11月ポーランドの至宝、MARCIN WASILEWSKI TRIO来日! マルチン・ヴァシレフスキ・トリオ
音の正三角形を描く中欧の宝石。

(2012.10.08)

アスリートにも似たバランス感覚で魅せる美しきトライアングル

ポーランドのアーティストの中で最も、いや、世界中のアーティストの中でと言い換えても過言ではないほど来日が熱望されていた、天才ピアノトリオ、マルチン・ヴァシレフスキ・トリオがとうとう初来日を果たします。ピアノのマルチン・ヴァシレフスキ、ウッドベースのスワヴォミル・クルキェヴィチ、ドラムのミハウ・ミシキェヴィチによるこのトリオは、90年代半ばに20歳になるかならないかで衝撃の傑作『Komeda』(後にLullaby for Rosemaryと改題)でアルバムデビューし、後のシーンを牽引してきた、ポーランドのジャズサウンドを象徴するようなバンドです。20年近い活動中全くメンバーを替えず発表したアルバムは全部で7枚。そのいずれにも熱狂的なファンがついている彼らのサウンドの魅力とは一体何なのでしょうか。

欧州ジャズを評する際によく言われる「音色や旋律の美しさ」や「ハイレべルな技巧」を持ち出すだけではなかなかその良さを表現できない不思議なバンドなのですが、あえて挙げるとすれば、超一流のアスリートにも似た「優れたバランス感覚」でしょう。

トリオ名から想像されるようなマルチンのワンマンバンドではなく、常に3人の距離が正三角形に保たれています。また、サウンドの方向性という意味でも「美しさ」や「巧さ」などの一つのベクトルに偏ることなく、流れる音を軸に多種多様なファクターが一定の距離を保ちつつゆるやかに周回している、そんなイメージがあります。特にオリジナル曲において、そうした印象を強く感じる方が多いのではないでしょうか。

また、選曲面でもそのバランス感覚はいかんなく発揮され、デビュー作でテーマとしたポーランドの伝説的作曲家クシシュトフ・コメダを初め、クラシック、ラテン、ロック、ジャズ、そのジャズの中でも前衛系からウェイン・ショーターなどの超大物の作品までを幅広くとりあげ、このトリオならではの美意識に貫かれた音楽に料理してみせるその練達の音捌きに、世界中のファンが静かな熱狂を胸の芯に灯し続けて来ました。常に相反するものを並行して紡ぎ出す彼らのサウンドは、磨きぬかれた崇高な響きの奥に、「日常の友」として聴けるような絶妙の親しみやすさを持っているように私には思えます。


マルチン・ヴァシレフスキ・トリオ ©Tomasz Sikora / ECM Records
ポーランドジャズ=ユニジャンルミュージック=ポップ

そんな彼らを生んだポーランドのジャズもまた、独特の美学を持っています。この国のミュージシャンには、「絶対に濁った音は出さない」とでも言えそうな音色に対するこだわりを感じます。それは、どんな楽器でも、また通常爆音やノイジーなトーンが一般的なイメージだと思われるアヴァンギャルド系でもそうなのですから徹底しています。ポーランドジャズを初めて聴く人はまず、彼らの音色に対する美学とその響きの美しさに打たれることと思います。

また、グルーヴィな魅力に溢れた民俗音楽やクラシックなどの伝統的な音楽の要素と、ベーシックなジャズからロックやパンク、前衛音楽など、実に多種多様なモダン・ミュージックの要素が非常に巧みにミックスされているのがポーランドジャズの大きな魅力の一つでもあります。ポーランドの音楽そのものと言ってもいいかも知れない大作曲家ショパンの音楽がそもそもそのような「ユニジャンルミュージック」なのです。

当時最先端の演奏技術と方法論に祖国のダンサブルな民俗音楽を非常にハイセンスに織り込んだ彼の音楽は大胆で異質で、そしてそれゆえにとめどもない美しさをはらんだものであったはず。そんなショパンの精神が、スタンダードナンバーを演奏してすらアレンジで一ひねり入れないと気がすまないというポーランド人ミュージシャンの「凝り性」に受け継がれているように私は思います。

国内各地に設立された、日本で言えば東京芸大クラスの音楽学校におけるハイレベルな音楽教育というバックボーンもあります。60年代からジャズを「教育に値する芸術」と捉えてきた美意識は、90年代初頭の民主化以降デビューした、世界トップクラスの技巧や作編曲能力を兼ね備えた「磨かれた世代 Polished Generation」を生み出し世界有数のジャズ大国となりました。そんなこの国が創り出すジャズサウンドは、「何だかジャズじゃないみたい。もっと美しくて構えず聴ける音楽」と誰もが言う、ある意味本質的にポップな音楽なのではないでしょうか。そんなポーランドジャズの魅力を凝縮したようなマルチン・ヴァシレフスキ・トリオの、正三角形が放つ宝石のような美しい音のシャワーを、ぜひ浴びてみてください。

マルチン・ヴァシレフスキ・トリオ ジャパンツアー2012

11月3日(土)福岡 SHIKIORI Tel.090-1163-5027(Asian Cape Connection)
11月5日(月)名古屋 Bottom Line Tel.052- 741-1620 (ボトムライン)
11月6日(火)東京 白寿ホール 主催 :ソングエクス・ジャズ
協力:ポーランド広報文化センター

 

MARCIN WASILEWSKI TRIO(マルチン・ヴァシレフスキ・トリオ)

 
マルチン・ヴァシレフスキ、ジャズ・ピアニスト、作曲家。1975 年生まれ。1991 年にS・クルキェヴィチとシンプル・アコースティック・トリオを結成、1993 年にミハウ・ミシキェヴィチが参加し、バンドのメンバー構成が確定。1994〜2009 年には、トマシュ・スタンコ・カルテットのリズム・セクションを担当。カルテットともにコンサート・ツアーを行い、ECMでの録音に参加。ヴァシレフスキはそのほか、マヌ・カッチとも協働(『ネイバーフッド』2006 年、『プレイグラウンド』2007 年)。2008 年にバンド名をマルチン・ヴァシレフスキ・バンドに改め、アルバム『January(ジャニュアリー)』(ECM)を制作、フリデリク・ショパン賞を最優秀ジャズ演奏、最優秀ジャズアルバム部門で受賞。2010 年、最新版『Faithful(フェイスフル)』(ECM)をリリース(2011 年日本発売)。録音は、ECMの伝説的な創立者兼プロデューサーのマンフレート・アイヒャーが見守る中で進行。ポーランド・ジャズ・フォーラムの読者アンケートにおいて、最優秀アコースティック・ジャズ・グループのタイトルを獲得した。またマルチン・ヴァシレフスキは音楽家としてのキャリアを積む中で、ヤン・ガルバレク、ダフェル・ヨセフ、ヘンリク・ミシキェヴィチ、トマシュ・シュカルスキ、ピョトル・ヴォイタシク、ヤヌシュ・ムニャク、バツティカ・アンサンブル、アンナ・マリア・ヨペク、ドロタ・ミシキェヴィチなどの著名なアーティストとのコラボレーションも行ってきた。