『Double Torus』田中邦和、林正樹——二人が織りなす
自由で独創的な音楽世界。

(2012.09.12)

二人をよく知る人物の想いがアルバム制作へ

昨年の3月に自身のバンド林正樹STEWMAHNのファーストアルバムをリリースしたピアニストの林正樹さんが、9月12日に新たなアルバムをリリースしました。タイトルは『Double Torus』(ダブルトーラス)。

前作は自身のバンドでの演奏でしたが、今作はサックス奏者の田中邦和さんとのデュオです。田中邦和さんは土岐麻子さんからLosalios、Fantastic Plastic Machineなどジャンルの幅を大きく越えて活動する演奏家です。ライブやレコーディングの件数は数知れず、最近では10月にリリースの小泉今日子さんのアルバム『Koizumi Chansonnier』にも参加しています。多岐に渡るジャンルで活躍するという点においては、田中さん、林さんとも共通しています。

二人が共演するきっかけとなったのは、『Double Torus』のプロデューサー徳永伸一郎さんが2007年に企画したライブイベントにおいてでした。それまで二人は面識がなかったのですが、徳永さんが「この二人は合うのではないか」と思い企画したところ、その狙い通り林さんと田中さんはお互いの演奏の相性のよさを確認することに…。その後、定期的に演奏活動を重ねることとなりました。

プロデューサーの徳永さんは、林正樹さんとは10年来の付き合いですが、田中邦和さんとは大学のジャズ研から、さらに言うと予備校も一緒だったとのことでもはや20年来の長い付き合いだそうです。2007年の出会い以来、二人のデュオライブをずっと観てきて、この素晴らしい演奏を記録として残したいという想いでアルバム制作が決定しました。

録音は門前仲町にある門仲天井ホールで2012年の1月29日に行われました。門仲天井ホールは数多くのミュージシャンの演奏が行われとても多くの人たちに愛されたホールでしたが、諸々の事情により今年の9月いっぱいでその業務を終了し別の場所に移る事が決定しています。田中さんも林さんも過去に出演し、徳永さんもリスナーとして何度も足を運んだホールが門前仲町から移転してしまう前に門天ホールでの記録も残したいという、ミュージシャンとプロデューサーの意向により録音が決まりました。

ピアニスト林正樹さん。8月のリリースパーティにて
サックス奏者・田中邦和さん。8月のリリースパーティにて
門仲天井ホールでの公開録音と眼鏡

録音当日は、彼らの演奏と門天ホールを好きな人たちを招いて“公開録音”という形で収録が行われました。レコーディングスタッフ以外のお客様の前で行う公開録音という形が、適度な緊張感をもたらしよりよい演奏を生んだと林さんも言うように、演奏はとても素晴らしいものでした。昼、夜と二度の演奏をし、その中からアルバムに収録したい曲を選んで作られたのが今作の『Double Torus』です。演奏されたのはバッハからデューク・エリントン、セロニアス・モンクなど名作から、現役の音楽家ラーシュ・ヤンソン、チャーリー・ヘイデンなど通好みの曲まで幅広く選ばれ、その音楽の構造や響きを細部まで大事に演奏するように心がけたそうです。

アルバムタイトルであるDouble Torus(ダブルトーラス)というのは、二つの円環のことです。円環とはつまりリングドーナツの形です。CDの帯に書かれた文章は「吠えるようなブロウから囁くような美音まで自在に操る田中邦和。恐るべき反応速度でフレーズとグルーヴを噴出させる林正樹。共鳴し炸裂するインタープレイ。2つの輪(トーラス)が滑らかに融合し対等に存在感を主張する、”ダブルトーラス”のイメージだ」とあります。

実際にCDを聴いてもらうと、二人がお互いの音を聞きながら反応しあうスリリングな展開、サックスの細かい息づかい、ムーディなフレーズからフリーなアドリブ、バラードにおけるピアノの繊細なタッチから大胆なコンピング、超絶技巧的なソロからやさしくうっとりとするようなフレーズなど、彼らの豊富で自由なアイデアと高い演奏力がいかんなく発揮されている事が聴いてとれると思います。余談ですが、お二人は眼鏡愛好家で大変な数の眼鏡をコレクションしており、二つの円環がくっついた状態というのは眼鏡もまさにそういった形状ですので、このアルバムタイトルがより説得力を増したと言えるのではないでしょうか。

アルバム制作にあたりプロデューサーの徳永さんは、BGMとして流して聴いてもしっかり聴き込んでもその魅力が十分に伝わるアルバムを作りたいと言っていました。このアルバムはまさに自宅でのリラックスタイムに流して聴くもよし、立派なサウンドシステムで聴いてその自由で豊かな独創性あふれる二人の演奏に聞き入るもよしという内容になったのではないかと思っています。どうか何度も繰り返し聴いて、このアルバムから流れる音楽の楽しさや美しさを感じ取っていただきたいと思います。

1月に行われた門天ホールでの公開録音風景。
眼鏡愛好家の林さんと田中さん
『Double Torus』

田中邦和 林正樹
2012年9月12日発売 2,650円(税込)APX1009
レーベル:エアプレーンレーベル

【Track List】
1. Item6,D.I.T. / Steve Swallow
2. Gottes Zeit ist die allerbeste Zeit, BWV 106 /Johann Sebastian Bach
3. Dewey square / Charlie Parker
4. Bye-ya / Thelonious Monk
5. Double Torus / 林正樹
6. Marionette / Lars Jansson
7. Morning Glory / Duke Ellington
8. Upa Neguinho / Edu Lobo
9. Silence / Charlie Haden

田中邦和(たなか・くにかず)

1966年、生まれ。大学在学中ジャズ研究会に所属、以後サックスを独学で習得。卒業後5年間の会社員生活を送ったのちミュージシャンへと転身、現在に至る。甘く豊かなサウンドと、ジャズからポップス、クラブミュージックまでの幅広いジャンルで培ったスタイルが持ち味である。現在は沖祐市(東京スカパラダイスオーケストラのキーボーディスト)とのバンド「sembello」(映画『新・仁義無き戦い~謀殺』サウンドトラック。オリジナルアルバム『sembellogy』。スタンダード・ムード音楽バンド「ブラックベルベッツ」、バリトンサックス11人によるアンサンブル「東京中低域」、「梵鉾」で活動のほか、ライブ、コンサート、レコーディングなど精力的に行っている。これまでの共演者は、林田健司、ボズ・スキャッグス、Losalios、ラブサイケデリコ、クラムボン、森雪之丞、堂島孝平、(以上ポップス)、山下洋輔、森山威男、クリヤマコト、ジョージ・ガゾーン、エリック・アレキサンダー、エイブラハム・バートン(以上ジャズ)、FPM、ジョー・クラウゼル、coldfeet(以上DJ、club music)など多数。
 

林正樹(はやし・まさき)

1978年、東京生まれ。5歳よりピアノを始め、中学入学後ポピュラー音楽に目覚め、独学で音楽理論の勉強を始める。その後、佐藤允彦、大徳俊幸、国府弘子らに師事し、ピアノ、作曲・編曲などを学ぶ。97年12月に、民謡歌手の伊藤多喜雄のバンドで南米ツアー、国内ツアーに参加し、プロ活動を始める。現在は自作曲を中心に演奏するソロピアノでの活動や、自己のカルテット「STEWMAHN」、さがゆきとの「KOKOPELLI」のほかに「West/Rock/Woods」「Salle Gaveau」「菊地成孔&ペペ・トルメントアスカラール」「クアトロシエントス」ピアノトリオ「宴」「エリック宮城 EM Band」「SPICK & SPIN」「Archaic」など多数のバンドに在籍中。2008年にオリジナル曲を集めたピアノソロアルバム『Flight for the 21st』を発売。2009年NHK「ドキュメント20min」のテーマ音楽を担当。2011年3月に「林正樹STEWMAHN」の1stアルバム『Crossmodal』をリリース。
★ 以前にwebダカーポに掲載した記事はこちら