21世紀のビジネス最前線 ニューテクノロジー編仮想と現実を融合する技術は
暮らしをどのように変えるか?

(2012.02.03)


 

「PSVita」をはじめとしたゲーム業界におけるAR技術(Augumental Reality=拡張現実感)の本格的な導入。「Personal 3D Viewer」を始めとした3D技術を応用したデジタル機器。2011年はビジュアルメディアが数多く市場に登場した年であった。2012年、仮想と現実を融合する技術は私たちの暮らしをどのように変えるのか、気鋭の研究者に話を伺った。

慶應義塾大学大学院
メディアデザイン研究科教授 
稲見昌彦(いなみ まさひこ)

バーチャルリアリティ、ヒューマンインタフェース、ロボット分野を専門とし、平成23年度科学技術分野の文部科学大臣表彰若手科学者賞受賞。また、漫画『攻殻機動隊』に登場する技術「熱光学迷彩」をモチーフとして、再帰性反射を利用した「光学迷彩」を実際につくった研究者としても知られる。

3Dテレビは普及まであと一歩
くつろぎと3D技術を繋げられるか

−2011年は3Dテレビを始め、3D技術を活かした製品が市場に出てきましたね。

3D技術は映画館まで広がりましたが、その後は踊り場状態、そこまで広まっていない感があります。実はSONYがヘッドマウントディスプレイ(HMD)を出すのは3度目くらい。技術を製品として市場に出す時のタイミングが一番の難しいところです。定期的にこうした製品が市場に出ているのですが、タイミングといった意味で3Dテレビが家庭に普及していくにはまだ少し早かったかなと思います。

また3Dテレビそのものにも、「くつろぎ」と「3D」が技術的な制約によって上手く繋がっていなかったという課題がありました。映画館で映画を観る姿勢って決まっていますよね。一方、テレビは色々な姿勢で観る。テレビの前で正座して見る人は今だとあまりいませんよね。しかし現在の3D技術は多くの場合、見る姿勢が限られてしまうという技術的な制約があり、この制約はテレビだけでなく、実はカメラ側の問題にも起因しています。それが映画館では良くて、家庭ではイマイチというところに繋がっていくんじゃないのかなと思います。

一方で3DSはクリスマス前に「モンスターハンター3(トライ)G」が出たので比較的定着した感はあります。やっぱりすれ違い通信は良いですね。電車に乗ってギルドカード(プレイヤーの装備や武器使用頻度、生活日記が記載されたカード。他のプレイヤーと交換する)が貯まっていると「ああ、みんなやってるんだ」と思います。ドラクエシリーズの時も良かったけど、モンハンのすれ違い通信がまさかあそこまで面白いとは。まあそれは置いといて。こうしたCGを用いたゲームのほうが、カメラによる撮影条件の制約が無い分テレビの3Dよりも広まる可能性が高いと思っています。

写真左上はAR技術を用いた対戦ゲーム「Augmented Coliseum」、左下は触覚技術を用いた「Straw-like User Interface(SUI)」、写真右はマント部分が「透けて見える」光学迷彩。背景の映像がプロジェクターによってマントの再帰性反射材に投影される。
2012年は、ユーザーの状況を予測する
未来形サービスがキーワード

−2012年、稲見先生が注目しているテーマについてお聞かせください。

2012年にヒットしそうなものだと、ユーザーの状況を予測するサービスでしょうか。今までのサービスはたいてい過去の履歴を利用していて、過去にどういった場所に行ったかどうかで未来を予測しようとしていたのですが、それには限界がありました。しかし新しい考え方によって、未来のイベントもしくはユーザーが次に行きたがっている場所などを予測するサービスが実現できるようになるかもしれません。

例えば「キタコレ!」というウェブサービスは「◯◯月〇〇日、あのコンサートに行きたい」といった自分のカレンダー、また行きたいレストランリストなどのwishリストなどを共有するサービスです。本人が明示的に書いていることをある程度分析することによって、「このくらいのタイミングに〇〇をしたほうが良い」など、未来と今を繋ぐ導線をシステム側が引きやすくなった。つまりより精度の高い未来形のサービスが来るんじゃないかと思っています。コロンブスの卵だし、予定なんてみんな書いてるから当たり前じゃないかと思うかもしれないけど、過去の履歴に基づいて動向や嗜好を予測する従来型のシステムに対して圧倒的にアドバンテージがある。ある人が未来にやりたいことを書くと、似たような考えを持つ人も同じように思うかもしれない。今までは過去の行動に基づいて、横につながった情報を出していた。それが先の情報を出し、みんなで未来を作れるようになってきていることに面白さを感じます。

キタコレ!は「デジタル」「アナログ」「ソーシャル」の視点でユーザーの興味関心に合わせたイベント情報をオススメするwebサービス。
注目を集めるAR技術
拡張現実は情報を「自分ゴト化」する

−昨年度はPSVitaを始め、AR(拡張現実)技術を導入したゲームが注目を集めました。AR技術は私たちの生活をどのように変えるのでしょうか。

ARは人が作業を行うことを支援することができます。だからゲーム以外の分野で広がりそうなのは、まず自動車を始めとした交通、医療などシリアスな分野が考えられます。特に医療では診察のほか、患者さんに色々と説明するときに使われることも考えられますね。「ここが骨折しているから、こんな風にねじっちゃだめだよね」とか。あとは筋トレするときに「足を上げてこの方向に動かすと、ここに力が入るでしょ」って見せながら教えることが出来る。今まではたいてい横に図を出して説明していたけれど、それだとある意味で他人ごとじゃないですか。ARがあると、自分の手やお腹を見ながら、もしくは鏡を見ながら治していくことが出来る。

ARの考え方はいくつかありますが、情報の出し方において1番抜けているものは一人称の視点だと思っています。今まで人は情報を彼・彼女・彼らといった三人称の視点で見てた。つまり何かモノがあって、それを介して見ていたということです。ARを使うと自分の体、つまり一人称として見ることが出来る。ARは情報の一人称化技術とも言えるのではないでしょうか。

だから、応用する分野としてサイネージも効果的な取り組みだと言えます。博報堂のキーワードでも「自分ゴト」とありますね。自分ゴトをテクノロジーとしてどうデザインするかというときに、僕はそれがARなんじゃないかと思っています。

出典:frog design 情報を「自分ゴト」として捉えることが出来れば、診察や自動車の運転も今より身近で楽しものに感じられるかもしれない。
複数の感覚を伴ってこそ、はじめて実世界の体験に

−最後に、先生の研究の話をお聞かせください。

以前から視覚も聴覚も研究していたんですが、最近分野を分けて考えてはいけないということに気づいてきました。例えば夢と現実はどのように見分けますか? 見ている内容の整合性やほっぺたをつねって痛いかどうかで判断するなどありますが、複数の感覚の整合性が取れるかどうかが現実ということではないでしょうか。視覚だけ作れても、それは幽霊でしかない。音だけ聞こえてもポルターガイストでしかないですよね。それが情報というビットの世界を人に繋げようとしたとき、視覚以外のモダリティが必要になってくる。感覚を伴ってこそ、はじめて実世界の体験になると考えています。

一方、視覚や聴覚以外の感覚を使うと人の無意識下の行動に働きかけ、情報を伝えることができる。これが人に対してコンピュータが情報提示してくれる大切な考え方なんじゃないかと思っています。例えば人の意識はシングルプロセスです。つまり同時に1つのことしか考えられない。同時に複数のことをする際は、バックグラウンドプロセス、つまり無意識のうちにやっています。例えば今椅子に座っていて椅子から転げ落ちないのは、無意識のうちに体がバランスを取っているから。そのチャネルを、コンピュータは人に情報提示するときにまだ使っていないんです。特に触覚は無意識と意識がよく切り替わる感覚といえます。例えば今服を着ているけど、肌への刺激は意識していないですよね。このように無意識下で情報を出していくことによって、本人が1番集中したいことに集中することができるようになる。例えば車を運転している時に、路面の状況を伝えてあげたりとか。そのあたりのチャネルを叩くため、今後も視覚以外の感覚も含めた研究を進めていきます。

「Straw-like User Interface(SUI)」は、食べ物を吸い込む時の圧力・振動・音を再現し、吸い込む感覚を体験できる装置。シェイクやソーダ、ケーキなどのほか、カレーや納豆、ポップコーンやどら焼き、果てはカエルなど、いろいろなものを「吸う」体験が味わえる。