イノベーションのヒント
ロフトワーク 林千晶氏に訊く

(2013.07.05)

「クリエイティブを流通させる」ことを目指し、インターネットの世界で最前線を走ってきたロフトワーク。最近リアルな場に活動を広げ、更なる進化を遂げています。今回お話を伺ったのは、ロフトワーク 林千晶さん。林さんはロフトワーク代表取締役を務める傍ら、クリエイティブ・コモンズ文化担当、MITメディアラボ所長補佐を務めています。ロフトワークでの活動を紐解きながら、私たちを取り巻く価値観の変化、そして変化の中でも変わらぬクリエイティブに対する思いについて、話を伺いました。どの話にも共通していたのは、心の底から湧きあがる「ワクワク感」をとても大切にしていること。誰も答えを知らない問いに、楽しみながら向き合う姿から、もしかするとイノベーションのヒントが得られるかもしれません。

■林 千晶 プロフィール

ロフトワーク共同創業者、代表取締役

16,000人が登録するクリエイターネットワークを核に、Webサービス開発、コンテンツ企画、映像、学びのプラットフォーム『OpenCU(オープンシーユー)』などクリエイティブサービスを提供。現在は、米国NPOクリエイティブ・コモンズ 文化担当、MITメディアラボ 所長補佐も務める。

クリエイターのための無料プラットフォーム。米国発オークションサイト『eBay』から着想

――はじめに、ロフトワークがどんな会社か教えていただけますか?

林千晶氏(以下、林):13年前、私と共同代表の諏訪はロフトワークを「クリエイティブがもっと流通できるプラットフォームを作りたい」という気持ちで始めました。デザインを学び「自分ならこんなクリエイティブが提供できる」と思っている人と、規模の大小問わずクリエイティブを必要とする人とのマッチングの機会があってもいいんじゃないかと思っていて。

2000年当時は、まだインターネットを使って自分の作品をアピールするクリエイターは少なかったし、その仕組み自体もほとんどなかった。それを繋ぐことができれば、単に仕事を創るだけではなく、若くてアイデアをもつ人達が新しい道を切り開くきっかけになるかもしれないと思っていました。

そこで、クリエイターのための無料のプラットフォーム『ロフトワークドットコム』を開設し、以後さまざまなサービスを展開してきました。

――プラットフォームという立場を選んだのはなぜですか?

林:クリエイターとクライアントのどちらか片側に寄るのではなく、中立な立場で最適なコラボレーションをサポートすることが双方の満足度を高めると意識したからです。

当時米国で注目を集めていた『eBay』の影響を受けたことも大きかった。eBayは売り手のためでも買い手のためでもなく、中立なプラットフォームであるがゆえ、双方にとってメリットを生むことができました。

どちらかの為になるというのは、結局どちらの為にもならない。双方が幸せになるポイントを追求することが最も効果的だということをeBayから学びました。だから事業計画書も「Agency」とは書かず、あえて「Platform」「Infrastructure」という言葉を使ったんです。

どんなに緻密に計画しても、何が起きるかは推測にすぎない

――これまでクリエイティブの制作過程やその取り組みは、ごく少数の人間しか知ることができませんでした。一方、ロフトワークの取り組みはとてもオープンですね。どんな考えを持っているのですか?

林:私が尊敬する37signalsの本に、「Planning is guessing.(計画することは、推測するに過ぎない)」という大好きなフレーズがあります。どんなに緻密に計画しても、何が起きるかは推測にすぎない。自分たちだけで考えても、良い物はできないんですよね。

だから私たちの会社は、情報を発信したら想像もしていなかったようなフィードバックが返ってきて、ますます良いものが出来るという集合知に近いプロセスを採用しています。

完璧な計画を立てようとするより、未来は予測できない前提で、多くの情報をオープンにし、ユーザーのフィードバックを早くもらうことに重点を置いたほうが、最終的には確実に目標に到達できると信じています。

――ロフトワークには1万6千人以上ものクリエイターが登録していますね。まだ無名のクリエイターも含め、多くの人を抱えているのはなぜですか?

林:不確実な世界でも、正しいエコシステムがあれば、最終的に成功できるというプロセスを愛しているからかもしれないですね。

たとえ無名のクリエイターでも、トップクリエイターが「これはいいね!」と絶賛するアイデアが出てきたり、想像もしていなかった作品を創作することができる。オープンであることのパワーは素晴らしいものがあるし、大きな可能性を秘めていると思っています。

ネットとリアルが融合した新ビジネス『FabCafe』

――昨年から始まったデジタルものづくりカフェ『FabCafe』は、どのような考えで始めたのでしょうか?

林:私はこれまでインターネットを通じてnとnが繋がるというダイナミズムに魅了されて活動を続けてきましたが、なかには「会わないと生まれない化学反応」「やってみないとわからないもの」があって、深いレベルでの化学反応とリアルな場の関係に注目していました。

実際に会ったときの喜びや感じ方の重要性は無視できません。だから、これまでの活動にリアルの活動も組み込めたらいいなと考えていたんです。

ただ『FabCafe』は、ただのデジタル工作機械があるカフェではないんですよ。インターネットと繋がっていることで、パワフルで面白い取り組みができるように設計しています。

たとえば『FabCafe.com』も、世界のデザインデータのアーカイブ化を目指すインターネット上の取り組み。もし『FabCafe』について「カフェビジネスですか?」と訊かれたら、「いや、体験を伴うインターネットサービスです」と答える気がします。

写真は今年5月にオープンした『FabCafe』台北店の様子。台北店と渋谷店でデザインデータをやりとりすることもできる。

――『FabCafe』の目指すものは何ですか?

林:『FabCafe』を作ったのは、デジタル工作機器がどんな未来を引き寄せるのか、誰も本当の答えをまだ知らないと思ったから。「それなら、楽しく実験し、答えをみんなで作ろう」と始めたのが『FabCafe』でした。

答えが分かっているものを作るのではなく、誰も答えがわかっていないからみんなで何ができるか考えたい。世界中のクリエイターとお互いを刺激しながら実験を繰り返せたら最高に面白いと思っているし、予測不能なクリエイティブを想像して、ワクワクして作りました。

そして、どんな人も消費するだけじゃ満足できないし、消費するよりも作ることのほうが喜びが大きいのではないでしょうか。

木に掘られたQRコード。
主流になるのは、存在自体に「Social Good」な活動が組み込まれているビジネス

――『FabCafe』をはじめ、最近「オープン」「シェア」の概念が多くのサービスに見られるようになりました。価値観の変化は今後も続くのでしょうか?

林:バブル崩壊以降、日本経済は失われた10年もしくは20年とも言われています。ですが、実際は失われたのではなく、社会構造や人の価値観が変化し、成長から成熟の時代に突入したのでは…と私は感じています。

そのなかで改めて何に喜びを感じるのかというと、人から「あなたがいてくれて良かった」という瞬間ではないでしょうか。やっぱり人は他人の存在が無いと寂しくて生きていけない。だから自分が持っているものを多くの人に還元し、人から感謝されることに価値を置く傾向が、今後も強まっていくと思います。

ビジネスも社会構造や価値観の変化にあわせ、新しい形で登場すると思います。

――それはCSRとは違う形でということですか?

林:私は、CSRという言葉がとっても苦手なんです(笑)。少しうがった見方をすると「こんなに儲けちゃったからその一部を還元します」というニュアンスも含まれますよね。

CSRは「儲かるところから儲からないところへ」という流れだから、儲からなくなったら辞めてしまうかもしれない。なんだかそれには違和感がある。

私がこれから主流になると考えているのは、ビジネスや企業の存在自体に「Social Good」な活動が組み込まれていることです。

これは珍しいことでもなく、会社は株主のためでもあり、従業員のためでも、社会のためでもあるということです。最近の新しいビジネスは、それらを対立構造ではなく、メタな視点で捉え、ひとつのサイクルとして取り入れていることが多いと感じます。

そんな「Social Good」な活動やビジネスが、今後ますます増えるのではないでしょうか。

人は良いきっかけがあれば、どんどん道を拓いていく。それを狭めているのは自分の先入観

――最後に、起業当時の様子をお話いただけないでしょうか?

林:起業するときは大変でしたね。いつお金を稼げるんだろう?と思っていたし。(創業当時の写真を見ながら)起業したばかりの頃は、マンションの一室を借り、押入れをデスクに仕事をしていました。

ただ、この黄色いソファーだけは奮発したんです。コーポレートカラーと同じ黄色にしました。ソファーの近くにアーティストの作品を飾っています。

――「クリエイティブを流通させる」という思いは、いつから抱かれていたのですか?

林:創業時からですが、ベースとなる「人は良いきっかけがあれば、どんどん道を切り拓いていく」という思いは大学時代からありました。自分で自分の可能性を探るというより、外部によって自分の可能性が引き出されるという考え方なんでしょうね。

写真は、オフィス代わりに借りたマンションの一室。上の写真は押入れを改造した「押入れデスク」。下の写真はロフトワークのコーポレートカラーとなった黄色のソファー。

――林さんにも、そんな出会いがありましたか?

林:そうですね。私は自分が特殊な考え方しているとは思っていません。大学時代はボランティアもしていなければ、資格も取っていない、ごく普通の大学生でした。

起業できたのは、Joi(MITメディアラボ第4代所長 伊藤穣一氏、ロフトワークの株主)や諏訪くん(共同創業者 諏訪光洋氏)と出会ったから。例えば伊藤穣一と出会ったのは留学から帰国してからですが、当時知り合いに「このアイデア、Joiが好きそう」と言われ、会ったのがきっかけです。オープンであることの価値も彼から教わりました。

振り返ってみても、ちょっとしたきっかけで可能性が引き出されることが多かった。これはロフトワークに限った話ではなく、きっかけを作ることって、すごく重要だと思います。

自分がワクワク働ける場所って、実は山ほどあると思うんですよね。それを狭めているのは自分自身の先入観なんじゃないかと思います。

コーポレートカラーとなった黄色のソファー。