ミシェル・ルグラン賛(その2)

(2009.07.10)

すべてのセリフにメロディがついて歌われる(およそ「甘い歌声」とは縁遠い、ガソリン臭いガレージでの自動車修理工とボスの喧嘩のセリフまで!!)という前代未聞の映画『シェルブールの雨傘』(‘63)の公開当時の衝撃は、今から考えてもすごかった、と思われる。

若きカトリーヌ・ドヌーヴ主演『シェルブールの雨傘』

1964年カンヌでのパルム・ドールをはじめ、数々の国際的な賞を受賞したこの映画の日本の公開は、もう半世紀近く前の1964年10月(東京オリンピック開幕!)だが、ラブ・ストーリーの洋画新作を封切り映画館で見るという、チャンス(ガール・フレンド、のことです)も資力もない高校生だったコラム子が、この映画を見たのは、多分その3、4年後に名画座か、テレビ放映だったように思う。

その時は、ルグランの世界的ヒットの第1作と言える主題歌『Je ne pourrai jamais vivre sans toi. (英題: I Will Wait For You)』の切なくも甘いメロディももちろん印象的であったが、多感な若者にとっては、音楽よりもヒロイン、ジュヌヴィエーヴ役のドヌーヴの清楚な美しさに心を奪われた、というのが正直なところ。

彼女が恋人ギィの出征を見送る駅頭のシーンは、(悲恋ものには良くあるパターンだが)何度見てもやはり大いに泣かせる場面で、やはりルグランのテーマ曲がその悲しみを大いに増幅させている。
ジュヌヴィエーヴは「いつまでも貴方を待っている……」と泣きながら歌っていたのだが、実は、ご承知のように、彼女は「貴方(ギィ)を待たない」で、裕福な宝石商と結婚するのである。母親のやっている傾きかけた傘屋を救うため、とは言え「おいおい、それはあんまりだ」とつっこみたくなる向きもおられましょうが、これが悲恋物語(女心?)の常なのだ。

その宝石商カサール氏が、(母親を介して)ジュヌヴィエーヴに求婚する時に歌う “Recit de Cassard” は、主題歌に次いで有名な曲で、『Watch What Happens』と英語の歌詞がつき、ボーカルやピアノトリオのレパートリーとしてジャズのスタンダートナンバーとなっている(トニー・ベネットの名唱やスティーヴ・キューン・トリオの名盤がある)。

この曲はもともと、ルグランがドゥミ監督の映画『ローラ』(‘60)のために書いたものらしい。カサールの歌い出しに「僕には昔ローラという好きな娘がいたけど、振られた……」というのがあるが、これは、ドゥミ+ルグラン・コンビのちょっとした、お遊びであろう。

ところで、この映画の歌唱部分は、専門の歌手の吹き替えであるが、ドヌーヴ(ジュヌヴィエーヴ)の歌は、ダニエル・リカーリが担当している。彼女は、その後のヒット曲『ふたりの天使』やポール・モーリアの『エーゲ海の真珠』でのスキャット歌唱で一世を風靡することになるのだが、当時20歳の彼女を起用した二人の慧眼も大したものだ。

「スキャット」と言えば、「ダバダバ・コーラス」の元祖スウィングル・シンガーズが有名であるが、そのリード・ソプラノでミシェルの実姉、クリチャンヌ・ルグランが、ジュヌヴィエーヴの母親マダム・エムリーの歌を担当して、見事な歌唱を披露している。後年の彼女へのインタビューによると、本人が(歌だけではなく)マダム・エムリー役として、出演するという話もあったとのこと。

尚、吹き替え歌手として、ジャック・ドゥミとミシェル・ルグラン本人たちも、郵便配達人やボーイなどのチョイ役で参加しているのがご愛嬌だ。

さて、ルグランの音楽的発展は、4年後に制作された同コンビによる『ロシュフォールの恋人たち』(‘67)で、一つの絶頂期を迎える。

米仏オールスターキャストの『ロシュフォールの恋人たち』

ヴィンセント・ミネリのアカデミー賞ミュージカル映画『巴里のアメリカ人』(‘51)に、前から刺激を受けていた二人は、「アメリカ人がパリで歌い踊れるのなら、フランス人にだって出来るはずだ!」と、フランス側からの回答というべき、オリジナルミュージカル映画の制作に着手する。

但しここで、彼らが賢明(と言うべきか「あざとい」と言うべきか?)だったのは、何とその『巴里のアメリカ人』や『雨に唄えば』の主役で、アメリカンミュージカルの権化というべきジーン・ケリーや、当時大ヒットした、これもアメリカ(及びニューヨーク)を象徴する『ウエスト・サイド・ストーリー』のヒーロー、ジョージ・チャキリスを口説き落として出演させていることだ。

彼らアメリカの新旧ミュージカル大スターに対抗するフランス側も、主役のカトリーヌ・ドヌーヴ、フランソワーズ・ドルレアックの実姉妹(映画でも双子の姉妹役)はじめ大御所ダニエル・ダリュー、ミシェル・ピコリ、ジャック・ペランと当時の人気スターを起用。この米仏オールスターキャストに、ジャック・ドゥミの鮮やかな色彩の映像美とミシェル・ルグランのスウィング感溢れる楽曲が三位一体となって、ミュージカル映画の傑作が生まれたのである。

曲作りに当たっては、ルグラン自身も、『巴里のアメリカ人』のガーシュウィンや『ウエスト・サイド・ストーリー』のバーンスタインを意識し、相当力を入れて作曲したものと思われる。

その楽曲だが、前回述べた『キャラヴァンの到着』をはじめ『双子姉妹の歌』、『水夫、友達、恋人または夫 Marins, amis, amants ou maris』(この曲の中間部で演奏されるフルート・デュエットのアドリブのなんとまあ粋なこと!)などのグルーヴィーなナンバー達。

 

7月17日(金)『シェルブールの雨傘 デジタルリマスター版(2枚組)』『ロシュフォールの恋人たち デジタルリマスター版(2枚組)』DVD発売です。各4,935円(税込)

 
そして、こういったジャジーな曲の合間に流れるメロディアスな歌曲が又々印象深いものである。作曲家アンディ役のジーン・ケリーが歌う 『Andy amoureux 恋するアンディ』は、ラフマニノフのピアノ・コンチェルト風な伴奏で歌い上げられる。水兵役のジャック・ペランがしっとりと歌う『マクサンスの歌』は見事なナンバーで、このメロディはこの『ロシュフォールの恋人たち』全編で、ライトモチーフのようにしばしば流れてくる。この曲も後年 『You Must Believe In Spring』 と英名が付けられ、ジャズのスタンダードとなった。(尚余談だが、この若き水兵のジャック・ペランは、後年イタリアの名画『ニュー・シネマ・パラダイス』(1989年)で、主人公トト少年の成人役で出ていたのだが、改めて時の流れの速さに感じいった次第。)

コラム子にとって、ことの他思い入れの深い『シェルブールの雨傘』と『ロシュフォールの恋人たち』、この二作品のDVDがデジタルリマスターされて、この7月に発売される、ということだ。
この機会に、特に若い世代の音楽ファンにルグランの楽曲の素晴らしさを再認識してもらいたいものだ。

又、ルグラン・ファンとしては、毎年ゴールデン・ウイークに東京で行われている「ラ・フォール・ジュルネ」で、ミシェル・ルグラン特集をやってみてもよいのではないか、とも思っている。この「熱狂の日」音楽祭のプロデューサーはフランス人なのだから……。

もちろんルグラン本人を招聘し、彼のピアノ(ボーカルも含む)・トリオ、ジャズバンドやオーケストラの指揮(彼の映画音楽作品の他にも、フォーレ(「レクイエム」を振っているCDもある)、ドビッシー、ラベル、プーランクなどの曲の演奏も聴いてみたい)の演奏会など色々な企画に胸が躍る。

最後に、今般の2回に亘るルグランのコラム執筆にあたっては、濱田高志氏著の『ミシェル・ルグラン 風のささやき』(音楽之友社刊)を大いに参考にさせていただきました。同書中のルグランの「ディスコグラフィー」はルグラン本人も驚くほどの詳細・綿密なもので、ルグランのCDコレクターにとっては「バイブル」というべきものです。