柳忠之のワインの知恵 モエ・エ・シャンドン社からお誘いをいただき、フランスのエペルネまで行ってきました。

(2008.07.28)
すでに2ヶ月も前の出来事ですが、モエ・エ・シャンドン社からお誘いをいただき、フランスのエペルネまで2泊4日の旅をしてきました。昨年ローンチされたモエのミレジメの新ヴィンテージがリリースされるのでそのお披露目です。

 

モエのミレジメは以前から存在しましたが、2000年ヴィンテージからまったく新しいコンセプトでミレジメを造ることになり、その名も「グラン・ヴィンテージ」と名付けられて昨年リニューアルを果たしたのです。今年はグラン・ヴィンテージとなって二度目のリリースとなります。

 

どこが新しいコンセプトなのかといえば、それまでのモエのミレジメがノンヴィンテージの「ブリュット・アンペリアル」に収穫年の個性を単純に付加しただけであるのに対し、新しいグラン・ヴィンテージはシェフ・ド・カーヴであるブノワ・ゴエズ氏が「完璧に自由な発想」をもって造り上げます。もちろんモエというメゾンのスタイルを逸脱しないにしても、かなり大胆なワイン造りが行われ、2000年は極めて高いシャルドネの比率を特徴としてしまいました。ゴエズ氏はこれをフィギュアスケートに喩え、ブリュット・アンペリアルが「コンパルソリー」ならグラン・ヴィンテージは「フリー」の演技と語っています。

 

さて、今年リリースされたグラン・ヴィンテージ。2000年の後なら2002年だろうという事前の予想を裏切り、エペルネで発表されたヴィンテージは2003年でした。前回お話ししたサロンが97年を登場させたのにも驚きましたが、モエの2003年も意外です。なぜなら2003年はフランスで1万人以上の死者が出た酷暑の年。シャンパーニュ地方はそれだけでなく、春の遅霜と夏の雹で収穫量は平年の半分まで落ち込み、当然、ミレジメは造られないと思われていたからです。実際、この年にミレジメを造ったのはボランジェとテタンジェだけで、ボランジェが「2003byボランジェ」、テタンジェが「コント・ド・シャンパーニュ・ロゼ」を造りましたが、いずれも限定本数のスペシャル・キュヴェです。

 

各社が2003年のミレジメを造らなかった理由は、ブドウの収穫量の少なさだけでなく、夏の暑さで糖度の上がったブドウは一方で酸の減少をもたらし、シャンパンに欠かせないフレッシュさを欠くからだとされています。

 

ところがゴエズ氏はこのヴィンテージに真っ向から戦いを挑みました。なぜなら、過去のミレジメを辿ってみると、酸が高く、糖が少ない年にミレジメを造った例はないのに対し、糖が高く、酸が少ない年にはほぼ必ずミレジメを造っているからです。もっとも、酸の少ないブドウはプレスするや否や褐変し、しかも気温が高いために果汁は自然発酵を始めようとします。ゴエズ氏も頭を悩ましたそうですが、こうなったらある程度酸化が進んでも仕方がないと開き直り、過剰な亜硫酸で保護するのを避けたそうです。

 

するとどうでしょう。第一次発酵が終わった後の果汁にはゴエズ氏自身が驚くほどのフレッシュ感が、酸化の兆候もなく備わっていました。ゴエズ氏は、「シャンパンのフレッシュ感は酸のみからもたらされるのではない、タンニンやストラクチャーからもフレッシュ感は得られるのだ」と言います。

 

結局、この年のグラン・ヴィンテージはピノ・ムニエ43%、ピノ・ノワール29%、シャルドネ28%と、ムニエの比率が異例なほど多いのですが、これはムニエが霜や雹、夏の暑さの被害を最も受けなかったことに加え、フレッシュで生き生きとしたフレッシュ感を与えることに寄与しています。

 

2003年の試飲の後、95年、90年、76年、59年といった03年同様、夏暑かった太陽の年のヴィンテージを試飲したのですが、これは酸が低い年であっても優れたミレジメが造られ、なおかつ30年、50年の長期熟成に耐えうることを立証するための、ゴエズ氏による仕掛けだったことは言うまでもありません。

 

じつはモエでは、やはり気温が高く、酸の低かった89年にミレジメを造らなかった経緯があるのですが、「もしもあなたが当時シェフ・ド・カーヴだったら?」と問うと、「絶対に造っていたはず」と答えが返ってきました。そういえば昨年、「シャンパンの熟成に酸は重要か?」と尋ねた時に、彼は「そうは思わない」と即答したのですが、この2003年のことを考えての回答であり、今回、あえて酸が低い年のミレジメを披露することがすでに頭の中に描かれていたように思えてならないのです。

 

グラン・ヴィンテージ2003。日本ではこの秋に発売されるそうです。

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一足先にグラン・ヴィンテージ2003を味わった日本のメンバー。中央がシェフ・ド・カーヴのブノワ・ゴエズ氏。左から4番目に全日本最優秀ソムリエの阿部誠氏。右から2番目が筆者。

ディナーはモエ・エ・シャンドン社がクラマン村に所有する収穫場にて。収穫期は摘み取り人がここで食事をとる。金色のパントンチェアに注目。

グラン・ヴィンテージ2003。