Another Quiet Corner 番外編
『バー・ブエノスアイレス 〜ソワレ〜』by吉本宏
bar buenos aires 第2楽章の始まりは「ビル・エヴァンスと室内楽」。

(2014.10.27)
  
  

アルゼンチンのアーティスト、カルロス・アギーレが奏でる美しい楽曲からつながる世界の繊細な音楽を紹介するbar buenos airesは、これまでに様々な楽曲を集めたコンピレイション・アルバムとして、バー・ブエノスアイレス『カルロス・アギーレに捧ぐ』、『風、光、水』、『星の輝き』と3部作をリリースしてきました。そして第2楽章のはじまりとして今秋、ビル・エヴァンスにオマージュを捧げた新作『バー・ブエノスアイレス~ソワレ~』がリリースされ、11月1〜3日には福岡&湯布院でCDのお披露目の選曲会が開催されます。ずっとエヴァンスを愛し続けてきた吉本宏さんに、これまでのトリビュート・アルバムとは異なった視点で選曲された、このアルバムの聴きどころについて書いていただきました。

繊細さと余韻を求めて。 

そのピアニストは、頭を深く垂れ意識を一点に集めるように鍵盤に指をかける。指先から放たれる音は静かに空気を震わせて、デリケイトな鉱石の輝きにのように小さな光を発する。ビル・エヴァンスの生みだす音は、bar buenos airesが探求している音楽の“繊細さと余韻”という霧雨のようにけぶる風景の中に、微かな光の道しるべとなってその進むべき道を示してくれる。

今も多くのアーティストに愛され、カルロス・アギーレやキケ・シネシも同様に敬愛の念を抱くビル・エヴァンス。新たな楽章のはじまりは、ビル・エヴァンスの感受性から大いなるインスピレイションを受け、bar buenos airesの音の世界と共鳴する繊細な楽曲を選んでいった。今作のテーマは「エヴァンスと室内楽」。彼が1970年にリリースしたアルバム『From Left To Right』に収められた、エヴァンス作の可憐な「Children’s Play Song」と、友人のアール・ジンダースが手がけたメランコリックなワルツ「Soiree」が選曲のモティーフになっている。

これまでに数多くのエヴァンス・トリビュート作品がリリースされているが、本作はエヴァンスが作曲、愛演した曲や、単に彼のピアノの様式を受け継いでいるアーティストだけではなく、bar buenos airesの視点でのイマジネイションのもとに様々な楽曲を集めていった。例えば、「Children’s Play Song」ににじみ出る彼がふとしたときに見せる優しさや、「Very Early」にそこはかとなく漂う浮遊感、「Peace Piece」の包み込まれるような陶酔感など、一瞬のきらめきを切り取るように、bar buenos airesのエヴァンス観の素地にひとつひとつの楽曲を編み込んでいった。

  
  
 
「感覚」から連想する選曲。

ビル・エヴァンスのピアノと弦楽器や管楽器の相性のよさに焦点を絞ると、彼の音楽が持つ美しさと繊細さがひときわ際立ってくる。アルバムのオープニングに収めた彼の作品「My Bells」とエヴァンスの盟友のベーシスト、エディ・ゴメスが参加した「Very Early」のカヴァーは、弦楽アレンジによってメロディーが豊かに膨らんでいきその旋律の美しさが静かに浮かび上がってくる。続くカエターノ・ヴェローゾが歌った「Valsa」のピアノとヴィブラフォンの軽やかなカヴァーは、エヴァンスがこよなく愛したワルツへのオマージュで、さらに、ブルックリンのピアニストの巧みな変拍子による「Swarmoosh」は、エヴァンスの楽曲がもつ“浮遊感”、“陶酔感”から連想したものだ。

エストニアのピアニストのトヌー・ナイソー・トリオは、ブラジルのルイス・エサが作曲し、エヴァンスが『From Left To Right』の中でカヴァーした「The Dolphin」の郷愁に満ちた旋律をやわらかなタッチで愛でるように弾いている。同じくブラジルのピアニストによる「Para Nazareth」から、エヴァンスがジム・ホールと共演した『Undercurrent』をイメージしたピアニスト、マーク・コープランドとギタリストのジョン・アバークロンビーとのデュオ「Left Behind」、さらにドイツの繊細なピアニストによる優しさに満ちた「Always By Your Side」への流れは、余白を残した絵画のように静寂の美を密やかに描いている。この「Always By Your Side」はECMを代表するギタリストのラルフ・タウナーの作品で、彼はかつて自己のグループであったオレゴンを始めた時にベーシストとのデュオにおいて、エヴァンスと盟友のベーシスト、スコット・ラファロとの関係を目指したという。

エヴァンスが『From Left To Right』の中でメランコリックに演奏した「Soiree」を、さざ波のようにささやかなドラム・ソロで聴かせるのは、初代パット・メセニー・グループに在籍したダニー・ゴットリーブ。彼もまたエヴァンスの繊細さを全身で表現するようにブラシでスネアを優しく叩いている。ギターのアンサンブルによる「Peace Piece」は、即興に近いエヴァンスの旋律を見事に弦が追い、オーストラリアのピアニストによる「Children’s Play Song」は、まるで夢の中で鳴っているように厳かな残響音でワルツを奏で、エヴァンスの描いた夢想の世界へと聴き手をいざなってくれる。

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ラスト・トラックに特別に収録したのは、1980年9月15日に亡くなったビル・エヴァンスに追悼を捧げたパット・メセニーとライル・メイズによるレクイエム「September Fifteenth – dedicated to Bill Evans」のカルロス・アギーレとキケ・シネシによる奇跡のカヴァー。2人もまた同じくエヴァンスへのオマージュを捧げ、9月にブエノスアイレスでこの曲をレコーディングしてくれた。静寂の中に浮かび上がる親密な音の広がりは、かつて2人が共演した「¿Serás Verdad?」や「Danza Sin Fin」の澄みきった美しいアンサンブルを思い起こさせる。さらに、アルバム・ジャケットには、かつて「Peace Piece」を初収録したエヴァンスのセカンド・アルバム『Everybody Digs Bill Evans』をモティーフにし、カルロス・アギーレとキケ・シネシからエヴァンスへの賛辞を贈ってもらった。

カルロス・アギーレはこう語っている。「ビル・エヴァンスは、音楽の美しさに心を震わせた子供時代へと私を連れて行ってくれる。やがて時を経て、その奥には深遠な世界が広がっていることを知った」。フォーエヴァー、ビル・エヴァンス。

Kronos Quartet / Music of Bill Evans
Kronos Quartet / Music of Bill Evans

The Danny Gottlieb Trio / Jazz Beautiful Ballads
The Danny Gottlieb Trio / Jazz Beautiful Ballads

Torio Guitar Quartet / Codex
Torio Guitar Quartet / Codex

Tony Gould / The Lucky Ones
Tony Gould / The Lucky Ones
Carlos Aguirre(左)とQuique Sinesi
Carlos Aguirre(左)とQuique Sinesi
bar buenos aires soiree- dedicated to Bill Evans
(バー・ブエノスアイレス 〜ソワレ〜) V.A.

選曲:吉本宏、山本勇樹、河野洋志
2014年11月09日発売 2,300円(税別) RCIP-0214 
レーベル : bar buenos aires

『bar buenos aires soiree- dedicated to Bill Evans (バー・ブエノスアイレス 〜ソワレ〜)』 V.A.
【Track List】
01. My Bells (Bill Evans) / Paul Lieberman
02. Very Early (Bill Evans) / Kronos Quartet
03. Valsa (Caetano Veloso) / Claire Ritter
04. Swarmoosh (Tobin Chodos) / Tobin Chodos Trio
05. The Dolphin (Luis Eça) / Tõnu Naissoo Trio
06. Para Nazareth (João Carlos Assis Brasil) / João Carlos Assis Brasil
07. Left Behind (John Abercrombie) / Marc Copland – John Abercrombie
08. Always By Your Side (Ralph Towner) / Daniel Masuch
09. 22 Brooklyn Terrace (Peo Alfonsi) / Peo Alfonsi
10. Intermezzo da “Cavalleria Rusticana” (Pietro Masacagni) / Danilo Rea
11. Lullaby (Michel Petrucciani / Lisa Maroni) / Lisa Maroni
12. Soiree (Earl Zinders) / The Danny Gottlieb Trio
13. Peace Piece (Bill Evans) Torino Guitar Quartet
14. Children’s Play Song (Bill Evans) / Tony Gould
15. September Fifteenth – dedicated to Bill Evans (Pat Metheny & Lyle Mays) / Carlos Aguirre & Quique Sinesi

【福岡&湯布院 bar buenos aires(吉本宏 、山本勇樹 、 河野洋志)選曲会】

bar buenos aires vol. 32 in fukuoka
2014年11月1日(土) 20:00 ~
会場:CULTA 福岡市中央区天神 5-5-21 香月ビル 1F
ゲスト選曲 : 河津継人、河津かおり (afterglow)
ミュージックチャージ:1,000円(ドリンク別、予約不要)
ドリンク: petrol blue

bar buenos aires vol.33 in yufuin 
2014年 11月 2日 (日) 19:00 ~
会場:CAFE LA RUCHE 大分県由布市湯布院町川上1592-1
ゲスト選曲 : 河津継人、河津かおり (afterglow)
ミュージックチャージ : 1,000円 (ドリンク別、予約可)
ワイン:W、コーヒー:トモノウコーヒー、JAZZ羊羹:CREEKS.

Monday at the Cro-magnon – マンデイ・アット・ザ・クロマニヨン
2014年11月3日(月・祝) 12:00〜16:00
会場:Cro-magnon (クロマニヨン) 福岡市中央区大手門 1-9-31-1F 
ミュージックチャージ:1,000円
フード & ドリンク:3,000円 (300円チケット×10枚綴り) ※先着予約50名限定 
フード:クロマニヨン、ワイン:W、コーヒー:トモノウコーヒー