花と音楽のある暮らし Music & Flower Vol. 7 – ひでり - ひでりをめぐる夏の出来事。

(2009.08.07)
Music
過ぎた日の静かな夏の音楽。
マイルス・デイヴィス/マイルス・アヘッド
『クールの誕生』以来、再びギル・エヴァンスと共演を果たした1957年録音の作品。ハードバップが全盛に向かう時期、ギルを含め19人のオーケストラをバックにフリューゲルホーンを吹くという、CBSと契約して試みた斬新な企画のアルバム。オリジナルの白人女性を使用したジャケットはマイルスの抗議を受け、後に差し替えられた。

夏のあの射すような陽を身体で感じることなんて、ここ数年は本当に朝の通勤時間だけになってしまいました。海水浴はもちろん、夏の盛りに屋外でなにか行動する、なんてことが本当にない。

村上春樹さんの短篇に、静かな夏の一日の情景を描いた「午後の最後の芝生」という今も読み返すとても好きな一篇があります。それを読むと自分にも、確かにそんな静かな夏の日があったなあ、と懐かしくいろいろ思い出したりします。たとえば中学時代。市だか県だかの理科実験論文大会(のようなこと)に、担任によって僕と友だちの二人がそのレポート制作者に推薦され、ミミズの生態、という訳のわからないもののために、夏休みで誰もいない校舎の理科室と近くの田圃(あぜみちでミミズを採集するためです)の往復で過ごした夏の日のこと。自主的な実験だったので、ほとんどの時間は、二人で冷房などない理科室を出ては、ぼんやりと外ばかり眺めていました。少し遠くに見えるプールでは、授業の補習に来た同じクラスの女子が何人かいます。僕たちに気づき、「見るな、バカ!」みたいなことを叫んでいるのかもしれませんが、ここには太陽がじりじりと容赦なく照りつけ、僕たちの周りには蝉の鳴き声がただ聴こえるだけ。まるで凪の海に漂っているような静けさに包まれていました。「なんか騒いでるよ」「まあね」で、二人はどこを見るわけでも考えるわけでもなく、ただただぼんやりしているばかり。そんなこととか……。

照りつける陽を浴び、意識が静かに覚醒されていくなかで耳にしたい音楽。「午後の最後の芝生」ではロックンロールでしたが、ここでは、映画「真夏の夜のジャズ」をイメージさせるヨットと女性のジャケットが眩しい、ギル・エヴァンス・オーケストラとの共演によるマイルス・デイヴィスの『MILES AHEAD』を。流麗に表情を変えていく優美でスリリングなオーケストレイション。風をとらえながら海を渡るかもめのように飛翔するフリューゲルホーン。淡く、とても繊細な色彩で描かれた絵画を思わせる、真昼の幻影のようなジャズ。ただ太陽に翻弄されるばかりの“ひでり”には、頭だけで理解することを拒むかのように緻密で複雑に構成されたこの音楽が、ぼんやりとした意識に、とても涼やかな美しい響きで穏やかな安らぎを与えてくれます。そして、夏の太陽を浴びたあの過ぎた日の甘い記憶も、一緒に運んできてくれることでしょう。

(文/武田 誠)

 

Flower 初夏のひでりのぶどう畑。
ヒマワリ
種:キク科ヒマワリ属
原産:北アメリカ
開花時期:7月〜9月
花言葉:あなただけを見つめています

風景が感じられるワインを作りたい!
そこに思いを持って作った物は必ず人に伝わると思うから……あるインタヴューにて今回の花束を差し上げるワインの作り手さんがそう答えていました。
ワインと花。物は違えど自然の恵みを形にするという意味では共通の思いが存在するのかな。僕も、いつも思いを大事に花を作るよう心がけています。
僕の場合、必ず依頼主がいます。僕は、依頼主と受け手とのパイプ役。だからその人に替わって大事な思いを花に表現します。
今回、依頼主から結婚のお祝いに花束をプレゼントしたいといただいたお題は一つ、初々しい感じ。
そこで僕はその若い二人をこの時期のぶどうに例えてみました。
今はまだ青く小さいその実にはこれから降り注ぐ夏の“ひでり”がとても大事なんです。たっぷり浴びた太陽の力を実に託し、熟し、収穫、そしてワインへとなっていきます。
畑に降り注ぐひでりのごとく、そして、この時期のぶどうのように初々しさを大切に作りました。
そう、そこに風景が感じられるように。
何だかこうして作っていると、そのぶどう畑に足を伸ばし、ひでりを浴びてワインをグビッと飲みたい衝動に駆られます。いつの日にか必ず……。

(文/井上揚平)