21世紀のビジネス最前線 ニューテクノロジー編 広がるヒューマノイドの舞台
エンタメと災害分野を視野に

(2012.04.13)

その姿形が人間に近しく、私たちと同じ環境で作動できるヒューマノイドロボット。その開発は今、どこまで進んでいるのだろうか。人工知能の研究が進んでいると言えども、ロボットはどこまで人間に近づけるのか、あるいは彼・彼女らは私たちの生活をどう変えるのか。産業技術総合研究所にてサイバネティックヒューマン「未夢」ことHRP-4Cの開発を手掛ける梶田秀司氏に話を伺った。

梶田秀司
独立行政法人 産業技術総合研究所 知能システム研究部門
ヒューマノイド研究グループ 主任研究員

1985年東京工業大学大学院修士課程修了(制御工学専攻)。同年通産省工業技術院機械技術研究所に入所し、2足歩行ロボット等の動的制御技術の研究に従事。2001年より組独立行政法人産業技術総合研究所知能システム研究部門ヒューマノイド研究グループ主任研究員を務める。

目指すは、ヒューマノイドロボットと人間の協調作業の実現

-独立行政法人 産業技術総合研究所(以下、産総研)での研究内容について伺いたいと思います。

私自身は30年ほど二足歩行を専門とした研究を行っています。あまり知られてないのですが、日本は二足歩行の分野では世界でトップを走っています。二足歩行は非常に難しいバランス制御が必要なのにもかかわらず、われわれ人間が意識せず歩けるのはなぜか、という疑問から、人間の動きを工学的に再現したいと考え、研究を始めました。

今の研究環境になったのは、1996年に本田技研工業㈱が二足歩行のヒューマノイドロボット「P2」(ASIMOの発表は2000年)を発表して、脚光を浴びたことにより、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「人間協調・共存型ロボットシステム」プロジェクト(1998-2002)がスタートしたことがきっかけです。このプロジェクトの目標は、二足歩行するヒューマノイドロボットが発電所のメンテナンスやホームセキュリティなどの分野で応用できるか実証することにありました。

研究初期の二足歩行型ロボットは作業員の人間と一緒に机を運ぶ作業に挑戦しています。ロボットの頭部についたCCDカメラで机を認識し、手で掴んで運ぶことが出来ます。手首に力覚センサが付いていて、計算機制御によって人工的に柔らかな動きを作り出すコンプライアンス制御を行っています。人間が机を押せば、ロボットが反応して下げるようになっており、人間の動きに反応して動くことができます。こうしたヒューマノイドロボットと人間の協調作業の実現がロボット研究の目指すところのひとつです。

図1 サイバネティックヒューマン「未夢」ことHRP-4C。産総研が開発したリアルな頭部と日本人青年女性の平均体型を持つ人間型ロボットである。
雨を嬉しがっているように見える
人間型ロボット。

−これまでに作ってこられたヒューマノイドロボットについて教えて頂けますか。

さきほどご紹介した研究初期の二足歩行型ロボットの次に作られたのがHRP-2です。アニメのロボットデザイナーにデザインしてもらい頭に角がついたりしています。このロボットは床から起き上がる実験や、手を使って大きな段差を上る実験、フランスの研究所ではバーベル上げ等、重いものを持った時に全身のバランスを取る実験などを行ってきました。

次いで開発したのがHRP-3(図2)です。このロボットは屋外で働ける防塵、防滴ロボットとなっており、シャワーを浴びるデモ等を行ってきました。人間型ロボットはおもしろいもので、こうした映像を見ていると、まるで雨を嬉しがっているように見えますね。それから、最近世間で注目された「未夢(ミーム)」ことHRP-4C(図1)です。HRP-2やHRP-3は人間型、といってもまだまだ平均的な人間に比べ手足が太めのプロポーションだったのですが、この「未夢」の段階で細くすることにチャレンジしました。

「未夢」は高さ160cm、モーター数44個。最大稼働時間が20分となっています。前回と比較して、腰と首の部分にモーターを1つ増やし、自然な動きを実現することを目指しました。このロボットはファッションショーに出ることが目標であったため、自然な歩行を実現したく思っていました。歩行に関しては、自然につま先を使うというのが難しいため、これまでは大きな足をつけていましたが、「未夢」では人間並みの足で歩き、ファッションショーで見られるつま先を使ったターンに挑戦しました。

図2 HRP-3の雨天の屋外での運用を視野に入れたシャワー実験。

ヒューマノイドロボットが活躍する場として
エンターテイメントも視野に

−「未夢」以前と以後で、ロボットが大きく変わりましたが、何か理由があったのでしょうか。

はい、我々は「愛・地球博」の時に二足歩行する恐竜型ロボット(図3)を作って出展しました。この時、リアルな恐竜のカバーを付けたので、子供の中には泣いてしまう子もいましたが、多くの一般来場者がこの恐竜型ロボットを見て喜んでくれました。最終的に愛・地球博では延べ1800回以上のデモを行い、半年間休まず稼働させました。

また、こちらは会津地方で伝統的な会津磐梯山踊りをするHRP-2(図4)です。こちらは東京大学と共同で、民族芸能の継承をPRすることを目的にソフトウェアプログラムを組んで発表したのですが、こちらもマスメディアを通じ、多くの人に注目してもらうことができました。

ヒューマノイドのロボット技術には課題が非常に多く、当初研究者たちが夢見たような実用性にはなかなかこぎ着けることが難しいのが現状です。そんな中、このようなヒューマノイドロボットが活躍する場のひとつとしてエンターテイメント分野があるのではないかと考えるようになりました。


左・図3「 愛・地球博」に出展された二足歩行する恐竜型ロボット。右・図4 会津磐梯山踊りをするHRP-2。
ファッションショー、ボーカロイドに一人芝居
広がる活躍の舞台

−なるほど。「未夢」はエンターテイメントの分野で何度か目にしたことがあります。

そうですね。ファッション・ウィークで司会を務めた時には開催者の方はとても喜んでくれましたし、新進気鋭のファッションデザイナーたちがこぞって覗きに来てくれました。もう少しで売れっ子デザイナーに「未夢」の服を作ってもらうところでしたよ。また、同じ年に桂由美さんのウェディングショーに出演させてもらいました。

あくまで研究の一環ではあるのですが、有料のショーに登場することができたことにロボットのエンターテイメント分野での活躍の可能性を感じました。最近ではボーカロイドや一人芝居に挑戦しています。人間の歌い手の表情を画像認識で記憶させ、ロボットの動きに変換し、「未夢」で再現しています。初音ミクの曲も歌わせました。

歌詞に合わせて口が動くようにするのですが、人間は声が出ていないときにも口が動くのが面白かったですね。息継ぎのブレスもボーカロイドに学習させ、人間の動きをロボットに変換しました。個人的にボーカロイドには数年前から興味があったので、楽しく研究することができました。ダンスをさせるプロジェクトではTRFのSAMさんに振り付け指導をしてもらいました。このように少しずつエンターテイメント分野で活躍・有用性が認知されるようになり、その姿を多くの人が喜んでくれることで、次々と新しい表現にチャレンジさせるお話を頂けるようになりました。

昨年は震災の影響であまり活躍できなかったのですが、7月に経済産業省のクールジャパン関連イベントでフランスでデモを行いました。パリでダンスをした時は現地の方もすごく喜んでくれました。

日頃はエンターテイメント分野で歌って踊り、
非常時には駆けつけて活躍できるヒューマノイドロボット

−ロボットには人間に似せたものとそうではないものがありますが、人間に似せたヒューマノイドロボットは課題が多く、実用に向かないのではという声も聞いたことがあります。

そんなことはありません。ヒューマノイドロボットは人間の環境で働けるというのが大きな強みです。例えばドアノブを回して、ドアを開ける、たったこれだけの作業も人間に似せていないタイプのロボットでは非常に困難な作業となってきます。ロボットは特別な用途のために研究されてもなかなか使われないのが現状です。

私が個人的に理想としているのは、日頃はエンターテイメントの分野で歌って踊っているが、例えば震災等の非常には駆けつけて活躍できるロボットです。エンターテイメントプラス非常用をカバーすることができれば、ヒューマノイドロボットはより大きな活躍ができると考えています。

−最後にヒューマノイドロボットの可能性について伺えますか。

今後の最大の技術課題は、知能をどうするかでしょう。今後、5年程度で市場に出てくる製品として片付けロボットが考えられます。まだ確かでありませんが、1本だけ腕がついていて片付けてくれるというロボットなら、十分商用化されるでしょう。その片手のついた「片付けロボット」は音声認識と画像認識で「これは部屋のどこにおかれたもので、それをどこに戻すのか」ということを記憶して動くことが予想されます。例えばこの時、ヒューマノイドロボットの分野で培われた研究のエッセンスが発揮されると考えています。

これらが発展していく過程でロボットはエピソード記憶ができるようにならなければならないと考えています。それができれば、ロボットが家族のようになり、人格をもった存在として扱われる日も来るのではないでしょうか。そうなってくるとロボットは捨てられなくなります。車輪じゃなくて足が付いたほうがいいよね、顔がついたほうがいいよね、となってくると思います。するとほら、ヒューマノイドがいいよね、となるのではないでしょうか。今のところ、30年後くらいの未来のことだと思っていますが。