田中晃二の道草湘南《犬の鼻、猫の舌》 昭和村の夏休み

(2012.08.07)

3年ぶりの昭和村

海の日の三連休に奥会津の昭和村へ行った。海は毎日見ているから、たまには山にも行かないとバランスがとれない。昭和村は福島県の中でも特に山深いところで、猪苗代湖を時計の真ん中に見立てると、8時の方向(つまり西南西)に50キロ弱行った山の中にある。私が15年ほど前から釣り仲間と一緒に毎夏訪れて渓流釣りを楽しんでいるフィールドだが、今回は釣りの仲間ではなく、春に結婚した娘夫婦が一緒だ。もちろん昭和村へ行くからには釣り竿もしっかり持参して準備は万全なのだが、主たる目的は別にあった。娘のダンナ(直樹くん)の父さん(敏雄さん)は偶然にも昭和村の出身で、百年以上経つという敏雄さんの実家を訪問するのと、少年時代を過ごした村のあちこちを案内してもらうことが今回のテーマなのだ。

百年の古民家で手打ち蕎麦を

敏雄さんの自宅は福島県双葉町にあるのだが原発事故で帰宅困難区域となり、いまは埼玉県加須市のアパートで生活されている。東京の娘夫婦のクルマでその加須へ寄って、敏雄さんの奥さん(洋子さん)をピックアップし、東北道を昭和村へと向かう。敏雄さんは前日すでに昭和村へ行き、実家で私たちを出迎える準備をしてくれているそうだ。うーん、気合いが入ってるなあ、噂に聞いた、手打ち蕎麦への期待が一気に高まる。白河で高速を降り、山を越えて田島へ出て、昭和村への山道を登って行く。去年の夏は震災の影響もあって釣りの気分になれなかったし、一昨年は海外赴任だったので、昭和村へ来るのは3年ぶりだろうか。

道路沿いの学校や郵便局、からむし会館、中島旅館、やまか食堂、村に一軒のスーパーマーケットなど、車窓からの変わらない風景が懐かしい。実家に到着すると、先発隊の敏雄さんと、洋子さんの兄夫婦が出迎えてくれた。古民家の広い玄関の土間で靴を脱ぎ、座敷に上がってお茶をいただく。下界は蒸し暑かったが、開け放った戸口から吹き抜ける風が心地よく、古い民家はひんやりとしていいなあと、ドライブの疲れも癒される。近くの神社まで散歩したあと共同浴場(村人専用の温泉)に浸かって疲れを取り、晩ご飯をいただく。ゴーヤと玉ねぎのサラダ、アスパラガス、ワラビのおひたし、インゲン、ナス、カボチャの精進揚げ、茄子とキュウリの漬け物、タコに鰹、シャケのハラス、筋子もあったし、あと覚えきれないほどいろいろ食べて、締めに敏雄さんの手打ち蕎麦が満を持して登場。今回はつなぎに一工夫した9割蕎麦ということだったが、つるつると喉越しも良く、腰もあり、美味しかったなあ。腹一杯、ごちそうさまでした、料理の準備おつかれさまでした。


左・昭和村のあちこちにタチアオイが咲いている。花言葉は郷愁、私が勝手に付けました。
右・昔の民家は開放的だ。広い土間は使い勝手がいい。

左・オカトラノオの白い尾は、そっと触れてみたくなる。
右・ウツボグサは別名を夏枯草とも呼ぶ生薬だ。
夏の渓流

高い天井の部屋であっという間に寝付き、翌日は朝食前に釣りに出かけた。ペットボトルに詰めた冷たい水と、朝握ってもらったお結びをリュックに入れて。明け方に小雨が降った模様だったが、まずまずの釣り日和。瑞々しい緑が広がる水田を抜けて、深い緑の森の中へ、沢に沿った林道を入って行く。道端に咲く白いオカトラノオの花が美しい。敏雄さん、私、洋子さんの兄さん、直樹くんと娘の総勢5人が、順番に別れて沢へ入る。餌は洋子さんの兄さんが用意してくれた。沢には夏草が生い茂り、蜘蛛の巣も張っていて、渓流釣り初心者の娘夫婦には竿を出すのが難しかったかもと気にしつつ、沢へ入って流れを見るとそんなこともすっかり忘れて一人で釣りに集中する。まずまずの型のイワナが2匹と、いつもだったらリリースするサイズもこの日は魚籠に入れた。7人分のイワナを囲炉裏で串焼きにする計画だったので、数を出すのがマスト目標だったのだ。3時間ほど沢を釣り上がり、みんなの釣果を数えたらぴったり7匹だった。釣りの後に食べるお結びは、どうしてこんなに旨いんだろう。

イワナがいそうなポイントはあるのだが、薮が邪魔して竿が出せない。
洋子さんの兄さんが、見事な包丁さばきでイワナの腸抜きをしてくれた。
美味しい水と、旨いジャガイモ

昭和村ではあちこちから水が涌き出ているが、中でも美味しいと言われる代官清水に案内してもらった。夏でも涼しいブナの林の中で、汲みたての水を沸かしてコーヒーを楽しみ、しばしくつろぐ。湿原にはトンボが飛び、蝉も鳴いていた。丸太のベンチに横になったらカエルが跳ねた。静かだ。帰り道、バブル時代に出来たという村の分譲別荘地に寄ってみると、別荘の住人と会い、入ってお茶でもと誘われた。図々しくも大人数で上がり込んでお茶をいただきながら、村での生活などの話を聞いた。村の人の自然な優しさに、懐かしい気分に満たされる。

夜には最近村に出来た郷土料理のレストランへみんなで出かけた。『じゃがいも亭』という古民家を改造した店で、普通の野菜であるジャガイモをお洒落な会席料理に変身させて出してくれる。意外性にも驚かされたが、その味にも大満足だった。芋豆富のじゅうねんがけや、じゃが餅、腰のある冷やしじゃがうどん、栗と間違えそうなじゃがご飯、どれも完成度が高い。郷土料理の凍み大根の煮物は初めて食べたが、大根を凍らせるとこんなに歯ごたえがあるのかと驚く。この土地で出来た素材を最大限に美味しく料理してくれるサービスが嬉しく、東北地方の丸盆や漆器など古い道具を大事に使っているのも好印象で、私がミシュランの調査員だったら星を二つ付けるところだ。その理由は“極めて美味であり遠回りをしてでも訪れる価値がある料理”と言えるから。

古民家を改造したレストラン『じゃがいも亭』

左・お膳にもなる丸盆は優れもの。芋豆富と芋サラダ。
右・凍らせると、大根とは思えない歯ごたえ。

左・ジャガうどんのモチモチ感を出すのに1年研究したそうだ。
右・見た目も味も栗ご飯のようなジャガイモご飯。
村の人との出会い

東京へ戻る三日目の朝、釣りの誘惑を振り切って敏雄さんと一緒に村の親戚筋へご挨拶に廻った。玄関先で立ち話していると醤油を甘く焦がした匂いがするので、つい上がり込んで、新ジャガの煮っころがしをご馳走になった。鍋から移したばかりの作り立て、ほくほくと甘辛く、火傷しそうに熱く、旨い。昨夜からじゃがいも三昧だなあ、家庭料理のミシュランがあれば、煮っころがしは星三つだ。

3年ぶりの昭和村を敏雄さんの案内であちこち歩いて、土地の人と話すことが出来た。渓流釣りだけではない、新しい関係が生まれたような気がする。しかし私が知っている昭和村は春から秋の釣りのシーズンだけで、雪に閉ざされた冬は未経験だ。3日間の楽しい夏休みを過ごして、次はぜひ冬休みに雪掻きにいらっしゃいと誘われ、昼前に村を後にした。東京は35度を超える猛暑日だったが、荒川沿いの高速道路からは夕焼け空に富士山も見えた。翌日、梅雨が明けた。

昭和村の夏の朝。うす雲が清々しい。
かすみ草は昭和村を代表する切り花。
ワラビは塩浸けにして保存して一年中食卓に上がる。