『アルゼンチン音楽手帖』6月7日発売オーガニックな世界へと誘う
アルゼンチン音楽のガイド本

(2013.06.07)

世界初! 21世紀の新しいアルゼンチン音楽を紹介するディスクガイド本『アルゼンチン音楽手帖』がついに発売。フォルクローレ、ジャズ、ロックから、タンゴ、音響派、エレクトロニカまで、オーガニックを切り口に多数紹介した新しい形の音楽書が登場します。

ジャンル分けできない摩訶不思議なアルゼンチンの音楽シーン

2005年のとある日、僕はブエノスアイレスの路上で考え込んでいました。一体この国の音楽はどうなってるんだ、と。なぜなら、どれをとっても、それまで聴いてきたどんな音楽とも似て非なるものばかりだったのですから。

そのことを実感したのは、ジャズ・フェスのステージを片っ端から観に行ったときのことでした。“ジャズ”というと、なんとなく一般的なイメージというものがあると思います。でも、ブエノスアイレスのミュージシャンたちは、その範疇を軽く超えていました。もちろん“ジャズ”的なミュージシャンもたくさんいるのですが、“ジャズ”にとらわれない音楽の方が多かったのです。つまり、ジャンル分けすることがいかにナンセンスかということを思い知らされました。

例えば、チャランゴとリコーダーだけで強烈なインプロヴィゼーションを繰り出すキケ・シネシとマルセロ・モギレフスキーのデュオ、サンプラーやノイズを駆使してギターを弾きまくるフェルナンド・カブサッキ、クラリネットとカホンをサポートに10弦ギターを奏でるクラウディオ・チェッコリ、etc。極めつけは、アカ・セカ・トリオのフアン・キンテーロと、カルロス・アギーレのデュオでした。フォルクローレ、ジャズ、ブラジル音楽などが繊細に絡み合った優しい調べ。歌、ギター、ピアノの隙間から、風が吹き、水が流れ、大地が薫るような不思議な音楽。これで僕は、すっかりアルゼンチン音楽の魔力に取り憑かれてしまったのです。

その後、ライヴに行ってもCDショップに行っても、目からウロコが落ちるような音楽体験が続きます。フリー・ジャズと土着的なフォルクローレとのクロスオーヴァーをパーカッションとともに歌い上げるマリアナ・バラフ、天才的なミュージシャン5人が高度な音楽性を保ちながら牧歌的に振る舞うプエンテ・セレステ、耽美的で退廃的な大人のロックを追究するルイス・アルベルト・スピネッタ。彼らの音楽を知れば知るほどに、いかに日本にいるとアルゼンチン音楽の情報が入って来なかったのかを実感しました。そして、その状況を打破するために、「アルゼンチン音楽宣教師になろう!」と、誰に頼まれたわけでもなく勝手に決意してみたのです。
 


左:アカ・セカ・トリオ/アカ・セカ・トリオ
右:マリアナ・バラフ/マルガリータ・イ・アスセナ

左:スピネッタ/シルヴァー・ソルゴ
右:フアナ・モリーナ/セグンド
ついに2000年以降の新しいアルゼンチン音楽の全貌を浮き彫りに。

2007年に帰国した僕が真っ先に始めたのが、世界の音楽を紹介する雑誌「ラティーナ」での連載“オーガニック・アルヘンティーナ”でした。これは、古典的なタンゴやフォルクローレだけでない、アルゼンチンの新しい音楽を紹介するページで、今もなお継続させていただいています。そして、コンピレーションCD『オーガニック・ブエノスアイレス』を作ったり、ブエノスアイレスのカルチャーを紹介したガイドブック『ブエノスアイレス 雑貨と文化の旅手帖』を執筆したりと、地道に布教活動を進めていきます。

そうこうしているうちに、耳の肥えた音楽ファンの方たちがアルゼンチン音楽に注目し始め、日本盤のCDが発売される機会も増えました。また、ここ数年の間には、フロレンシア・ルイス、カルロス・アギーレ、マリアナ・バラフ、トミ・レブレロ、キケ・シネシといった才能あるミュージシャンたちの来日公演が行われましたが、これらも本当に音楽を愛する人たちの手によって実現できた企画といえます。

こういった状況を追い風にして、ようやく生まれたのが今回発売される『アルゼンチン音楽手帖』です。ぜひ実物を手にしていただきたいのですが、ここで簡単に内容を紹介しておきましょう。

まず、メインとなるのは250枚に及ぶディスクガイドです。これは、2000年以降に発表された作品から厳選しました。5章に分けているのですが、ジャンル別ではなく、“水”“風”“光”“空”“大地”というイメージで分類することによって、アルゼンチン音楽のジャンルレスな魅力を強調してみました。また、ジャンル別ではコラムを作って補足してあります。


エンパナーダ 写真/中村信彦 HUMMOCK Cafe

チョリパン 写真/中村信彦 HUMMOCK Cafe

そして、僕以外のアルゼンチン音楽通の方にも一部寄稿していただきました。サバービアの橋本徹さんには巻頭エッセイ、H.P.Franceの竹本祐三子さんにはファッションについて、HUMMOCK Cafeの中村真理子さんには料理について、それぞれ素敵な文章を書いてくださいました。また、ミュージシャン、ライター、編集者、バイヤーなど15人の識者の方にもオススメ盤を選んでもらっています。そして、HUMMOCK Cafeの中村信彦さんとTRAVEL ZINE SERIESの長綱淳平さんには、素晴らしい写真もご提供いただきました。おかげで、多角的にそしてオシャレにアルゼンチン音楽を楽しめる本になったと思います。

寄稿していただいた文章以外は、基本的には僕がコツコツと書き下ろししたのですが、ひとりでやったというよりも、近年のアルゼンチン音楽の浸透に貢献したみなさんと一緒に作り上げたという実感があります。僕が最初にアルゼンチン音楽の衝撃を受けてから8年の歳月をかけて、ようやく形にした本ですが、これはまだまだスタート地点。これからこの本を携えて、新たなアルゼンチン音楽布教活動に邁進したいと思っています。みなさん、ぜひアルゼンチン音楽を楽しんでくださいね!

アルゼンチン音楽手帖 栗本斉・著
2013年6月7日発売 2,000円(税別) DU BOOKS/disk union

【訂正】
P43のGuillermo Rizzotto / Sólo Guitarra の
出身地に誤りがあります。
こちらに訂正いたします。
× ブエノス・アイレス生まれ

○ ロサリオ生まれ

* Guillermo Rizzotto来日中。ツアー情報はこちらから

《これまでにdacapoで取り上げたアルゼンチン音楽》

○新譜『ソロ・ギターラⅡ』とともにギジェルモ・リソット6月来日。Japan tour 2013.05.31-06.16
●キケ・シネシ『Live in Sense of Quiet』
○音楽家たちと交差しながら描かれたアンドレス・ベエウサエルト『CRUCES』
●V.A.『バー・ブエノスアイレス 風、光、水』
○静かなる音楽”Quiet Music”の真実。カルロス・アギーレとキケ・シネシ、静かなる熱狂の夢の続き。
●アルゼンチンから新しい風。ギジェルモ・リソットの優しい音色。
○V.A.『バー・ブエノスアイレス ~カルロス・アギーレに捧ぐ~』
●トミ・レブレロ再来日に寄せて。ブエノスアイレスで体感。シンガー・ソングライターたちの輪。
○ブエノスアイレスのSSW、フロレンシア・ルイスが来日。
●2010年の静かなるムーヴメント。「素晴らしきメランコリーの世界」とカルロス・アギーレ。
○カルロス・アギーレ初来日
●アグスティン・ペレイラ・ルセーナ来日