片岡英彦のNGOな人々 (Non-Gaman Optimists)堀江貴文・信念を正しく伝えるため
まずは自分をさらけ出してみた。

(2013.12.26)

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「NGOな人々」”Non-GAMAN-Optimist”とは「ガマン」していられず、チャレンジをし続け、決して諦めない「楽観人」のこと。第39回目のゲストは、出所後初の書き下ろしとなる単行本『ゼロ』を出版された、ライブドア元代表取締役CEOの堀江貴文さんです。

■堀江貴文 プロフィール

1972年福岡県生まれ。東京大学中退。実業家、ライブドア元代表取締役CEO。2006年1月、証券取引法違反で逮捕。懲役2年6ヵ月の実刑判決。2011年6月収監。長野刑務所服役中もTwitterやメルマガ「堀江貴文のブログでは言えない話」にて情報を発信し話題の人であり続けた。2013年3月27日仮釈放。出所後初の書き下ろしとなる単行本『ゼロ』(ダイヤモンド社刊)を発行。書籍の制作過程、販促活動をオープンにする、新しい試みにチャレンジし、100万人に届けることで世の中を変えることを目指す「堀江貴文ミリオンセラープロジェクト」を実施中。同書の発売直後11月に刑期満了。 
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photos / くすきはいね

 

◆20代も70代も一緒

片岡:一連の「事件」について、僕は個人的にですが「国策捜査」だったと思っています。「冤罪」もしくは「過度に不平等な扱い」だったと思います。ただ、今日、この場でそのことを伺ってもしょうがない。何より堀江さんご自身が望んでいないと思います。あえて一番、最初に伺いますが、今、この件で、お伝えしたいことはありますか。

堀江:ないです。もういいです。

片岡:20代の若者から相変わらず支持が高い気がします。この若者からの期待を嬉しく思いますか?重荷に感じたりしますか?それとも、あまり気にしていないですか?

堀江:あんまり考えないですね。株主だったら利害関係があるし、何か返さなきゃと思いますが、20代の彼らとは直接的に利害関係があるわけじゃない。僕は「ギブ」するけど、彼らをタ-ゲットにしているわけではない。彼らから何かを得ているわけでもない。「ギブ&テイク」の関係ではないから、あえて「20代」という風に考える必要もないと思います。こうやって聞かれない限りはあまり考えないですね。

片岡:地方の講演会等で若い人たちから質問された時などはどうですか?

堀江:もちろん、ひとりひとりに質問をされたらそれに対してアドバイスや感想を言ったりはします。でも元々僕の中に世代論というのが全くないんです。70代のおじいちゃんも20代の若者も僕の中では一緒なんです。

◆信念を正しく伝えるために、まずは自分をさらけ出してみた。

片岡:このタイミングで『ゼロ』を出版した理由はなんですか?

堀江:僕が出しているメッセ-ジが「伝えるべき人に伝わらない。どうしたらいいだろう」というのが大きい理由です。今まで出した本と比べて、書いてあることは変わらないんです。3章、4章なんて今までの本の集大成みたいな感じです。ただ「結論だけ書いてちゃだめなんですよ」と編集者に言われて「そうなんだ」と初めてわかりました。(笑)

片岡:それは「稼ぐが勝ち」って結論だけだと誤解されちゃうという意味ですか?

堀江:「稼ぐが勝ち」はタイトルだけで、テ-マは「自分に自信をつけよう」という内容なんです。僕はずっと同じことを言っているんです。「自信というのは自分を信じること」「なにも信じられないかもしれないけど、ひとつだけできることがある、それは自分を信じることなんだ。それはつまり自信ってことなんだ」ということを書いているんです。それで、「自信をつけるにはなにをしたらいいんだ。一番てっとり早いのはお金を稼ぐことだ」。『ゼロ』の中では「働く」と書いていますが、「働く」というのは「稼ぐ」ことです。

同じことを言っているんだけど、以前とは書き方が変わっている。『ゼロ』の書き方は、導入部分としてまず自分自身について書いています。編集者から、「自分をさらけ出すということをしないとみんなは見てくれない。結論だけだと共感しない」と言われました。僕は今まで「そんなのどうでもいい」と思っていたから、「え、そうなんだ……」と思いましたよ。(笑)

でも僕は、その人に別に共感しようがしまいが、その人がいいことを言っていると思えば取り込むし、別にその人の人格なんかどうでもいいと思っているので、自分をさらけ出すことが必要だということすらわかっていなかった。結論さえ書いていればいいと思っていたんですよね。

片岡:自分が思う「信念」を表に出すことがまず大事だと思っていたんですね。

堀江:今でもそう思っています。ただ世の中というのは「ふわっとしたもの」に覆われている。「この人なんとなく好きだな、嫌いだな」というところで線引きをしている。それって特別な根拠があってのことではなくて、どちらかというと噂話や都市伝説に根拠があったりするわけです。

多くの人は「女はカネについてくる」と僕が思ってるんだと本当に思ってる。だけど僕は「そんなに世の中甘くねぇよ」って思ってるわけです。すごく「ふわっ」としたところでみんな物事を見ている。僕はそれが許せなかったんです。「なんでそんな本質的じゃないところで動いているの?」というのが僕の中ではすごくあります。うまく言葉に言い表せないですけど。


出所後初となる書き下ろしとなる単行本『ゼロ』を出版した堀江貴文さん。

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片岡:『ゼロ』ではそこを相手にわかってもらいやすいように表現していると。

堀江:編集者からは、「タイトルを手書きで書いてくれ」と言われました。僕は手書きなんて意味はないと思ったけど、今回、「ミリオンセラ-・プロジェクト」をやるって決めて、「なんでもやります!」って言っちゃったから、「堀江さん、なんでもやるっていったじゃないですか!」って言われると何も言い返せないんです。「文字で人の人格がわかる」って「そんなわけないだろう!」っていまだに思っているんですが。

だけど書道家の武田双雲さんがこの前ツイッタ-で、「堀江さんの字には力がある」ってツイ-トされてて、思わず「そうですか、ありがとうございます」、って言っちゃったんですけど。 (笑)

片岡:日本人って手書きがとにかく好きですよね。

堀江:僕は手書きで書いてくる手紙は苦手です。証券会社の営業マンの手紙が手書きでくるんですが、読まずに捨てますからね。「なにこのあざとい営業」みたいな。(笑)
刑務所に手紙をいただく方に、あらかじめ「手書きじゃない手紙でください」って言うんですけど、それでも手書きが届くんですよ。読みづらくてしょうがない。達筆であればあるほど読みづらい。それと、「手書きの手紙」って自分からも送りにくいじゃないですか。「よ-し、書くぞ!」って、なってからしか書き始められない。気合いが必要だから嫌だ。(笑)

メ-ル感覚で、ライトなのをたくさんもらった方が、僕にとっては嬉しいんです。情念のこもった手紙を年に一回くれるよりも、ワ-プロでいいので、毎月送ってくれた方が僕は嬉しいんです。LINEのメッセ-ジぐらいの感じで送って頂ければいいのになと思っていたんです。


編集者から「自分をさらけ出すということをしないとみんなは見てくれない。結論だけだと共感しない」と言われました。

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片岡:人間関係もライトな方を好みますか? 麻雀よりもカラオケ、カラオケよりもSNSといった感じの世の中ではありますが。

堀江:いや、僕は麻雀も好きだし、カラオケも好きです。(人間関係は)グラデ-ションになっているから一概に言える話ではないと思いますけどね。

片岡:知らない人から来る「応援の手紙」とかはどうですか?

堀江:知らない人から手紙もらってもあんまり嬉しくないです。自分が好きだと思っている人から手紙が来ると嬉しいけど、どうも思ってない人から手紙をもらってもあまり嬉しくないですね。

片岡:本当に支えてくれている人との繋がりを大事にしている?

堀江:そうですね。

◆あえて口にしない。

片岡:『ゼロ』の中でご両親について触れられていました。私が過去に読ませて頂いた限りでは、ここまでご両親について踏み込んで書かれていたのは初めてでした。ご両親から与えられた影響は、結局のところ、ポジティブなもの?ネガティブなものでしたか?

堀江:それもまさにグラデ-ションだと思います。二元的に、白黒付けられるものじゃない。

片岡:ご両親から生まれてきて良かったと思うことはなんですか?

堀江:健康。あえて言うならば生物学的に健康な遺伝子をもらったということです。(笑)

片岡:二番目は?

堀江:なんだろう……。僕はこうして欲しかったというのが本当にいっぱいあるので、あんまりポジティブなことって思いつかないですね。別に感謝しなくちゃいけないと思うことでもないですし。こういうとドライだと言われるけど、そもそもそういうことを公の場で言うのって気恥ずかしくないですか。「父親にどんなことを教わりましたか」みたいな話をして、唯一「チンポをちゃんと洗えよ、綺麗にしとけよ」と言われたのを覚えていますね、みたいな。(笑)

片岡:それはそれで微笑ましくはあるけど、聞きたい核心の話ではないですね。(笑)

堀江:それをあえて言うのって難しくないですか?

片岡;そういう答えで十分だと思います。(笑)

◆宇宙旅行のプラットフォ-ムを作りたい

片岡:未来の話についてお聞きします。第5章に書かれている宇宙事業の件について。今後、堀江さんは宇宙との関係でどういう役割を与えられていると思いますか。

堀江:役割を与えられているかどうかわからないけれど、宇宙旅行を普通の人でも行かれるように、(1億円ではなく1000万円程度に)できるだけ安くするということです。

片岡:普通の方は1,000万円払えないですけど……

堀江:いや払えるでしょう。だって家を買ってるじゃないですか。何回も行く人はマニアックな人です。そういう人もいるとは思いますが、大多数の人は一回行けばいいんで、1,000万円位だったらいいんじゃないですか?もちろん、そういうプラットフォ-ムを作りたいという意味です。そうするとそのプラットフォーム上で面白いことを考える奴らがいっぱい出てくる。

なんで、空飛ぶ車がまだ存在しないのか、僕の頭の中では当たり前のことが当たり前にできていない。だから、自分がやるしかない。誰かがやればそれでいいんですが、誰もやらないから僕がやる。ただそれだけです。原動力、というよりも「当たり前になってないことがおかしいよね」という、ただそれだけの思いです。

***

片岡:ビジネスとしてやろうということですね。

堀江:それは「サステナビリティ(sustainability:持続可能性)」が必要だからです。

片岡:お金をちゃんと払えば、誰もが普通に宇宙に行けるような「仕組み」を作る?

堀江:民間企業が政府に頼らずにお金が回っていくような仕組みにしないと、サステナビリティとして成り立たちません。政府のお金をアテにしていたらいつ予算カットされるかわからないですから。実際、NASAも予算をカットされているわけじゃないですか。政府のお金を継続して使うからには、万人に理解されないといけないですよね。世の中のほとんどの人がレイトマジョリティですから、万人に理解されないといけない先進的な事業は国の力だけでは進めることができない。

片岡:応援する人もいれば、笑う人もいるかもしれない。

堀江:それはいいんです。自分がやりたいことをやれると思ってやっているだけですから。

片岡:昔も今もそういう気持ちは変わらないですか?

堀江:そうですね。

◆ひとりに依存しない生き方。

片岡:そういうところが20代に好かれる要因だと僕は思います。僕自身も尖ってはいる方だとは思いますが、それでも40歳を過ぎると、なかなか自分だけの思った通りには、突っ走りにくくなりました。

堀江:どうしてですか?何を守るんですか?守ってもいいことなんかなにもないと思うんですけど。

片岡:家族がいると、ボトムとして必要な生活費が自分一人の時とは変わってくるじゃないですか。

堀江:なんのためになぜ家族を守っているんですか?

片岡:守らないと、とんでもないことになるという「恐れ」です。

堀江:「とんでもないこと」ってなんですか?

片岡:僕以外の家族が路頭に迷いかねない。

堀江:路頭に迷ったっていいじゃないですか。

片岡:そう思う時もあるんです。でもそれは人としてマズイかなと思って。

堀江:何とかなるでしょ。僕は何とかなると思っていますけど。むしろ路頭に迷っちゃうでしょと思っていることの方がおこがましいと思います。

片岡:何とかなるかもしれないし、何とかなって欲しいとは思う。でも、何とかならない可能性もある。そこが僕の思う「サステナビリティ」なのかもしれません。世の中の「ふわっとしたもの」の代表みたいですが、子どもが二十歳ぐらいになるまでは、「企業」を回し続けていくのと同じように「家計」も回し続けていかないといけないと思っている。

堀江:それはそう思い込んでいるだけのような気がしますけどね。だって自分が思っているほど頼られてないと思いますよ。それは自分のプライドだと思います。そんな大層なものなのかと。だから僕、こういうこと言うと原理主義者の人とは喧嘩になりますね。家庭とはこうあるべきだ、子供との関係はこうあるべきだ、という人とは、激しく言い争いします。そういう考え方があるのは構いませんし、あなたがそう思うのはいいけど俺には押し付けないでくれよ、と思います。

***

片岡:それが多数意見であったとしても、自分の意見は違うということですよね。

堀江:ただ、僕の考え方を受け入れられない方はたくさんいると思います。そんなこと言わなくてもいいのに言っちゃうから、女の子に嫌われちゃったりしますよね。

片岡:でもそこが「格好いい」という女の子も多くいますよね。(笑)

堀江:そうですね。今後は、結婚しない生き方の方が普通になってくると思いますよ。もうね、週末婚位の方がちょうどいいと思います。四六時中一緒にいたら絶対ほとんどの人がおかしくなると思います。週末婚位の方がむしろ長続きすると思います。

片岡:僕はドアを開けると家族がいる。それが当たり前というベースでしか、今はなかなか新しい発想は出てこない。

堀江:それを失った時の喪失感ってすごいと思いますよ。僕はすごく嫌ですね。だからこそ人間関係をあえてそういう風に薄めているのかもしれないですけど。人間関係に、ポ-トフォリオ組んで、ひとりの人に依存しない生き方をしているのかもしれない。

だって絶対に「別れ」ってくるじゃないですか。辛いでしょう?絶対嫌だもん。たくさんの人とそうやって人間関係を作っておけば、ひとりいなくなっても精神的ダメ-ジは少ないでしょう?

片岡:失うことの辛さ……そのダメ-ジが大きいんですか?『ゼロ』の中に「一人だと寂しい」と書いてありました。

堀江:ええ。

片岡:理屈ではわかります。

堀江:ひとりの人に依存していた方が楽ですよ。でも、楽をしていると絶対そういうこと(失った時の喪失感)になっちゃうからいやだなと思って、だから、依存したくないのだと思います。

片岡:最後、慌ただしくなってしまってすいません。時間が来てしまったようです。ありがとうございました。

●インタビューを終えて

自分では「長所」だと思っているのですが、私はあまり人に対して「嫉妬」をしません。どんなに自分よりお金持ちや、地位の高い人や、特別な能力等を兼ね備えている人に対しても、単純に「すごいなー」「面白いなー」「カッコいいなー」とは思っても、「何で自分は、あのようになれないのだろう……」「あの人が羨ましい……」とはなりません。

ところが、このことが「短所」になる時があります。どういう時かといいますと、「人は嫉妬をする」「嫉妬をする生き物だ」ということが直感的に分からないので、他人の「嫉妬心」に対する配慮が欠けてしまうことがよくあります。「時代の寵児」として多くのメディアが堀江さんを報じていた時にも、私は「嫉妬」というものを全く感じませんでした。むしろ「面白そうな人だ」「次は何をするのだろう」という好奇心と期待感をもって見守っていました。

今回、お話を伺って、自分がこれまで滅多に感じたことのない「嫉妬」を感じました。それは、今の自分はどう転んでも『ゼロ』というタイトルの書籍は出版できないと思ったからかもしれません。自分の10歳と6歳の2人の息子には、私よりも堀江貴文さんのような人物に育ってくれると、親としてその方が嬉しいなとさえ思ってしまいます。きっと自分の心の中のどこか隅っこに、堀江さんのような人物への「憧れ」があるからかもしれません。「絶対にそうなれ!」という子どもらへの押し付けではなく、あくまで「ふわっ」とした、私の感情として。