Another Quiet Corner Vol. 09 ボッサ、ジャズ…多彩なスパイスが
効いた、ジョー・バルビエリの音楽。

(2012.04.06)

イタリアのカエターノ・ヴェローゾと言われるのは…。

前回の「Another Quiet Corner」ではイタリアのジャズ・ピアニスト、エンリコ・ピエラヌンツィをご紹介しました。今回も同じくイタリアより、心地よい春の季節に似合う素敵なシンガー・ソングライターを紹介したいと思います。

1973年にイタリアのナポリで生まれたジョー・バルビエリは、幼い頃に楽器を手にしてからずっと音楽と共に育ち、ピノ・ダニエレのプロデュースのもと1994年にはデビューしました。しかし彼の音楽が日本に届くのはもっと後のこと。実際に僕が彼のことを知ったのは2008年です。ショップに『In Palore Povere』(邦題:素直な気持ちで)の輸入盤が入荷してきたのがきっかけでした。柔らかく繊細な歌声、ジャズとボサノヴァを織り交ぜた洗練されたアレンジメント、そしてイタリアらしい甘くロマンティックな空気感。その完璧過ぎるほど上質な内容に耳を奪われました。

当時はまだあまり知られていない彼の音楽をもっと多くに人に知ってもらえるために、彼の音楽と同じ感覚を持っている……。というか歌もサウンドも絶対に影響を受けていると思われるカエターノ・ヴェローゾ、ジョアン・ジルベルトやセルソ・フォンセカを一緒に並べてディスプレイしました。もちろん、ジョアン・ジルベルトの作品はイタリアの作曲家ブルーノ・マルティーノの「Estate」のカヴァーを収録した『イマージュの部屋』を選びました。

『夢のような家で、君と』ジョー・バルビエリ/オーマガトキ
『素直な気持ちで』ジョー・バルビエリ/オーマガトキ

ジョー・バルビエリの作る音楽は、シンプルな味わいながら、多彩なスパイスが効いています。ジャズ、ブラジル音楽、ラテン、フォーク、クラシック、映画音楽……といくつもの音楽キーワードが浮かびます。イタリアには欧米や南米の音楽の影響を受けながら独自に形成されてきた音楽文化があります。このような環境のもとで育ったジョー・バルビエリの音楽背景に、前述のような様々な要素を見つけることは珍しくはありません。しかし彼のように、それらをゆるやかに繋げる絶妙なセンスとバランス感覚をもったアーティストはなかなかいません。リスナーには、あくまでも簡素につつましく、しかも余白や余韻させ感じさせます。懐が深いというのでしょうか。彼の音楽を聴いてリラックスできたり、穏やかな気持ちになれるのはそういった所以かもしれません。そしてこのサウンドに彼の柔らかな歌声が寄り添うことでより親密な魅力がさらに増すのです。

2009年にはアルバム『夢のような家で、君と』が発売され、続いて『IN PAROLE POVERE』が『素直な気持ちで』という邦題になり国内盤として再発売されました。そして4年ぶりの待望の新作が届けられました。このアルバムのタイトルは『Respiro』(=呼吸)、邦題は『静かに、息をするように』と付けられています。これは歌も音も高らかにならない、品格のある静寂をまとった彼の音楽性を示唆したタイトルだと思います。アルバムは全て彼のオリジナル曲であり、ボーナストラックには日本に捧げるために録音した「見上げてごらん夜の星を」のカヴァーを収録。

『静かに、息をするように』ジョー・バルビエリ/ヤマハ
ジョー・バルビエリ 写真提供/ヤマハ
ジョー・バルビエリとつながるアーティスト。

そして参加ミュージシャンにも注目です。イタリア屈指の実力者の2人、トランペット奏者のファブリツィオ・ボッソとピアニストのステファノ・ボラーニという納得の人選。そしてウルグアイからはホルヘ・ドレクスレル(!)が参加しています。ホルヘ・ドレクスレルはウルグアイの伝統音楽にジャズやボサノヴァ、ポップスの要素を取り入れたスタイルが人気のシンガー・ソングライターで、しかも“ウルグアイのカエターノ・ヴェローゾ”という異名を持っているだけあって、ジョー・バルビエリとの音楽性に近いものがあります。

音楽ファンにとってはうれしい南米とイタリアの美しき邂逅は、ブラジルのダヂの傑作『InventaRio』を思い出させてくれます。『InventaRio』は、ダヂが単身イタリアに赴き、現地のジャズ・ミュージシャンと共に作り上げた、これまた静かで美しい2010年のジャジーMPBアルバムです。

『InventaRio』Spinetti, Dadi, Ceccarelli, Petreni/インパートメント
ブラジル、そしてキューバのフィーリンへ。

もうひとつ忘れてならないのが、ジョー・バルビエリ自身も参加をしたイタリアのシンガー・ソングライター、トニ・メリッロが2010年に発表した『想い出の庭』です。これもまたジョー・バルビエリの作品同様に、ボサノヴァ、ラテン、フォークをゆるやかに描いた一枚です。

ジョー・バルビエリのルーツを探る旅に出れば、先に書いたようなジョアンやカエターノのブラジル音楽はもちろんのこと、フランスのアンリ・サルヴァドールやチェット・ベイカーといったやはりジャズとボサノヴァを柔軟に行き来する音楽家たちに辿り着きますが、ここ最近話題のキューバの音楽「フィーリン」とつながる面白さもあります。

フィーリンとは’40〜’50年代に起こった音楽ムーヴメントで、ボレロにジャズなどのリズムやコードを取り入れた甘くロマンティックなサウンドに、ナイーヴな歌を乗せるスタイルです。ノスタルジックな趣はそのままに、洗練された印象も与えてくれることから、フィーリンは“キューバのボサノヴァ”とも言われています。もともとラテン音楽ファンからは人気のあった音楽ですが、フィーリンの代表とされるホセ・アントニオ・メンデスの貴重な音源が次々とCD化してから、幅広い音楽ファンの間で話題となり再評価が進んでいます。ジョー・バルビエリも言うならば“イタリアのフィーリン”、そんな聴き方もできそうです。

そして、うれしいニュースがあります。なんと今月末にジョー・バルビエリの初の来日公演が決定しました。彼の歌声と音楽をついに直に聴くことができる機会が! 期待に胸が高鳴りますが、今は彼の新作『静かに、息をするように』に耳を傾けて”静かに、”そのときを待っていようと思います。

『想い出の庭』トニ・メリッロ/オーマガトキ
『フィーリンの真実』Jose Antonio Mendez/メタ カンパニー
Joe Barbieri(ジョー・バルビエリ)来日公演

日程:2012年4月27日(金)、28日(土)、29日(日)
会場:COTTON CLUB(東京・丸の内)
チケット:6,500円より
お申込み・詳細情報:Cotton Club