片岡英彦のNGOな人々 (Non-Gaman Optimists)東京五輪とホームレスの「光と影」
「排除」か? 「包摂」か? (前編)

(2013.11.11)

右から大西連さん、イケダハヤトさん、中空麻奈さん、そして片岡英彦さん。photos / 井上 昌明

「NGOな人々」”Non-GAMAN-Optimist”とは「ガマン」していられず、チャレンジをし続け、決して諦めない「楽観人」のこと。第36回目と37回目は「東京オリピックはホームレスを包摂するか? 」というテーマで、東京五輪開催とホームレス問題の「光と影」について、業種の異なる3名の識者の方々の鼎談でお送ります。「東京オリンピック」の開催決定を前向きに捉えつつ、ついつい忘れがちとなる “ホームレス”(貧困層)を、五輪から「排除」することなく「包摂」することができるのか。前編と後編の2回に分けてお届けします。

鼎談者プロフィール
■中空麻奈 プロフィール

中空麻奈 (なかぞら・まな) 1991年、慶應義塾大学経済学部卒業。(株)野村総合研究所に入社し、郵政省郵政研究所出向。1997年野村アセットマネジメント(株)に転籍、クレジットアナリストとして金融セクター、ソブリンを担当、以降クレジットアナリシスに従事。2000年モルガンスタンレー証券(株)に移籍、事業会社セクターを担当。2004年JPモルガン証券(株)に移籍、クレジット調査部長として全セクターをカバレッジとした。2008年よりBNPパリバ証券クレジット調査部長。『日経ヴェリタス』2010年より三年連続で債券アナリスト・エコノミストランキング、クレジットアナリススト第1位。著書『早わかりサブプライム不況』(朝日新書)

photos / 井上 昌明
■イケダハヤト プロフィール

イケダハヤト(いけだ・はやと 1986年 神奈川生まれ)ITジャーナリスト・ブロガー・講演家・ライター・コンサルタント・ソーシャルメディアマーケター(自称)。早稲田大学政治経済学部卒。2009年、新卒で半導体メーカーに就職し、1年ほどで退社。その後ITベンチャーに転職し、ソーシャルメディア活用についてのコンサルティング事業に携わる。2011年4月、NPO支援、ライター活動により多くの時間を割きたくなり、フリーランスに転向。「テントセン」という名前でNPOマーケティングを支援するプロボノ集団など結成。2012年11月、単著『年収150万円で僕らは自由に生きていく』を出版。

■大西連 プロフィール

大西連(おおにし・れん)1987年東京生まれ。新宿での炊き出しと夜回りの活動から始まり、現在はNPO法人自立生活サポートセンター・もやい にて、主に生活困窮された方への相談に携わる。関心領域は「貧困」「自殺」「社会的包摂」など。また、認定NPO法人『世界の医療団』ではホームレスの医療支援を行うプロジェクト『東京プロジェクト』にも携わる。『シノドスジャーナル』では、ホームレス支援、格差問題などに関するコラムも執筆。

片岡:初めに、今日お集まりいただいたお三方のご紹介をさせて頂きます。中空麻奈さんは、消費税率引き上げの是非を判断するために、安倍内閣が有識者から意見聴取する「集中点検会合」にも召喚され参加されました。報道で知る限りではありますが、その会合の中では一貫して「弱者保護(配慮)」の重要性についても言及されていらっしゃいます。

イケダハヤトさんは、昨年から『ビッグイシュー』のオンライン版の編集長もされています。ビッグイシューは1991年にロンドンで生まれ、ホームレスの人の救済(チャリティ)ではなく、「仕事を提供」し自立を応援する出版事業です。また、今回、東京オリンピック開催決定直後に書かれたブログ記事「東京オリンピックはホームレスを排除するか、包摂するか」を私が拝見させて頂き、この鼎談を企画させて頂くきっかけになりました。今回の鼎談のタイトルにもこのブログのタイトルである「排除」と「包摂」という言葉を使わせて頂いています。

大西連さんは、私が所属します、認定NPO法人『世界の医療団』のメンバーとしても、現在活躍されています。元々はNPO法人自立生活サポートセンター「もやい」にて、新宿での炊き出しと夜回りの活動などのホームレス支援活動から始まり、主に生活困窮された方への相談に、日々、携わっています。各種メディアでも格差問題、弱者保護、ホームレス支援等の立場から情報発信されていて、この手の世界ではかなり有名な方です(笑)。

手法・形式は異なりますが、皆さんが「弱者」に関して、何らかの支援や対策が必要ではないかと考えていらっしゃいます。今回は、なにか1つの結論を出して実行していこうというものではなく、お三方それぞれのご意見を伺い、話し合って頂くことで、2020年に控えた東京五輪の開催を前に、今はまだ顕在化しない“ホームレス支援”に関する「問題は何か? 」という問題が目に見える形となればよいと思っています。


「このまま何も言わなければホームレスの人が排除されてしまうだろう。気がつかないままどこかに行ってしまうのではないかという思いから、ブログを書きました。」というイケダさん(右)、「排除」に代わり「包摂」ということが、この7年間の後の日本の都市デザインで、いかにできるかというのが、今問われていると思います。」と大西さん(左)。
■「問題は何か? 」という問題

片岡:最初にイケダさんに伺います。東京オリンピックが決定した9月8日、あえて「東京オリンピックはホームレスを排除するか、包摂するか」というブログを書かれました。その記事を書かれた理由と、その時に感じていた危機感についてお聞かせください。

イケダ:僕はホームレス問題が専門ではありません。オンラインマーケティングやオンラインメディアの運営が専門であって、そのスキルセットがNPO、ソーシャルビジネスで使えると考え、自分の持っている武器を使いたいというところからホームレス問題に関わっています。ですから、炊き出しを行うなど、そういう現場でホームレス支援を行っているわけではありません。

一方で、メディア側の人間として興味深いし、解決しなければいけないと常々感じていました。オリンピックが決まってすぐ、ビッグイシューの打ち合わせをした時に、まず「(オリンピックが決まって)嬉しいけど、心配だよね」という話になりました。昔の東京オリンピック(1964年)でも、ホームレスの方々や、傷痍軍人の方が都内から排除されたという経緯がありました。直近で見てもスポーツのイベントをやると、だいたいホームレスは開催場所の近隣からは排除されます。アメリカのスーパーボウルでも、アトランタ、シドニー、北京、ロンドンのオリンピックでもホームレスの方々の多くが開催会場から排除されるということが既成事実化されています。このまま行くと日本でも同じようなことが起こってしまうのではないか。日本は元々ホームレス支援に関する意識があまり高くない国ですから、このまま何も言わなければホームレスの人が排除されてしまうだろうし、メディアも取り上げないのではないか。気がつかないままどこかに行ってしまうことになるのではないかという思いから、ブログを書きました。


©Maho Harada 世界の医療団

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片岡:ホームレス支援が“専門”の大西さんに伺います。実際に日々、ホームレスの方々と接する中で、五輪開催に関連した様々な影響が、今後7年の間にホームレスの方々やホームレス支援活動に及ぼすことと思います。その影響の「最悪の場合」と「最善の場合」を、想像しうる範囲で教えてください。

大西:“専門”というわけじゃないですけど(笑) 。五輪の会場を建設するにあたって、用地となる街のピックアップ、その街の再構築の過程でホームレスの方が事実上、現在いる場所にいられなくなる状況というのが考えられます。今度の東京五輪は都内での「コンパクト型」ということで、千代田区、中央区、港区といった23区の真ん中にある区だけではなく、葛西臨海公園(江戸川区)、代々木公園(渋谷区)などにも影響がありますし、明治公園(渋谷区)が新国立競技場の予定地になっています。その周辺にはホームレスの方々は結構います。

現時点で都内のホームレスの数は減ってきています。平成25年1月現在1,100人ですが、五輪の会場予定に該当する地域には400~500人くらいの方がいると言われています。特に明治公園には現在テントが10張位あり、野宿している人が30人くらい。代々木公園だと50人くらいいます。定住している人が多い地域なので、建造物の建築によっては、その方たちがどこに移るのか、大々的な住宅等の福祉的支援が伴えばいいですが、実際はなかなかそういう形にはならないことが多いので心配しているところです。

オリンピックによって街はキレイになり衛生的になるけれど、一方でそこに住んでいた方の保障がしっかりとなされるかどうかが問われています。イギリスから入ってきた、社会的に困難な人を包み込む包摂(inclusion)という言葉があります。「排除」に代わり「包摂」ということが、この7年間の後の日本の都市デザインで、いかにできるかというのが、今問われていると思います。

片岡:都内に千人で、該当地域に400~500人というと、私が想像していた人数よりも少ないのですが。

大西:実は国の調査(厚労省ホームレス概数調査)では、この10年位で1万人以上減っています。平成15年には全国で25,000人いたのですが、最新の調査では8,265人です。いわゆる皆さんがイメージするような3K(汚い、臭い、怖い)と呼ばれるプロトタイプ的なホームレスの方というのは激減しています。高齢化で体調を崩して入院してそのまま生活保護になったり、支援に繋がったり、東京都や国が政策を打っているのもあります。
一方で、いわゆるホームレスの方よりもその背景に「住所不定層」の人たちの存在が顕存化してきました。以前は、「住所不定層」=「ホームレス」の方が中心的だったのですが、今はネットカフェにいたり、24時間営業のファーストフード店等に寝泊りしていたりと、国の調査でも数値としてあがってこないニュータイプ的なホームレスの方、「広義のホームレス状態」の方が増えていると言われています。実数はもっといるのではないかと思います。

片岡:統計上出てこない暗数が存在するということですね。

大西:そうです。まだ調査ができていません。そもそも“ホームレス”の定義が曖昧です。

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片岡:続いて中空さんにお伺いします。ホームレスに限らず、若者も含む、「貧困層(弱者)支援」という観点で、今、日本はどういう状況にあると思われますか。良い方向に向かっているのか、それとも悪い方向に向かっているのか、「弱者保護」「格差問題」についてのお考えをお聞かせください。

中空:どちらの方向にあるかと問われますと、東京五輪をやる時に会場周辺に大勢のホームレスの人がいるのは、国が豊かでない感じがします。東京五輪が成功するためには何らかの手を打たなければいけないというところだと思います。手段として追い出してしまうのか、何らかの形での支援なのか、しかし支援するには、当然、費用がかかります。費用は財政負担にもなります。ご存知のとおり現在の日本の財政を考えるといろんなことにお金を使っている場合ではないということも一方であります。そこを全体的にうまく考えていかなければならないと思います。

片岡:「経済的合理性」では「ホームレス」は非経済的な存在で、五輪に限らず大型の公共事業などがありますと、効率性の観点から「排除」されることが多かったと思います。震災後、日本人の経済発展に関する感覚は少し変わってきた気もしますが、それでも「東京五輪」と「経済効果」の話は盛り上がる一方で、「東京五輪」と「ホームレスとの共存」というテーマですと、仮に講演会を開いても盛り上がらないですし、メディアもあまり取り上げないでしょう(笑)。新しいカタチの経済発展というか、イケダさんのいう「東京オリンピックはホームレスを排除するか、包摂するか」という命題について、どのように思われますか。

中空:マクロ的な視野とミクロ的な視野とで違うのだと思います。ホームレスの一人一人の方に会うと、支援しなければいけない理由がそれぞれにあるのだと思います。しかしトップダウンでマクロ的に見た時にはある程度のお金をつけてごそっとどいてもらおうということになりがちです。そこの「合成の誤謬(ごびゅう)」(ミクロの視点では正しいことでも、それが合成されたマクロの世界では、必ずしも意図していない結果が生じること)はあり得るものと思います。もしかしたら支援が手厚ければ手厚いほどやる気を失ってしまうのかもしれないし、そこの「合成の誤謬」を、五輪開催を手がかりになんとか正せたらいいなと思います。

ただ、私、この中で一番年上なのですけれども、残念ながらホームレス問題に関してはほとんど知識がありません。日本として助けなければいけない人たちはどのぐらいいるのかをまず知る必要がありますし、住所不定の漂流している人たちは辛い思いをしているでしょうから、ホームレスの人だけに手が伸びて、逆にそういう人達への配慮が抜け落ちてしまうということがないようにしたいなと、お二人のお話を聞いていて思いました。


©Maho Harada 世界の医療団
◆「他人事ではない」20代でホームレス支援に興味を持った理由

中空:お二人にお伺いしたいのですが、そもそも東京五輪が招致されたり、アベノミクスで一本目、二本目の矢が飛んだりしている時に、ホームレスに目が向く人は少ないと思います。その中で、若い人たちがそこに目をつけているというのはすごいなと思います。そもそもどういう経緯でホームレス支援に目が行ったのかを少し教えていただきたいです。

イケダ:シンプルですが、「他人事ではないな」というのが理由です。うちには1歳になる娘がいて、僕はフリーランサーで、妻は正社員として働いていますが仕事を辞めることも検討しています。当然ながら夫婦のどちらかが体を壊すことも考えられます。共働き状態ですが、それが崩れることは容易に考えられます。冷静に考えると年収300万円位で子供を育てて都心で生きていこうとすると家計が赤字になるんです。それで、最初日本橋から品川区の中延に引っ越して家賃下げたけれども、それでも住めなくて今は郊外に住んでいます。子供を育てるには品川区は僕らの負担は高い。もうひとり生まれたらさらに郊外に住んで家賃もっと下げようと思っています。家賃が高くてそれによって選択が狭まってくるんです。僕はライターをやっているのでどこにいても暮らしていけるのですが、都会の「排除の域」が広がっていると感じています。

でも僕はまだ恵まれている方です。友達にはうつ病になって会社をやめて生活保護を受けようかという人もいます。僕もうつ病になりそうな気があったので、自分の収入が絶たれるということが全く他人事ではないんです。体壊したら終わり。なので、特に若いホームレス、路上に寝泊りはしていないけれどファーストフード店やマンガ喫茶で一夜を過ごし渡り歩いている人のことは他人事ではありません。僕の友人でリアルにそういう生活をしている人がいるんです。あとは脱法ハウス、違法ハウスという小屋みたいなところに住んでいる人も自分の知り合いにいます。家庭の事情で道を踏み外したらホームレスになるのはおかしくないと、ホームレス問題は全く他人事ではないと考えています。

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片岡:大西さんはいかがですか。

大西:最初こういう活動をした時には、貧困の「ひ」の字も知りませんでした。炊き出しに参加したのがきっかけです。偶然、仲間内の勉強会で「貧困問題」をテーマにしようということになりました。当時はワーキングプアとかネットカフェ難民とか言われ始めた頃で。たまたま僕が幹事になり、新宿での炊き出しに参加しました。新宿だと、300人くらいが炊き出しに並ぶのです。それまでホームレスの方といえば、通学の時に駅で寝ている方とか、終電のときに見る「街の構造物」としてしか考えていませんでした。自分たちと違うとか少し怖いという意識は今でもありますが、当時はより強くもっていたかもしれません。けれども実際には若い方が炊き出しに並んでいて、結構ショッキングでした。

この何年かでホームレスの方も世代構成など変わって来ていて、30代位の方もいます。統計的にはまだ少ないんですが、そういう方がいるとは思ってもいなかったのでびっくりしました。イケダさんがおっしゃったように、同年代でも転々としている同級生もいます。シェアハウスに住んでいる人もいます。家賃問題、公共料金が高い等色々な生活コストが高く、正社員で働いている人もなかなか給料が上がらないとか、毎日残業が大変で体壊すという話も聞いたりします。僕自身も仕事を二つ掛け持ちしていますが、フリーランスに近い形なので、イケダさんと同様に、体を壊したらどうしようかとか、将来年金をもらえるのかなど、不安も多く、自分の問題として考えているところがあります。

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片岡:中空さんにお聞きしますが、イケダさん、大西さんをざっくり「氷河期世代」、中空さんをざっくり「バブル世代」だとしますと(笑)、20代、氷河期世代のこの「危機感」をどう思われますか。

中空:お話を伺って、正直ショックです。確かに品川区に住むのは大変だし、私も都内の郊外から通っています。でも、それでおかしいと思ったことはないし、コストを下げて自分で幸せと思えればいいと思っていました。けれど確かに品川に住めなくなったというのは、「都落ち」的な感じがしますよね。お二人がフリーランスを選んだのは才能があるからだと思います。でもその分バックアップが少ない。ですから大抵の人たちはフリーランスではなく、どこかの企業に入って仕事をしているんですよね。

最近『くちづけ』( http://www.kuchizuke-movie.com )という映画を見ました。知的障がいの娘さんとお父さんの二人暮らしという設定なのですが、お父さんはガンになってしまい、それでは娘が天涯孤独になってしまう、それでは心配でおちおち死ねない、どうしよう?……というストーリーです。これを見て、日本のシステムでは障がい者を持った家族を「家族内でどうにかするしかない」ということに気づかされました。年金については、自分もどうなるかわからないという不安があります。こんなにダメな国であれば自分でしっかりしないといけない。体は元気でなければいけないし、何かあったら、残された家族は路頭にまよう等、今の日本の仕組みは不安だらけです。

今のままでは破綻する。だから、消費増税もして格差を減らす。その前提としては今もらいすぎている人は年金を減給していただく。高度成長期を越えて今日本は成熟期にいます。ですから、高度成長期に合わせて作った仕組みをそろそろ変えなければいけないと思います。そこに、弱者、貧困層、ホームレス、そういう層の人たちをどう取り込んでいくかが課題です。

◆「家」が先か、「仕事」が先か。

片岡:大西さんにお伺いします。比較的、多くの人々の心の底には“ホームレス”の多くの人は「自分がしっかりしていないから」“ホームレス”になった、という考えがあると思います。またそういう考えを助長するような「自己責任論」をことさら強調する議員さんもいます。その辺りについていかがですか。

大西:生活困窮者に対して特に厳しい風潮が拡がっていると思います。現在『世界の医療団』の理事を務める森川すいめい医師らが行った調査によると、ホームレスの6割がなんらかの精神・知的障がいの可能性があるという結果が出ました。

また、昨年、札幌の白石区の姉妹が餓死した事件がありました。妹さんが知的障がい者で、病気がちのお姉さんが生計を支えていたのですが、適切な公的支援につながることができずに、お姉さんが病死したあとに妹さんが餓死をしてしまったという痛ましい事件です。そういったことにならないまでも、もともと心身にハンディキャップを持っている人が生活困窮にいたる、孤立してしまう、路上生活者になるというパターンは非常に多いです。

今後、アベノミクスが成功すれば、仕事が増えることによって単純な路上生活者の数自体は減っていくことでしょう。ただ景気がよくなっても恩恵を受けられない人が、それでも路上に残ってしまいます。これには何らかのセーフティネットが必要です。私が活動する「もやい」では、ホームレス状態の方がアパートに入るための「連帯保証人」を約1000世帯、お引き受けしています。累計で2,000世帯。仮に、全世帯が滞納すると一世帯家賃が5万円だとすると、5×1000=5,000万円という赤字になります。連帯保証人ってとってもリスクの大きいことなんですね。

しかし、実際にはホームレス状態の方がアパート入居したとしても95、6%の方はきちんと家賃を支払ってくれています。アパートに入って住居を確保さえすれば、実は結構なんとかなるのです。パチンコやってどうのというのは、いないとは言いませんがほんの数パーセントの人たちです。お酒やパチンコをどうしてもやめられないという人に必要なのは医療支援です。「居住スペース」「生活の保障」そして「支える人」がいれば生活していけるというのが、これまで続けてきた活動からの実感です。

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片岡:イケダさんにお伺いします。東京五輪よりも先に日本が優先してやるべきことがあるんじゃないかという意見もあります。イケダさんはどう思われますか?

イケダ:僕もビジネスマンなので、経済が良くなる方がいいと思いますし、それによってホームレスが減ればいいと思います。一方で、現在の日本では住宅政策が、ないがしろにされていると常々思っています。欧州は公的な住宅がしっかりしていて、若い人達がそういうところに入れます。特にリーマンショック以降公共住宅を買う人が増えています。しかし日本では、都営住宅も建設されていませんし、僕がURに入るのも難しかったです。家賃補助を行う国も多くありますが、日本は行っていません。空家(資産)はあるのだからなんとかできないのか、住宅ローン減税もいいけど、公的住宅も増やして欲しいと思います。

今のホームレス問題にしてもそうですが、僕ら若い世代の住居コストは馬鹿になりません。若い世代に、子供のいる住宅に、家賃補助をという議論が出てきていいと思います。

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片岡:欧米だと「ハウジングファースト」という考え方がありますが、日本だとまだ定着していません。この辺りについて大西さんはどう思われますか。あと五輪よりも先にすることがあるのか、この辺りもお聞かせ下さい。

大西:イケダさんの話にも繋がりますが、日本の住宅政策は「持ち家」前提の政策だと思います。欧米は家賃補助がしっかりしていますが、日本は年収200万円以下が10%(2012年国税庁「民間給与調査」によると年収200万円以下は1015万人)なのに、生活保護の基準13万を割らないと補助がもらえません。ですから、家を買うほどではない中間層はカツカツになってしまいます。

ハウジングファーストは欧米のホームレス支援の業界ではよく使われている手法です。アパートに入りさえすれば、とりあえずの生活できる、また最低限の生活を支えていくことが出来る、という発想です。日本は就労支援が前提になっていて、まず就労することが出来たらアパートに入ってもいいという発想です。景気が良くなれば仕事は増えますが、残念ながらまだそこまで行きません。所得が低い仕事、不安定な仕事、住まいと仕事がセットになっている(住み込み)仕事が多く、仕事がなくなれば住まいも失います。「雇用の質」が低ければ低い程、住居の不安も高まります。せっかく就労したけれど仕事がなくなり、路上生活に戻る人も少なくありません。

欧米では、まず住居をきちんと安定させた方が、結果的に支援のコストも低くなるという考え方が実証されています。社会保険を収めてもらわなければならないし、セーフティネットを作るためにも所得を稼いでもらわなければならない。アメリカのNGOであるPathwaysの調査でも、先に住居を提供した方が経済的コストも低くなるという結果が出て、最近注目されています。

今回、約50年ぶりの2020年オリンピック開催ということで、タイミング的にはすごくいいチャンスだと思います。ホームレス支援は世界で今「旬」な話です。しかし、日本ではまだまだ地域のなかでいかに生活をしていくかではなく、「生存できるかどうか」というレベルのところにあります。一日中テレビを見て欝になってしまうとか、年齢不問の就労条件を見つけてハローワークに行くと実際に制限があるという話をよく耳にします。それでは、生きていく希望を見いだせない方も多いでしょう。「生存できる」ことは前提としつつ、どう生活していくか。また、地域のなかで生活し続けるためにはどのような支援が必要なのか考えていく必要があります。

これからは、そういう人達が集まるところを作っていく発想、居住、生活保証、コミュニティー、支援団体も含めた「生活できる街づくり」をしていけたら良いのではないかと思います。


『池袋あさやけベーカリー』。元ホームレスの人たちが、パンの調理を行い、毎週1回池袋周辺での路上生活の方へ無料で配布している。©世界の医療団
◆高度成長期からの制度の見直しとシンプル化の必要性

中空:お二人共相当考えてらっしゃいますよね。私は経済、政策を考え意見をさせてもらう立場にいながら、大きな経済政策を考える時に、“ホームレス”という対象が必ず漏れているというのを感じました。日本は今まで高度成長期がモデルで突っ走ってきましたが、そういう時代の流れがもうすでに歪んできています。7年後に東京五輪がきて景気が良くなって完全雇用がくる。その時に、景気の腰が折れないような経済政策を打つことは大事だと思います。そしてその時に今までの年金を含めた社会保障制度を変えていくべきだと思います。日本人として、私が死んでしまった50年後、そこら中に不幸な人々が溢れ、悲しく死んでいく国になっては困ります。ですから、最低限の生活ができる仕組みは、今のうちに作らなければならない。こういう若い方が意見してくださるのは大変嬉しいことです。

(後編につづく)