Another Quiet Corner Vol. 10 いま、改めていいなと感じる
AORの元祖、ニック・デカロ。

(2012.04.24)

前回のAnother Quiet Cornerで紹介したイタリアのシンガー・ソングライター、ジョー・バルビエリの初来日公演がいよいよあと数日というこの頃、ついCD棚に手を伸ばして聴きたくなったのはニック・デカロ。ニック・デカロといえば、60年代アメリカン・ポップスの名アレンジャーとかAORの元祖という言われ方が一般的ですが、ジョー・バルビエリとニック・デカロが並ぶというのはとても今の空気感を象徴していると思います。

実は、今年はニック・デカロが53歳の若さでこの世を去ってから20年の節目の年で、しかも彼がアレンジャーとして見事な手腕を振るったA&Mレーベル創立50周年が重なり、今年の3月にメジャー・メーカーからその関連作が紙ジャケ&SHM-CDの高音質で続々と再発されているのです。今回、その全てを紹介するのはさすがに難しいので、その中で「Quiet Corner」にぴったりの作品と、絶対に外せない作品、この2枚について書こうと思います。

ソフト・サウンディングという魔法。

ニック・デカロは60年代の後半より、A&Mレーベルのアレンジャーとして多数の作品に関わっています。以前から親交のあったプロデューサーのトミー・リピューマと共に、クロディーヌ・ロンジェやクリス・モンテスを手掛けヒットさせます。この2人の手にかかると音楽に魔法が宿ります。ポップスにジャズやボサノヴァを取りいれた“ソフト・サウンディング”な魔法です。

あとニック・デカロはソフトロックの大名盤ロジャー・ニコルズ&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズのアルバムにもアレンジャーの一人として参加しています。ニック・デカロとトミー・リピューマはA&Mが最も輝いていた時代を支えていた重要人物ということです。ニック・デカロはこの業績を買われて、1969年の自らの名義でソロ・アルバム『Happy Heart』を録音します。プロデュースはもちろんトミー・リピューマで、全編にわたり美しいストリングス・アレンジを配した素晴らしい内容です。

中でもこのアルバムに収録された2曲のカヴァー曲が珠玉というのか、僕のマイ・フェイヴァリットで何度聴いたことでしょう。まずダイアナ・ロス&シュープリームスのバージョンが有名な「I’m Gonna Make You Love Me」と、ブライアン・ウィルソンの「Caroline No」、ニック・デカロはこの2曲でヴォーカルも披露しています。特に「Caroline No」は胸に迫る感動の名唱といえましょう。

 
実は、「Quiet Corner」の第2号で特集を組んだイタリアのSSWジョルジオ・トゥマに関するコラムで、僕は次のような文章を寄せました。「“ジョルジオ・トゥマから広がる音楽の波紋”で掲載したかった、ニック・デカロが69年に発表したオーケストラ作品『Happy Heart』。なんと現在は廃盤という悲しい事実。儚いピアノの旋律に自身のクルーナー・ヴォイスで歌われるブライアン・ウィルソン「Caroline,No」に、トゥマの独り感との重なりをみつけたが、やはりその優雅で幻想的なストリングス・アレンジも印象的…(以下省略)」。つまりこの時点は、まだこの作品は入手が不可能だったのです。華やかな仕事の裏の独白ともいえるメランコリーに溢れた、この曲は「Quiet Corner」のテーマ曲といっていいでしょう。


『ハッピー・ハート+2』ニック・デカロ 2,800円(税込み)UICY-75139/ユニバーサル ミュージック
ビーチボーイズやカーペンターズのポップスに、
ジャズやソウルの要素を加えて大人っぽくしたもの…

そして、この『Happy Heart』をさらに進化させたのが、74年のソロ2作目『Italian Graffiti』です。AORの元祖とも言われ、ニック・デカロ自身がこのアルバムについて語った、「ビーチボーイズやカーペンターズのポップスに、ジャズやソウルの要素を加えて大人っぽくしたもの…」というのは今や名言でもあります。プロデュースはトミー・リピューマ、バッキングにはジャズの名うてのミュージシャンが集まりました。ニック・デカロの言葉が物語るように、都会的な洗練を兼ね備えた大人のポップスともいえるサウンド・アレンジに、ニック・デカロのマイルドな歌声が溶け合う極上の一枚です。このアルバムには多数のカヴァー曲が収録されています。スティーブン・ビショップ、ジョニ・ミッチェル、トッド・ラングレン、スティーヴィー・ワンダー、そしてジャズ・スタンダードの「Tea For Two」など、良い楽曲を新たな魅力で伝えたいという、アレンジャーらしい発想です。僕にとってはこの作品は基本のようなもので、出合ったころほど聴く回数は減りましたが、たまに取り出して聴くと改めていいなと感じます。

最後に、ニック・デカロがアレンジを手掛けた、クロディーヌ・ロンジェの『Love Is Blue』に、彼女がトミー・リピューマとデュエットしたボサノヴァ「Who Need You」という曲があります。僕の友人のLAMPというバンドが10年くらい前に一緒にやっていたイベントで、彼らがよくこの曲を素敵にカヴァーしていました。(久しぶりにカヴァーしてくれないかな)。5月末に発行予定の「Quiet Corner」第7号で、そのLAMPのリーダーの染谷大陽くんが、ニック・デカロについてコラムを寄せてくれます。きっと彼らしいミュージシャン視点の文章になると思いますので、こちらもまた楽しみにしていてください。


『イタリアン・グラフィティ』 ニック・デカロ2,800円(税込み)UICY-75092/ユニバーサル ミュージック

『恋はみずいろ』 クロディーヌ・ロンジェ2,800円(税込み)UICY-75163/ユニバーサル ミュージック