『インターメディアテク』に見る
21世紀のミュージアムの姿。

(2013.06.07)

  • 日本郵便株式会社と東京大学総合研究博物館
    協働プロジェクトの博物館『インターメディアテク』
    旧東京中央郵便局舎跡地にこの春グランドオープンした『JPタワー』。『JPタワー』内の商業施設『KITTE(キッテ)』などが東京駅周辺の新たなるランドマークとして賑わっていますが、2、3Fの博物館『インターメディアテク』がこれまでにない刺激的なミュージアムであると話題を呼んでいます。

    『インターメディアテク』は日本郵便株式会社と東京大学総合研究博物館(UMUT)の協働プロジェクトで、東京大学が1877年(明治10)の開学以来蓄積してきた動物の骨格や剥製、鉱物、昆虫、産業プロダクトなど自然史・文化史の博物標本を常設展示。

    展示物の博物的価値もさることながら、展示方法も至ってユニーク。昭和のモダニズムの名作として知られる建造物の構造を生かし独自にリデザインしたレトロ・フューチャーな空間に、オリジナル・デザインと歴史的価値の高い東大博物館から受け継いだ什器をミックス配置。さらに学術標本のおもしろさを従来の観点とは異なる側面からとらえる刺激的な提案もいっぱい。アカデミックな知識の集積と現代的なアートセンスが融合した異空間になっています。しかもエントランス・フリー。

    その企画のきっかけ、最先端の展示スタイル、運営などについて『インターメディアテク』館長 西野嘉章さんにお話をおうかがいしました。

    アカデミズムと実験性を兼ね備えた博物館
    『インターメディアテク』構想

    ==東京大学が蓄積してきた知の集積、標本コレクションを美学をもって、なおかつチャージ・フリーであるなど親しみ易く展示しているところに新しさと、志を感じました。『インターメディアテク』開設のきっかけを教えてください。

    西野館長:『インターメディアテク』企画は5年前の郵政民営化の時、東京中央郵便局敷地に『新丸ビル』に相当するような大きなビルを建てたい、その中には公益性のある社会施設を作りたい。東京大学総合研究博物館に力を貸してくれないか、との相談を受けたことでした。そこで『インターメディアテク』構想を提案したのです。


    『インターメディアテク』には随所に曲面鏡がとりつけられており、鏡を覗くとその場所を中心に、館内の様子が鏡に集められて映り込む。博物館そのもののメタファーのようだ。『インターメディアテク』常設展示内のリデザインされた壁面展示棚。©インターメディアテク 

    ===東京大学が集積した学術標本を展示するということでは『インターメディアテク』と東大本郷キャンパス内の『東京大学総合研究博物館』は同義のように思えます。両者の大きな違いは?

    西野館長:『東京大学総合研究博物館』は1996年に創設され、2001年には小石川分館も設立されました。『東京大学総合研究博物館 本郷本館』は本格的な学術研究成果、『東京大学総合研究博物館 小石川分館』は実験性の強いものを展示する、というように棲み分けて来ました。『インターメディアテク』はいわば第3極になるわけですが、アカデミズムと実験性のあるもの両方をやっていこうとしています。本館は7月まで休館、小石川も現在休館、9月からリノベーション、新たにスタートします。

    『インターメディアテク』3階常設展示風景。 © インターメディアテク 

     

    ==現代性の高い新しい博物館『インターメディアテク』を作る中で、お手本にした海外のミュージアムなどはありますか?

    西野館長:『インターメディアテク』はまったく新しいミュージアムなので、お手本はありません。
    そもそも『インターメディアテク』が美術館なのか博物館なのかの問いはあると思いますが、そういったカテゴリーに属さないことを誇りにしたい。解が出ない不可思議さ、いうなれば社会教育施設の第3セクターを目指しているので、既存のどこかを目指した、ということはありません。

    もちろん海外のミュージアムはたくさん見て来ています。旧東京中央郵便局舎が昭和初期を代表するモダニズム建築であるということも踏まえて、イメージとしては19世紀風な展示スタイルで見せたい、という思いはありました。たとえばパリの自然史博物館のような。しかし、いいな、と思っても同じものは作れない。そこにコンテンポラリーなセンスをどうやって加味するかが『インターメディアテク』の要点だと考えました。

    その結果、海外のミュージアムがいろいろな意味で『インターメディアテク』を注視しています。


    インターメディアテク・ホワイエ展示風景。© インターメディアテク 

    西野館長:ここは大学博物館です。大学博物館というのはかなり特殊なミュージアムなんですね。

    世界には「大学博物館先進国」というのがあります。それは世界最古の大学博物館 ボローニャの植物園があるイタリア、ケンブリッジ、オックスフォード付設博物館があるイギリスだったりします。しかしそういった国々をはじめ、ヨーロッパのミュージアム先進国は大学博物館の再生を取り残して来てしまった。国立や私立のミュージアムに素晴らしいものがたくさんあったせいでしょう。大学博物館は取り残されてしまった。大学博物館固有の主張がなくなって、ただただ古めかしいミュージアムとして生きていたのです。

    『インターメディアテク』常設展示内。ミンククジラ骨格標本。©インターメディアテク

    しかし、ここ2年で国立系のミュージアムのリノベーションが終わったので、そろそろ最後のカテゴリーとして残されていた大学博物館に力を注ごうという動きがドイツでもフランスでもイギリスでも台湾、韓国でも興っています。ということは大学博物館再生の動きがグローバルな規模で興きている。そのトップランナーが『東京大学総合研究博物館』
    であり『インターメディアテク』です。『東京大学総合研究博物館』には最先端の学問があり、帝大の時代から保存して来た圧倒的なコレクションがあります。それを新しい見せ方で紹介しています。標本類というと胡散くさいものに見えがちです。しかし東大に蓄積されて来たものは世界最古のものなど極めて重要ですから見せ方によっては下手なアートよりはるかに魅力的であると言えます。

    600万点の蓄積があるので標本には事欠きません。でもそれをどうやって見せるかっていうところ、デザインにこそ現代のニーズ、テイスト、意味がある。そこで『インターメディアテク』は注目されているのです。


    『インターメディアテク』常設展示内。生薬標本および鳥類図譜 © インターメディアテク 

     

    世界を巡る
    モバイル・コンテンツ。

    西野館長:さらに世界から注目されている点を挙げるならば「モバイル ミュージアム」のコンセプトです。「モバイル ミュージアム」という考え方を最初に提唱したのは『東大総合研究博物館』です。移動型のコンパクトなミュージアム・コンテンツを国内外で移動しながら展示を行う。モバイルコンテンツをあちこちに動かしていくことです。
    2006年からはじめて国内外85箇所で「モバイル ミュージアム」をやってきました。海外では10カ国。モンゴル、ラオス、台湾、中国、シリア、エチオピア、モロッコ、フランス、ペルー、イタリア。それをやりつつ『インターメディアテク』のコンテンツを準備しました。モバイルコンテンツが戻って来たら組み合わせを変えて展示。
    「モバイル ミュージアム」のコンセプトは海外の人々にとって非常に強いインパクトを与え、その後、『シャネル』が『モバイル・アート』、『プラダ』が『エルメス』が、『ポンピドゥーセンター』、『ルーヴル美術館』が似たようなプロジェクトを実施しました。

    現在『インターメディアテク』では特別展『ケ・ブランリ・トウキョウ』として、パリの『ケ・ブランリ美術館』の展示をしています。これは『ケ・ブランリ美術館』のモバイルコンテンツのひとつ。「モバイルミュージアムのの考え方に賛同した『ケ・ブランリ美術館』に協力を得て実現しました。

    『インターメディアテク』特別展「アントロポメトリア(人体測定)」。

    『インターメディアテク』特別展示「コスモグラフィア」会場風景。 © インターメディアテク

    『インターメディアテク』特別展示。「インターメディアテク建設」会場風景。 © インターメディアテク

    ミュージアム・デザインから オリジナルにこだわる。

    ==『インターメディアテク』に足を踏み入れた時の驚きはクラシカルな格調の高さと、標本のレイアウトの自由さの対照、ダイナミズムではないでしょうか。館内の空間デザイン・コンセプトについて教えてください。

    西野館長:空間デザインは有名デザイナーさんに頼んだわけではなく、自分たちで考えたものです。2F〜3Fへ続くホワイエの意匠、展示台のデザイン、標本を展示する什器のデザインも何もかも『インターメディアテク』スタッフが考えた。個々の展示コンセプト、家具の置き方、組立て全部『UMUT』です。

    たとえばオフィスで使っているこの机。台湾の木工の技術の高さに驚いて、台湾の総督府の家具を作っている工房に発注して作ってもらったものです。


    東京大学医学部の教室の一部を再現したインターメディアテク・アカデミア。アカデミアはレクチャー・シアター。講演なども行われる予定。 ©インターメディアテク 

    さらに『インターメディアテク』のパンフレットやリリースなど印刷物のデザイナー、関岡くんは、館が大切に育ててきたデザイナーです。彼に直接、仕様や体裁を伝えて作ってもらっています。

    従来のようにどこかの代理業者に頼んだとするとそれが子受け、孫受けに発注するというシステムになってしまいます。そうすると予算元金の半分しか実際の製作には使えなくなってしまう。そのような業務委託型のものづくりではよい文化施設はできないのです。

    ここの独自性があるとしたら、そういう従来の作り方とはまったく異なる方法でやっていたことでしょう。

    公益性を重視 チャージ・フリーを実現。

    ==『インターメディアテク』は見せ方、運営システム、試みとあらゆる意味でかつてないミュージアムですね。チャージ・フリーで見られるという点にも新しさを感じました。

    西野館長:チャージ・フリーは文化施設を存続させるための高度な文化戦略です。

    博物館法というのがあります。国際博物館会議というユネスコ(UNESCO)の組織にも博物館法があります。そこには博物館とはいかなるところであるかが明文化されており、国内法、国際法ともに博物館は無料に公開すべきである、やむを得ない場合はお金をとってもよい、とある。文化財はみんなのものだからです。しかし世界のミュージアムを見渡して見ても有料のところがほとんどです。これとは反対に250年間、無料でやって来ているのが『大英博物館』です。

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    もう退陣してしまいましたがフランスのサルコジ元大統領はミュージアムの無料化を掲げて当選しました。そして実際に一部のミュージアムを無料にした。世界的に博物館の無料化の流れはあるのに日本ではミュージアムの99%は有料です。しかし『東大総合研究博物館』は1996年の創設以来、入館料は無料です。

    ==子供でも、知の最高峰に触れられる。子供の時から、これらのものに気軽に親しんでいたら、これまでそういったものとは無縁で育って大きくなった人たちとは違った大人になるかもしれませんね。

    西野館長:子供たちに見て欲しいからといって、コンテンツを子供目線で作ったりはしません。子供たちには背伸びして見てほしいですね。こういうものがやれるのなら僕も勉強してがんばろうという精神の背伸びですが。

       

    JPタワー学術文化総合ミュージアム 『インターメディアテク』

    開館時間:11:00〜18:00(木・金は〜20:00)、入館は閉館時間の30分前まで
    休館日:月曜日(月曜が祝日の場合は翌日)、年末年始、その他館が定める日 所在地:東京都千代田区丸の内2-7-2 JPタワー2・3F
    問い合わせ:03-5777-8600(ハローダイヤル) 入場料:無料
    内装設計監修・空間デザイン:東京大学総合研究博物館インターメディアテク寄付研究部門 空間・展示デザイン © UMUT works
    2013