Another Quiet Corner Vol. 06 ドン・ペリスと鈴木惣一朗と僕の棚
まどろみながら聴くクリスマス音楽。

(2011.12.16)

カレン&ドン・ペリス夫妻の作る「無垢」な音。

イノセンス・ミッションはヴォーカルのカレン・ペリス、ギターのドン・ペリスの夫婦を中心にアメリカ東部ペンシルニア州のランカスターという町で結成されたグループです。1989年に巨匠ラリー・クラインをプロデューサーに迎えたデビュー作『Innocense Mission』をA&Mより発表して、その後はレーベルを移りながらもマイペースに活動をして、『My Room In The Tree』(2010年)に至るまで9枚のアルバムを作っています。僕が彼らの音楽を知ったのは、たしか『Now The Days Over』(2004年)が発売されたころ。当時、一緒に働いていた友人が、60年代や70年代の音楽ばかりに夢中になっていた僕に、「これもいいよ」と教えてくれました。ポロポロと鳴るピアノと、爪弾かれるアコースティック・ギター、少女のような無垢な表情をみせる歌声、素朴でシンプルなアレンジ、どこまでもピュアで真っ直ぐサウンドを聴いていると静かに胸が高まるのを覚えました。

子どもがぬいぐるみと一緒に眠っているイラストが描かれたジャケットも愛らしい『Now The Days Over』は今でも僕の大好きなアルバム。映画『メリー・ポピンズ』でジュリー・アンドリュースが歌った子守唄「Stay Awake」のカヴァーから静かに始まる様子がまた素晴らしいのです。このアルバムは“子守唄”がテーマで、歌も演奏も適温を保ちながら、急ぐことなくゆっくりと時間が流れていきます。聴いているとあまりの心地よさに途中で眠ってことが多く、最後まで聴いたことがほとんどありません。

キース・ジャレット『Melody At Night With You』やブライアン・イーノ『Ambient 1』などと並んで、僕のCD棚にある「眠るコーナー」のマストアイテムとなっていることも付け加えておきます。

『now the day is over 』the innocence mission
イノセンス・ミッションから、ドン・ペリスのソロへ。

聴けば聴くほど、イノセンス・ミッションの音楽を好きになりました。映画のワンシーンや絵本をイメージさせるアートワークからは一貫して彼らの美意識を感じることができ、作品を集めるごとに嬉しくなります。キャリアは20年以上になるので、サウンドの質感は変化しています。A&Mに残された初期3作はバンド・サウンドでギターポップな印象もあり音数も多いですが、RCAに移った4作目『Birds Of Mt Neighborhood』からアレンジはシンプルに、サウンドもアコースティックな質感が増して現在のスタイルに近づいています。インディレーベル以降、2000年代は彼ら特有のジェントルでスウィートな世界を確立しています。ワールドスタンダード鈴木惣一朗さんが「カレン・ペリスの歌声は、ローズ・メルバーグ、レイチェル・ダッド並んで特筆もの」と語るようにカレン・ペリスの歌声に惚れこむ人も多いのです。

こうしてイノセンス・ミッションの音楽に夢中になり追いかけていたら、メンバーのギタリストであるドン・ペリスがソロ作品を発表していることを知りました。それが『Go When The Morning Shineth』です。このジャケット! なんて素敵なのでしょう。もうこれだけでも手にしたいと思わせます。遠い夏の記憶や切ない郷愁を感じさせる8ミリフィルムの一片を切りとったような写真は、キャサリン・ウィリアムスの2002年の名作『Old Low Light』を思い起こします。ドン・ペリスはゆったりと寄せては返す波のようにギターを爪弾き、絶妙な間合いをもちながらメランコリックなメロディを紡ぎます。


(右)ドン・ペリス (左)『Go When The Morning Shineth』Don Peris

(右)『cast away the clouds』rose melberg (左)『old low light』kathryn williams

ドン・ペリスは3枚のソロ作品を残していますが、その中にクリスマス・アルバムがあることを知りました。2007年に発表された『Brighter Visions Beam Afar』は、今まであまり紹介されることなく、人知れずひっそりと音楽ファンの間で好まれていました。それがこのたびワールドスタンダード・鈴木惣一朗さん主宰のステラ・レーベルよりこっそりと再発されたのです。全編クリスマスのスタンダード・ソングをアコースティック・ギターのみでカヴァーしたとても静かな作品です。『Go When The Morning Shineth』が夏のBGMならこちらは冬のBGM。心が温かくなるようなやさしいギターの音色と淡い色合いをもったサウンド・テイスト。この感じはなかなかありません。それがドン・ペリスやイノセンス・ミッションの魅力かもしれません。ギターの演奏もけっして技術を押し付けるものではありません。彼らは音楽を聴いた人がそれぞれの感情を置くことができる空間をきちんと用意してくれるのです。

彼らの出身ランカスターはアーミッシュの文化が今でも残る町のようです。アーミッシュとは聖書の教えに従い、自給自足しながら質素な生活様式を守り、現代文明と閉ざされたコミュニティーの中で暮らす人々です。ドン・ペリスもカレン・ペリスも厳格なカトリックだそうですが、アーミッシュの関連性についてはわかりません。ただ、平和で穏やか生活を主とし、伝統を守り変わらないことへの徹底した意識は、どこかイノセンス・ミッションの音楽とつながる部分があるのではと思います。

クリスマスのまどろみは、すてきな夢を運んでくれそう。

そういえば、ワールドスタンダードの音楽もとても穏やかでクリスマスに似合います。惣一朗さんもご自身の音楽に「子守唄・祈り・クリスマス」というテーマがあると語っていました。最新作『みんなおやすみ』と前作『シレンシオ』は、どちらも夢見心地の気分になれる温かい作品でした。華やかなクリスマスというよりは、慎ましく静寂を楽しむようなクリスマス似合う音楽です。イノセンス・ミッション~ドン・ペリスとワールドスタンダード~鈴木惣一朗という素敵なミュージック・サークル。彼らの音楽が静かに過ごすクリスマスにそっと寄り添ってくれるでしょう。