田中晃二の道草湘南《犬の鼻、猫の舌》 眺めのいい、
横須賀美術館のレストラン

(2012.10.30)

庭の見えるレストラン

もう25年ほど前になるが砧公園に世田谷美術館が出来た時、私にとって衝撃的だったのは棟続きに営業を始めたレストラン『ル・ジャルダン』の存在だった。レストランの広い窓からは公園の緑が一望でき、展覧会を見た後に軽くランチなんて、お洒落を絵に描いたような時間を過ごしながら、東京も捨てたもんじゃない、なんて思ったものだ。その後、全国に新設される美術館にはカフェやレストランが不可欠となったきっかけは、世田谷美術館に由来するのではないかと密かに思っている。アートだけでなく、カフェやレストランも楽しみに美術館へ出かけるのはいいことだ。視覚と味覚の五感が満たされると、人は簡単に幸せになれる。レストラン併設効果だけではないだろうが、最近の美術館は女性客のパワーに男子は肩身が狭い思いもするが、空間が華やかになることは悪くない。それに合わせてかどうか、企画展の内容が全体的に女性好みに傾きつつある気がするのは、男子の被害妄想かなあ。

海の見えるレストラン

東京の最新の美術館には有名シェフがプロデュースする本格レストランもあるようだが、食べる楽しみがアートの楽しみを超えてはいけないと、古い価値観の私は考える。あくまでも美術館あってこそ、主従関係が逆転するのはいかがなものかと。絵を見てちょっと疲れて、軽く食事をしたら思いのほか美味しかった、というあたりが一番よろしい。

5年ほど前に神奈川県の観音崎という、東京湾の入り口に突き出した岬の先端に横須賀美術館が出来た。海と、緑深い森の公園の隣りにある自然に囲まれた美術館だ。ここにある『アクアマーレ(ACQUAMARE)』というレストランが以前から気になっていたので行ってみた。もちろん美術館の企画展も事前に調べ、見るのを楽しみにして。逗子(三浦半島の西海岸)から葉山を超えて横須賀(東海岸)に出て、ヤシの並木が続く海岸沿いの道路を南下して観音崎まで、クルマで行っても小一時間はかかる。着いたのが昼時だったので食事を先にすることにした。巨大なガラスの箱のような美術館の正面横にレストランはあり、屋外の長いテラスにもテーブルが並んでいた。時折突風が吹く天気だったが、私は迷わず屋外テラス席に座り(室内は満席に近かったがテラスは私だけ)、昼のランチ(16穀米キーマカレー)を注文した。目の前には広大な緑の芝生が広がり、その先には東京湾と浦賀水道が見える。美術館の後ろは深い森。コーヒーを飲みながらランチのプレートを待っていると、強風に乗って潮の香が鼻先を掠めるようだ。カレーのエスニックな香りに、アジアの南の島にでも来た気分。ランチの量は私にはやや多めだったが、屋外で眺めも良かったせいか、残さず美味しく食べた。サラダ、ドリンクもついて1,000円はお得感あり。

ガラスで囲われた美術館とレストラン
16穀米キーマカレー温泉卵のっけ、とってもヘルシー
『週刊新潮』と『ぴあ』

ランチがすんだらアートだ。日本画を中心にした、意志の強そうな女性の肖像画を集めた企画展(10月21日で終了)は、なかなか見応えがあった。館内は天井や壁から自然光を取り込んでいて明るく清々しく、壁に空いた丸い窓からは青い海や船が見えるのが楽しい。螺旋階段を登って屋上に出てみると、ガラスの屋根がまるで青い珊瑚礁のように輝いていた。その先にある本物の海と空の、圧倒的に広く青い空間の中に一人ぽつんと、しばらく立ち尽くしてしまった。晴れた日の横須賀美術館の屋上は息をのむほどに素晴らしい。

ガラスの屋根、浦賀水道、空
東京湾を行き交う船をぼんやり見ている

本館とは別棟に谷内六郎の『週刊新潮』表紙原画も展示してあり、私が行った時には海をテーマにした絵が30点ほど、ほのぼのと懐かしく、なかなかよかった。季節ごとにテーマを決めて、絵を入れ替えるということだった。吹き抜けになって明るい本館地下には、横須賀育ちのイラストレーター及川正通の『ぴあ』表紙絵がたくさん展示されている(〜12/16)。同世代の私としてはさながら昭和から平成までの芸能世相パノラマを見るようで、当時の記憶がいろいろ蘇って楽しかった。横須賀美術館は電車の最寄り駅から遠いので、その不便を覚悟して行くところだ。横須賀と浦賀から京浜急行バスが出ている。是枝監督の映画『歩いても 歩いても』のように、郊外の海沿いの道路をのんびりと京急バスに揺られて行くのも、とっても雰囲気あって、いいかも。天気がよければ観音崎公園を散歩して(迷子になるほど広い)レンガの古いトンネルを潜ったり、灯台巡りをしたり、鳶と遊んだりと、いろいろ楽しめる。


左・森の緑と、海と空の青、美術館は白と透明ガラス
右・緩やかな傾斜地にある美術館は錆を防ぐガラスで囲われている


左・天井や壁のた丸い窓から外光が降り注ぐ
右・壁に空いた大きな丸い穴が美術館の入り口

横須賀美術館
神奈川県横須賀市鴨居4-1
Tel:046-845-1211 
毎月第1月曜日休館(ただし祝日の場合は開館)