはやらないんだ!」みたいな。(笑)

本田:欧米人と日本人の両方から恋愛相談を受けたことがあるんですが、彼氏に振られたとか、離婚するとかとなった時に日本人の方は、「どうすればいい?どうすればいい?」「次のいい人紹介してよ!」、こればっかり言うんです。

高広:それ面白いなぁ。(笑)

***

本田:欧米人の場合は、「考え方をこういう風に変えれば楽になるかなあ」とか「こういう視点で考えれば前向きになるんじゃないの?」「あ、確かに元気出てきたみたい」となるんです。日本人の「どうすればいいの?」と言っている人に、「ちょっと待ちなさい。その前に、今回のことを例えばこう考えたらどう?」というと、「ああ、それは考えてもみなかった。ありがとうございます」っていうことによくなるんです(笑)。

高広:人間の行動って二種類あるじゃないですか。ひとつは「自分自身を変えて新しいことをやろう、新しい一歩を踏み出そう。」、もうひとつは「自分は悪くない、自分のせいではない。だから周囲のツールを使って外を変えていこう」というもの。それと一緒ですね。

本田:そうですね。日本人はヘルプを求める。内在的な課題とは思わないんですね。日本では、内面的なことの定着はハードル高いですよ。

片岡:思ってもみないのでしょうかね。

本田:でも、それはちょっとした恋愛の悩みならいいですけど国力、日本のグローバル企業のアキレス腱みたいな話になるとこれはちょっとまずいなと思いますね。

高広:確かにそうですね。

片岡:お二人共ありがとうございました。

インタビューを終えて

私が社会人になったのが1994年でした。かれこれ20年前です。新卒で就職した会社は日本テレビでした。職種は報道記者。後に報道番組のディレクター、 番組宣伝の仕事を経験し8年間ほど勤務しました。当時はあまり意識しませんでしたが(そういう仕事しか知らなかったので…)、自分がテレビに出演し生中継 を行ったり、視聴率が30%を超える番組のプロモーションを行ったりという「超」マスコミュニケーションの仕事でした。以降、アップル、MTV、マクドナルド などで広義でのコミュニケーションの仕事に携わってきましたが、インターネット(インタラクティブ)メディアが日本に浸透するに連れ、「マスメディア」と 「ネットメディア」をごく普通に並行して利用してきました。そういう意味では「広告」と「広報」の違いというものを、あまり意識せずにきました。簡単に 言ってしまうと、広報でも広告で「手法」(ツール)はどっちでもいいと。

その後、mixiという、ソーシャルネットワーク企業を経て、現在はフランスに本 部を持つ世界の医療団という国際NGOの広報(証言)活動をしています。ソーシャルメディアの企業でも、国際NGOでも、必要に応じて、テレビCMも、戦 略PRなる手法も活用します。今回、お時間を頂き、もっとも良かったと思うのは、「手法」の「呼び方」自体よりも、大事なのは考え方の「本質」であり「中 身」(リアル)であるという共通の考えだったことです。私はこれまでも(今でも)「混沌」としたリアルなマーケティングの世界におります。手法についての 呼称はどうであれ、結論として、それほど大きな間違いではないことが確信できた次第です。

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