21世紀のビジネス最前線 ニューテクノロジー編 ロボット技術が切り開く
未来のモノのデザイン

(2012.03.05)

近年スマートフォン端末の普及に伴い、自動車や家電製品など、身近なモノがインターネットに接続するようになってきた。サイバーフィジカルシステムが、将来のインターネットとの関わりを予測するキーワードとして注目を集めている。こうした技術は私たちの暮らしをどのように変えるのか、ニューテクノロジー編第2弾はロボット技術を日常生活に導入する取り組みについて紹介する。

東京大学大学院 情報理工学系研究科 コンピュータ科学専攻
JST ERATO五十嵐デザインインタフェースプロジェクト
五十嵐 健夫 教授

1973年神奈川県生まれ。東京大学工学部計数工学科卒。同大学大学院博士課程在学中、カーネギーメロン大学に短期留学。『手描きスケッチによる三次元モデリングシステムTeddy』で注目を集める。ACM SIGGRAPH Impact Paper IBM科学賞、
ACM SIGGRAPHSignificant NewResearcherAward等受賞多数。「ボタンをクリックすると何かが起きる」という現在主流のGUIを超えるような、より柔軟で自然なインタラクションのスタイル確立を目指す。

コンピュータの苦手な作業を人手が代行
海外で注目が集まる“メカニカルターク”

−−最近、先生の注目しているトピックについてお聞かせください。

日本ではまだ騒がれていませんが、クラウドソーシングの問題、中でもメカニカルタークは興味深いテーマだと思います。(メカニカルタークは1769年Wolfgang von Kempelenが製作したチェス対戦ロボットにちなむ。このチェスロボットは長らく無敵を誇っていたが、実は中にチェスの名人が隠れていた。)このモデルのすごいところは、コンピュータに命令したつもりが、実は裏で人間がやっていたというということ。

例えば電車の時刻表を調べている時に、実は裏で人間が作業していたり、また「あの道はマンホールの穴が空いてるから気を付けたほうがいいよ」と巨大なクラウド上で人間が情報を知らせることが考えられます。このモデルの登場により、新しい課題も出てきました。例えば、コンピュータであれば命令したら必ず同じ数値が出ますが、メカニカルタークの場合、上手く提示しないといい加減なモノが返ってきてしまう。またリアルタイムに作業させるためにはどうすればいいのかといった課題も存在します。

しかし、気軽に細かい仕事を人に頼めるプラットフォームが出来たことは、将来的なイノベーションになるでしょう。例えばAmazonや楽天のレコメンデーションシステムは、今でこそ当たり前のサービスですが、20年ほど前は最先端の研究でした。ソーシャルフィルタリングというテーマで研究されていたものが、現在サービスとして多くの人に使われています。メカニカルタークも今の形のままではないかもしれませんが、お金のない人や暇な人がコンピュータの不得意な部分を常に補完してくれることは、未来的で面白いテーマです。人間と機械の融合と言えるでしょう。

コンピュータにできないことは、普遍的な原理として存在しています。クラウドソーシングのプラットフォームが一般化すれば、もっと色々なことができるのではないでしょうか。

Amazon Mechanical Turkは、ソフトウェアに実行させる処理のうち、人間の方が得意と思われる単純作業を開発者がウェブ上に掲示する電子市場。タスクを仕上げた個人には3〜5セント程度、少額の報酬が支払われる。2005年からサービス開始。
ユーザ自身で調節する「体の拡張」としてのロボット

−−先生の研究についてお聞かせください。

ロボットに対する考え方は、大きく2通り存在します。1つ目はジェスチャーや視線の要素を交え、人間と同じようにやり取りするアプローチ。2つ目は、ロボットを道具として捉えるアプローチです。例えばPCはジェスチャーを認識しなくても、作業することは可能ですよね。ロボットをあくまで道具と割り切り、的確に情報入力して指示をするというやり方もあると思っていて、稲見先生達と進めているプロジェクトでは後者を目指しています。

−−その方向性を選んだ理由は何ですか。

やっぱり、まどろっこしさでしょうね。人に説明してやってもらうより、自分で道具を持ってやったほうが早い。例えば遠くの物を取ってもらう時、人に「あっちにあるから取ってくれ」と頼むより、自分の手が伸びたほうが早い。ロボットも同様に、他者とコミュニケーションして頼むより、自分の意思にダイレクトに反応、コントロールできたほうがいい。つまりロボットを「自分の手の拡張」にしたいなと考えています。

−−機械が人の意思を汲み取り、自動化する流れもあります。

人の好みを認識し、自動化、最適化という話になりがちですが、私は逆にそれには反対の立場です。例えばエアコンの温度調整を自動化するより、自分で明示的に「これくらい」と言えたほうがいい。ユーザが自分で調節できるようにすべきだと考えています。みんな未来の話をするとすぐ自動化って言いたがるのですが、自動って全然良いと思っていなくて、間違うし、主体性がないし、難しいことも色々ある。それよりは内部の状態が分かるようにし、対応関係を認識しやすくするなど、ユーザが直感的に操作しやすくすること、そして自分の好みを伝えることができる方が重要と思っています。

AirSketcherは直接的で多様な風を容易につくりだすことができる扇風機(送風)システム。扇風機にインタラクティブ性を持たせ、ユーザが意図通り風を操作可能になることで、空調に対する不満を解決する。
ロボットの普及する世の中は到来するか

−−ロボットが市場に出てくるのはまだ先の話になりそうでしょうか。

研究すればするほど、ロボットに何かさせるのは難しいと感じます。私は始め料理したり物を押すなど、動きまわるロボットを研究していましたが、そうしたロボットはバッテリーもいるし、場所の認識も難しい。家庭内で仕事をさせるのは困難です。それなら人間がやったほうが早いんじゃないかと常に考えていました。ロボットが物を運んでくれて本当に生活に役に立つかどうか、現時点ではかなり厳しいのではないでしょうか。

その反面、いま面白いと感じているのは、家電のコントロールインターフェースです。例えば追いかけてくれる扇風機や自動的に首を振って動くライトなどが挙げられます。足で動きまわるロボットが物理的な仕事をこなすのは難しいですが、すでにあるモノをロボット化する、つまりセンサーやアクチュエータで高機能化する事に関しては可能性がある。同様にFuwa Fuwaも例えば車のシートに導入するなど、センサーとしての使い道が見つかれば、商品化され得るのではないかと思います。

FuwaFuwa(ふわふわ)は、クッションやぬいぐるみなど柔軟な日用品に組み込むことができ、柔軟物体の柔らかさを損なわずインタラクションを計測可能なセンサーである。
視点を変えた一言でヒットする可能性も

−−介護用ロボットは市場化の見込みがありますか。

時間をかけ、ニーズを限ればあり得るかもしれません。例えば食洗機は、高い、使えないとか言われつつ20〜30年ほどかけて世の中に普及するようになりました。食洗機の技術開発自体は以前から存在していて、いつ市場化するんだという話が出ていたが、いざ商品化したら全然売れなかった。しばらくその状態が続きましたが、地道な性能の改善、女性の社会進出や核家族化といった生活スタイルの変化、そして節水機能をメーカーが打ち出したことで爆発的にヒットした。

要するに、技術が進歩するまでの時間、社会体制の変化が必要ということです。介護用ロボットは高齢化が進んで必然的なものになるかもしれない。また食洗機の節水効果にメーカーが気づいてヒットしたのと同様に、例えば介護用ロボットに物理的な作業を期待していたけれど精神的ケアに効果があったなど、視点を変えた一言でヒットする可能性はあり得ると思います。