21世紀のビジネス最前線 電子書籍業界 その1 いつになったら売れ始めるのか?
電子書籍ビジネスの問題点と今後

(2011.09.16)

電子書籍元年と呼ばれた昨年は、デバイスメーカー、通信インフラ社、取次・印刷業者、そして出版社などが数多くのアライアンスを結び、電子書籍に対する取り組みを本格化させた。今回の「元年」は3度目とも4度目とも言われるが、これほど注目を集め、人を動かし、ブームとなったのは初めてだろう。

しかし元年が終わってみれば、AmazonやGoogle、Appleといった黒船たちは日本向けサービスを開始しなかった。出版は約2兆円産業であるが、電子書籍市場は約650億であり、そのほとんどがコミックやケータイ小説といったフィーチャーフォン(ガラパゴスケータイ)の市場である。スマートフォン向けの電子書籍だけは大きく市場を拡大したが、それはこれまでのフィーチャーフォンユーザーの文脈であろう。すなわち、タブレット型の電子書籍は苦戦を強いられ、読者(ユーザー)の習慣には未だ根付いてない。

それでは今回の元年も元年のまま先には進まないのだろうか。

筆者はそんなことはないと考えている。昨年、数多くのアライアンスが技術基盤の整備、ビジネスモデルの検討、紙から電子に切り替える際の課題抽出などを行ってきた。総務省の「新ICT利活用サービス創出支援事業」を始め、文部科学省や経済産業省のもと、10を超えるプロジェクトが実施され、確実に将来への投資が行われてきた。今後Amazon、Google、Appleが本格参入してくる可能性も高い。

電子書籍ビジネスが本当におもしろくなるのは今年だろう。

元年から1年、デバイスメーカー、通信インフラ社、取次・印刷業者、出版社、各事業者のキーパーソンへのインタビューによって今年の電子書籍ビジネスを展望する。

第1回は、2010年12月に国内での電子書籍ビジネスに再参入したソニー。電子書籍リーダー「Reader™」とリーダー向けのオンラインブックストア“Reader™ Store”を展開している。

今こそ開幕前夜。読書家に向けた
ソニー「Reader™」の戦略

2011年、日本の電子書籍市場は2007年頃のアメリカとよく似ている。

—— 電子書籍ビジネスの現状をどのように捉えていますか。

ソニーは2006年から米国を皮切りに海外でビジネスを展開し始めました。これまではユーザーに「本をダウンロードして読む」という習慣がありませんでしたが、iTuneの登場により、コンテンツをダウンロードする習慣も浸透してきました。そして2007年頃にAmazonのKindleなど、他社からも多数の端末が出てきてアメリカの市場が活発化しました。

私は2011年、日本でも同じことが起こっていると感じています。

日本語には固有のルールがあったり、出版における制度も欧米のものとは異なったりと、独自の文化がありますが、関係される方々の意識が変わってきていると思います。これまでの日本の電子書籍市場はイコール携帯小説で、官能系が主流でしたが、いざ電子書籍ビジネスを始めてみると、一般の書店で売られているような文芸書やビジネス書などの書籍の販売が予想以上に多かったのです。例えば“Reader™ Store”では、『のぼうの城』や『プリンセストヨトミ』といったベストセラー小説も扱っています。これらは“Reader™ Store”で売れているだけでなく、紙版も売れて相乗効果が出ています。特徴的なのは、ある程度高額な作品も売れており、デジタルだからといってコンテンツの価格が安いものしか売れないということではないことです。また、単にタイトル数が多ければ満足というものではなく、良い作品が読者の目に触れることが読者の満足度を高めるために大切になってきている、ということです。

野村 秀樹氏 ソニー(株)デジタルリーディング事業部 企画・コンテンツビジネス部 コンテンツビジネス課 ビジネスプロデューサー
電子書籍リーダーTouch Edition/6型PRS-650モデル。 ひろびろ大画面でゆったり読書が楽しめる、6型ディスプレイモデル。 文庫本サイズの5型ディスプレイモデルも販売中。


 

オープンで多様なビジネス環境が市場を盛り上げる。

—— 4年後には日本は現在のアメリカと同じような姿になる、という一方で、日本は独特のビジネスだという意見もありました。国内におけるソニーのビジネスモデルはどうなっていくのでしょうか。

アメリカ型の垂直統合ではまかない切れないと考えています。現在ソニーは配信のためのプラットフォームを提供いただいているブックリスタや、先般発表をさせていただいた楽天、紀伊国屋、パナソニックなどと連携していますが、それは一社が全てのビジネスパーツを集めてビジネスしていくことはできないと思っているからです。それぞれ異なる分野で集まり、協力していくことが重要です。また、リアルな書店のように電子上でも書店が数多くあることが大切で、それぞれの書店のカラーがあってユーザーが選択できるという多様性があることが理想だと考えています。

またこの時重要なのはフォーマットの問題で、海外ではオープンフォーマットのEPUB2を使用しているため、対応できています。ソニーはクローズだと思われがちですが、オープンなビジネスを心がけています。アメリカではフォーマットとDRMの規格が統一されており、これに沿えば対応できるようになっています。私たちはユーザーが便利だと思うことを一歩ずつやっていきたいからこそ、オープンなEPUBフォーマットを推進していきたいと考えています。ただ、我々が作っているのはビューワであり、本質はあくまで読みたい本があるから、そのための手段として買ってもらう、ということを目指しています。

そのためにも“Reader™ Store”では、「リアル書店でぶらぶらして本を買う」「レコメンドや検索で本を買う」という二つの消費者行動の中間を目指しています。今後使い勝手をあげるためにも様々な課題を解決していきたいですね。

ソニーの電子書籍関連の主な動き

2010/05/27 ソニー、凸版印刷、KDDI、朝日新聞社の4社は27日、電子書籍配信事業に関する事業企画会社を7月1日をめどに設立することで基本合意
2010/11/04 ソニー等4社がコンテンツの収集・電子化・管理、顧客認証・課金システム、プロモーション業務など、コンテンツ販 売に関連するサービスための会社をブックリスタとして事業会社化。
2010/12/10 ソニーが電子ブックリーダー「Reader™」を発表した際に、ブックリスタは「Reader™」向けにオープンした「Reader Store」に配信プラットフォームを提供する役割を担う。
2011/06 ドットブックに対応。
「宇宙兄弟」「沈黙の艦隊」「のだめカンタービレ」などコミックの配信を開始。
2011/06/12 ソニー、パナソニック、楽天、紀伊国屋書店が電子書籍端末・ストアを相互接続することで合意。

参考 電子書籍ビジネス調査報告書2011 インプレスR&D発行

紙と電子が相乗効果を生む市場を形成していかなければならない。
—— 電子書籍の市場を拡大するには何が必要でしょうか。

今は他と潰し合いをしている段階ではありません。まずはきちんと市場を作っていく時期だと捉えています。今後も紙は絶対残るし、必要なものでもあります。実際アメリカでは、紙の販売量が減っているのではなく、そちらは変わらず、電子書籍の販売量が上積みされる形となっています。

米国では電子書籍の販売数が紙の販売数を超えたというニュースもありましたが、それはコンテンツを無料や低価格で提供して、販売数を増やしたにすぎません。市場を盛り上げる演出ですね。実際しっかりした価格で売れたコンテンツの数はまだまだ紙には及んでいないと聞いています。

紙離れと言われていますが、実際はケータイやPCなどで文字を読む機会が増えたことからも、紙以外のデジタル端末が入り口となって市場を大きくしていくと思います。また将来的には、電子書籍の見せ方も変わっていくと思います。

ここ3、4年の変化で言えば、個人的には拡大し、何かのきっかけで急激に伸びていくのではないかと考えています。近いうちにアメリカのサービスなど様々な端末やサービスが本格参入しているでしょうし、読者が読みたいと思う仕掛け作りやビジネスが成り立つ市場の形成、読者が便利だと思う機能等もさらに重要になるでしょう。私は、そうした市場を作っていくためにはオープンな環境でなければならないと考えています。その中で、市場を大きくする「きっかけ作りのアクション」を続けいくつもりです。

Readerで取り扱っているコンテンツは話題作を始め、約2万5千 点。マンガの配信も開始し、今後さらに読者に求められるコンテンツを拡充していく予定だ

 
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参考 電子書籍ビジネス調査報告書2011 インプレスR&D発行