田中晃二の道草湘南《犬の鼻、猫の舌》 東京藝術大学大学美術館 興福寺創建1300年記念『国宝 興福寺仏頭展』“白鳳の微笑みに会いに”
上野の森の藝大美術館へ。 

(2013.11.02)

手前は宮毘羅(くびら)大将、左奥は伐折羅(ばさら)大将、中央奥に仏頭

奈良興福寺が、東京上野に来た

美術の教科書でよく見た奈良興福寺の仏頭と十二神将立像が、600年ぶりに東京上野の美術館で再会を果たすというので、何やら芸能リポーター的な興味で東京藝術大学大学美術館へと向かった。朝10時の開館前に友人と待ち合わせたのだが、入り口にはすでに開店前のデパートのような行列が出来ている。ポスターにもなっている仏頭は別名を“白鳳の貴公子”と言われるだけあって、仏像界でも美男子は女性に人気なんだ、やっぱり。そういえば4年前に、阿修羅が上野の東博に来た時も長い行列が出来たようだったし。そもそも仏像は、安置されている寺へ行って拝観するのが王道だ、と私は考えていたのだが、今回、藝大美術館での圧倒的に素晴らしい展示空間を体験して、その考え方を変更せざるを得なくなった。

仏頭の左頬は凹み、耳の下部は欠損
仏頭の左頬は凹み、耳の下部は欠損
宮毘羅、伐折羅、迷企羅、安底羅……

鎌倉時代の厨子の扉絵や経巻、平安期の板彫十二神将などを見た後に、展覧会の目玉とも言える3階の薄暗いホールへ入る。正面奥の台座に仏頭が展示され、あたり一面へ微笑みかけている。ホール両側には鎧兜に身を包み、険しい形相の十二神将立像が6体ずつ不揃いに並んでいるようだ。薄暗いので空間全体を把握できない。躍動的な神将たちとは対照的に、何事にも動じない静かな仏頭。興福寺東金堂での神将は、寺の本尊であった薬師如来(現在の仏頭)と信者を守護する神という役割だったはずだ。美術館のこの空間では、辺りを優しく見守る母性的な如来(仏頭)の前で戦いの役目を終えて休息しているような、何だか関係が変わったような穏やかな雰囲気に少々戸惑った。眼を見開き、今にも飛びかかってきそうな神将たちだが、本当は優しい心の持ち主なんだ。寺の暗い堂の中にいるような厳かな雰囲気はそのままに、神将にはいろんな角度から絶妙なスポットライトがあたり、たぶん東金堂で拝観するよりも(見ていないが)神将との距離が物理的にも心理的にも接近したのだと思う。それにしても、前後左右から間近に、ナマで神将を見られるなんて、すごいことだ。友人は昨年の大河ドラマ『平清盛』と神将の戦装束や履物を仔細に検討しながら、衣裳デザインを楽しんでいる。十二の神将はどれも名前が難しく、読めない、しかも覚えられない。私は自分の干支の戌に因み、伐折羅(ばさら)大将の頭にある小さな犬の飾りを見つけることができた。

仏頭を見るのは二度目だ。ふっくらと優しい表情の右頬に比べ、火災で傷んだ左頬には厳しさが見てとれる。さらに陥没した後頭部に回ると、飛鳥時代から奈良、平安、鎌倉と幾度となく戦乱の時代を見て来た仏頭の、微笑みの裏にひそむ痛みが感じられ、胸を打つ。この仏頭は1,300年の間、静かに微笑みながら平和を願っていたのだ。

板彫十二神将像は平安期の作で、薬師如来の台座周囲を飾っていた
板彫十二神将像は平安期の作で、薬師如来の台座周囲を飾っていた
仏頭の後頭部を見るのは初めて
仏頭の後頭部を見るのは初めて
600年後の再会

簡単に歴史を調べてみた。興福寺の創建は710年とされるが1180年に平家の焼き討ちで大半の建物や仏像が消失する。再建された東金堂に1187年、飛鳥の山田寺から移送してきた薬師如来(685年完成)を本尊として安置し(これが現在の仏頭)、鎌倉時代には十二神将立像なども制作された。その後1411年、落雷による火災で東金堂は再度消失、十二神将は救出されたが薬師如来は被災し仏頭のみが残る。その後、所在不明となっていた仏頭は1937(昭和12)年の東金堂(1415年に再建)解体修理の時に偶然発見された。十二神将と仏頭が同じ空間に集まるのは600年ぶりとなる。興福寺には阿修羅を始め、国宝級の仏像の約15%があると言われるが、仏頭と十二神将だけでも語り尽くせないほどの秘話がある。古い歴史の道を遡っていくと、大化の改新がつい先日のことのような錯覚に陥ってしまう。

伐折羅(ばさら)大将の頭に犬の飾りを見つけた
伐折羅(ばさら)大将の頭に犬の飾りを見つけた
珊底羅(さんていら)大将は午の方角の守護神
珊底羅(さんていら)大将は午の方角の守護神
奈良の旨いもの

さて、昼時だ。藝大美術館の1階にある大浦食堂(藝大の学食)で名物の『バタ丼』でも久しぶりに、と思いながら2階のミュージアムショップを通り抜けると、ミュージアムカフェがあった。2013年・秋限定 「奈良の味めぐり」の『大和鶏の照り焼き丼』が気になり、これに決める。見かけよりスパイシーなソースにとろーりとした温泉卵がのる。デザートには吉野葛と柿の葛餅がついた。友人は『国産牛の煮込みハンバーグ』を注文。ホテルオークラが運営しているそうだが、ふっくら柔らかく、懐かしい洋食屋風の味付けが好ましい。カウンターの前には吹き抜けの明るい空間が広がっているのだが、残念ながら外が見えない。下に降りて、大浦食堂のテラスでコーヒーを飲む。お洒落な美大生やら、谷中散歩の途中らしきおばさん達で食堂は賑わっていて、私の記憶の中にある“学食”の面影は今にも書き換えられそうな風前の灯火だ。諸行無常、上野公園でも散歩するか。明治建築風の奏楽堂から都美術館の裏を通り西洋美術館へ向かうあたりは背の高い木や緑が多く、まるで興福寺を出て奈良公園あたりを歩いている気分。これで、我が物顔に歩く鹿の群れにでも出会えば完璧なのだが。

国産牛の煮込みハンバーグはパンがついて1,500円2013年・秋限定 「奈良の味めぐり」大和鶏の照り焼き丼 温泉卵をのせて。これにデザートが付いて1,800円
左:国産牛の煮込みハンバーグはパンがついて1,500円
右:2013年・秋限定 「奈良の味めぐり」大和鶏の照り焼き丼 温泉卵をのせて。これにデザートが付いて1,800円
テラスで飲むコーヒーはひと味美味しい飛鳥時代までワープしそうな美術館の螺旋階段
左:テラスで飲むコーヒーはひと味美味しい
右:飛鳥時代までワープしそうな美術館の螺旋階段

興福寺創建1300年記念 国宝 興福寺仏頭展
2013年9月3日(火)〜11月24日(日)
開館時間:10:00〜17:00(入館は16:30まで)
休館日: 毎週月曜*11月4日(月)は開館、11月5日(火)は休館
会場: 東京藝術大学大学美術館
観覧料: 一般1,500円、高校・大学生1,000円、中学生以下は無料
* 障がい者手帳をお持ちの方とその介助者1名は無料