道田宣和のさすてーなモビリティ vol. 13これでもかのプレゼンス 声高に主張する富裕層御用達。

(2014.06.20)
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トーキョーモビリティ13。トンネルを抜けると汐留だった。構想から68年、“マッカーサー道路”3月29日開通。

千歳の姪が写メを送ってきた。“札幌モーターショー”は大盛況だそうで、フェラーリやランボルギーニ、日本のクルマでもGT-Rあたりはブースに近づくだけでも一苦労だったとか。バブルの時代じゃあるまいし、ホンマかいなと訝りつつ画像を確認するとどうやら本当らしかった。

実際、クルマ離れとは言うものの単に二極化が進んでいるだけとも言える。去年は「買い回り品」の軽自動車が過去最多の販売台数を記録する一方、「お高い」はずの輸入車も普通車中のシェア8.6%を占め、記録を更新した。もはや全国平均でも10台に1台近くは「ガイシャ」なのである。どうりで見栄っ張りが多い東京の街はメルセデスやBMWがゴロゴロしているわけだ。因みに、ブランド別の台数で一番なのはフォルクスワーゲンです。

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シバれる外気もものかは。札幌ドームの中は熱気で溢れ返っていたようだ。トーキョーだけがモーターショーじゃない。名古屋や大阪、福岡でも開催された。
photo / yurika inoue
「私もスーパーカーに乗ってみたいな」
よーし、叔父さんが乗せてやろうじゃないか。そうだ、今度のJAIAこと日本輸入車組合の試乗会で品定めするとしよう。加盟各社がそれぞれの最新モデルを会場の大磯プリンスホテルに持ち寄ってプレスの取材に供し、ショーの花形みたいなクルマにも乗るチャンスがあるからだ。

なにより幸運だったのは2月は2月でもあの大雪の直前だったこと。滑る路面に足を取られて恐る恐る乗ったんじゃ不完全燃焼もいいところだったから。普段は真面目なクルマを真面目な顔してリポートしているボクだが、今回は一旦仕事を忘れて愉しみのために乗ることにした。

全部で87台のリストの中から選んだのが以下の8台(試乗順)。値段そのものが目的では決してなかったが、結果的にはその半数以上がオーバー1000万円クラスとなった。中にはちょっとしたマンションが買えそうなものまである。普段偉そうなことを言っていても結局そこなのかと、自分でも気付かなかった我が身の俗っぽさに恥じ入った。もっともこれまた純粋な興味からなのだが、どちらかと言えば控えめな部類に属する実用車も一部混じっているのはご愛嬌。やはり生来の貧乏性は抜けそうもない。ほかにマクラーレン12Cスパイダー(標準仕様/5%の消費税込みで3000万円。以下同じ)とマセラティ・クアトロポルテGT Sの新型(1690万円)も試してみたかったのだが、生憎希望者多数につき抽選で漏れた。

・ポルシェ911カレラ4(1340万円)
・メルセデス・ベンツS550ロング(1535万円)
・フォード・フィエスタ1.0 EcoBoost(229万円)
・ロータス・エキシージS(850万円)
・ランボルギーニ・アヴェンタドールLP700-4クーペ(4197.375万円)
・レンジローバー3.0V6スーパーチャージド・ヴォーグ(1230万円)
・ジャガーFタイプV8 Sコンバーチブル(1250万円)
・アウディA3セダン1.8TFSI quattro(410万円)

せっかくだからこのコラム担当のBさんを誘って一緒に出掛けることにした。彼女、映画『ラッシュ/プライドと友情』に触発されてか、このところクルマに関心を持ち始めた様子。それならひとつド派手なスーパーカーにでもご同乗いただき、一気にこちらの世界に引き摺り込んでしまおうという魂胆もあった。

「スポーツカーじゃないみたい」

まずはボクがスポーツカーを語る時、いつもメートル原器にしているポルシェ911から。クルマづくりの基本的なコンセプトを変えないまま半世紀以上生産されているカリスマ的な存在のスポーツカーだが、その分随時大小の改良が施され、見た目は大差なくても中身は常に新しい。商品名は初代から今に至るまで一貫して“911”だが、いわゆるフルモデルチェンジはこの間6度に及び、メーカーが識別のために付けているコードネームも911から930へ、930から964→993→996→997へと順次切り替わり、昨年からは991に進化した。

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ポルシェ ジャパンの広報車は伝統的に型式名入りのナンバープレートで登録されるからひと目で分かる。

その最新型911、すなわち“991型911”のドアを開けて乗り込んだ途端、彼女の口から発せられた言葉が「わぁー広ぉ〜い! スポーツカーとは思えないですね」だった。一見さりげないこの台詞、実はボクらのように手垢の付いたモータージャーナリストが百万言を費やしても敵わないほどこのクルマの神髄を見事に衝いている。

911が名車と呼ばれる所以は単に長い伝統を持ち、本格的なスポーツカーとして世界で最も成功を収めているからだけではない。独自の水平対向6気筒エンジンを車体後部に積み、胸の空くパワーと圧倒的なトラクション(地を蹴る力)、そしてステアリングやブレーキなど正確無比な操作系がスポーティングドライバーの好みと要求に応えるものであることは言うまでもないが、同時に純然たる乗用車と比べても遜色ないほど高い実用性を兼ね備えている点にあり、その絶えざる変革は両者のより良いバランスを求めてきた歴史でもあるからだ。

997から991への変更はホイールベース、つまり乗員のための居住空間を拡大して一層の快適さをもたらすことに主眼が置かれたが、その一方でスポーツ性は微塵も損なわれていない。排気量3.4ℓもあるエンジンは時に粛々と、時に轟然と7600rpmの高回転までワッと吹ける緩急自在さで、カミソリのような鋭い切れ味は依然健在なのである。そこがエライのだ。

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同じ2ペダルのオートマチックトランスミッションでもポルシェのATはPDK(ポルシェ・ドッペル・クップルンク)と呼ばれるツインクラッチ方式。ステアリングに付いたパドルで電光石火のシフトを愉しむ(愉しみ過ぎた?)。
「ひとりひとりって、なんかサミシクないですか?」
ご存知リッチなクルマの代名詞、メルセデスのSクラスが昨秋モデルチェンジした。堂々たるサイズ、有り余るほどのパワーと極上の乗り心地、そして万全の安全・快適性と“スリーポインテッドスター”(星形マーク)付きの有無を言わせぬブランド力。このクルマを何台も乗り継いできたオーナーなら再び迷わずこの新型を注文するに違いない。
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この堂々たる体躯を見よ。日本では黒塗りかさもなくばホワイトがほとんどだが、試乗車の“ダイヤモンドシルバー”は光によって色合いを微妙に変える。

一新されたインテリアは木や革、クロームといった伝統的な素材とエレクトロニクスの融合が進んでハイテク満載の中にもどことなくオールドワールド的な優しさが生まれた。試乗した個体はもともと後席でゆったりと脚を組んでもお釣りが来るほど広々としたロングホイールベース仕様のクルマにオプションで“ファーストクラスパッケージ”(=4人乗り/55万円高)や“ショーファーパッケージ”(75万円高)などが追加装備され、乗員ひとりひとりが走りながら自分専用のスペースとアメニティ、エンターテインメントを享受できるようになっている。ドリンクやミールサービスをするフライトアテンダントこそ乗っていないが、物理的なクォリティは確実にそれ以上である。でも、Bさんが言うように本当はそんなVIPに限って案外孤独なのかもしれない。

実はこのさらに上に値段が5割以上も高い“S63 AMGロング”(2340万円)も用意されている。そちらはレースイメージで鳴るAMGブランドであることを強調するためか、同じV8ツインターボエンジンでも排気音がちょっと威丈高に感じられるほどアグレッシブだから、気が付くといつの間にかシュルシュルッと結構な速度に達しているこちらの方がSクラス本来の高級さを巧く表現できているようにボクには思われる。高価=高級と信じて止まない一部のオーナーには理解できないかもしれないが。

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“ショーファーパッケージ”にはフットレストやドアアームレスト/センターアームレスト用ヒーターまで含まれる。

「言いたいことはワカリます」

タイやヒラメが舞い踊る竜宮城から現実に引き戻されたようなもの。直後に乗ったフィエスタは日本車で言えばヴィッツやマーチ、フィットなどと同じクラスで、一緒にされたらさぞかし気の毒なと案じたら、あに図らんやこれが実に清々しかった。

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端正な表情なので一見サイズ感に乏しいが、実は全長4mを切る(3995mm)小兵。鮮やかなボディカラーは“ホットマゼンダ・メタリック”と称する。

フレッシュな印象の理由は、なにより「分相応に」良く出来ているからである。僅か1ℓ3気筒のターボエンジンは癖がなく素直に回ってパワーは必要充分だし、前輪の接地感がしっかりしていて足腰が信頼に足る。なかでも気に入ったのは布地張りのシートがホールド感抜群で、身体をきちんと支えてくれることだ。それにデザインのキレもなかなかのもの。一時期フォードがそれを傘下に収めていた残滓なのか、水平パターンの格子柄をモチーフにしたラジエターグリルは高級スポーツカーで鳴るアストン・マーティンそっくりで、また同じフォードのフォーカスに似た楔形のフォルム全体も躍動感に漲っている。

黒を基調とした室内色だけは暗っぽくてやや開放感に欠けるきらいはあるものの、ダッシュボード中央のカタマリ感のある造形はBさんにも訴え掛けるものがあったとみえる。1976年の初代登場以来このヨーロッパの下駄グルマみたいなフィエスタを何世代も見てきたが、その中でも今度の新型はベストエバーだと思う。以前にも書いたが、こうしたベーシックなモデルが売れてこそ日本の輸入車市場もホンモノになるというものだ。

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これだけ見るとなんだかはるかに高級なクルマのよう。クォリティは確実に上がった。シートの立派なこと!

「どうなることかと……」

今回個人的に最も期待したクルマの1台。スポーツカーはパワーや最高速度、横G(遠心力に耐える力)の値など絶対的な性能データだけで良し悪しが決まるものではない。たとえいつもの道をいつものように走ったとしても同じ運転という行為から得られるのが退屈な「作業」なのかそれともある種の快感を伴う「歓び」なのかによって大きく評価が変わるというのがもっぱらボクの考え方だ。その際、重要なのがドライバーの意志をクルマに伝えるステアリングやスロットル(アクセル)、ブレーキ、ギアレバーなど操作系のリニア感やダイレクト感である。

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地を這うエキシージ。“S”とは言うものの単なる追加モデルではなく、エキシージ自体がSに移行した。オリジナルに比べて長めのホイールベースとより広いトレッドを特徴とする。よく似た造形だが、ボディも全く新しい。

ボクの大好きなエリーゼ以降、「新生」ロータス各車はレーシングカー並みの軽さと剛性を誇るアルミモノコック(ボディとシャシーが一体化したもの)をほとんど唯一無二の武器としながら無類の俊敏さと情感溢れる乗り味を実現してきた。エリーゼの屋根付き版、エキシージがモデルチェンジし、やや大柄な新世代の同“S”に移行したが、たった1180kgに過ぎない車重(上記のフィエスタが1160kgだからいかに軽いかお分かりだろう)は依然として驚異そのものであり、おまけに車高はたったの1130mmでまさに地を這うような低さ(普通の乗用車は大抵1.4〜1.5m)。リアルスポーツは運転自体が目的だからアメニティの類いは無きに等しい。

こうなるとちょうど揺籃期のゴーカートが手っ取り早く草刈り機のそれを流用したように、一定の条件さえ満たせばエンジンはハッキリ言って何でもいい。このクルマの場合も3.5ℓのV6エンジンはトヨタ製のどうということもない代物だが、それにスーパーチャージャー(機械式過給器)とこれまたトヨタ製のマニュアル6段ギアボックスを組み合わせ、たったそれだけで0-100km/h加速(静止状態から時速100kmに到るまで)を4秒フラットで駆け抜ける実力の持ち主に育て上げた。掛け値なしにスーパーカー並みである。

乗り始めこそ今時珍しいほどスパルタンな室内の光景に「いかにも“ジドーシャ”って感じですね」と余裕を見せていたBさんだが、ボクが悪かった。やがて頻繁なギアチェンジやヒール・アンド・トゥ(コーナーを素早くクリアするためのテクニック)を駆使しながら文字どおりノリにノッてカッ飛ばすボクに辟易としたのか、午後のセッションを前に独りそそくさと東京に帰ってしまったのだ。ゴメンナサイ。でも、クルマが嫌いになったり担当を降りたりしないで下さいね。

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シャシー/ボディのストレスを一身に担うアルミモノコックはそれだけにサイドシルがバスタブ並みの深さ。これじゃあ女性に嫌われるわけだ。アルミの無垢から削り出したシフトノブがこのクルマの性格を端的に物語っている。
ロケットさながら

その意味では次の試乗枠に決まっていたこのクルマをパスしたのは正解だったかもしれない。

アヴェンタドールは言わずと知れた“跳ね馬”ことフェラーリと並び立つスーパーカーの代表格、“闘牛”ことランボルギーニのトップモデルである。かのカウンタック→ディアブロ→ムルシエラゴと続いたV12気筒モデルの最新作だ。乗員ふたりの背後に積まれた6.3ℓエンジンは実に700PSを発生する途方もなさ。パフォーマンスに至っては0-100km/h:2.9秒、最高速度350km/h!という凄まじさで、実際、前輪がどこを向いているかを慎重に見極めた上でいざ右足に力を込めると突如頭の後ろで雷鳴が轟いた次の瞬間、身体がシートにめり込むほど強烈な縦G(前後方向の加速度)に見舞われ、宇宙に飛び立つ発射台上の若田さんもかくやと想わせた。

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地上に降り立ったステルスファイター? この個体はスペシャルカラーの“ヴェルデ・イサカ”を纏い、それだけで130.5885万円也のエクストラチャージを要する。“シザーズドア”はそれ自身の(相当な)重さと支えのダンパーが絶妙なバランスを示すため、機械の助けがなくても手動でなんなく開閉できる。

こんな「アブナイ」乗り物、いったい日本のどこで乗るのかと思うだろうが、オーナーにとっては大きなお世話かもしれない。街行く人を振り向かせ、羨望の眼差しを向けさせる、そのカタチと音だけで充分なはずだから。そうそう、新型は生産態勢から一新されたカーボンモノコックをはじめとする作り込みが入念なためか乗り味自体は意外にマイルドで扱い易くなったが、むろんそれも街乗りオーナーたちには大いに歓迎されるはずだ。

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エクステリアに呼応したフューチャリスティックなコクピット。シフトレバーがない? いや、あります。それに代わるボタンがコンソールの上に。
荘園逍遥よりアーバンライフ?

イギリスの至宝と言ってもいい。今をときめくメルセデスのGクラス(ゲレンデヴァーゲン)が“剛”ならレンジローバーは“柔”。ともにそれまでなかった高級オフオーダーのジャンルを創設した良きライバル同士ではあるものの、そのありようはそれぞれの国民性同様、見事なまでに異なる。

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全高は1865mmとさほどでもないが、幅も2m近い(1985mm)から小山のように感じられる。スタイリングは先代のコンセプトを継承し、空力的なリファインを施したものだ。

メルセデスは同じ4輪駆動でも前車軸にひとつ、後車軸にひとつ、そしてセンターにもひとつ、それを配した合計3つものデフロック(不整地で車輪の滑りを止める装置)や強靭なボディなど、もっぱらクルマの能力そのものを高め、いわば力ずくで大地を制するタイプ。それに対してレンジローバーは軽くバランスの良いボディで「訳の分かった」ドライバーが操作し易い環境を整えた上で大地と対話し、大地を宥めるようにして柔軟に乗り越えて行く。結果的にオフロードでのポテンシャルは両者同じくらいに高い。普段ロンドンに居を構えてはいてもカントリーライフをこよなく愛し、週末になると自らの領地に戻って沢や傾斜を散策するのをなによりの愉しみとするようなイギリス上流階級には恰好の乗り物であり、遊び道具なのである。

だが、レンジローバーも人の子。高級ホテルの車寄せに佇むその姿だけを見て世界的な人気に火がついた結果、ボディはモデルチェンジの度に豪華・大型化を繰り返し、通算4代目に当たる今度の新型は全身総アルミ製にも拘らず全長5m強、車重は2.34トンにも上る。今から20年以上も前、長さ4.45mで重さ2トンを切っていた(1960kg)初代レンジローバーに1年間慣れ親しんだ経験のあるボクにはもはやtoo muchであり、あまりの煌びやかさに目が眩む思いだ。

試乗車はV8の代わりにスーパーチャージャー付きV6を積む最新の3ℓモデルだったが、現代のオーナーにとっては340PS(初代の旧式な自然吸気4ℓV8は僅か170PSに過ぎなかった)による速さと静けさは高価な値段に充分見合うもので、湘南の陽光を浴びながら空いたバイパスをクルーズするひと時は快適で平和そのもの。うっかりすると軽い眠気に誘われるほどだった。このクルマが今でも本当に「タウン&カントリー」たり得ているのかどうかは、昔ボクがよくやったように秩父の山奥に引っ張り出して泥んこ遊びに興じたり、浜名湖までトレーラーで牽いて行って水上バイクを浮かべたりしないと分からない。

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上下分割式のテールゲートは初代から。今や電動式で使い勝手がさらに向上した。

ジャガーよオマエもか!

英国アッパーミドルの御用達、ジャガーと言えば戦後のルマン24時間レースを席巻した“Cタイプ”や“Dタイプ”を別として常にノーブルでエレガントなイギリス趣味を色濃く映したクルマとして知られていた。デリカシーこそが身上で、そこが同じ高級車でもあくまでタフな実用車であることを基本とするドイツ車との違いだったのである。それだけにいささか「蒲柳の質」だったのも事実で、かつては渋滞の中でオーバーヒートに音を上げたこのクルマの姿を見掛けることも少なくなかった。

だが、危機にこそジョンブル魂は遺憾なく発揮される。伏線はまずフォード、そして現在はその傘下にあるインド・タタ財閥からの資金援助とイアン・カラムのデザインディレクター就任にあった。流麗な反面なかなかその枠をはみ出せないでいたスタイリングが一転してメタリックで未来的な建築のように変身。世間はあまりの変貌振りに驚きの声を上げたが、概ね落胆よりも進歩と捉えられ、販売好調なのは多とすべきである。同時に「猫のようにしなやかな」ロードホールディングの良さはそのままに新設計のV8エンジンを得て逞しさと信頼性を一気に増した。

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“ビッグキャット”(ジャガーのこと)のオーナメントがなければ(イギリスの)ACと言っても(アメリカの)コブラと言っても通用しそうな面構え。昔のジャガーならきっとブラックのホイールなど想定外だったに違いない。

変革はXFサルーン(英語/“セダン”は米語)から始まってXJサルーンへと受け継がれ、その好調の波に乗って放たれたのがブランドを華麗に象徴する2シータースポーツのFタイプである。乗り始めてすぐに気付いたのはメルセデスのAMGやBMWの“M”シリーズ、果てはマセラティやランボルギーニ、フェラーリなどに対する強烈な対抗心だった。それを如実に感じさせるのがひときわ派手な「音」ともはやノーブルというよりブルータルとさえ評したいその挙動だった。

以前は繊細さこそが持ち味だったステアリング・リム(ハンドルの握り部分)は今やレーシングカー並みに極太でズッシリとした手応えがあり、1810kgと(サイズの割に)軽めのオールアルミボディに積まれたV8 5ℓスーパーチャージャー付きエンジンは495PSを発する。DSC(ダイナミック・スタビリティ・コントロール)を始めとする種々の走行安定化機構が備わっているにも拘らず、走り始めた最初の曲がり角で迂闊にもスロットルをガバッと踏んだらいきなりテールがズルリと横滑りし、一瞬ヒヤリとさせられるとともに有り余るパワーの存在とスーパーカー並みの興奮を実感せずにはいられなかった。

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現代のトレンドをソツなく余すところなく採り入れたコクピット。Fタイプは純粋な2シーター、既存のXKシリーズは定員4名の2+2だ。Fタイプのクーペモデルも追加された。
さらに輪を掛けて激しいのがイグニッション・オンで忽ち唸りを上げるV8エンジンの咆哮。きょうび六本木界隈じゃ“信号グランプリ”の度にここぞとばかり轟音を響かせるAMGやマセラティが珍しくないが、それに勝るとも劣らない大音量なのである。スロットル・オンの時も結構な迫力だが、オフにした瞬間もまるでレーシングカーのアフターファイアのようにバラバラバラッと咳き込んで凄まじい。頼り甲斐のある男みたいになったのは確かだが、ボクにはジャガーがV12や直6を積んでいた当時の品の良い立ち居振る舞いが懐かしい。フェラーリで見られるようにV12はいざとなると甲高いソプラノだが、それさえも包み隠す賢者のたしなみがあったのだ。

因みに、現在ヨーロッパの“プレミアムブランド”で全盛の観があるV8は本来アメリカ車が得意としていたジャンル。そのせいかハイチューンに仕立てれば仕立てるほどその音色はドバドバドバッと、なぜか(フォード)マスタングや(シボレー)カマロなど、少なくとも世間的には「格下」に見られていた“アメリカンマッスル”に似て行くのが面白い。かのスティーヴ・マックイーンがスタントなしで熱演したカーチェイスムービー『ブリット』ではその怒濤のようなサウンドが全編に流れていたものだ。腹に響くV8の重低音。来るべき持続可能なモビリティ社会では残念ながら愉しめそうもないのがちょっと惜しい。

“クワトロ”なのにライトテイスト

そんな盛り沢山なメニューの掉尾を飾ったのがドイツ三大プレミアムメーカーの中でもこのところ内外問わず売れに売れているアウディの新顔、A3セダン。一度は“フォーリングス”に乗ってみたいと思っている向きには325万円からの手頃な価格が魅力なため、今後主力モデルのひとつになると見込まれるのだ。

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今までハッチバック(独自に“スポーツバック”を名乗る)だけだったA3に初めてトランク付きのセダンが加わった。リッド後端に生えたちょっぴり摘んだ形のスポイラーとLEDライトがアウディ一族であることを主張する

試乗したのは1.8ℓ直列4気筒ターボ付きの中位モデル。アウディ得意の“クワトロ”式4輪駆動(大抵は100kg前後重くなる)を備え、コンパクトな外寸ながら車重1470kgと決して軽い部類には属しないが、全体に足取りが軽やかでハンドリング(操縦性)も素直に感じられたのはあながちその前にヘビー級が続いたせいばかりではないだろう。エンジン搭載方法はフロント縦置きの上級アウディと異なり、前輪駆動で一般的なフロント横置きだが、リア2輪分の駆動メカニズム追加で重量の偏りやクセが和らげられ、それが好印象に繋がったものと思われる。

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広さはまずまず。メカニカルな4WDだから当然フロアトンネルの中を後輪駆動用のプロペラシャフトが通るが、リアシートへの影響はミニマムに抑えられている。

富裕層になってやる!?

帰る前にBさんが言っていた。曰く、「皆さん、嬉しそうに仕事をしてるのがいいですね」って。で、オマエのチョイスは何かって? そんなの決まってるじゃないですか。しがないサラリーマン上がりのライターが「金融資産1億円超」なワケがなく、当面目指すはロータスがせいぜい。いや、違うな。たとえ何かの間違いで大金が入ったとしてもボクは生来キビキビした、比較的小さなクルマが好き。だって、箱根のワインディングロードじゃフェラーリやランボルギーニじゃ大き過ぎて、結局ゴルフGTIのような“ホットハッチ”あたりが一番なんだもの。

さぁーて、浮いたカネを何に使おうか。