21世紀のビジネス最前線 ゲーム業界 その1崩れはじめたビジネスモデル
業界を飲み込む変化の波とは?

(2011.10.29)

今、ゲーム業界を牽引してきたプレイヤーが様変わりしようとしている。その中心にいるのがソーシャルゲームの存在だ。ソーシャルゲームとはSNS上でソーシャルアプリとして提供されているゲームで、SNSのユーザー同士がともにゲームを楽しめる、あるいはゲームを通じてコミュニケーションを取ることができるといったものである。Facebookで最も人気の高いゲームを提供するアメリカのZynga(ジンガ)社は現在ユーザー数が3億人をこえるユーザーを抱える。

そのような変化を前に、既存の市場で戦ってきたゲーム会社は、以前と同じようなやり方では通用しなくなってきた。たとえば「PlayStation3」「Kinect」といった高性能ゲーム機にゲームソフトを提供するためには、莫大な開発費用がかかる。市場の細分化が進むなか、ゲーム会社はそれだけの開発コストを回収できるか頭を悩ませている。一方スマートフォン向けゲームやソーシャルゲームの開発にかかる費用は比較にならないほど少なく、それを受け、多くの企業がソーシャル戦略に力を入れ始めている。 

以上のような状況を踏まえ、これまで市場で成功を納めてきたゲームクリエイターはゲーム市場の最前線をどのように分析し、今後の舵取りを行おうとしているのか。そして新規参入であるソーシャルゲームが思い描く戦略、そしてユーザーの嗜好性の変化とは何か。今後のゲーム業界を決定づける大きなターニングポイントを捉えるべく、キーパーソンに取材を行った。第1回目は日本最大のゲーム展示会「東京ゲームショウ2011」の一般社団法人コンピュータエンターテインメント協会会長 和田洋一氏の基調講演の模様をお伝えしたい。

大規模な業界再編をどう見る?
歴史から紐解くゲーム業界のいま。

社団法人コンピュータエンターテインメント協会会長
和田 洋一

コンピュータエンターテインメント産業の振興を図るコンピュータエンターテインメント協会会長。ゲーム産業の直面する状況は、混沌に拡散していくのか、それとも秩序に収斂(しゅうれん)していくのか。変化の底流に流れる大きな法則について講演した。和田 洋一氏は『ドラゴンクエスト』『ファイナルファンタジー』のゲームを世に送り出してきたスクウェア・エニックス代表取締役社長でもある。

カジュアルユーザーの増加により、
ゲームへの投資が少なくなってきた。

ゲーム業界では20年のあいだに培われた固有の約束事ごとがありました。たとえばユーザーインターフェースやRPGは約束ごとのかたまりです。しかし現在、こうした暗黙のルールに縛られない企業が多く参入するようになった。ネットワークがプラットフォームになった2000年中盤以降、こうした企業とゲーム会社がはじめて競合するようになりました。マーケットが拡大していくなか、既存の市場で戦ってきたゲーム会社は、これまでと同じようなやり方は通用しないことに留意しなければならないでしょう。

気を付けなければならない点としては、お客さんの投資が少なくなってきているということです。ゲームする人は、やる気満々だと思うんですね。そのために何万円ものお金を投資してきた。

ところがゲーム機がプラットフォームとして普及し、ネットでつながった2007年度以降、物理的なゲーム機ではなく、ネットワークがプラットフォームになってきました。そしてiPhone、iPad、Androidなどをはじめ、ゲームではPSN(プレイステーションネットワーク)が出てきた。汎用機になると、端末にあまり意味がなくなってしまいますので、ユーザーがゲームをするために必死になるといった部分がなく、カジュアルユーザーが増えるわけです。ゲームを作る側はそこに注意しなければなりません。マーケットの拡大というのは、お客さんの層が分散していくということです。いままでと同じようなお客さんはもちろん大切です。しかし、その他の層のお客さんにも今後あたらなければならないということを留意しておく必要があるでしょう。

これからは他のエンターテイメントとの勝負。
これまで培ってきたユーザーに関するノウハウが強みとなる。

2009年度以降から苦労しているのは、専用機と汎用機の差がなくなってしまったと同時にプラットフォームがネットワークに移ってしまった為です。そうするとマーケットの変化によって、お客さんが違う。マイクロペイメントによってビジネスモデルが違い、ディストリビューションが違います。そうしたことが、いっぺんに来てしまった。順番にきたのではなく、いっぺんにきたということは、本質的な変化が起きたといって過言ではないかもしれません。

もうすでにコミュニケーションの部分に関して大手はかなりキャッチアップしているようです。ゲーム業界の変化は第2波、3波と数年間続くことが予想されます。ただしこれはゲーム機固有の競争にはなりません。汎用機になってネットワークがプラットフォームになっているので、どういったゲーム体験を提供できるかということで、これからはゲーム機市場だけの勝負ではなく、ほかのエンターテイメントとの真剣勝負になっていくでしょう。一方で、これまで培ってきたユーザーに関する知識やノウハウといったベースを持っているので、こうした変化のもと、脅威だけでなくチャンスも拡大すると考えられます。

ユーザーが価値を認めてお金を払うのは、
コピーが出来ない「経験」や「コミュニケーション」

では、ユーザーは何に対して価値を認めてお金を払ってくれるのか? たとえばワープロでは昔ソフトと機械が一緒だったんです。ところがMSDOSなどが出てきて、PC、OS、ワープロソフトに別れた。こうしてハードとソフトが分離したなかで、ユーザーは果たしてハードとソフトどちらに価値を置いているのかというと、時代の流れとしてはソフトに価値が置かれました。たとえばPCではExcelをはじめとした表計算ソフトが普及し、その後表計算をつかった会計ソフトが登場しています。

ゲームでも同じようなことが起きました。そこで次に重要なのはコピーできるかどうかです。海賊が良いとか、そういうことではなく、ユーザーが価値を認めてお金を払うのは、ソフトではなくそれを用いてどのような経験が出来たか。そこに対して価値を認めてくれるのだと思います。したがってコミュニケーションに価値がシフトして行きました。業界としてはめずらしいことです。実際にお客さんが投資するものと回収モデルの乖離、この問題はものすごく難しいものです。しかし、もともとゲームとはそのようなもの。僕の定義として、ゲームとは「ルールの伴ったコミュニケーション」だと思っています。たとえば将棋でいうと、将棋盤と駒なら誰でも作れてしまいます。つまり将棋のルールに価値があるわけです。それも普及したとなると、全然違う付加価値をつける必要がある。プレーする個人対戦の面白さというものがありますよね。これがプロバイダデータにあたります。将棋は何千年も前の話なので、いまでは定盤解説や定石の面白さ、段位取得などがあります。こうしたところから非常に学ぶところ大きい。そこにコンピューターがどうやって介在するか。はじめコンピューターは人間の代わりに相手をしてくれました。いまは人間と人間を仲介してくれます。このような介在の仕方がどう変わっていくのか、どうデザインしていくかということがきっと競争のベースとなると思います。