道田宣和のさすてーなモビリティ vol. 11C-O-T-YとF-O-T-Y
イヤーカー選びの建前と本音。

(2013.12.27)

トーキョーモビリティ11、芝公園の空中回廊。

カーオブザイヤーはお嫌いですか?

根っからの「乗りたがり屋」である。いつだったかプライベートでインドを旅した折、差し当たって自由になるクルマがなかったことから、半ば脅迫的に、半ば懇願して、タクシー運転手からステアリングを奪取したものだ(!)。ステアリングは丸(クルマ)だろうが、バー(バイク)だろうが、握ってさえいればご機嫌なのだから、まるで遊園地ではしゃぐ子供さながら。自嘲するよりほかはない。

フリーランスに転じてからRJCこと日本自動車研究者・ジャーナリスト会議に志願したのも同じこと。黙っていても各種イベントのお誘いがワンサと舞い込んだ雑誌編集者時代と違って、そのままでは試乗もままならないからだ。

イヤーカー選びも複数の団体があるが、ボクの属するRJCはNPO、つまり非営利活動法人として東京都に登録されている。であるなら、その意義はどこにあるのかというのが認可や更新に際してお上から問われる常套句。いささか不純な動機で入会したばかりか今や理事も務めるボクなどは内心穏やかならざる気分だが、専門領域の学者やベテラン記者の総意として選出する当会のイヤーカーにはやはりそれなりの説得力があるはず。受賞の事実はメディアやコマーシャリズムを通じて一般に告知されるから、消費者のより良いクルマ選びに一役買っているのではと思うことにした。

で、今年のRJC版C-O-T-Y(カーオブザイヤー)は会員64名による投票の結果、マツダ・アテンザがその栄に輝いた。また、同カーオブザイヤー・インポート(輸入車部門)はボルボV40、同テクノロジーオブザイヤーは三菱アウトランダーに搭載のPHEV(プラグイン・ハイブリッド・エレクトリック・ヴィークルシステム)、同パーソンオブザイヤーは(パリ-)ダカールラリーに挑むこと30年、72歳の今も現役の菅原義正氏と決した。ボク自身の投票も(大体)そんなところ。まずは順当な結果と言えるのではないか。

*2014年次RJCカーオブザイヤー選考結果発表


C-O-T-Yに選ばれただけあってアテンザはほぼ全方位的に文句ない仕上がりだが、“鼓動デザイン”のためか後席への乗り降りだけは低めの「軒」が災いしてやや難がある。


ボルボV40の全ラインナップ。何と言っても万全の安全装備が心強い。


クルマ本来とは無関係の些細なトラブルで一時リコールの止むなきに至ったが、それでもRJC会員の心を掴んだのはこのアウトランダーPHEVをはじめとしてEVに懸ける三菱の意気込みだったに違いない。

勝手に創設、(ひとり)F-O-T-Y (ファン・オブ・ザ・イヤー)

そんな現代の優等生たちを前にして、だがしかし、それでもまだ完全には満足し切れていない自分がいた。欲張りなのである。

例えば、ハイブリッドやEVなどの「飛び道具」に頼らずともエンジンやシャシー、ボディといったクルマの構成要素をすべて基本から見直し、徹底的に磨き上げた結果、それらと比べても見劣りしないほど優秀な燃費を実現、同時に機械としての自然な操作感やリニアリティを損なうことなく両立させたアテンザはたしかに賞賛ものである。

だが、それでもまだ心浮き立つような気分にはいまひとつというのだから、我ながら業が深い。そのワケは、絶対的なポテンシャルや出来自体は高くても肝心のこちらがそれを存分に引き出して愉しめるような種類のクルマかどうかという点にある。言葉を換えれば達成感とか「完食感」というのが近いかもしれない。その点、アテンザなどはそもそものサイズ自体が大きすぎ、そのことは図らずもボクの好みを白日の下に晒してしまった以下のクルマたちと対比すれば明らかだ。

本音の部分はかくも個人的だから、もとより公器たるRJCカーオブザイヤーには馴染むべくもなく、しかし同時に「物言わざるは腹膨るるワザ」だから、勝手に創ってみたのが“F-O-T-Y”というわけだ。この際、“F”は面白さ(fun)であろうと、幸せ(fortune)であろうと、どちらでも構わない。

“プアマンズ911”のゴルフGTI

その“マイ・フォティ”、夏まではプジョー208GTi(のはず)だった。それほどパワフルなわけでも(1.6ℓターボ/200PS)、ハンドリングが際立って鋭敏なわけでもない。けれども、持てるパワーを自分の意志と技量でフルに活かせるマニュアルギアボックスを駆使しながらワインディングロードを駆け抜ける時、ノービスにはノービスなりの、手練には手練なりの足取りで応じてみせる懐の深さがいかにも物の分かった大人であり、フランス的で、ボクにはちょうど居心地のいい飲み屋のように映るのだ。心置きなく飛ばせて「いい気分に」なれるから。

1980年代の初代(205)GTiに比べると性格はむしろソフトでマイルドになっているのだが、ドライビング・ファン最優先の姿勢は少しも変わっていない。哀しいかな、これぞ日本車の多くが未だにその本質を充分に理解できているとは言い難い、「旨いクルマ作り」の隠し味なのだ。

これでキマリかと思っていたら、秋になって同じフランスから強力なライバルが出現した。ルノーのスポーツモデル、ルーテシアR.S.(ルノー・スポール)である。まずはその出で立ちに驚いた。これまでいささか迷走気味だったデザインポリシーがピシッと決まった結果、このところなぜか伝統の“猫目”フェイスを捨てて曖昧になってしまったプジョーのそれとは攻守逆転の態。キレの良さでは完勝と言える。


ちょっと見にはどこのクルマだか分からなくなってしまったプジョー。そんな208もよく見ると奇麗な線をしていて、長期保有には格好かもしれない。GTiはこんな悪天候の箱根でも大いに愉しめた。


早起きは三文の得。雨上がりの箱根・大観山は神々しさに満ち溢れている。本国ではクリオと呼ばれるルーテシア(R.S.)だが、どうせならより戦闘的な“シャシーカップ”仕様の方が「極まった感」があって、気持ちイイことこの上ない。

いざステアリングを握ってもシャキシャキとした歯切れの良さは格段に上。同じ1.6ℓターボ/200PSでも性格は至って過激なタチで、エンジンは髪振り乱さんばかりにビュンビュンと回り、サスペンションはゴツゴツとまるでレーシングカー。本来なら単にスパイシーなだけよりもコクの良さを多としたいボクだが、こうまでビンビン響くとその刺激に抗し難いのも事実。はてさてどちらに軍配を挙げたらいいものか……。
と思っていたその矢先、まるで追い打ちを掛けるようにさらなる決定的なクルマが現われた。フォルクスワーゲン・ゴルフ GTI(ゲーテーイー)である。登場は9月だから自分が乗り過ごしていただけなのだが、11月に行なわれたC-O-T-Yを決する“ツインリンクもてぎ”サーキットでのRJC最終選考会にノーマルゴルフと連れ立って姿を現わしたそれは驚嘆以外の何物でもなかった。

これほどの衝撃を受けたのはまさにこのボク自身が日本で初めて初代GTIをCAR GRAHIC(CG)誌上でリポートした1977年以来、実に36年振りのこと。正直言って最初は大した期待もしていなかった。今度の(7代目)ゴルフはいつもどおりよく出来てはいるがいわば正常進化型にすぎないし、スポーツモデルのGTIもこのところ代替わりする度にかつての若々しさよりも豪華・快適さに重点を置いた「旦那グルマ」と化していたからだ。

ところがところが、このクルマが只者でないことは乗り始めてすぐに分かった。今や220PSを発する2ℓターボは変幻自在。肌理の細かい極上のマナーを披露するかと思えば一転してアフターファイアのように咳き込んで気性の激しさも垣間見せる。ツインクラッチ式のギアボックスは電光石火。ステアリングはカミソリのごとく鋭く、ボディ剛性は巌のよう。そう、排気量も駆動方式も、むろん価格(369万円)も、本来比較になんかならないはずなのに、あのポルシェ911カレラ(1145万円)を彷彿とさせるに充分なのだ。真のスポーツカーでありながら完璧な実用性を備えているところもそっくりである。

おいおい、普段言ってることと違うじゃないか、前輪駆動でいいのかい? とお叱りを受けそうだが、なにごとにつけ例外というものはあるのです。


ベストセラー故の安全策か、それともすっかりドイツの水に馴染んでか、名うてのデザイナー、ワルター・デ-シルヴァの腕を以てしても平凡な顔つきの7代目ゴルフ。手前がGTI、奥がノーマル。だが、一旦走り出せばピカイチで他の追随を許さない。


今年、意外な(失礼!)収穫だったのが、ヨーロッパ・フォードのモデルとスズキのマイナーチェンジ版スイフト。写真はフォード・フォーカス(左)と同クーガ。とにかく、エンジンの上質さはこれまでのイメージを覆して余りある。


スイフトの改良型は気筒当たりインジェクターが2本の“デュアルジェットエンジン”がウリだが、それよりなにより足がしなやかで、しかもドライビングファンが確実に増したのが嬉しい。聞けば車高を1cmだけ落としたのだとか。

real thing! F-O-T-Y 
番外編は映画の『ラッシュ/プライドと友情』

funやfortuneを称えるなら必ずしもクルマじゃなくてもいいか……。なにしろ“my”なんだから。

巷に季節のイルミネーションが瞬くようになった頃、このコラムの担当 Bさんを通じて魅力的な試写会のお誘いを受けた。題して『ラッシュ/プライドと友情』 実在のF1ドライバー、ジェイムス・ハントとニキ・ラウダの物語である。

舞台となったのはふたりが熾烈にチャンピオンを争った1976年のシーズン。ちょうど僕がF1取材を始めた年でもあり、実際にモナコや富士(スピードウェイ)ではパドックで、コースで、この天才たちの晴れ姿を目の当たりにした。この機を逃してどうする! でも、正直なところこの手の映画でありがちな、妙に薄っぺらいのはイヤだな、クルマそのものの真贋もストーリーも。なにしろ子供の頃からクルマの映画といえばまるで急き立てられるように欠かさず見てきたが、半分はガッカリさせられたからだ。大抵は「生と死と男女の絡み」みたいな俗っぽいもので、鑑賞に堪えられないものも多かった。

しかし、そんな心配は無用だった。さすがはアカデミー賞監督のロン・ハワードが指揮したこの作品、すべてが「本物」なのである。当時の記録フィルムと撮り下ろしを絶妙なフェードイン/アウトでミックスしたこの作品、迫真のレースシーンをはじめとして現代の5.1chサラウンド音響技術で甦ったサウンド(マクラーレンM23に積まれたフォード-コスワースDFVエンジンのエグゾーストノートが最高!)も本物。

ニキが恋人となるマルレーネの車を運転する場面で、『「ケツ」でわかる。』の言葉に、思わずウンウンウンと頷いてしまった。タイアはフロントが滑っているか、リア、しかも右か左か、が滑っているか、プロは本来鈍いはずの尻を通して手に取るように分かるのだ。

そのほか「ハント・ザ・シャント」(壊し屋ハント)といささかブルータルに揶揄されながらも我々さえ知り得なかったハントの内面の葛藤を描き出し、ドラマとしても秀逸。

クライマックスでは不覚にも目頭が熱くなったが、ふと隣を見遣ると当時を知らないはずの世代も頬の辺りを拭っているのが目に入った。本物と言えば、キャストにしてもラウダ役のダニエル・ブリュールなどはメイクの巧さとも相俟って本人と見紛うばかりの好演だ。少なくともボクのクルマ映画史の中ではクロード・ルルーシュ監督の『男と女』やスティーヴ・マックイーン主演の『ブリット』とともにベストスリーに挙げてもいいと思っている。

余談だが、僕がクルマに惹かれたきっかけになったクルマ映画『野郎、ぶっ飛ばせ』(61)は、イタリアの伝統レース(ミッレミリア)を実写さながらに展開し、喉から心臓が飛び出しそうな迫力だった。そのほかマックイーンの『栄光のル・マン』(71)も良かった。この場合はポルシェ917を実際に走らせて迫真の映像を作ったのがグッドだった。

『ラッシュ/プライドと友情』*試写会プレゼントはこちら
2014年2月7日よりTOHOシネマズ日劇ほか全国ロードショー

出演:クリス・ヘムズワース、ダニエル・ブリュール、オリヴィア・ワイルド、アレクサンドラ・マリア・ララ
監督:ロン・ハワード
配給:ギャガ
提供:ギャガ、ポニーキャニオン
原題:Rush
2013 / アメリカ、ドイツ、イギリス / 英語・ドイツ語 / 123分 / カラー / シネスコ / 5.1chデジタル / 字幕翻訳:佐藤恵子
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