Another Quiet Corner Vol. 03 甘く響く声、優雅なアレンジ……、
秋に聴きたい女性ジャズ・ヴォーカル

(2011.09.28)
僕の好きなジャズ・ヴォーカルの資質。

「Quiet Corner」の第1号で、「寒い日には、温もりのあるジャズ・ヴォーカルを」と題して、カナダの女性ジャズ・ヴォーカリストのダイアナ・パントンを紹介しました。ダイアナ・パントンは秋が深まるこれから時期に聴くには相応しい、おすすめのヴォーカリストです。ちょうどいいタイミングで9月22日に新作が届けられたので、今回はダイアナ・パントンを中心に「秋に聴きたい女性ジャズ・ヴォーカリスト」をいくつか紹介しましょう。

僕がダイアナ・パントンを知ったのは、昨年MUZAKから彼女のファースト・アルバム(2007年作)が国内盤で発売されたのがきっかけでした。まるでビヴァリー・ケニーを彷彿させるような可憐な歌声に一発で魅了されました。僕が好きなジャズ・ヴォーカルの資質を感じてしまいました。それは、声を高らかに主張するのではなく、しなやかな歌声を持っていることです。

MUZAKはマニアも驚く硬派なジャズから、お洒落なソフトロックまで「良い音楽」を幅広く紹介している日本のレーベルです。中でも逸品揃いのラインナップを誇るのがジャズ・ヴォーカルで、ブロッサム・ディアリー、プリシラ・パリス、ルーシー・アン・ポーク、ジョニー・ソマーズからジャネット・サイデルまで、「スウィート」な名作が目立ちます。ダイアナ・パントンもまた彼女たちの音楽の流れを汲み、レーベル・オーナーの福井さんが誠心誠意を込めてダイアナ・パントンを推しているのがよく分かります。

ダイアナ・パントン『ムーンライト・セレナーデ~月と星のうた』/MUZAK
ビヴァリー・ケニー『SNUGGLED ON YOUR SHOULDER』/バウンディ


凡庸なカヴァーと一線を画す、優雅なアレンジ。

MUZAKが発売したダイアナ・パントンの作品を紹介すると、“月と星”をテーマにして、「Destination Moon」や「Moon River」、「So Many Stars」、「Moon And Sand」などスタンダード・ソングをカヴァーした『ムーンライト・セレナーデ~月と星のうた』(2007年作)。「Wouldn’t It Be Lovely」や「Tea For Two」、「I Wish I Knew」など、“恋”をテーマにラブ・ソングばかりカヴァーした『ピンク~シークレット・ハート』(2009年作)。どちらもアレンジはソフィスティケイトされて、スウィングは適度に心地よく、バラードは艶やかにしっとりと、ジャズ・ファンだけではなく、ボサノヴァやポップス・ファンにも聴いてほしい内容です。

ちなみにセカンド・アルバムのボーナス・トラックには同郷カナダのシンガー・ソングライター、ロン・セクスミスの代表曲にして、ファイストのカヴァー・バージョンが人気の「Secret Heart」が収録されていて、これがまた美しい静寂に満ちた素晴らしいカヴァーなのです。これはファイストがファースト・アルバム『Let It Die』でブロッサム・ディアリーの「Now At Last」をカヴァーしたことへのオマージュなのでは、と思います。

そして3作目となる『フェリシダージ~わたしの愛したブラジル』は、そのタイトル通り“ブラジル”をテーマにした内容。過去2作品を聴いて、特に『ムーンライト・セレナーデ~月と星のうた』に収録されたセルジオ・メンデス「So Many Stars」のカヴァーを気に入っていた僕は、彼女の歌声でぜひボサノヴァ・アルバムを聴きたいと思っていました。

仕事柄、普段からいろいろな欧米のジャズ・ヴォーカル作品を聴き、その多くに収録されているボサノヴァ・スタンダードの凡庸なカヴァーにうんざりすることがあります。しかしダイアナ・パントンのボサノヴァには、それらには聴くことができない気品が漂っています。ドン・トンプソンによるクラシカルで優雅なアレンジも聴き所で、歌声も楽器の音色も空間にすぅっと溶けこんで、耳には心地よさだけが残るのです。

ダイアナ・パントン『ピンク~シークレット・ハート』/MUZAK
FEIST『LET IT DIE』/ユニバーサル ミュージック


ヨーロッパの魅力につかれたミューズたちの甘やかな声。

『フェリシダージ~わたしの愛したブラジル』はバーデン・パウエル&ヴィニシウス・モラエス「Samba Saravah」にはじまり、アントニオ・カルロス・ジョビン「This Happy Madness」、ホベルト・メネスカル「Telephone Song」、ルイス・ボンファ「黒いオルフェ」、マルコス・ヴァーリ「So Nice」などボサノヴァ・クラシックスが並ぶ中、カエターノ・ヴェローゾもカヴァーしたアンリ・サルヴァドールの「Dans Mon Ile」や、シャルル・トレネとレオ・ショーリアックによるシャンソンのスタンダードで「I Wish You Love」のタイトルでも知られる「Que reste-t-il de nos amours?」、さらにフレンチ・ポップスの大御所ミシェル・フーガンのカヴァーで知られる、アントニオ・カルロス&ジョカフィ作、ブラジリアン・クラシック「Voce Abusou」など、フランス語のカヴァーが目立ちます。

ライナーノーツによれば、ダイアナ・パントンは若いころに渡仏してパリ大学でフランス文学の学位を取得し、母国語は英語ながらカナダの公用語でもあるフランス語への意識が高いとあります。

僕はダイアナ・パントンの音楽を聴いていると、いつもステイシー・ケントのことを思い出します。ステイシー・ケントはアメリカのニュージャージー州出身でありながら活動の拠点をイギリスのロンドンに移し、ヨーロッパを中心に活躍している女性ジャズ・ヴォーカリストで、今まで8枚の作品を残しています。

ヴォーカル・スタイルは、ダイアナ・パントン同様に甘い吐息を混ぜるように歌い、ジャズ・スタンダードの他にもボサノヴァやシャンソンのカヴァーを積極的に織り交ぜ、特にここ数年はフランスのブルーノート・レーベルから作品を発表し、2010年の『Raconte-Moi…』ではケレン・アン&バンジャマン・ビオレーの楽曲はじめ全曲フランス語のアルバムを発表しました。

ダイアナ・パントンもステイシー・ケントも、ボサノヴァやシャンソンといった、とくに珍しくないアプローチを行っているのに、とても稀有で独特の共通した空気を感じてしまうのです。それは先に書いたように、ビヴァリー・ケニーに心ときめくような感覚に近いのです。寄り添うように親密な雰囲気を醸し出し、夢見心地にさせてくれる存在。いつかこの目でこの耳で、直にダイアナ・パントンの演奏を観てみたいと想いは日々募ります。MUZAKさんよろしくお願いします!

ダイアナ・パントン『フェリシダージ~わたしの愛したブラジル』/MUZAK
STACEY KENT『パリの詩(うた)』/EMI ミュージック