梵(ぼん)な道具を聴いてみる。 第十回小寒:陶片に心遊ばせるは、在りし
日の気配を用美で補う寒の入り。

(2013.01.01)

「梵(ぼん)な道具を聴いてみる」第十回は、古窯跡から発掘された種々の陶片をご紹介。陶芸家の参考品としては勿論、オブジェとして壁面を飾る粋人やせっせと土臭を抜き日々の酒肴を盛る数寄者まで、骨董ファンを魅了し続ける理由とは。完器をも凌駕する陶片の愉しみをお裾分け。

陶片とは。

日本国内のみならず世界には天文学的な数の古窯跡(数千年〜数百年前まで器を焼成していた窯跡)が確認されているが、我が国は国土の狭さの割に窯跡が多く地方色豊かに点在している。歴史的資料として国から保護を受ける古窯もあれば、人為が及ばず深い緑に抱かれる古窯、住宅用地確保のため破壊され土中に眠る古窯まで、現在まで全国に数千カ所の窯跡が確認されている。

このような古窯跡には何らかの理由で失敗に終わった器が打ち捨てられ堆積した層があり、夥しい数の陶器の破片が出土する。それらを考古学的な観点でみるとただの古陶磁の「破片」に過ぎないが、骨董ファンはあえて「陶片(=完器の残欠)」と解釈し、愛玩の対象としている。また陶片は無数にあるものだけに明確なランク付けがあり、陶片であっても面白いものや貴重なものであれば店頭で数万円の価値を付けることすらある。

松竹梅でランク付けすると、梅は無地(無釉)で掌サイズの小さいもの。または瑕や釉薬の剥落、カセが残るもの。竹は明らかに器の部位が判るもの、例えば高台や徳利の口の部分が残っているもの。または小さくても絵付の文様が確認できるもの。松は珍しい文様が描かれているものやパーツが揃い、組み立てれば完器に近い姿を残すものなどが挙げられる。

陶片に遊ぶ。

レベルの高い陶片を購い、日々愛玩するのも楽しいものだ。賢明な陶芸家であれば美術館のガラスケースの中の古陶磁を眺めるよりも、欠片であっても手に取り眺め作行きや高台の作り、釉薬の厚みなどを直接確認できる陶片が良き先生となるが、陶片を積極的に使ってみるのもまた、楽しいものだ。

まず気軽に楽しめるのはオブジェとして飾る方法。形の良いものや文様の面白い陶片を見つけると私はこの方法を実行、提案することが多い。陶片を買ってきたらタワシでゴシゴシ洗い、金ヤスリ等で尖った部分を削っておく(特に磁器は欠片が鋭角なものが多い)。クラフト系の店で中太番手の針金を購入し、金具を作ってやればお気に入りの陶片を壁に飾ることができる。金具を作るのが面倒、という場合はフォトフレームのスタンドに立てかけるだけでも様になるが、スタンドはなるべく小さくて目立たない色のものを選ぶのと良いだろう。

上級者は食卓にも陶片が登場する。高台の付いた陶片は卓上でも安定するため酒肴などを盛るには過不足なく、完器では数十万円する器の雰囲気を肩肘張らずに楽しめる。しかし陶片は出土品のため土の臭いがする。乾いた状態ではさほど気にならなくても、水にくぐらせると案外気になる匂いを発してくるものだ。この土臭は個体差こそあれ煮沸で取り除いてやるのがベスト。陶片を洗ったあと、水を張った鍋で数時間煮続ける。これを繰り返しているうちにほとんど匂いが気にならなくなる(気をつける点は水の状態から陶片を投入すること。沸騰したお湯に直接投入すると温度差で割れる場合がある)。土臭を抜いた陶片にはまず乾きもの、徐々に生ものへ移行すれば余分な汚れもつかず、年月を経ることで綺麗な寂び味も約束される。食事後はすぐにぬるま湯で洗い(洗剤は使わない)、充分に乾かしてから食器棚に仕舞うとよい。

陶片は毎月行われる骨董市などで比較的簡単に見つかるし、骨董店の軒先や床にも時折無造作に積み上げられている。値段はランクや店などでもまちまちだが、安い場合は数百円から購入できる。

様々な陶片。

私のウェブショップでは折りに触れ陶片を紹介してきたが、今回は唐津系のものを中心に集めてみた。それぞれに魅力のあるものだが、殊に小さくて珍しい文様のものを食卓に集めても楽しい。完器の織部の寄せ向付は無理でも、時間をかければ陶片なら実現できそうだ。また骨董が好きな客人を招く場合は陶片を花器に見立てて玄関に置くだけで、もてなしの心が感じられ嬉しいものである。

それらは貧乏数寄者の戯言と言われるかもしれないが、割れているものでも「本物」を使い日々愛玩することで自然と目も養われ、骨董を視る眼も確かなものへと変化していく。特に我々古物商はこのような鍛錬が日々必要なのではないかと感じている。

現代社会では「小さな生活」が毎日を豊かにする秘訣ではないだろうか。何を信じればよいのか分からない社会ができてしまった今、例え欠片でも良いものを使い地に足をつけた暮らしを実行すること。我々に必要なのは経済の過剰な発展ではなく「本物」を見抜くことができる感性である。

小寒に聴きたい音楽

『星影のワルツ』サウンドトラック / Gustavovich Neuhaus : Piano

ピアノのゲンリヒ・ネイガウスはソ連のクラシック界を牽引してきた重要人物の一人。ピアニストとしても伝説的な功績を残すとともに、モスクワ音楽院の教授(後に院長)として後継の育成にも力を注いだ人物である。ロシア・ピアニズムの核心ともいえる静謐さを併せ持った力強いタッチ、コンサートホールではなくリビングで弾かれているような私的なスケール感。ショパンの夜想曲第15番、第16番を主軸としてプロコフィエフの「束の間の幻影 作品22」などを収めたこのアルバムは1940〜50年代の78回転のSP盤を原盤としており、その演奏の魅力もさることながら演奏全体に覆い被さるトレース・ノイズが部屋に穏やかな幻影を落としていく。トレース・ノイズは極力抑えるイコライジング、マスタリングを目指す現代にあって、この贅沢さは特別だ。2007年に若木信吾監督の映画のサウンドトラックとして限定発売された本盤は見つけるのが困難かもしれないが、探すだけの魅力を讃えた素晴らしい小品集である。一度販売元に問い合わせてみると良いだろう(販売元:ヤングトゥリープレス)。

Bon Antiques展示会情報

1月19日(土) ~ 2月3日(日) 百草百種展「奈良から」へ出展
個人的にも毎回楽しみにしている「百草百種展」に出展させていただくことになりました。この展観は毎年1月に全国各地の県ごとにセレクトした物やお店、作り手などを百草の廊主、安藤政信氏が紹介するものです。この展示会では韓国からの渡来物を含め奈良らしさを感じるものを中心にセレクトしました。2013年の展示会はここからスタートです。
場所:百草(岐阜県多治見市東栄町2-8-16)
時間:11:00〜18:00まで(会期中無休)
在廊:1月19日、20日

1月26日(土) 〜 2月2日(土) 「祈りのかたち」
Gallery SUでは「祈りのかたち」をテーマに西洋/東洋の垣根を越えて様々な宗教遺物をご紹介します。しかし「祈り」とは宗教に留まらず親から子供への眼差しや自らの成就をも含むと解釈しており、個人的な「祈り」を感じる古物もご用意しました。ご高覧頂ければ幸いです。
場所:Gallery SU(東京都港区麻布台 3-3-23 和朗フラット4号館6号室)
時間:12:00〜19:00まで
在廊:1月26日、27日