田中晃二の道草湘南《犬の鼻、猫の舌》 世田谷美術館『柚木沙弥郎 いのちの旗じるし』砧公園の森を眺めるランチと
柚木沙弥郎展。夏を元気に。

(2013.07.30)

大きなクヌギの木

友人に誘われて世田谷美術館へ行った。真夏に訪れたのは初めてかもしれない。砧公園の広大な緑の芝生と林の中を、記憶を頼りに美術館を目指す。都会とは思えない静けさと開放的な空間。サングラスが欲しいほどの日射しに、蝉の声が暑い。木影が多い道を選んだのでかなり遠回りしたが、それでも約束の時間より早く着いてしまった。美術館とレストランを結ぶ長い渡り廊下の前のクヌギの木影で野外彫刻を見ながら、しばし涼をとる。ここへ来るたびに感心するのだが、見上げるほどの堂々としたクヌギの大木はそれ自身が立派な自然の作品で(この美術館の宝だ)、人の手が加わったどんな芸術作品もこの木には敵わない。比較の仕方が乱暴ではあるが、アーティストの創作活動も大変だなと思ってしまう。


東京のこんな広い芝生も空も、平日は独り占めだ

大きなクヌギの木に抱かれるようにレストランはある
『ル・ジャルダン』でランチを

約束の時間通りに友人は来た。お互い炎天下を歩いて熱くなった頭と体を休ませようと、美術館へ入る前にレストランで食事をすることに迷わず意見が一致した。窓際の席に通され、冷えた室内で一息ついてメニューをながめる。注文した料理を待つあいだ窓の外に広がる庭を眺めると、夏の光を浴びた芝生の緑から青葉茂る夏木立、ヒマラヤ杉の緑陰まで、自然の“万緑”の多様さに驚きながらも目が休まるようだ。『ル・ジャルダン』の名前通り、庭の緑がこのレストランの前菜かもしれない、などと考えていると、大麦と野菜のスープが来た。

トマト味ベースの自然なやさしい味。友人のAランチ、鶏もも肉のコンフィ(1,200円)は、野菜も肉もしっかりバランスよく、どこか懐かしい母さんのような味付けだ。私が選んだBランチ、車海老のガレット ヴィネグレットソース(1,700円)は、パリで食べたガレットの野性味を勝手に想像したのだが上手く裏切られて、この季節にぴったりの爽やかなサラダのような一品だった。お互いにシェアして食べたので満足度は2倍、窓の景色を入れると3倍かな。もちろん美味しいパンとコーヒー付き。


庭の緑もごちそうだ

Bランチ 車海老のガレット ヴィネグレットソース
自分の旗じるしをかかげて

私は大学で工芸の勉強も一通りはしたので(もう45年も昔の話だが)、染色や型染め作品の制作工程をアタマではおおよそ理解できても、実際の作業現場は見たことがない。柚木紗弥郎の作品の実物を見て、まず、その大きさに圧倒された(ほとんどの作品が近年につくられたものだ)。染色工芸、即ち肉体労働ではないか。91歳の柚木さんが体を張ってリアルに制作した作品は、デジタルでバーチャルな現代社会に対する反旗ではないかと思った。

作品の巨大さや肌触りもさることながら、抽象的で明快な形と鮮烈な色使いも潔くて気持ちがいい。制作者の迷いのない強い意志が伝わって来るようだ。戦国武将の戦旗を想像させる作品をいくつも見ながら、現代の閉塞した社会の中、私たちはどんな旗じるしを掲げてどう戦っていくのかと、原発や憲法の問題、中国や韓国など隣国との外交まで、めずらしく真面目に生き方などを考えてしまうのであった。

そんな真正面な作品群の傍らに、ふっと肩の力を抜いたような指人形が数体展示してあった。作品づくりでできた端切れを、縫い合わせた遊牧民のような衣裳をまとい、異国風の顔立ちとエキセントリックな表情は、どこかの誰かに似ているようで見飽きない。それぞれの人形が自分の物語を秘めていて、じっと対面していると、彼らの自慢話や愚痴が独り言のように漏れだして来るような錯覚に襲われて、美術館の中にいることを一瞬忘れてしまった。

(同時開催の『榮久庵憲司とGKの世界 鳳が翔く』展編に続く)


シンプルな模様と色にプリミティブな力が溢れる

無口だが饒舌な人形たち

世田谷美術館
柚木沙弥郎 いのちの旗じるし
開催中~8月18日(日) 2階展示室
住所:世田谷区砧公園1-2

TEL:03-3415-6011
開館時間:10:00〜18:00(17:30最終入場) 月曜休館(祝日の場合は翌日)
料金:一般200円、大・高校生150円、中・小学生、65歳以上100円、小中学生は土・日・祝日は無料