100年かけて培われた企業理念で、
展開される貝印のCSRとは?

(2012.12.14)

伊勢谷友介が遠藤宏治社長に聞く、
貝印のCSR活動に求めるもの。

CSR=企業の社会的責任という言葉が使われるようになって10年ほど。企業の売り上げのなかから幾ばくかを使って、新たな活動を生み出し、社会貢献を推進していく。そのようなCSR活動が様々な企業で展開されているが、最近では多様な捉え方も見られるようになってきた。それは本来的な意味でのCSR活動への回帰ともいえる。

世界的な刃物メーカーである貝印のCSR活動はユニークだ。俳優の伊勢谷友介さんがパーソナリティを務めるウェブラジオ番組「KAI presents EARTH RADIO」もその一環として位置づけられるだろう。この番組は3年目をむかえ、今年は「100年後の未来をつくるニッポンの現場」を取材している。何かのプロダクトや場所をつくるなど、どこかにお金を落とすような直接的な活動になりがちななかで、貝印は哲学や理念を広めていくこと、ある意味でのメディア化にCSRの意味を置いている。

そこには、貝印が持っている会社の歴史や理念が深く関わっていた。貝印は、多くの関連会社とともにKAIグループとして製品を生みだしているが、なかでも製造を担うカイインダストリーズは、今なお、刀鍛冶の伝統を受け継ぐ関市に本社を置いている。その本社と工場を伊勢谷友介さんとEARTH RADIOクルーが訪れ、遠藤宏治社長とのトークセッションが実現した。さらに本社社員に向けて、EARTH RADIOが3年間行ってきた活動の報告会も行われ、貝印が考えるCSRの秘密を探る機会となった。

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EARTH RADIOは、100年企業である貝印にちなんで、これから100年先にあるべき未来の姿を見つめ直す。そのヒントを求めて、今まで世界各地で取材してきた。

リベラルかつオーガニックな街として有名なサンフランシスコ。ラップランド大学の教授からサステナビリティの講義を受けたフィンランド。ポール・コールマンさんと植林した南アフリカ。パーマカルチャーという概念をつくりあげたひとりデヴィッド・ホルムグレンにインタビューしたオーストラリア。そして3rdシーズンとなる今年は日本国内の「現場」を歩き続けている。

東京の明治神宮の杜(もり)から始まり、長野県安曇野、岡山県美作、鹿児島県屋久島、栃木県那須、島根県海士町、岐阜県明宝・飛騨高山などを訪れ、各地で積極的に活動しているキーパーソンたちに取材をしている。これからも神奈川県藤野、高知県などの取材が控えているという。

取材を進めるうえで、大切にしているのは現場感だ。机上の理論で終わらせることなく、必ず現場に赴き、その地域で行われていることを、肌で感じ取っている。環境への取り組みや地域おこしの手法は、理論上、同じように見えることも多い。今年の収録に限っても、限界集落や森林保全、バイオマス、小水力発電、太陽光発電など、キーとなる同じフレーズがたびたび登場しているが、やはり土地によって、その課題や方向性は異なるものだ。そんな細かな差異も、現場で話を聞くことで丁寧にすくい上げている。

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もうひとつの活動として「元気玉プロジェクト」があげられる。いわゆるクラウドファンディングのプラットフォームだ。元気玉とは、言わずと知れた「ドラゴンボール」のなかに出てくるお馴染みの必殺技。地球のみんなから少しずつ元気を集めて強敵を倒すというもので、伊勢谷さん発案によるこのネーミングは、クラウドファンディングの特性をうまく表現している。今まで、安曇野にシードバンクを設立したり、震災の影響で開催されなかった飯舘村の卒業式を実現するなど、数々の活動を支援することに成功している。EARTH RADIOの活動では補いきれない具体的な動きを元気玉プロジェクトで補完し、この二つを両輪としてCSR活動を走らせている。

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こうした活動をCSRという枠組みのなかで行っているが、“与える”のではなく“支える”ことが、貝印が考えるCSRであるようだ。与えて、一時的に潤うかもしれない。しかし100年企業の貝印はそれだけを良しとせず、支えて、その上で社会との関わりを見いだしていく。

遠藤社長は、CSRという言葉をそれほど意識していない。

「会社が通常経営において、社会に対して誠実であること」が大切であるといい、それこそがCSRが持つ本質を言い当てているように思える。
「企業ではどうしても売り上げ重視になりますが、それは結果でしかなく、本当に大切なのはどれだけみんなが幸せに働いたか、製品を使ってどれだけ幸せになれたか。それが価値判断であるべきです」と遠藤社長は、人間らしさの本質を問う。
「いかに誠実に生きるか、誠実に企業活動するか。それに尽きる。そこから派生する形でCSRが出てくるべきだと考えます」という遠藤社長。CSRという言葉が生まれるずっと前から企業活動をしてきた貝印にとって、企業活動とは社会、特に地元との密接な関係性を築き上げながら行うものだったのだろう。だからこそ誠実であることが求められる。

伊勢谷さんも遠藤社長の言葉に共感する。

「誠実なことに自ずとひとは付いてきて、信頼も生まれます。これからは遠藤社長のように考える社長が当たり前のように増えてほしいです。人類と地球全体のバランスも考えて、自分の行動そのものが環境に与えるインパクトまで意識すべき」
 


貝印の遠藤宏治社長。この日の取材は、関市にあるゲストハウス思遠庵にて行われた。all photos by Suzu(fresco)

伊勢谷さんは貝印の企業理念を遠藤社長に問いかけながら、EARTH RADIOに賭ける思いも語る。

 

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貝印はいわゆるファミリー企業である。これだけの大企業になっても、あくまで私企業。極端にいえば、利益を出そうが出すまいが、その責任は遠藤社長にかかってくる。しかし株主至上主義に陥らないことの利点もまた大きい。

「投資家のひとたちが、その企業の活動に対して高い志を持っているかといえば、ほとんどの場合はNOです。だから、それが仮に社会に悪影響を与える企業だとしても、お金が集まってしまう可能性がありますよね。それが株式システムの悪い部分です。だから貝印が株式公開しないことは、潔さや誠実さの表れともいえると思います」と伊勢谷さんがいうように、優れた経営者が率いる私企業ならば、むしろこれからの社会にフィットするように思える。貝印はどれだけグローバルな企業になっても、自分た

ちのルーツは関市であり、地元を大切にし、誇りさえ持っているようだ。

「もともと関市の産業だった刀づくりというのは、とても複雑で、刀身以外にも、鍔(つば)もあって、鞘(さや)もあって、柄(つか)もあります。それぞれ鋳物だったり、白木だったり、糸で巻いたり。このようにたくさんの工程がありますが、今でも関にはそれらの技術や伝統などが残っています。実際、カイインダストリーズの刃物製造においても、我々にできない部品などの製造を、そのような技術を持つ職人さんたちに協力してもらっています。関の刃物には800年の歴史もありますし、伝統を残していかないといけないという気持ちが強いです」と、世界中に工場を持っている遠藤社長は、逆に関を意識するようだ。
 


カイインダストリーズ本社にて、社員のみなさんを前に、EARTH RADIOのこれまでの活動を報告。左は谷崎テトラさん。


この日EARTH RADIOスタッフはカイインダストリーズの工場も視察。100年以上続くものづくりの理念を実行する現場にも触れた。

 

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今ある場所、いる場所を理解して、地の利を活かし、社会のなかで何ができるか。
「ビジネスとか経済では計れない、本質的なものづくりが失われてしまう。生きる力が失われてしまう」という伊勢谷さんも、ローカルとグローバルのバランス感覚の重要性を感じる。

「身の丈ですよ」という遠藤社長の言葉が心に残る。世界中にこれだけのシェアを持っているメーカーなのに「身の丈」という。嫌みではなく、その感覚を捨てないでいることの強さ。日本的な謙虚さも捨てたものじゃない。調和を重んじる日本では、“企業の社会的責任”は、かつてより当たり前のように存在してきた概念なのかもしれない。100年企業の貝印においては、CSRは特別なことではない。普通のことを普通にできる能力が、貝印のCSRの秘密なのかもしれない。それはかつての日本の企業がみんな持っていた社会感覚なのだろう。

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