遠藤伸雄のAgenda Musicale 松下耕の新曲初演。

(2008.10.22)

男声合唱団「フロイデ」の第8回定期演奏会を聴く(10月11日@柏市民文化会館大ホール。指揮:大門康彦・北村照夫)。同合唱団は、柏・松戸など主に常磐線沿線在住のメンバーを中心に活発な活動を続けているアマチュア合唱団で、今年創立22周年を迎えた。
今回舞台に上がったのが70名近くにのぼるかなり大規模な団体で、メンバーの平均年齢は63歳という「壮年合唱団」だ。幕間の団員代表者によるMCによると、その「団員数は年々増えると同時に平均年齢も上昇の一途」という。高齢化の波は、合唱界にも押し寄せている観はあるが、逆に団員の皆さんは「歌う」ことにより「健康を維持」出来ているとも言えるのだろう。
アマチュアと言っても、その演奏レベルは高く、男声合唱特有の重厚なハーモニーは聴衆の身体全体にズッシリと響くと同時に、良く訓練されている個々の発声は、まだまだ若々しさを保っている。多分メンバーには、学生時代にグリークラブで大いに活躍されていたオジさん達が大勢いらっしゃるのではないか、と思われる(筆者の高校音楽部の先輩もその一人)。

ほぼ満席の聴衆に披露された当日のプログラムは、

*第1ステージ:
ロシア民謡集(『モスクワ郊外の夕べ』、『ともしび』、『カリンカ』、『スリコ』、「ヴォルガの舟歌」)

*第2ステージ:
『敬礼段』(藤原義久作曲・天台寺門宗総本山園城寺声明による男声合唱曲『法華懺法』より)

*第3ステージ:
フロイデ愛唱歌集(『高原列車は行く』、『青蛙』、『Now is the month of Maying』、『北国の春』、『いい日旅立ち』、『思い出の渚』)

*第4ステージ:
男声合唱組曲『秋の瞳』(八木重吉作詞・松下耕作曲)-世界初演![注1]

松下耕の「秋の瞳」が世界初演された第8回定期演奏会。

国際的な活躍がめざましい作曲家・合唱指揮者 松下耕氏。

というもので、声明を基にした渋ーい本格合唱曲からマドリガル・ロシア民謡・歌謡曲・演歌・ポップス・グループサウンズまで、まさに硬軟取り混ぜた絶妙なプログラミングで、大いに楽しめたステージであった。
もちろん、当日のメイン・プログラムは、最終ステージで演奏された『秋の瞳』で、これは今を時めく作曲家(兼指揮者兼教育者兼DJ[注2])松下耕氏の新作の初演である。
詩は、夭逝のクリスチャン詩人八木重吉(1898-1927)の処女詩集『秋の瞳』から採られたもので、以下の7曲よりなる。

1.貫ぬく 光
2.秋の かなしみ
3.雲
4.空が凝視(み)ている
5.はらへたまってゆく かなしみ
6.葉
7.うつくしいもの

プログラムの作曲者ノートによると、八木重吉が晩年(といっても20代だったが)、この曲を初演する「フロイデ」のお膝元、 柏東葛中学(現・東葛飾高等学校)で教鞭をとっていたことを、作曲後に知ったのだが、これは全くの偶然で、「神が与えてくださった奇跡」とのこと。

組曲『秋の瞳』は、雲間から差し込む陽の光のようなトップテナーの導入部が印象的な『貫ぬく光』から始まる。2曲目の『秋のかなしみ』は、曲想は異なるが、高校の合唱団でよく歌っていた大中恩の『秋の女(おみな)よ』をちょっと思い出させる切ない曲。本組曲唯一の速いテンポの第4曲『空が凝視(み)ている』は、バスのビートが効いたリズムが快い。筆者の一番印象に残った曲は、次の『はらへたまってゆくかなしみ』で、懐かしさを感じさせるメロディラインがとても親しみやすく、今後合唱曲のヒットナンバーの一つになる可能性がある。バリトン・ソロを伴う『うつくしいもの』は、終曲にふさわしく「憧れ」をこめたチャーミングな歌であった。
以上この組曲は、アマチュア合唱団を特に意識したものでもないだろうが、技術的にはさほど難解なものではなく、それぞれの曲も長くないので、今後多くの合唱団でとりあげられるのではないだろうか?

「フロイデ」の演奏の方だが、音程に不安定なところ(特に各曲の出だし)が若干あったが、やはり初演の緊張もあり、いたしかたのない面もあっただろう。それと、曲間のポーズをもう少しとってもよかったのではないか? 前曲の余韻を味わう間もなく、次の曲が始まってしまう、というケースがあったのが、ちょっと惜しかった。
特筆すべきは、ア・カペラの初演曲にもかかわらず、メンバーのほとんどが暗譜で演奏していたことである! これは、第4曲の見事なリズム処理も含め、指揮者大門康彦氏の手腕によるもの大であろう。

男声合唱団フロイデでは、初演したこの曲を今後も長年に亘り歌い継いで行くもの、と思われますが、秋に収穫された上質なブドウから生まれた芳醇な赤ワインが年を経るごとに熟成を重ねるごとく、この曲の表現を深化させていかれることを祈りながら、初演の成功をお祝いするものです。

昨年4月の20周年記念第7回定期演奏会。

男声合唱団「フロイデ」のサイト
http://members.jcom.home.ne.jp/freude-p/index.htm

松下耕氏のサイト
http://komatsushita.com/

[注1] 松下耕氏の作品は世界的にも評価が高く、今回の新作日本初演は即ち世界初演となります。
[注2] 今年4月から始まった合唱ファン待望の NHK-FM番組『ビバ!合唱』(日曜日21:00)では、「ただの合唱好きのオヤジ(本人談)」の楽しいディスクジョッキーが聴けます。