21世紀のビジネス最前線 86・87・88世代ベンチャー編音楽活動の経験を生かして起業、
『Grow!』C.C.O. カズワタベ氏。

(2011.11.29)

日本経済が低迷し、就職氷河期どころの騒ぎではない学生たち。
2011年は震災による採用スケジュールの変更等もあり、内定率は更に落ち込む見通しだ。
2012年は更に悪いだろう。
しかし、そもそも企業に“就社”するという観念すら持たない若者たちがいる。

今やTwitterやFacebook、Tumblr、Instagramなど
ウェブ上のビッグサービスはオンラインの世界だけでなく、
オフラインの生活にも大きな影響力を持つようになった。
シリコンバレーだけではなく、ここ日本でもウェブの可能性に魅了され、
自らのアイデアを持って世界を変えようとする若者がいる。

インタレストグラフ、クラウドファウンディング、ソーシャルチッピングプラットホーム、
彼らは次々と新しいコンセプトを打ち出してきている。
彼らは“仕事”をどう捉えているのだろうか。
自ら身を起こして突き通したい“信念”はどこにあるのか。

世界を変え、未来をつくる、若きアントレプレナー達に聞く。

 

ソーシャルチッピングプラットホーム『Grow!』
Co-Founder,
Chief Creative Officer
カズワタベ

1986年生まれ。洗足学園音楽大学総合音楽科卒業。在学中よりクラブジャズバンド”Tough&Cool“において、ギタリストであると同時にリーダーとしてプロデュース、ディレクションに尽力し、アルバムをリリースするなど精力的に活動。2年間の音楽活動を経てGrow!を企画し、共同設立者である一ツ木、斎藤とともに2011年3月Grow! Inc.設立。米国法人の登記申請もすでに完了しており、今年中にはシリコンバレー進出、欧米を中心にサービス展開予定。主に大福が好き。「86」世代を代表するアントレプレナーとして注目されている。

クリエイター支援サイト『Grow!』
音楽活動の経験が問題意識の出発点。

−まずは『Grow!』起業に至った経緯について伺わせて頂けますでしょうか。

ワタベ 僕は音楽大学出身で、大学2年から約5年間、音楽活動をしていました。インディーズでCDを出していたのですが、かけた時間に対しては、びっくりするぐらい稼げませんでした。音楽の機材は高価なものもありますから、お金の都合で出したい音が出せなかったこともあり、そのことをクリエイターとして、もったいなく思っていました。

とは言え、自分の実力を客観的に見てみると、やりたい仕事を十分に得ることは難しい状況でした。なりふり構わずやれば食べていけたかもしれませんが、音楽は自分の作りたいものだけを作りたい、という思いがあったため、今の状況で継続し続けるのは難しいのではないかと感じました。

また、自分の実力の問題は置いておいたとしても、音楽業界の今の産業構造は演者にとってかなり厳しいものとなっています。技術の革新、そしてそれによる社会の変化に、産業構造のアップデートが追いついてないんですね。これは何も音楽だけではなく、出版やテレビ、広告などにも言えることです。

−特に音楽業界は著作権の他、隣接権など多くの権利関係でお金が分割されていきますよね。

ワタベ  著作権も含め、法令で明文化されて定義されるものは常にアップデートをし続ける必要があります。音楽で言えば、今日の情報社会化は「データを劣化することなくコピーでき、それを世界中の人と共有できる」ということだけを考えると、実は物凄くポジティブな変化です。ところが、そこで稼いできた人たちは、それを悪いことだと主張します。

こうして世の流れと逆行していると、結果的に市場規模も縮小するだろうし人も離れていきます。インターネットがなかった時代に作った仕組みが、いまだ最適であるはずがなく、制度の上でも、産業構造の上でも、痛みを伴いつつドラスティックな変化を起こさなくてはいけません。個体差はあるものの、旧来的な組織は基本的に高コスト体質です。そこにメスを入れなければ、ものづくりをしている人たちが、割を食うことが続いて行くだけです。

そして、これを解決する上で最適なのがインターネットだと思ったんです。音楽業界だけではなく、クリエイティブなことをしている人達に、もっと消費者と近くて、ダイレクトで、顔が見えるような仕組みと仕掛けが大切だと考えました。

「無料で見られる。しかし、
気に入ったものにはお金を払う。」という消費活動を実現したい。

−「Grow!」を作ろうと思った直接的なきっかけはなんですか?

ワタベ 「まず前提にあったことが、「無料で見られるけど、気に入ったものにはお金を払う」という消費活動の実現です。近いのは欧米のチップの文化ですが、これが非常にインターネットと相性が良いんですね。

インターネットは学術論文を共有するためのネットワークとして、アカデミックな分野から広まりましたから、フリーやシェアという文化が発達しました。そのため、オープンソースという概念を筆頭に、情報共有・集合知的な発想は相性が良いんです。

実際、そうしたインターネットの特性を生かしたサービスが受け入れられています。ただ一方で、なにもかもが単純に無料な方向へとベクトルが向かうのも考えもので、モノによっては相性が悪いこともあります。そこを解決させる為の手段として、「無料で得られるが、気に入ったら払う」という、個人の感情が介在した消費活動を実現させようと思いました。

「気に入ったら」というところの属人性が僕はとても好きなんです。そこには、感謝であったり、賞賛の気持ちであったり、非常にポジティブな感情が介在しています。例えば、払いたくなくても家賃は払わなければいけません。そういう、払うときにネガティブになる消費は世の中に溢れています。しかし、自ら能動的にお金を払うというポジティブな気持ちでの消費が、消費者と被消費者を繋ぐプラットフォームがあれば嬉しいなと思いました。


日米の寄付市場の比較。今回の震災を機に日本も寄付やチップの文化が高まり、クリエイターへの支援が増えることも期待される。引用 / 国税庁2002(日本)、AAFRC2002(米国)を元に作成 

日本には何かを支援する文化の素地はある。
日本発の世界で使われるサービスを。

−個人的には、作り手に還元していくことはどんなカタチでもいいから実現していくべき大事なことだと思っています。ただ、日本人の文化にどれだけ馴染むのか疑問があります。

ワタベ 確かに欧米の方がチップやDonationの文化が浸透してますし、年間のオンラインにおけるDonationマーケットは日本の数十倍あります。ただ、今回の東日本大震災で多くの寄付が集まったところを見ていると、これまで未発達であっただけで、日本にも何かを支援する文化の素地はあると思います。もちろん、ソーシャルネットワークの普及がその一助になっていることは間違いありません。

−実際に立ち上げるまでの経緯をもっと詳しくお聞かせ願えませんか。

ワタベ 最初に現在Grow!のCEOである一ツ木と「やろう」となった後、2人で1、2ヶ月の間企画を練っていました。そしてサービス開発を誰に頼もうかという段階で、外注を頼もうと思っていた、現在CTOを務めている斎藤が参加しました。

今から思えば本当によくとんとん拍子で人が集まったなぁという感じです。それから実際に作りはじめたのですが、サービス自体がこれまでにないものだったため一から全て作っていく必要があり、仕様の策定にかなりの時間がかかりました。今でも常に改善を続けています。

日本はこれまで、アメリカで流行ったものを日本に持ってくる、タイムマシンビジネスが多かったんです。それはビジネス的には正しいのかもしれないけど、僕はそれをやっても楽しめないタイプなので、オリジナルのサービスにこだわりました。世界で使われている、日本発のサービスがないのも寂しいじゃないですか。」


Grow!のサイトからマイページ登録することで、チップを購入したり、Grow!ボタンを自分のサイトに埋め込むことができる。
僕らの世代にはシェアの精神と危機感、そして、人と協力する姿勢がある。

−同世代で起業している方たちに何かしらの共通点はありますか?

ワタベ 「個人所有」に関して、これまでとは異なった感覚を持っています。それはインターネットの文脈の重要な要素である、シェアの精神です。そして、僕らは生まれてから一度も景気の良い日本を見ていませんから、危機感を持った人が多いです。シェアの精神と、そういった危機感のおかげか、同世代からは人と協力する姿勢というのがとても強く感じますね。

また、情報の幅が広がったせいか、良くも悪くも達観している人が多いと感じますし、優秀な人も増えていると思います。インターネットが若い頃からあったため、得られる情報量が桁違いですし、検索リテラシーが高ければ自分の専門分野ではない論文を読むこともできます。そうやって育った人たちに早く活躍の場が与えられて欲しいですね。

−今後のWebの可能性についてどうお考えですか?

ワタベ 新たなプラットフォームの出現であったり、技術革新などの作用によって、人間側が引き上げられていくのではないでしょうか。例えば、Facebookがあることが当たり前の子供たちは、今までとは全く違う大人に育ちます。僕たちの世代ですら、中学からインターネットがあって、高校の頃にはmixiができて、これまでとは全く違った感覚を持っています。育った環境によって、考え方が違うのは素晴らしいことです。

大切なのはそこで否定的にならず、どれだけ多くの人が「違い」の存在に対してどれだけ肯定的になれるかです。自分が理解できないものに忌避感をもって、それを否定する人たちは本当に格好悪いと思います。インターネットにより多様化が進んだ結果、多様性に対する寛容が生み出されれば最高ですね。


Grow!のサイトからマイページ登録することで、チップを購入したり、Grow!ボタンを自分のサイトに埋め込むことができる。