田中晃二の道草湘南《犬の鼻、猫の舌》 茨城のアンコウと、水戸のアート。

(2011.03.04)
黄色い汁の元はアンキモ。ブイヤベースに使うサフランのようだ。私らには2人前を3人で食べてちょうどいい。
黄色い汁の元はアンキモ。ブイヤベースに使うサフランのようだ。私らには2人前を3人で食べてちょうどいい。

2月、節分も過ぎて東京は週末ごとに雪や雨の日が続く。これも春の兆しと思えば楽しい。久しぶりに朝から晴れた土曜日、北茨城の平潟港へアンコウを食べに行ってきた。このコラム、道草東京と言いながら北関東まで足を伸ばすのもなんですが、固いこと言わずにアンコウの軟骨でも食べて柔らかく若返りましょう。秋葉原を9時半のTXに乗ると10時15分につくばへ到着。駅前には学生時代からの友人、筑波大学の西川先生と陽子さんがクルマで待っていてくれた。そのまますぐに常磐道を北へ向かう。

3年前、陽子さんに教えてもらい平潟港でアンコウを食べて以来、その旨さに病み付きとなった私は、冬になると必ず一度はここのアンコウを食べないと気が済まない。地元で『どぶ汁』と呼ばれるアンコウ料理は、東京神田あたりのアンコウ鍋とは見た目も味も全く違う鍋料理なのだ。聞くところによるとアンコウの肝を煎って、切り身と大根とネギ(これらから水分が出る)を入れて煮ただけの極めてシンプルだが奥が深い味。鍋料理には定番の豆腐や椎茸、春菊などを全く使わないところが潔く、どこか体育会系風の豪快な鍋だ。アンコウでいちばん旨い肝を惜しげもなく使って濃厚なエキスを作り、そこへサックリした白身やコリコリ軟骨、プルプルの皮を放り込むわけだから、まずいわけがない。見た目が文字通り“どぶ”汁なところが色気より食い気で、お洒落な鍋の風情はカケラもない。アンコウをしゃぶり尽くし満足したところに、残り鍋にご飯を入れた雑炊が出てきてとどめを刺される。東京から150キロ超はるばる食べに来た甲斐があるというものだ。

平潟港は、仙台と江戸の中継港として栄えた。もちろん常磐沖のアンコウも水揚げされる。写真手前の人影、真ん中が私。
平潟港は、仙台と江戸の中継港として栄えた。もちろん常磐沖のアンコウも水揚げされる。写真手前の人影、真ん中が私。
マッチ一本火事のもと、火の用心。
マッチ一本火事のもと、火の用心。
江戸時代には回船問屋が軒を並べ、花街もあったらしい。むかし金回りが良かった街からは、いい骨董が出る法則がある。
江戸時代には回船問屋が軒を並べ、花街もあったらしい。むかし金回りが良かった街からは、いい骨董が出る法則がある。
街の道路の下水溝の蓋にもアンコウがいた。
街の道路の下水溝の蓋にもアンコウがいた。

港の民宿の食堂で『どぶ汁』を楽しんだあと、馴染みの骨董屋まで坂道を歩いて行く。近道だと思って入った路地裏の細道は裏の畑で行き止まり。迷って出た丘の上には消防署、赤く燃え上がる書体で“火の用心”と大書してあった。春っぽい陽射しをいっぱいに受けて、人の気配がない港町はキリコの絵のように時間が止まっている。ショートカットしたつもりの回り道に少しだけ後悔しつつ表通りへ戻る。骨董屋に入ると江戸期(と主人は言った)の藍染め木綿のはぎれが目についた。広げて見せてもらい、日本の着物はリサイクルの原点、江戸時代はエコロジーだなんて主人と話しながら、結局のところ3枚買う羽目に。西川先生が桐の模様の半間四方の布、陽子さんは濃い藍色に白く抜かれた唐草模様、私は唐草に薄青の抱き茗荷紋を散らした布。使い道はこれから考えるとしよう。昨年は黒い輪島の蓋付き椀を10個買って、陽子さんと半分に分けたことを思い出した。話し好きの主人に引き止められ思いのほか長居してしまったが、このあと我々は水戸芸術館へ行かねばならぬ。常磐道を南へ下り、5時前に水戸インターを下りて、芸術館の折り紙のようなランドマークを目指して進む。

 

洗いざらしの木綿の感触と藍の色。西川先生の大学のマークは五三の桐。
仙台の箪笥、広い部屋があれば欲しいなあ。

『クワイエット・アテンションズ 彼女からの出発』という、日本と海外14名の女性アーティストによる企画展を見る。モダンアートの作品を見て私がいつも思うことは、作家が面白がっていることにどれだけ接近できるか?ということ。作品を前にして、私の中のセンサーが何かを感知しようと動き出す。アタマを経由するより早く全身で体感する作品もある。五感を総動員して連立方程式が解けそうになる瞬間が楽しい。静かな館内の作品群からは目に見えない情報も発信されている。それらを受信した時の私の気分を目に見えるかたち(写真)で定着しようと思うのだが、残念なことに撮影禁止だ。写真で見ることで客観的な第三の視点を発見したり、もっと単純に作品を撮る楽しみってあると思うのだが、館内撮影禁止ってどうなんだろう。

予定調和の日常から少し逸脱した気分を楽しみ、芸術館を出ると外はすっかり暗くなっていた。土曜日のまだ宵の口、水戸の中心街だというのに人通りもクルマも少ない。旧市街を通り抜け、巨大な県庁を横に見て、郊外の大型ショッピングモールのスタバで休憩する。西川先生につくばTXまでクルマで送ってもらい、20時の快速で秋葉原へ戻った。地下鉄日比谷線から東横線に乗り換える中目黒駅のホームは、いつもの東京の夜の混雑だった。
 

水戸芸術館のタワー。三角形が螺旋状に無限に繋がる。エレベーターで昇れるらしい。
水戸芸術館の中にはパイプオルガンもあって、教会の礼拝堂のようだ。