21世紀のビジネス最前線 電子書籍業界 その4電子雑誌はブレイクするか?
アメリカITメディアの新しい動き

(2011.10.20)

電子書籍と電子雑誌はまったく事情が違う

—iPadの登場で電子雑誌も注目されましたが、期待外れ。アメリカではどうでしょうか。

電子書籍と電子雑誌は実はまったく別物です。電子書籍というのは、最初からパッケージされているものであって、ネットだろうが紙だろうがデジタルだろうが一緒なんです。だからはっきり言って、どんなメディアで読んでも関係ない。デジタルで売れば、紙の売上がちょっと減るかもしれないけれど、トータルの部数はそんなに変わらない。逆に増える方向だと見ています。電子書籍はアメリカでは完全に定着したと言っていいと思います。

問題は雑誌です。これはうまくいくかどうか、本当にわかりません。ウェブ2.0とかソーシャルメディアの世界もそうですけど、新聞のコンテンツも雑誌のコンテンツも、記事それぞれがバラバラに流通していて、自由に読めるわけです。紙媒体の人たちは、それにみんなが不満を持っている。やっぱりパッケージで提供したいんです。自分の思いを込めて、メッセージを伝えたいという気持ちがあるんです。問題は、それが消費者に受けられるかどうかということです。これは難しいかもしれない。ただ、iPadとかiPhoneとか、パッケージの形で売りやすい環境が整ってきたことは確かです。

iPadが出たのは昨年の春です。雑誌社はみんな手探りのスタートでした。最初は『WIRED』や、技術系の雑誌が動きました。マニアックな人が喜びそうなiPad向けのアプリを出してきた。例えばものが360度回転するとか、写真が動くとか、技術を前面に出したような電子雑誌が売れたんです。でもすぐに失速してしまった。ファッション系の雑誌も流行を先取りしたような感じで出て来ましたが、やはりあまり売れなかった。

田中 善一郎 プロフィール

1968年、大阪大学工学部卒業。同年、コンピュータメーカーに入社し、情報通信システムの開発に従事。1974年、新聞社系出版社に入社、エレクトロニクス誌記者を経て、パソコン誌編集長、コミュニケーション誌編集長などを歴任。1997年からインターネット担当役員に。2006年4月、同出版社を退社。同年7月、グリー監査役に就任。個人的にインターネット業界動向をピックアップし伝えるブログとして「メディア・パブ」を執筆中。


電子雑誌が苦戦する理由はどこにあるか

—アメリカで電子雑誌が失速した理由はなんでしょうか。

売れなかった理由のひとつは価格です。アメリカの人気雑誌というのは発行部数が大体100万部、ちょっとした雑誌なら200万部ぐらいあるわけです。基本的に定期購読です。部数を増やして無茶苦茶安くするんです。タダ同然で送って読者を増やして、広告売上でやっていくというのが、アメリカの雑誌のビジネスモデルです。いまそのやり方がだんだん広告から崩れていっている。そして、アップルも定期購読を認めなかったんですね。昨年はずっと。今年2月に方針を変更して、定期購読が実施されたのはつい最近です。一般読者からすると、定期購読がない状態においては、雑誌が無茶苦茶高いものに思えたんです。

それと昨年は、iPadそのものがそれほど行き渡っていなかった。今年は売れ行きが少し鈍ってるとはいっても、いまではかなりの数が市場に出回っています。現状、タブレットの8割くらいがiPadだと思うのですが、ビジネスを考えるならiPadでないと当分の間話にならない。昨年はそのiPad向けのビジネスが鳴かず飛ばずという状態でした。

—iPadが普及、定期購読もスタートして、状況は変わっていくでしょうか。

iPadとかiPhoneのアプリというのは、App Storeで購入します。そこにランキングが出てくるわけです。それが売上に影響する。今年の1月頃のランキングを見ると、有料とか無料も全部入れて、電子雑誌とか電子新聞とかメディア系のアプリはほとんどありませんでした。それが8月になると、驚くほど増えた。トップ100に十数本入っています。これは私もびっくりしたんですが、雑誌と新聞もそこに入っているんです。ということは、なんだかんだ言いながら定期購読が整ってきて、雑誌社とか新聞社もかなりアクセルを踏み始めたと言えると思います。タイム社は21誌くらいだしていますが、年内に全部タブレット対応します。大手のコンデナストも有力な雑誌はほとんどタブレット版を出していきます。

ソーシャルメディア・リーダーの登場

—電子雑誌も徐々に浸透していくと考えていいのでしょうか。

ウェブ2.0の時代になって、いちばん大きな変化というのは、それまで新聞も雑誌もネット上でも一応パッケージの形で提供されていたものが、記事1本1本がバラバラに流通し始めたということ。これまでは情報の発信者たちが、これが厳選された情報ですとパッケージ化して送っていたものが、今度は読者の方が、無限にあるサイトからおいしいものだけ自分で選ぶ時代になった。そうなるとパッケージの魅力は通用しなくなって、読者が拒絶する可能性があると考えています。最近ではソーシャル・フィルタリングなどという形で、消費者側に望まれる形でフィルタリングとかエディティングするサービスが出てきた。そういう流れになっていると思うのです。

アメリカの場合、雑誌の先端読者はFacebookとTwitterをやっているということを前提にしています。その人がどういう情報の集め方をしてるかというのは、Twitterで誰をフォローしてるか、Facebookの場合はどういう人たちと付き合っているか、その付き合っている人たちがどういう情報を収集しているか、そういうことになるわけです。どういう本を読んだか、どういう映画をみたか、どういうニュース記事を見たか、それに合わせて自分たちも情報を入手して読もうという傾向が高くなっています。それを効率よくやろうとしてるのがソーシャルメディア・リーダーです。FlipboardとかZiteとか、ソーシャルメディア・リーダーと言われるものが、いまアメリカでたくさん出てきています。

flipboard

zite


自分用にカスタマイズした雑誌がタダで読める!

—ソーシャルメディア・リーダーとはどんなものですか。

例えば、私がTwitterでフォローしているアカウントがいくつかあるんですけど、Twitterのタイムラインを見ても140文字のコメントが流れてるだけです。全然おもしろみもない。でも実際は、そこにリンクを貼られた、その人が紹介しているコンテンツがあるわけです。Flipboardというのは、それがパッと見られるわけです。ということは自分がフォローしているTwitterアカウントのリンク先がそのまま表示される。またフォローしているアカウントがたくさんある場合、そのTwitter上で人気があるものを大きくしたり、いかにも雑誌風に表示するんです。

これはいまものすごく人気が出てきています。アップルもいちばん人気の高い、優れたiPadアプリとしてFlipboardをあげているんです。またZiteも個人的にはすごく気に入っています。特定の出版社、特定の雑誌のパッケージじゃなくて、ネット上のいろんな雑誌や新聞やブログなどのコンテンツを勝手にもってきて、その人にとっておそらく関心があるだろうという情報を、関心あるなしで大小つけて雑誌的にレイアウトして表示するのです。読者が指定したトピック別に編集してくれるので便利です。

—自分用にカスタマイズされた雑誌がタダで読めるなら、ますます電子雑誌は売れませんね。

要するに、雑誌社とか新聞社は自分たちの思い込みでパッケージで売ろうとしている。でも今の読者は、特定の出版社とか雑誌社の、閉じた中のコンテンツだけで満足しなくなってきている。このソーシャルメディア・リーダーは、完全に読者のニーズに合っているものです。ただこういうサービスは、数はそんなに多くない。こういう考え方のものって、世界でもZiteとかFlipboardとか、現時点ではせいぜい10くらいしかありません。人気のあるものでも世界で1千万人くらいが利用するレベルだと思います。

ただ、日本ではこれはあまりうまくいかないと思います。やはりアグリゲイトする元のコンテンツがたくさんないと難しい。アメリカは専門分野にしても趣味の分野にしても質量ともに圧倒的にコンテンツがありますし。アグリゲイトしてそこからフィルタリングして成り立つビジネスって、アメリカだから英語圏だからこそというところがあるように思います。