田中晃二の道草湘南《犬の鼻、猫の舌》 鎌倉農協連即売所

(2012.04.02)
どこから食べ始めるか悩んでしまいそう。
濃い野菜

鎌倉に農協連即売所(地元ではレンバイと呼ぶらしい)という市場がある。駅を出て若宮大路を由比ケ浜方向に行ってすぐ左側のところに、そこだけ場違いな映画のセットが取り残されたような、昭和の匂いがプンプン漂う非日常的な市場だ。ざっくばらんなバラック建てというのも変だが、暗くて湿気があって猥雑でアバウトな雰囲気が、むかし行ったバリ島の市場ほどではないが、東南アジアっぽくてわくわくする。子ども時代の市場は、こんなだった。そのうち取り壊しになって、モダンなつまらない建築に変るんじゃないかといつも心配になる。市場の中へ入ると左側に湘南の地場野菜を雑然と載せた台が並んでいる。農協の生産者がいくつかの班に別れて、ここで即売しているらしい。私は休日にしか行ったことがないが、ウィークデーに行くと違う商品が並んだりするのだろうか? 野菜はみな不揃いだが、わんぱくに育って、見るからに旨そう。『鎌倉ミックスサラダセット』を買ってきて朝のオムレツに添えてみた。足りないかと思ったが、噛みごたえのある葉っぱは味も濃く、ひとりでは食べきれない程だった。スーパーで買う薄味のベビーリーフとは大違いだ。


左・鎌倉ミックスサラダには、キンカンも入ってた。
右・戦後すぐのヤミ市の写真ではありません。

左・冷蔵庫で日持ちもするけど、美味しいからすぐ無くなる。
右・カブの浅漬けさえあれば、おかずは何でもいい。
濃いパン

この市場の一角には常設の店舗が数軒あって、その中の一軒、パラダイスアレイ ブレッドカンパニーに寄ってみた。天然酵母をうたうパン屋は今や当然で、湘南あたりにもお洒落なショップをよく見かけるが、このパン屋の佇まいは今風のパン屋の範疇からはずいぶん外れている。はっきり言って、普通というか店構えを気にしてない風。けど、旨そう。古い市場に溶け込んでいる。パン屋というより肉屋みたいなウィンドウに並んだ丸いパン、下の棚にはバケットが数本。焼きたてのパンの幸せな匂いが漂うが、値段も名札もないので買おうかどうしよか迷う。声をかけるタイミングがつかめないまま、ぼーっと中を覗き込むと、お姉さんがフォカッチャみたいなパンを忙しそうに窯に仕込んでいる。別のお兄さんが、ボロロ〜ンとウクレレ片手に突然現れた。匂いだけじゃなく、音入りの店だ、なんだか心地よい脱力感。お兄さんに聞いたら、丸いのはアンパンだった。

窯で焼くパンと陶器

この市場から西へ、江ノ電の踏切を渡ると御成商店街がある。小町通ほどの混雑はなく、やや地元色が強い通りだ。由比ケ浜通りとぶつかるあたりに、やきもの専門のギャラリーがあって、高知で創作活動している知り合いの陶芸家が作品展をやってると友人がメールで教えてくれた。添付された案内状をよく見ると、陶芸家の小野哲平と、勝見淳平というパン職人との二人展のようだ。陶器もパンも窯で商品を焼くってことは同じだし、粘土やパン種を捏ねる手作業も似てるし、職人気質の仕事だし、名前も似てるし、二人は意気投合したのだろうか? パン職人の勝見淳平氏の略歴を見ると、鎌倉のレンバイ市場にあるパン屋の主と言うことがわかり、これはぜひ見に行かなくてはならない。


食べてしまうのは惜しい、しかし旨そう。

湯のみ、飯椀、小皿、パン、静謐な佇まいだ。
濃い陶器

土曜日、バスに乗って鎌倉まで行き、御成商店街のギャラリーへ向かう。小野哲平さんの焼き物を見るのは初めてだ。店内にはずっしりと存在感のある皿や椀が並んでいた。寡黙だが言葉が詰まっているような、男っぽいというか原始的というか、圧倒的な力を秘めた器だと思った。青っぽい灰色の肉厚な中皿が何やら訴えかけて来る気がして、購入する。また皿のコレクションが増えるが、こういうの持ってなかったし、いろんな料理に使いやすそうだし、と自分に言い訳してどうする? 店内で中鉢を三つテーブルに並べ、どれに決めるか悩んでいた女性客が、あっさり決めた私に声をかけてきた。彼女は哲平ファンらしく、毎日使ってる飯椀がその日の気分で重く感じたり軽かったりするらしい。相当、入れ込んでいるな。鎌倉には哲平さんの器を使った料理屋もあるそうだ。

急須にも惹かれたが……。
濃いアンパン

ギャラリーにあった淳平パンも、器に負けない力を持っている。こんなパンがあるんだ。食べられるアート? でも一人じゃ食べられないし、食べて形が無くなるのはもったいない。食べないと固くなってしまうし、うーんどうしたらいいのだ。展覧会を見た後、レンバイ市場のパン屋へ寄って、まあるいアンパンを二つ買った。逗子へ戻り、家のベランダで再び皿とパンの即席二人展をやる。ほうじ茶を入れて、アンパンをオーブンで温め、食べて驚いた。食感も見た目もてっきりつぶし餡だと思ったのに、よく見直したら、こし餡に小豆を真似たレーズンが混ぜてあった。うーむ、やられた。フランスパンのような生地もしっかりして、旨い。また買いに行こう。次は他のパンも食べてみよう。

自宅で哲平皿と淳平パンのコラボ再現。