Another Quiet Corner Vol. 30 イスラエルからA・コーエンと
シャイ・マエストロ来日。

(2013.12.06)

2014年1月に来日するアヴィシャイ・コーエン(写真提供/ワーナーミュージック・ジャパン)2014年1月に来日するアヴィシャイ・コーエン(写真提供/ワーナーミュージック・ジャパン)

イスラエル出身のジャズ・ミュージシャンが、熱心な音楽を中心に注目を集めています。 
来年1月には中心人物であるベーシストのアヴィシャイ・コーエン、
2月には彼の作品にも参加する若きピアニスト、シャイ・マエストロ、
2人のイスラエル出身のジャズ・ミュージシャンの来日が決定。
今回はおすすめのイスラエル・ジャズを紹介したいと思います。

アヴィシャイ・コーエン

アラブ諸国の中で、周りの国々と異なる文化や風習を持つイスラエルは、アメリカやヨーロッパとの交流が多く、ジャズのスタイルも独自に進化させてきました。この地で生まれた一人の天才。それが前述のアヴィシャイ・コーエンです。1970年生まれの彼は夢を抱えて、ジャズの聖地ニューヨークへ渡り活動を始めます。すぐにチック・コリアに才能を見出されて、90年代末にはチック・コリア・トリオに抜擢、その後もチック・コリアのサポートを受けながらリーダー作を発表します。僕がはじめてアヴィシャイの音楽に惹かれたのは、2006年にサニー・サイド・レコードから発表された『Continuo』を聴いてからです。当時ファラオ・サンダースのような東洋思想の強いスピリチュアル・ジャズや、スタンリー・カウエルをはじめとするストラタ・イーストの作品、そしてタブラ奏者ザキール・フセイン関連のECM作品に夢中になっていたので、アヴィシャイが生みだす瞑想的でエキゾチックなサウンドはすぐに僕の心をつかみました。エイモス・オフマンが響かせるウード、サム・バーシュの繊細なピアノ・タッチ、そしてロバート・グラスパーやグレッチェン・パ―ラトのサポートでも知られるマーク・ジュリアーナによるスマートなドラミングといったバンド・メンバーのプレイも聴きどころです。

2008年には、アヴィシャイの秘蔵っ子であるピアニストのシャイ・マエストロを迎えてトリオ作品『Gently Disturbed』を発表します。こちらもピアノ・トリオ・ファンから絶賛。その後、拠点をイスラエルに戻し、さらにブルーノート・レコーズに移籍して『Aurora』『Seven Seas』『Duende』という、より中東的なエッセンスを深く織り交ぜた作品を立て続けに発表します。『Duende』は当時24歳のピアニスト、ニタイ・ハーシュコヴィッツとのデュオ作品で、若手のイスラエル出身のプレイヤーたちを積極的に起用しています。アヴィシャイがニューヨークで培った現代ジャズのセンスを活かしながら、彼らの故郷に根ざした民族的なエッセンスをうまく引きだしているのが魅力的です。でも決して演奏は難解な方法を取るのではなく、あくまでもメロディーや音の響きが重視されているところに、彼の一貫した美意識を感じます。そして中東音楽特有の哀愁を感じるフレーズはくせになります。そうそう、ついにアヴィシャイの最新作『Almah』の発売が決まりましたね! すこし試聴しましたが、今までにないくらい穏やかでクラシカル、室内楽アレンジが印象的なサウンドでした。これは話題になりそうです。

シャイ・マエストロ

もう一人注目のミュージシャンを紹介しましょう。すでに何度も触れていますが、ピアニストのシャイ・マエストロです。シャイ・マエストロはアヴィシャイよりもずっと年下ですが、『Gently Disturbed』が発表されたときに、とても粒立ちのよい綺麗なピアノを披露していたので、ジャズ・ピアノ・ファンからは「誰だ、このピアニストは!」という感じで注目されていました。そんな彼が、2012年に満を持してピアノ・トリオで初のリーダー作『Shai Maestro Trio』を発表。これが予想を裏切らない素晴らしい内容でした。一言で表現するなら“静と動のコントラスト”、ゆったりと包みこむような優しいタッチから、躍動感をみせる情熱的なタッチまで幅広いアプローチが印象的です。そしてやはりここにも独特の哀愁のメロディーが流れています。そしてつい先日、待望のセカンド・アルバム『Road To Ithaca』を発表しました。こちらは前作以上にプログレッシヴな演奏が特徴的で、さらに女性ヴォーカルも一曲で登場しています。ちなみに、アヴィシャイのブルーノート以降の作品、そしてシャイの2枚の作品も、いずれもフランスから発売されていますので、彼らの音楽性はヨーロッパ諸国での評価がとても高いです。イスラエルとフランスの音楽のつながりは、個人的にもっと知りたいので、彼らに直接聞ける機会があれば嬉しいです。

シャイ・マエストロ・トリオ ©Jean Baptiste Millot(写真提供/インパートメント)
シャイ・マエストロ・トリオ ©Jean Baptiste Millot(写真提供/インパートメント)
シャイ・マエストロ・トリオ ©Jean Baptiste Millot(写真提供/インパートメント)
シャイ・マエストロ・トリオ ©Jean Baptiste Millot(写真提供/インパートメント)
イスラエル・ジャズのさらなる魅力

最後にちょっと駆け足ですが、その他、イスラエル・ジャズのおすすめ盤を紹介しましょう。まずはアヌアル・ブラヒムといったウード奏者の作品好きはチェックして頂きたい、アヴィシャイの作品には欠かせないアモス・オフマンの『Evolution』。中村智昭さん選曲のコンピ『Bar Music 2013』に、ミルトン・ナシメントのカヴァー「Tudo Que Voce Podia Ser」が収録された、クラリネット奏者のアナット・コーエンの『Claroscuro』。ちなみに彼女のお兄さんは“もうひとりのアヴィシャイ”こと、同姓同名のトランペッターのアヴィシャイ・コーエンです。ブラッド・メルドー、ロン・カーター、アル・フォスターというUS最強の布陣をバックに従えた、サックス奏者のエリ・ディジブリのハート・ウォーミングなクァルテット作品『Israeli Song』。シャイと同世代のオメル・クラインの最新作『To the Unknown』も、ヨーロッパ系のピアノ好きはチェックです。そして締めは一番のおすすめで、ピアニストのオフィール・シュワルツの『Earlier In Time』、これは大好きでよく寝る前に聴いています。イスラエル・ミーツ・ECM、静謐な音色を探している方にぜひ。

【アヴィシャイ・コーエン・トリオ 2014年1月来日】
1月21日(火)、22日(水) at コットンクラブ
1月23日(木)、24日(金) at ブルーノート東京

【シャイ・マエストロ・トリオ 2014年2月来日】
2/25(火) Lifetime / 静岡市 
2/27(木) スイングホール / 東京 
2/28(金) ピットイン / 東京 
3/1(土) ボディ・アンド・ソウル / 東京 
3/2(日) Shikiori / 福岡
3/3(月) Le club jazz / 京都 
3/4(火) B2 / 水戸市 

Another Quiet Cornerとは

このコラムはHMVフリーペーパー『Quiet Corner』編集長・山本勇樹さんが、『Quiet Corner』で書ききれなかった音楽を伝えてくれる連載です。2009年HMV渋谷店にできた「心を静かに鎮めてくれる豊潤な音楽」をジャンルや国籍に関係なくセレクトした伝説の売り場「素晴らしきメランコリーの世界」が、アルゼンチンの音楽家カルロス・アギーレと共鳴する音楽を聴くというbar buenos aires選曲イベントへと繋がり、ライヴ運営やコンピレイションの制作、レーベルの設立というように活動の幅を広げています。イベントごとにつくられた幻のフリーペーパー『素晴らしきメランコリーの世界』が、2011年春「Quiet Corner」と名前を変え、同じコンセプトで静かだけではない豊かでQuietな音楽を紹介し続けています。