21世紀のビジネス最前線 電子書籍業界 その2ヒットメーカー、ダイヤモンド社の
考える電子コンテンツのこれから

(2011.09.26)

Appleの規約変更が電子書籍市場に踊り場をもたらしている

—電子出版の市場全体の現状や、今後の展望をどう捉えていますか?

今泉:日本に限って言うと今はやや踊り場感があります。昨年は電子書籍元年ということでメディアも取り上げて盛り上がりました。その中で電子書籍の中心的なマーケットはApp Storeでしたが、今年の2月に規約が変わり汎用型のビューアを使った単体の電子書籍アプリは審査が通りにくくなってしまいました。それではApp Storeに変わる他の大きなプラットフォームが出てきたかというと、Androidはマーケットが未整備で利用者は商品が探しにくいうえ、コンテンツも揃っていません。国内のプラットフォームもいくつか立ち上がったのですが、現状ではどこも決め手に欠け、やや混沌としています。

データの標準フォーマットが固まらないことも停滞の大きな要因でしょう。我々は昨年、独自のフォーマットを用いた多機能ビューア「Book Porter」を開発してApp Storeで実績を挙げました。ですが、いまはまだXMDFや.bookといった従来のものを含め、「これが標準」と言えるフォーマットがありません。実質的な世界標準であるEPUB3.0がようやく縦組みやルビに対応するので、その動向に注目ですね。

ダイヤモンド社の書籍編集局局長の今泉憲志氏(左)と書籍編集局コンテンツ編集グループの常盤亜由子氏。
電子書籍のマーケットは紙の5%くらいだが、適当日記は400%だった

—昨年のダイヤモンド社の電子書籍の成功要因は何だったのでしょうか。

今泉:『もしドラ』や『適当日記』のヒット要因として、もちろんコンテンツの魅力が最大要因ですが、自社開発のビューア「Book Porter」の存在も大きかったと思います。

常盤:当時、既存のビューアの多くは読んでいてストレスがたまってしまい、読書環境として不十分だと考えたため、自社で開発しました。結果的に自分たちが「これなら読みやすいよね」と思えるものを作れたことが功を奏したと思います。

—電子書籍版と紙版を比較すると売れ行きに違いはあるのでしょうか。

今泉:電子書籍のマーケットは紙の5%くらいと言われます。『もしドラ』はまさにそういう感じでした。紙版が255万部で電子版が15万部であるため、ほぼ5%です。注目すべきは『適当日記』の事例で、こちらは電子版が14万5000部で紙版は3万5000部。5%どころではなく400%以上売れました。ここには間違いなく新しいマーケットがあるな、と感じています。『適当日記』の電子版は紙の本を普段読まないような人たちも買って楽しんで下さったのだと思います。

ダイヤモンド社の電子書籍コンテンツ。(左から、ザッポス伝説、青年社長、ドラッカー入門、『もしドラ』、適当日記)どれも話題書ばかりで、書籍版、AppStore版、Android版を揃えている。

電子コンテンツでは、編集者の役割も企画の立て方も変わってくる

—アプリ開発も編集者主導で進めているのでしょうか。

今泉:アプリ制作の際も編集者の工夫を大切にしています。そこで自前のビューアがあるからこそ柔軟性を発揮できた面もあります。『適当日記』は電子書籍ならではの表現や機能が効きました。また『適当日記』の特徴として、小間切れコンテンツであることがうまく作用しました。約3万部売れた『ドラッカー 時代を超える言葉』の電子版もその点は同様だと思います。そとつひとつが短くて隙間時間に読みやすいコンテンツが、iPhoneなどのデバイスと相性がいいのではないでしょうか。

今後は電子書籍オリジナルの企画にも積極的に取り組みたいと考えています。ただ、先ほど申し上げたように汎用型のビューアを使った電子書籍アプリはAppleの審査が通りません。となると、プログラムを1から作り込む必要があります。そのためには相当なコストがかかりますから悩ましいですね。

—やはり、リッチコンテンツの魅力は大きいのでしょうか。

今泉:eインク系のものは紙の本のイメージとほぼ同じです。一度紙の本で出したものであれば大きく手を入れることはないでしょう。それに対してリッチコンテンツは動画を加えるなど様々な工夫が可能ですから、作り手としては魅力を感じます。

常盤:Androidもマーケットとしてまだまだ未熟で課題が多いですが、その中でもAndroid版だからこそ楽しめるデザインやコンテンツの見せ方はどのようなものなのか、研究を重ねて作っていきたいと思っています。

—紙から電子へ変わることで編集者の仕事はどう変わっていくのでしょうか。

常盤:従来の紙の本の企画では、「この本はどんな内容か」「どのような人が読者層か」というように、誰にこの本を届けるかという点が重視されていました。それに対して電子コンテンツでは、コンテンツの面白さや開発費やユーザー層だけではなく、ビジネスモデル全体の絵を描くなど、アプリだけにとどまらない企画を考えていかなければなりません。その中で、私たちは自分たちに足りない強みを持っているパートナーを積極的に探して協働していく必要があります。外部のパートナーも含めたチームでコンテンツを作っていくのが、今後の電子コンテンツ制作の標準になっていくのではないかとは思っています。

SPOTIFYのような月額固定課金というビジネスモデルはデジタルの書籍や雑誌にはマッチするのではないか

—広告を導入するなどの新しいビジネスの可能性に関してはいかがでしょうか。

常盤:iPhoneアプリでも広告に対する煩わしさを感じる方が非常に多いと聞きます。ユーザーは毎日シャワーのように広告を浴びていますから、これまでのやり方で広告を打っても効果は薄れてきています。商品がすごくよいのなら、その商品とユーザーとをどのような形で出会わせるか、そのストーリーを考えていく必要があると思います。それ自体が見ていて感動するような、広告の枠を超えたコンテンツにしていくべきだと思います。

—ソーシャルリーディングなどの新しいメディアへの対応はされていますか。

常盤:「Book Porter」の場合、現状ではソーシャル機能のとっかかりとして、Twitter機能を搭載して読書中に面白いフレーズをつぶやけるようしていますが、もちろんこれがゴールだとは思っていません。ソーシャルリーディングに対する期待感は人によって結構違います。興味を持つ人もいれば、読書はプライベートな行為だから好きに読ませてくれという人もいます。読書だけを楽しみたい人には邪魔にならず、ソーシャルリーディングを楽しみたい人には直感的に使いやすいと感じられる、そんな美しいUIがいいですね。一部の人だけが盛り上がっておしまいというのではなくて「私も使ってみよう」という広がりを持つ仕組み全体をデザインすることを考えています。

—マイクロ化したコンテンツを違う切り口でユーザーが再編集する流れもありますが、どうお考えですか。

今泉:パッケージを作る編集者としては複雑な思いがあるかもしれませんね。ただ、音楽はアルバム中心から個別の曲中心の販売に移行しました。そうしたバラ売り的な流れは出版にも訪れるかもしれません。それで言えば、スウェーデン発のSPOTIFYのような月額固定課金というモデルはデジタルの書籍や雑誌でもありかなとは思います。一定額で好きなコンテンツを好きなだけ集められるようなビジネスモデルとしてはiTunesよりSPOTIFYのほうが面白いと思います。

電子書籍の市場規模の推移と予測

引用元 電子書籍ビジネス調査報告書2011 インプレスR&D発行

デジタル時代は自律分散がカギ。コンテンツごとに能力を持った者が集まって新しいものを作っていくような枠組みへ

—電子書籍の市場形成で大切なことは何だと思われますか。

常盤:面白いコンテンツを作るのが何よりです。日本の出版業界は、電子書籍の編集において、どういう見せ方がいちばん魅力的かということをまだまだ分かっていない状況ですが、海外にはすごく面白いコンテンツを提供しているところも出始めています。例えばアル・ゴアの『Our Choice』は明らかに紙とは別ものになっています。紙には紙ならではの、電子には電子ならではの強みがそれぞれあって、それらをフルに活かして編集するとこんなに面白いものができるんだということを見せた貴重な例だと思います。

—『Our Choice』のようなものを出版社が作れるでしょうか?

今泉:従来型の出版社で内製するのは大変かもしれません。リッチ系のコンテンツは、もはや本という概念で捉える必要はないと思います。文字はもちろん動画や音声、様々なインタラクティブな仕組みなど、色々なものを組み合わせたコンテンツが出てくると思います。僕らは書籍編集出身ですが、ときには映像出身のクリエイターたちと組むかもしれません。コンテンツごとに能力を持った者が集まって新しいものを作っていくような枠組みになるのではないでしょうか。自律分散型のクリエイターを必要に応じてネットワーク化するイメージです。デジタルの時代はそうした形が効率的で成果もあがると思います。

Appstore 電子書籍ランキング(国内、電子書店含む)

順位 点数 アプリ名 価格
1 17346 BOOK☆WALKER 0
2 17330 もし高校野球のマネージャーがドラッガーを『マネジメント』読んだら 800
3 16618 少年サンデーコミックス 0
4 16058 ビューン 0
5 15856 マガストア電子雑誌書店 0
6 15610 朗読少女 0
7 14415 地球書店 0
8 13814 池上彰 伝える力 600
9 13400 ダイヤモンドブックス 0
10 13219 堀江隆文 君がオヤジになる前に 800
11 12718 堀江隆文 拝金 1000
12 12077 日経BPストア 0
13 11013 松下幸之助 道をひらく 600
14 10571 I文庫S 450

参考:電子書籍ビジネス調査報告書2011 インプレスR&D発行

 

OUR CHOICE(左、出典:http://ourchoicethebook.com/)と筆者のおすすめのThe Fantastic Flying Books of Mr. Morris Lessmore(右、出典:http://www.moonbotstudios.com/