道田宣和のさすてーなモビリティ vol. 6 パーソナルチョイス2012 “10ベスト”パーソナルチョイス2012 “10ベスト”
MVPはミラージュに。

(2012.11.15)

あまりの遅筆に業を煮やしてか、とうとう編集部から直々に指示が飛んできました。今年出たクルマの「ベストテン」を書いてくれと言う。内心後ろめたさもあったから渡りに舟と言いたいところですが、安請け合いは禁物。話はそう簡単ではないのです。そもそもクルマなるもの、ジャンルも違えばサイズや価格もさまざま。それらを一緒くたにして同じ土俵で比べること自体、無理があります。それに、日頃「クルマは走らせてナンボ」を信条とするボクもさすがに出るクルマ出るクルマすべてを試したわけではないですし。

もっとも手がないわけではありません。「ベストテン」ならぬ“10ベスト”ならなんとかなりそうです。ナニそれ? と思われるでしょうが、違いは敢えて順位を付けないこと。同種のクルマならその出来映えだけで優劣が付けられますが、クラスやカテゴリーまで違うとそうもいきませんから。それとは別に、個々の枠を超えて絶対的にいいクルマならいわゆる“イヤーカー”として顕彰する意義があるというもの。逆に言えばそのための「一次リーグ」に勝ち残ったのが10ベストだとお考え下さい。世の“カーオブザイヤー”はすべからくそうあるべきで、実際、ボクの所属するRJCでも会員の投票によって“6ベスト”を選出し、11月13日の第二次(最終)選考でカーオブザイヤーに日産ノートを、同インポートにBMW3シリーズとフォルクスワーゲンup!を選出しました。(http://www.npo-rjc.jp/ 参照)。したがって、ここでの内容はあくまで個人的な感懐を述べたもの。それ以上でも以下でもないことを予めお断りしておきます。

ああそうそう、タイトルの“MVP”は「モースト・ヴァリュアブル・プレイヤー」なんかじゃなくて、ボクがこの記事のために捻り出した全くの造語。一応「マイ・ヴェネラブル(尊敬すべき)・ペルゾーネンヴァーゲン(ドイツ語で乗用車の意)」のつもりではいますが、おふざけに過ぎると仰るならPは「パーソナリー」でも構いません。

パーソナルチョイス2012 “10ベスト”
モデル(順不同) 短評
三菱ミラージュ 軽自動車並みの価格も武器。保守的なデザインがちょっと残念。
日産ノート タイ製で主に新興国向けのマーチより高級感が横溢するのは確か。
フォルクスワーゲンup! クラス初の自動ブレーキまで全車に付き日本車同等の価格に拍手。
トヨタ86/スバルBRZ 驚くほど古風な風合いを現代の器に。無味乾燥な環境車への反。
マツダCX-5 ガソリン車もそこそこいい。つまりクルマ自体もなかなかのもの。
ホンダN-ONE 「見せ方」が上手くなった。未試乗ながらオジサンはそそられる。
ポルシェ911 乗る前から分かっている、「畳とポルシェは新しいほどいい」。
BMW3シリーズ ダウンサイジングしてもBMWはBMW。エンジンの魅力保たれる。
シトロエンDS5 宇宙船のような1950年代のDSとも違う現代のアバンギャルド。
アルファロメオ・ジュリエッタ マニュアル仕様で乗りたい稀有なクルマ。イタリアは今でも熱い。
ダウンサイジング始まる

まずは小さいクラスの三菱ミラージュ、日産ノート、フォルクスワーゲン(VW)up! から。それぞれタイ(!)、日本、スロバキアと生産国は違いますが、共通するのは1〜1.2ℓクラスの実用的なハッチバックセダンであること。奇しくも3車揃ってこれまで軽自動車以外ではあまり見掛けなかった3気筒エンジンを積んでいるのが注目されます。燃費向上を図って小排気量/少気筒数化するヨーロッパ発の“ダウンサイジング”がようやく日本メーカーの間でも始まったわけです。聞くところによるとエンジンには人一倍拘りがあるはずのBMWですら、近い将来3気筒エンジンを登場させるとのこと。なにしろ社名からして“バイエリッシェ・モトーレン・ヴェルケ=バイエルン発動機製作所”の略なのですから。

通常ダウンサイジングはパワーの低下を補う目的で「過給器」がセットで装着されることが多いのですが(ヨーロッパ車はほとんどがそう)、今回新たに市場で旧型ティーダのポジションも兼任することになったノートだけが車種に応じてその一種である「スーパーチャージャー」を用意しているほかは、純然たる1ℓクラスと割り切ったためかラインナップしていません。


プレス向け試乗会場に並んだ三菱ミラージュ。日本車としては珍しくカラフルな色合いのボディカラーが売れているそうな。

日産ノートのモデルチェンジは「キープコンセプト型」旧型のイメージを残しながら全体をモダナイズするやり方だ。

 
 

パッと見はむしろ分が悪いかも

この中で結果的に最も好ましく思われたのがミラージュだったとは我ながら少々意外な結果でした。それも噛めば噛むほど味がするスルメのように、ジワリジワリと後から効いてくる。と言うのも、乗り始めた当初は特にこれといって際立ったところもなく、一見凡庸なクルマに見えた一方、up! などは才気煥発の極み、見事に鮮烈だったからです。

ヴァルター・デ-シルヴァ率いるスタイリングチームはとかくコモディティ化しがちな小型実用車でもup! のように人を惹き付けるだけのデザインが可能なことを示していますし、乗れば乗ったでいかにもカッチリした造りのボディが工場の如何を問わず「ドイツもの」ならではの骨太感とそれゆえの信頼感を生み出すのに成功しています。ただし、「乗り味重視派」のボクとしては変速時の動きがややスムーズさを欠くシングルクラッチ式の「ロボタイズドマニュアルAT(オートマチック)」がいささか気になったのも事実です。そう、中身は機械式なのにコンピューターとアクチュエーターがドライバーに代わって自動で操作するのがロボタイズド式ですが、「人間ほど上手くない」ので不自然だったり痛痒を感じさせたりしがちなのです。

VWの名誉のために付け加えれば、同じロボタイズドATでもゴルフやポロなどに載っているツインクラッチ式はこれと正反対。従来主流を占めてきた「プラネタリーギア/トルコン式」を含むすべてのATの中でもピカ一の出来で、変速の滑らかさと素早さは文句なしに素晴らしい。

ノート(スーパーチャージャー付き)はこの2台に比べると明らかにひとクラス上と言える余裕が特徴で、走りがそうならインテリアの広さもそう。なかでもリアシートの居住空間とラゲッジスペースのそれは圧倒的です。全体のテイストもなかなかモダーンなのですが、ボクには2度の短い試乗を通しただけではなぜか訴えるものが少なかった。パワーにメリハリ感がないからです。もしかするとミラージュ以上に時間が必要なのかもしれません。


149万円から用意されるフォルクスワーゲンup! 。これまで輸入車にあまり馴染みのなかった地方都市でも売れ行き好調だという。
そろそろクルマを軽くしませんか?

ではなぜミラージュを推すのか? その理由はひとえにクルマの軽さと、それでもなお現代の要求水準を「必要にして充分に」満たしていることにあります。またそれこそがボクの理想とする実用車のあるべき姿だからでもあります。車重860kgという数字は軽自動車並みに軽く、世界中のクルマというクルマがここ数十年間というもの、やれ快適な居住空間のため、やれ豪華な装備のため、やれ安全性確保のためと、まるで錦の御旗を振りかざすようにひたすら大きく重くなってきましたが、その中にあっては快挙と言っても過言ではありません。

分かりやすい例を挙げるなら、ことはカローラに限った話ではありませんが、とにかくこの日本を代表するベストセラーひとつ採っても初代が誕生した46年前は700kgそこそこだったものが今では1080kg以上(カローラ アクシオ)にもなっています。しかもミラージュの場合、軽量化のためだからといって一部の高級車やスポーツカーのようにアルミやカーボンファイバー樹脂などといった高価な素材を使っているわけではありません。軽いクルマは一般にポンポンと弾んで乗り心地が悪くなりがちですが、幸いその形跡もないのです。

流れを変えろ

重いのは百害あって一利なし。燃費やCO2の排出にも運動性能にも、また安全性に関しても少なくとも被衝突側はいいことがなく、さらには道路の傷みも無視できません。消費増税で取得税と重量税の廃止が検討されているようですが、ボクはこの際むしろあらゆる自動車関連税をひとつにまとめて重量税1本に絞った方がよほどスッキリするだろうし、そのための技術革新も進むに違いないと思っているくらいです。

けれども、だからといってご心配には及びません。それが必要な人には応分の重量税を払えば、引き続き人も羨む立派なクルマやスーパーカーに乗り続けることができるはずですから。ハイテク素材を使いまくって軽くなったクルマはどうするのか、ですって? それは多分とても高価なクルマです。庶民には手が出せないほどの本体価格に比例した高額の消費税で社会的な責務はそれなりに果たされるに違いありません。


初代”N360″の雰囲気をよく伝えるホンダN-ONE。レトロなだけでなく、室内は驚くほど広くリファインされている。
「気持ちいい硬さ」の86/BRZ

……なんて言うとMっ気があるように聞こえるかもしれませんが、スポーツカーにはそういう要素があるのです。今やかなり「軟化」しましたが、かつて空冷(エンジン)時代のポルシェ911の乗り心地にもそういうところがありました。 一見ハイブリッド路線を突っ走るかに見えるトヨタはその一方で自らステアリングを握ってニュルブルクリンクのレースに参戦するほどの人物を社長に戴くだけに、クルマが本来持つはずの“fun”を極めることで若者からの支持を回復しようとしています。それが富士重工への資本参加を機に同社と共同開発したトヨタ86ならびにスバルBRZです。

内容はごく細部を除いて同じで、試乗したのはBRZの方。このクルマ、ボクの記憶の中にある型式名AE86ことかつてのカローラ・レビン/スプリンター・トレノを上回るほどの「硬派」には違いなく、「走る、曲がる、止まる」に関してはそのままサーキットランも可能なレベルにあり、乗っていて思わず頬が緩みました。それでいてトヨタが自ら「名車」扱いするAE86と違って足回りの動きに粗雑なところ、例えばアクスルトランプといって駆動輪がバタつくこと、などが認められないのはやはり技術の進歩と言うしかありません。その意味で、今やこのクルマにときめきを感じるのは若者よりも当時を知る実年層だったりするのかもしれません。


BRZとはBoxer ( engine )/Rear wheel drive /Z(究極の意)を意味するスバルBRZ。意外にあっさりしたスタイリングは「俗っぽく」も「族っぽく」もない。
ブーム呼ぶかCX-5

日本にもようやくその日が来たかといささか感慨に浸っているのがマツダCX-5搭載のディーゼルエンジンです。セダンではなく取り敢えずSUVでの登場ですが、追って今月中にもアテンザに積まれてデビューするはずです。

日本では長きに亘ってトロい、うるさい、臭いと厄介者扱いされてきたディーゼルですが、ヨーロッパでは逆に燃費の良さはもちろんのこと、胸板の厚いボディビルダーのように強大なトルク(絶対的な力と覚えて下さい)による扱いやすさやリセールバリュー(つまり中古車価格が落ち難い)の高さが好まれ、現在では乗用車の半数以上、国によっては7割以上もがディーゼルで占められています。

それもこれも優れたエンジンあったればこそ。事実、今日に至る新世代ディーゼル(“コモンレール直噴”+ターボ式)が出現し始めた1990年代後半のこと、速度無制限で知られるドイツのアウトバーンを、非力なガソリン車でそれでも目一杯のペースで走っていると後ろからヒタヒタと迫ってきたアウディA6あたりのそれに一気に追い抜かれ、呆気にとられたものでした。

CX-5のオーナーもきっとその時のドイツ車のドライバーと同じような快感と誇らしさを抱くはずです。いやもしかしたらそれ以上かもしれません。ディーゼルらしく低回転からモリモリとした力が沸くのはもはや驚くに値しないとしても、このエンジン、実はガソリン車並みに高回転も得意なのです。アイドリングは音自体がすこぶる静かな上にオートストップ/スタート付きで文句なし。エンジンがいいとすべてが良くなるクルマという乗り物、なんだか生き物みたいで不思議ですね。


マツダCX-5はSUVとしては低めの全高1705mm。走りが軽快に感じられるのはそのせいもある。

発表会でのバーズアイビュー。ポルシェ911はカレラ2/カレラ4とボディの組み合わせでバリエーションは豊富。

立派になって兄貴分の5シリーズと見間違えそうなBMW3シリーズ。ガソリン、ディーゼル、ハイブリッドの全てが揃う。


かつての「チープシック」なフランス車とは異次元にあるシトロエンDS5。豪華で速い。


熱く敏捷なことはもちろん、しっとりと大人びた雰囲気もあるジュリエッタ。ボクは1980年代後半の164を彷彿した。