21世紀ビジネス最前線 音楽編 アーティストがビジネスを担う
進化する世界の音楽産業

(2014.06.18)
Photo by Luc Viatour
Photo by Luc Viatour

音楽制作から流通に至るまで、ビジネスの全体像を把握し、自ら主体的に判断を下すアーティストが注目されています。彼らはインディペンデント・アーティストと呼ばれ、インターネット登場以降、音楽ビジネスを再構築する存在として世界の音楽産業で活躍の場を広げています。今回は彼らの活動や登場の背景について、長年アーティスト育成に携わってきた虎岩正樹氏に話を伺いました。ネットの登場でレコード会社とアーティストの関係はどう変化したか? 海外と日本の音楽ビジネスの違いとは? ミュージシャンの視点から見た音楽ビジネスのいまを、ぜひのぞいてください!

■虎岩 正樹 プロフィール

高校時代よりバンドに打ち込み、22歳で渡英。リーズ音楽大で現代音楽を学びながら、イギリス全土で音楽活動を展開した。その後、米国ハリウッドの総合音楽学校MI(Musicians Institute)Hollywood GITにて講師を務め、インディペンデント・アーティスト育成学科設立。同校学科長、MI Japan校長を経て、現在もインディペンデント・アーティスト育成に尽力する。TED×Tokyo2014登壇。

profile

 
有名アーティストがレコード会社から離脱を表明。相次ぐ独立の背景とは?

−−有名アーティストが相次いでレコード会社から離脱を表明したのをきっかけに、既存のビジネスの形態に囚われず音楽活動を展開するインディペンデント・アーティストが注目されています。彼らの活動や、登場の背景を教えてください。

虎岩正樹氏(以下、虎岩):
インディペンデント・アーティストは、音楽ビジネスの全体像を把握し、自分で最終的な判断をくだすアーティストのことです。レコード会社に所属しているかどうか、また活動規模はさほど関係ありません。

インターネットの登場で、理論的には誰でも音楽を発信できるようになり、楽曲の制作から流通・販売・プロモーションに至るまでアーティスト自ら経験できるようになりました。以前からインターネットの力を借り、音楽を発信する人はいましたが、マドンナはじめ、メジャーアーティストがレコード会社からの離脱を表明したことで、レコード会社に頼らない音楽活動への認知度が高まった。彼らの宣言をきっかけに、米国の音楽ビジネスの流れは大きく変わったと感じています。

−−有名なインディペンデント・アーティストの例では、過去にレディオヘッドが新曲をオープンプライスで販売する取り組みを行いましたね。

虎岩:レディオヘッドは10年以上費やして新しい音楽の聴き方、買い方を実験してきました。アルバムをオープンプライスで販売する試みは、やはり無料で楽曲をダウンロードする人が多数派で、収入の観点からも多くの疑問符が投げかけられました。自分が音楽の新しい流通システムを理解するだけでなく、同様にリスナーにも理解してもらうのは難しいというのが当時の人々の見解でしたね。しかし、現在は多くのアーティストがアルバム発売と同時にYouTubeに音源をアップロードしています。これまでの実験的な取り組みが実を結び、音楽を誰かとシェアしたり、自分たちでPVを作るのは良いことだなんだという、今までと異なる音楽の楽しみ方が広がってきたのではないでしょうか。

 
音楽スタートアップの登場で、楽曲の柔軟な価格設定が可能に。
改めて、誰が音楽の価値を決めるか問われるようになった。

−−最近、アーティスト支援を目的とする音楽スタートアップが登場しています。虎岩さんの注目する取り組みはありますか?

虎岩:音楽を誰でも簡単に売れるようになったという視点ではBandcamp(バンドキャンプ)です。みなiTunesのような小売店を持てるようになったのは大きな変化だと思います。中でも興味深いのが、自分で値段を決められること。その日によって値段を変えても構わないし、かなり細かく値段設定ができます。これまではCD盤にする段階でコストが発生するため、音楽の値段はある程度固定されていました。デジタルになると棚スペースがなくなるので、音楽を固定価格にする必要はありません。僕は昔ストリートミュージシャンをしていたので感覚的にわかるのですが、同じ音楽を演奏していても、10円払う人と、1万円払う人が存在する。先ほどのレディオヘッドの試みも「値段って、固定じゃないといけないの?」と根本的なところを疑い、枠組みの外で考えることができたからこそ、出てきた発想だと思います。

また、最近の傾向で面白いと感じたのは、音楽制作の過程をより気軽に見せられるようになったことです。今まで制作過程は、裏方の部分として隠されていて、お客さんには完成作品を見せていました。しかしリスナーの心を引きつけるのは、作品はもちろん、「自分はできないけど、あいつらがやっているから、応援したい」など、アーティストの生き様やプロセスではないでしょうか。例えばAKB48がヒットしているのは、アイドルが育っていく過程を見せたからだと思います。それがBandcampはじめ音楽サービスの登場で、誰でも可能になった。過程を見せることができるようになったのは、アーティストにとって武器になると思います。

BandCampは米国発の音楽配信・販売プラットフォーム。 アーティストが自由に作品を販売することができる。
BandCampは米国発の音楽配信・販売プラットフォーム。
アーティストが自由に作品を販売することができる。
 
リスナーの「投げ銭」で、全国ツアーを実現したアーティスト

−−過程を見せることで、理解や共感が得られるのですね。

虎岩:はい。僕の知り合いにクラウドファンディングを利用して音楽活動をしているSleepyhead Jaimie(スリーピーヘッドジェイミー)というアーティストがいます。当時彼らの出した楽曲が『ハンバーガー・ソング』。米国では、ハンバーガーを出してくれるような庶民的なバーで、アーティストが演奏する文化があります。その文化を日本でも広めたいと作曲したそうです。

彼らは楽曲を支援してもらうため、ハンバーガー屋を回るツアーを企画しました。ただし所属するレコード会社もないので、自分で宣伝や販売活動を手がけなければならない。彼らはツアーを始めるにあたり、まずハンバーガー屋を回る移動手段として、移動と宿泊機能を兼ねたキャンピングカーの購入を考えついた。購入費用を得るために、クラウドファンディングで支援を呼びかけたそうです。

ただ、このままだとお客さんが身銭を切って支援するには足りない気がする。ツアーの間、残してきた自宅の家賃がかさむことも相まって、思い切って家を引き払ってしまうんです。そうして無期限で全都道府県を巡るツアーを組み、全国のハンバーガーショップを回ることにして、一部始終を映像で公開しました。また、1万円以上出資した利用者が、キャンピングカーに好きなロゴを貼れるアイデアや、ビデオレターを送るサービスも始めた。当初、中古バンの価格に合わせ、目標金額100万円と設定したそうですが、結果的に目標金額を上回る資金を得ることができました。さらに10万円を投資してくれた人がクラウドファンディングを通じて数名あらわれたそうです。自分の活動に10万円くれる人がいると気付くのは、アーティストにとって音楽活動を支える貴重な経験になる。値段を一律で決めたらできないことです。

Sleepyhead Jaimie『ハンバーガー・ソング』
 
日本にアーティスト主導の音楽ビジネスは根付くか?

−−その経験がクラウドファンディングを通じてできるようになったのは、興味深いですね。

虎岩:そうですね。ただし、投げ銭はデジタル固有の文化ではなく、インターネット登場以前から存在していました。デジタル化でより気軽にできるようになっただけのことです。新たな音楽サービスがそのまま日本で浸透するかについては、慎重に議論したほうがいいでしょう。BBCによると、世界の音楽市場は成長しているものの、日本市場の数字を入れるとマイナスになるそうですね。海外アーティストはデジタルに注力していることが多く、中にはCDの形式で販売していないアーティストもいます。CD中心の日本市場で売り上げを伸ばすことが難しいため、日本を統計に含めるとマイナスになってしまうようです。売上ランキングトップ10がすべて国内出身アーティストなのも、日本と韓国だけだそうです。

——確かに、日本のレコード会社にとってCDは大きな収益源になっています。将来的にCDは無くなるのでしょうか?

虎岩:CDの存続については、これまで多くの音楽関係者のあいだで議論されてきました。しかし業界内で議論するだけでなく、一般的なリスナーがCD再生の環境を整えているか、今一度考えるべきです。巷では、オプティカルドライブが搭載されていない新型PCが登場していますね。手元のデバイスで再生できないなら、CDがなくなるのは時間の問題でしょう。ソニーのように、ソフト・ハード双方を手がける企業は例外的に存在しますが、ほとんどは別の企業が担っている。いくら肯定論を語っても、ハードの未来を、ソフトを担う音楽業界が決めるのは難しいと思います。レコードのように、ノスタルジックなメディアとして残る可能性は高いですが、全体で見ると、音楽を伝える一般的なメディアとしてCDが機能しているとは言いがたいと思います。

 
オーディションに落選し、音楽活動を辞めてしまう日本のアーティスト

−−今度は虎岩さんご自身について、お話を聞かせてください。虎岩さんがインディペンデント・アーティスト育成に取り組むのはなぜでしょうか。

虎岩:きっかけは米国ハリウッドの総合音楽学校MIでインディペンデント・アーティスト育成プログラム立ち上げに携わったことです。当時マドンナのレコード会社離脱の一件があり、「これまでアーティストは音楽制作ばかり考え、流通やプロモーションはすべて他者に任せていたけど、それでは成り立たなくなってきた」と感じました。当時米国でアーティストにビジネスを教える学校は見られませんでしたが、今やらなければダメだと思い、アーティストにビジネスやWEBデザインを教え始めました。

とはいえ一番の動機となったのは、帰国後に音楽専門学校MIジャパンの校長を経験したことです。地方に行った際、「自分がやりたいように音楽をやればいい」と捉えることのできない若者に数多く出会いました。大手レコード会社のオーディションに一生懸命挑戦するのですが、落選して音楽活動そのものを辞めてしまうんです。僕はレコード会社を責めるわけではありませんが、彼らは自分たちの音楽の方向性に当てはまる人材を探しているため、技術があっても方針に合わない人は落とします。その立ち位置が一般的に浸透していればいいのですが、落選した若いアーティスト達が音楽活動を辞めてしまうケースもたくさん見てきました。オーディションに落選して音楽活動そのものを辞めてしまう例は、アメリカではほとんど見られませんでした。

 
アーティストこそ、既存の枠組みを超えて欲しい

−−その差は何ですか?

虎岩:レコード会社と自分が対等な関係かどうかです。米国では、「今回は折り合いがつかなかったけれど、また音楽活動を続けよう」となります。音楽で生計が立てられなくても、ある程度収入と知名度があれば、オーディションに落選したことに対して「もうだめだ、実家に帰る」なんてことにはならない。若い頃、僕も日本で同じような経験をしましたが、現在もレコード会社とアーティストの関係は大して変わっていないと感じます。自ら前向きに音楽を諦めるのではなく、他者に言われて諦めるのは大きなトラウマになる。それだけは何とかしたい。

僕はシルク・ドゥ・ソレイユのキャスティングも手がけていますが、彼らはオーディションに落選した人全員に手紙を出すんです。「僕らの方針に合わなかったけれど、皆さんの才能に対しては何の問題もない。またオーディションを受けて欲しい」という手紙が、受験者宛に送られます。それを受け取るのと、受け取らないのとでは気持ちが違いませんか? シルク・ドゥ・ソレイユは、アーティストのコミュニティに火をつけておくこと含め、自分たちの仕事と捉えているようです。

しかし現在の音楽業界は、必ずしもそうした体制ではありません。僕はインターネット登場以前、実際に空き缶を持って路上に立った経験があります。お客さんは街の住民だけでしたが、なんとか食べていくことができました。今はその気になれば世界中の人に音楽を届けられます。どこかに自分のファンがいることを体験すれば、一人のアーティストとして生計を立てることは、以前と比べ難しくなくなったのではないでしょうか。だから僕はアーティストに、自分で音楽を配信すれば世界中の人に聞いてもらえること、いまや誰でも空き缶を持って立てることを伝えたい。そうすることで、今後もインディペンデント・アーティストの育成に繋げていきたいと思っています。