『far islands and near places』4/22 Quentin Sirjacq来日。ピアニスト独自の響き「クエンティン・タッチ」とはどんな音なのか。

(2016.04.10)
Photo by Takeshi Yoshimura
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クエンティンの音がする。

クエンティン・サージャックの音楽が流れてくるとすぐに耳が反応する。ときには「あ、好きな音だ」、ときには「あ、クエンティンの音だ」。ピアニストが持つ“独自の響き”をクエンティン・サージャックもまた持っています。彼の音色に「クエンティン・タッチ」と名づけ、ひそかにそう呼んでいます。

クエンティン・タッチとは――。水の流れのようにきらきらと光りながら流れるような音、繊細でシンプルな小さな粒から押し寄せる波のような音、その指使いは柔らかくしなやか、ミニマル音楽のような連続的な音の要素と叙情的なメロディがからみ合ってできるなめらかな音楽。教会で聴く音のように幾重にも重なる響き、どこまでも続く残響の美しさ、そして余韻。

レーベル主宰者で自身もピアニストの小瀬村晶さんは、5年前にクエンティンの演奏を聴いたとき、その場ですぐに彼のアルバムをリリースすることを決めました。当時、クエンティンはアメリカ留学から戻り、ファーストアルバムを自主制作したばかりの新人アーティスト。「心に響いたんです」という小瀬村さんは、クエンティンのファーストアルバム『La Chambre Claire』をリリースすることに何の迷いもなかったという。

その後、クエンティンはフランス映画『麗しき日々』のサウンドトラック『BRIGHT DAYS AHEAD』、日本で録音した『ピアノ・メモリーズ』、ダコタ・スイートとの共作『there is calm to be done』をリリースして、最新作『far islands and near places』を完成させました。最新作は、ピアノに加えシンセサイザーやフェンダーローズ、さらにはヴィブラフォンやマリンバ、グロッケンなど鍵盤打楽器の音を重ね、ミキシングはフェニックスやエールの作品を手がける友人に依頼して、フレンチ・タッチの要素を含んだまったく新しいアルバムとなりました。

昨年の秋、レコーディングスタジオを兼ねるパリ郊外のクエンティンの自邸を訪ね、新作についての話を聞いたので、ここで紹介したいと思います。

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クエンティン・サージャックにきく。

M 英題がつく前のオリジナル・タイトル『La Caresse』に込められた思いはなんだったのでしょう?

Q これは妻のアイデアなんだけど、「la caresse(カレス)」とは「撫でること」で、そっと優しく撫でることは、ぼくのデリケートな音楽を表現するメタファーとしてぴったりだと感じたんだ。赤ちゃんも老人も、人はみな、いや猫だって「カレス」が大好きだからいいタイトルだと思ったんだけど、いい日本語訳ができないこともあり、英語でのタイトルを考えたよ。今はこちらもとても気に入っているんだ。

M アルバムの写真はとてもリアルですね?

Q これは写真でなく、幼なじみの友人が描いた絵だよ。アイデアは「la caresse(カレス)」からで、手と手を重ねる親密な雰囲気を出したかったんだ。写真よりリアルな手の表情を描いているところがとても気に入っているよ。

この絵はまたレコーディング・プロセスを思い起こさせるんだ。普通のエンジニアなら聞き飛ばしてしまいそうな小さなノイズ一つ、わずかなピアノの音一つを注意深く細部まで徹底的に聞き込んでミックスしていった、いわばピアノの一音一音をスーパーズームですくい上げ、ジャケットの絵のようにデリケートに繊細に描き込んでいったと言えると思う。

Photo by Takeshi Yoshimura
Photo by Takeshi Yoshimura

Q 音楽を聴くと色が見えることがよくあるんだ。「オレンジ」は、弾いているとオレンジ色が見えたんだ。「far island」ではぼくには緑色が見えるよ。

《「far island」を聴いても、わたしにはオーロラのような風に揺れるカーテンのような線しか見えないと言ったら、「ひとはそれぞれだから、無理に色を感じなくたっていいんだよ」と小さくウインク。

その後、地下にある作曲とレコーディング・ルームを兼ねる音楽室に案内してくれたクエンティンはここで毛布ミュートを実践してくれました。ピアノのふたを開け、ハンマーとダンパーの間に毛布を垂らす。するとペダルでのミュートとは違う独特のミュート効果が生まれます。》

M 毛布ミュートを使っている曲はどれですか?

Q「オレンジ」だよ。左手の1オクターブだけ毛布ミュートしているんだ。理由は2つあって、ひとつは左手の音をとてもソフトにすることで右手の音を引き立てるため。もうひとつは音の深さに差をつけるため。このためにはマイキングも関係していて、左手の音と右手の音の録音位置に差をつけることで音の違いを際立たせているんだ。

M 一つひとつの楽曲を演奏だけでなくアレンジやマイキングなど徹底してつくっていくことでクエンティン・タッチはできているんですね。

Q 好みの音をつくるためにできる限りのことをしているよ。“クエンティン・タッチ”というものがあるとしたら、それはその“ぼくの好みの音”のことじゃないかな。まずレガート奏法とサステインペダルがつくりだすハーモニーが好きだということ。そこにデジタルアレンジが加わってマジカルな要素をつくり出している部分もあるかもしれない。もっと言うと無意識的な感覚と想像力、感覚の敏感さみたいなものが影響しているんじゃないかと信じているよ。同時にオリジナル楽曲の構造ととても密接に関係していると思う。モーツアルトを弾いているときはクエンティン・タッチの音にはならないからね(笑)

あなたがクエンティン・タッチと呼んでくれるこの音は、ぼくがさまざまなテクニックを駆使して本当につくりたかった音なんだ。つくりたかった音であると同時にぼくに聴こえるピアノ音とも言える、レガート、ミュート、豊かな音の伸び、それらが溶けあったハーモニー……。それはサティに代表されるフランス印象派のピアニストたちから継承される音づくりかもしれない。

 

M 今回のアルバムはヴィブラフォンやマリンバなどの鍵盤打楽器を取り入れ、フェンダーローズやシンセサイザーを加え、『フェニックス』や『エール』も手がけるエンジニアにミックスをお願いして、いままでのアルバムと少し違う印象ですね。

Q ぼくの持つジャズ・バックグラウンド、とくにアフリカ音楽への愛情から「ポリリズム」に長い間ずっと興味を抱いてきたんだ。いままではソロピアノによるアルバムが主体だったけど、いくつかのポリリズムのエレメントは過去の作品のなかにすでにあったような気がする。そして今回のアルバムは、いくつもの楽器をミックスすることで幾重にもなるリズムの層をつくり出したかったんだ。ソロでポリリズムを使ったこのアルバムをつくるとなると、ぼくにはもっとたくさんの腕が必要になっちゃうね。

加えて言うと、いままでのアルバムは「テンポ・ルバート」。ひとりで弾くのでテンポを自由自在に変えられ、波のようにゆらいだ演奏ができたんだ。今回は複数の楽器をミックスするためテンポを自由には変えられない。それが新しい質感を生み出ししていると思うよ。

M ソロとポリリズム、同じクエンティン・タッチを違う角度から楽しめるんですね。来日コンサートはソロ演奏ですが、新曲はアレンジして演奏するんですか?

Q アレンジは必要ないんだ。だってもともとまずはソロピアノ曲として作曲したものだから。ただ、BodiesとWolfesはソロピアノ用に書き換えないとね。

* * *
細かい質問にていねいに答えてくれたクエンティン、5年間でアルバムを5枚、次々にあふれ出てくるメロディをクエンティン・タッチの美しい楽曲に仕上げ、おすすめのアルバムを尋ねられるとどれも良くて決められないジレンマに陥ります。4月22日に始まるジャパンツアーのどこかの会場で「クエンティン・タッチ」とはいったいどんな音なのか、生の演奏によって確かめてみてはいかがでしょう。

『far islands and near places』
Quentin Sirjacq
2016年1月27日発売 2,500円(税別) SCH-045 レーベル:スコーレ

far islands and near places

【Track List】

01. aquarius
02. bodies
03. orange
04. far islands
05. wolfes
06. round dance
07. cold lands
08. it’s raining in my house
09. a dream in a dream

Quentin Sirjacq Japan Tour 2016

4月22日 (金) 福岡公演 in papparayray – パッパライライ【SOLD OUT】

4月23日 (土) 岡山公演 in 城下公会堂
18:00 開場 / 18:30 開演
予約 : 3,000円 当日 : 3,500円(※共に1ドリンク代 500円別途、全席自由)
出演:Quentin Sirjacq (pf)、当真伊都子(vo,pf)、小西泰寬(steel guitar)
会場 : 城下公会堂 〒700-0814 岡山市北区天神町10-16城下ビル1F
チケット予約 : SCHOLE SHOP

4月26日 (火) 大阪公演 in 天満教会
Quentin Sirjacq in salon de resonance
18:30 開場 / 19:00 開演
予約 : 3,000円 当日 : 3,500円(全席自由)
出演:Quentin Sirjacq (pf)
共催 : resonance music
照明 : flame 作灯 : 河合 悠 音響 : sonihouse
会場 : 天満教会 〒530-0045 大阪市北区天神西町4-15
チケット予約 : SCHOLE SHOP

4月28日 (木) 横浜公演 in 大倉山記念館
19:00 開場 / 19:30 開演
予約 : 3,000円 当日 : 3,500円(全席自由)
出演:Quentin Sirjacq (pf)
会場 : 大倉山記念館 〒222-0037横浜市港北区大倉山2-10-1
チケット予約 : SCHOLE SHOP

4月29日 (金・祝) 東京公演 in サローネ・フォンタナ
19:00 開場 / 19:30 開演
予約 : 3,000円 当日 : 3,500円(全席自由)
出演:Quentin Sirjacq (pf)
作灯 : 河合 悠
会場 : サローネ・フォンタナ 〒157-0072世田谷区祖師谷4-9-24
チケット予約 : SCHOLE SHOP

4月30日 (土) 東京公演 in サラヴァ東京
Quentin Sirjacq in bar buenos aires vol.35
18:30 開場 / 19:30 開演
予約 : 3,500円 当日 : 4,000円(ご入場時に別途1ドリンクオーダー500円〜をいただきます。先着順自由席)
出演:Quentin Sirjacq (pf)
共催 : bar buenos aires
選曲 : 吉本宏、山本勇樹、河野洋志
会場 : サラヴァ東京 渋谷区松濤1丁目29-1 渋谷クロスロードビル B1
チケット予約 : サラヴァ東京 HP内 予約フォーム