21世紀のビジネス最前線 ニューテクノロジー編ハリーポッターの世界が現実に!?
日用品×コンピュータの可能性。

(2013.05.10)

現在、私たちは多くのモノに囲まれて暮らしている。それらに小さなコンピュータを埋め込むことで、ありふれた日用品を私たちの生活を賢くサポートする魔法の道具に変身させる研究をご存知だろうか。その試みは、低価格のデジタル工作機器や手軽にセンサ等を扱えるツールキットの普及で実用化に大きく近づいている。もし身近な日用品にコンピュータが埋め込まれたら、私たちの暮らしはどのように変化するのか?最前線で研究を進める一人、公立はこだて未来大学塚田浩二氏に話を伺った。

■塚田浩二 プロフィール

公立はこだて未来大学 
システム情報科学部情報アーキテクチャ学科 准教授
科学技術振興機構 さきがけ研究者

2005年慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 博士課程修了後、2005年4月独立行政法人 産業技術総合研究所に入所。2008年よりお茶の水女子大学お茶大アカデミックプロダクション 特任助教を務める傍ら、2012年人々を笑わせ、考えさせる研究に与えられるイグ・ノーベル賞受賞。発話阻害銃『Speech Jammer』に世界中の注目が集まった。

食器が楽器に!
楽しみながら食生活を改善できるフォーク&スプーン

――はじめにご自身の研究について伺いたいと思います。楽しみながら食生活を改善できるフォーク&スプーン『EaTheremin(イーテルミン)』について教えて下さい。

塚田:『EaTheremin』は食べ物を食べる際にさまざまな音を奏でることで、食事を楽しくするフォーク&スプーンです。シンプルな技術で、使い方次第で色々な用途に応用することができます。

持ち手と先端が別の電極になって微弱な電流が流れ、フォークに差した食べ物の種類や食べ方(抵抗値の変化)を検出し、音を奏でます。

『EaTheremin』のセンシング技術はシンプルで低コストですし、音の演出次第で幅広い用途に使えると思います。

楽しみながら食生活を改善できるフォーク&スプーン『Eatheremin』

ユーザーの好奇心に働きかけ、意図せず行動が改善されるモノを作りたい

――『EaTheremin』がもたらすものは何ですか?

塚田:意図せずして使う人の行動が改善されるものを作りたいと思っています。「〜しなさい」と言われて嫌いなものを食べるのではなく、「これはなんだろう?」と好奇心を働かせることで使う人の行動を改善したい。

『EaTheremin』の場合、嫌いなものを食べていたら意外に気持いい音がして、子供の食わず嫌いが直るきっかけになるかもしれません。また今後、食べる周期やリズム(一定のリズムで食べているか)、同じ物をずっと食べているか、違ったものをバランス良く食べているかといった情報も取得できるような拡張も進めています。

そうすると、例えば心地良い音が鳴る食事を食べていくと気づいたら食生活が改善されていたということも可能だと思います。楽しみながら日常生活を変えていくことを模索していきたいですね。

――コンピュータの存在感はどこまで隠すべき?

塚田:私の研究分野であるユビキタスコンピューティングは、「あらゆるモノにコンピュータが内蔵され、いつでもコンピュータの支援を得られ、誰もコンピュータと気付かなくなる」という概念を持っています。

コンピュータがあらゆるモノに組み込まれるだけではなく、当たり前になりすぎて、誰もコンピュータと知覚しなくなる。私達の研究でも日用品を使ってコンピュータの存在感を感じさせないよう演出したいと思います。

一つの理想としては、食べる時に音が鳴るのは当たり前で、心地良い音のハーモニーを作る行為自体が自然な行動とされる状態を作りたいです。そこでは誰もコンピュータを使っていると意識せず、「食卓とは、心地良い音が流れる場」と思われるようになるかもしれないですよね。

「作り手」と「食べ手」の気持ちを可視化するお弁当箱

――次に作り手」と「食べ手」の気持ちを可視化するお弁当箱『LunchCommunicator(ランチコミュニケーター)』について教えて下さい。

塚田:『LunchCommunicator』は、お弁当を作っている様子や食べている様子を手軽に記録し、互いに伝え合う事で、お弁当を介して家族間のコミュニケーションを支援するシステムです。

お弁当箱を開くと、中にディスプレイとカメラとマイクが付いていて、開いた時間や場所に応じて機能が切り替わります。機能は①お弁当の作り手モードと②食べ手モードの2種類で、朝お弁当を詰めるときは作り手の様子が記録されます。

作り手はおかずの解説を話しながらお弁当を詰めていけるんですね。昼お弁当を食べるときは作り手の様子、例えばおかずの解説などを聞きながら食べることができ、食べている時の様子は自動的にお弁当箱に記録されます。そして帰宅後、作り手がお弁当を片付けながら、お弁当がどんな様子で食べられていたか見ることが出来るという仕組みです。

「作り手」と「食べ手」の気持ちを可視化するお弁当箱『Lunchcommunicator』
日用品×コンピュータは私たちのコミュニケーションを変えるか

――LunchCommunicatorは、これまで見えなかった作り手と食べ手の想いを可視化する試みなんですね。

塚田:お弁当を食べている時に何か思っていたとしても、帰宅するまでに忘れてしまいますよね。「これが美味しかった」と伝えようとしても、強く印象に残ったものしか話すことが出来ず、結局相手にお礼を言うくらいしかできない。

それよりも随時記録しておくことで、印象や気遣いを伝えられるのではないかと考えました。また作り手も、朝の忙しい時間帯に改めてお弁当について伝えるのは難しいですが、おかずを詰めながら話す程度ならできる。

それを比較的時間の空いている昼食時を狙って、食べ手に伝えることにしました。一人で行うタスクの時間をコミュニケーション機会に変えていくことを目指した試みなんです。

――日用品にコンピュータが埋め込まれることで、コミュニケーションはどのように変化するのでしょうか。

塚田:「アンビエント」という明示的でないコミュニケーションが一般化してくると思います。電話やメールを始め、これまでのメディアは意識的なコミュニケーションをサポートしていますが、個々のメディアで違いはあるものの、意図的にコミュニケーションを取ろうとしなければ何も起こりません。

それに対し、さりげない普段の行動でお互いの生活情報が共有されるというのは、新しい可能性をもたらすのではないでしょうか。

『Foursquare』や『Twitter』をはじめとするソーシャルメディアよりもさらに弱く相手と繋がることができ、普段通りの行動を行う中で、色々な粒度のコミュニケーションを行う機会をちりばめることができると思います。

いざ研究成果を市場に
製品化に踏み出すことで見えてきた課題と新たな可能性

――昨年、研究成果の商品化を目指して活動されたと伺っています。その手応えはいかがでしたか。

塚田:これまで研究を社会に出していくのは難しかったのですが、近年話題の『3Dプリンタ』をはじめとする低価格のデジタル工作機器や手軽にセンサ等を扱えるツールキットの普及により、作ることに対する敷居はかなり下がってきました。

しかし試作は楽になってきている一方で、量産段階にはまだ課題が残っています。例えば金型の値段や工場の選定、原価設定など、量産に至るまでのプロセスは試作技術がどんなに進んでも別世界。まだ改善の余地があると感じます。

そして考えたあげく、クラウドファンディングの1つに量産の壁を打破する可能性を感じ、連携を始めました。

クラウドファンディングでは『Kick starter』が有名ですが、『Cerevo DASH(セレボダッシュ)』は小ロットガジェット生産のノウハウを蓄積するハードウェアベンチャー企業Cerevoが運営しており、ハードウェアの製造過程をサポートしてくれるコンサル機能がついています。

そのため、これまで気付かなかった視点から製品化に具体的なフィードバックを得ることができました。

そしてついに第1回目の取り組みとして、昨年クラウドファンディングで30日間資金を募ったのですが、100万円の目標金額のうち、約30万円しか集まらなかったんです。なかなか難しいものですね。

WEB上の動画だけで心に響くアプローチを行うのは難しく、この点に関しては独特のノウハウが必要だと分かりました。

またデバイスとしての面を押し出しすぎてしまったため、誰が何のために使うのか、分かりにくかったという面もあったと思います。そしてクラウドファンディングの主な利用者層である30代男性の心に響くアプローチが必要だったと思います。

今回は目標金額まで届きませんでしたが、今後も活動を継続して、研究を製品化する新しいパスを作っていきたいですね。

日用品×コンピュータが普及した未来
究極のユビキタス社会とは

――あらゆる日用品にコンピュータが埋め込まれた先に待ち受けているのは、どんな世界なのでしょうか。

塚田:大きく『ダイレクトマニュピレーション(直接操作)』と『エージェント』というアプローチがあり、前者はユーザーが強くなっていくという世界、もう1つはコンピュータが賢くなって助けてくれる世界です。

僕らの研究はダイレクトマニュピレーション(直接操作)の立場で、日用品という「道具」が強くなっていく立場でモノを作っています。馴染んだ道具が強くなることで人間が強くなっていくような世界を作りたいと考えています。

もちろん我々のアプローチでも,裏でコンピュータのインテリジェンスが働いているわけで、厳密にはエージェントの研究と対立している訳ではありません。ただ、「道具」が強くなっていく世界を追求していくと、「パートナーとしてのロボット」は存在していないことになります。

自分の道具がちょっとしたインテリジェンスを持っていて、その積み重ねが生活を上手く変えていく。シンプルな仕組みの積み重ねで生活を便利にする世界を作りたいと思っています。

僕は洋服やアクセサリーといったモノ自体が好きなので、そうした基本的なプロダクトを活かしつつ、そこにさりげなくコンピュータのサポートを入れていくような取り組みを続けていきたいです。