Another Quiet Corner Vol. 08 繊細と情熱、美旋律を奏でる
ピアニスト・ピエラヌンツィ。

(2012.03.02)

チェット・ベイカーを追って、エンリコ・ピエラヌンツィに出会う。

イタリアのジャズ・ピアニスト、エンリコ・ピエラヌンツィといえば、本国では国宝級扱いを受けるくらいの重要人物です。1949年生まれの63歳で、1976年のデビューからミュージシャンとしてのキャリアも長く、録音作品も多いことで有名です。ソロ、デュオ、トリオ名義を合わせると軽く60枚以上の作品を作ってきました。彼の作品をこつこつと集めてはいますが、コンプリートにはまだまだ時間がかかりそうです。

僕がエンリコの存在をはじめて意識したのは、ジャズ・トランペット奏者のチェット・ベイカーが晩年に録音した作品を集めているころに出合った『Soft Journey』がきっかけでした。チェットは波乱万丈の人生の晩年は活動拠点をヨーロッパに移しました。そのときイタリアでエンリコら若手のミュージシャンとともに録音したのがこの『Soft Journey』です。哀愁ただようチェットのトランペットと、エンリコをはじめとする共演者たちのスマートな演奏のインタープレイの数々——そこにはかつて、チェットが奏でたウェストコースト・ジャズとは明らかに異なる艶のある音色が流れているのです。そして「ビル・エヴァンスの正統な後継者」ともいわれるエンリコのリリカル極まりないピアノ・タッチがなんと美しいこと。これはチェットとエンリコという世代も国籍も超えた素晴らしい音楽家の邂逅が生んだ名作といえるでしょう。

イタリア人ピアニストに引き継がれる繊細と情熱。

エンリコはヨーロッパの白人ジャズ・ピアニストの可能性をストイックなまでに追求し続けているピアニストです。「エヴァンス・フォロワー」という形容も決して間違いではありませんが、彼の表情は実はもっと多彩です。優雅でエレガントな演奏もあれば、フリーキーでアヴァンギャルド、またはアグレッシヴでハードバップな面もあります。そのような彼のスタイルを一様に語るのはとても無理です。そこには古い伝統に基づくジャズ大国イタリアの懐の深さを、エンリコの音楽性を通して感じることができるからです。ただし僕の好きなエンリコの魅力は一貫しています。やはり彼の奏でる、繊細かつ情熱的な美旋律は他のピアニストを圧倒しているのです。同じくイタリアの人気ピアニストのジョヴァンニ・ミラヴァッシやアントニオ・ファラオのタッチを聴いてもエンリコの影響を大きく受けていることがわかるほどです。

「Quiet Corner」のテーマのひとつである“リリシズム”は、そんなエンリコの音楽性にも共鳴します。彼らの多くの作品からは、イタリアのEGEAレーベルに録音されたクラシカルな作品や、CAM JAZZレーベルの作品は特に近年の作品がおすすめで、2006年の『Ballads』、2007年の『Play Morricone』、2009年の『Dream Dance』はどれもリリシズムに満ちています。CAM JAZZでは、ベースのマーク・ジョンソンとドラムのジョーイ・バロンという鉄壁のトライアングルを、20年以上組んで演奏をしていたことは、ピアノ・トリオ・ファンなら誰でも知っていることでしょう。

新生エンリコ・ピランヌツィ・トリオの新しい可能性。

エンリコの最新作『Permutation』は、その鉄壁のトライアングルを解消して、新たにスタートさせた新生エンリコ・ピランヌツィ・トリオです。ジョンソン〜バロンのトリオが素晴らしかっただけに、不安と期待が入り交じるのがリスナーとしては正直な気持ちですが、新メンバーがなんとも豪華! ベースにはスコット・コリー、ドラムにはアントニオ・サンチェスというNYジャズ・シーンの第一線で活躍するプレイヤーを迎えて新機軸を打ち出したわけです。

ということで、エンリコも新しいトリオを結成してテンションがとても高い。インプロヴィゼーション満載のアグレッシヴな演奏が中心ですが、その中にも耽美的なエンリコらしいピアノ・タッチが光ります。ラストに収録された「A Different Breath」をぜひ聴いてください。この瑞々しい一体感はここ数年のエンリコの作品では聴くことができませんでした。まだまだこのトリオは発展途上と言わんばかりのフレッシュさ。そのタイトルのごとく(Permutation=並べ替え)、今までとは違う呼吸の中で生まれたサウンドかもしれません。かつてチェット・ベイカーがエンリコとの出会いから晩年のいぶし銀の輝きを放ったように、エンリコもまた新たなる出会いから自らの可能性を探る旅に出たのかもしれません。

写真提供/キングインターナショナル