田中晃二の道草湘南《犬の鼻、猫の舌》 鎌倉材木座海岸と由比ケ浜

(2012.04.23)

海岸を散歩する人々

向田邦子の『父の詫び状』を読んでいたら、鎌倉材木座海岸の沖合で海水浴をしていて偶然に旧知の男性と会い、立ち泳ぎをしながら世間話をするくだりがあった。海の中でお互い裸に近い水着姿、波に揺られて時々体が触れ合ったりして居心地が悪かったそうだ。

夏の材木座海岸には海の家が並び、元気すぎる若者で大混雑となるので私には近付き難いエリアだが、シーズンを外せば人出も少なく、冬でも思ったほど寒くはないので休日にはよく散歩する。

本気でジョギングする男性、砂遊びする親子連れ、ジャック・ラッセル・テリアを散歩させる女性、ただ海を見ながら椅子に腰掛けているおじさん、貝殻を拾うカップル、凧揚げに興じる兄弟、長靴を履いて真剣に海藻を採取するおばさん、先日は小さな板の上でタップダンスの練習をする若い男性がいた。波の音に混じってタップを踏む音が聞こえて来るのが、異国の海にいるようでなかなか良かった。

ある日、2頭の黒いレトリバーを散歩させるおじさんと会った。砂浜から海に向かってフリスビーを投げるやいなや、2頭とも我先に波打ち際を突進する。そのうち泳ぎ始め、沖に浮いたフリスビーをキャッチする。2頭がじゃれ合いながら、1枚のフリスビーを仲良くくわえ、泳ぎながら砂浜まで戻って来る。息の合った一連の動作は、シンクロナイズでも見ているかのような華麗な演技だった。主人に濡れた体を拭いてもらうと、もう一度投げろと催促している。海岸に毎週通うと、いつのまにか知った顔や知った犬も出来てくるのが面白い。


左・小坪から見る材木座海岸(右)と由比ケ浜(左)
右・冬の間、晴れた日には江ノ島の向うに富士山が。

左・息の合った泳ぎっぷり、黒ラブ・ブラザース。
右・兄弟とは言え、仲がいい。
ワカメ採り

2月初めだったか、低気圧の影響で2、3日海が時化た後の週末には、逗子、小坪寄りの浜に大量のワカメが根こそぎ漂着していたことがあった。サーファーも足の踏み場に困るような状況だったが、そのワカメを品定めしつつ採集している人がたくさん浜に出ていた。

漁業関係でもなく、散歩の途中にしては準備がいいし、どうやらワカメが目的の地元ピープルらしい。熊手みたいな棒を片手に胸当ての着いたゴム長スタイルで、45リットルのゴミ袋いっぱい収穫している男性がいる。ズボンの裾をまくり裸足で遠浅の浜に出て、きれいそうなワカメを選んでいる女性に話を聞いたら、浜で採ったものを茹でて乾燥させれば1年はもつらしい。

ワカメは春のものと思っていたが採集するのは冬で、シーズンはそろそろ終わりと言うことだった。私も少しだけ採って持ち帰り、言われた通りに加工した手作りワカメを豆腐のみそ汁に足してみた。きれいな緑と潮の香りが格別だったが、ちょっと固くて歯ごたえ十分だった。

嵐が去った後の浜は、ヒジキやワカメなど海藻の山。
材木座海岸の干しワカメ。産地で購入することもできる。
桜貝拾い

中井貴一と小泉今日子主演のテレビドラマで、鎌倉由比ガ浜から極楽寺あたりを舞台にしたラブコメディがあった。砂浜で桜貝を拾うシーンがあり、材木座海岸でも試してみた。下を見ながら歩いて探していると、クルマ酔いみたいに気持ちが悪くなるだけで、すぐ嫌になる。

砂浜を注意深く見渡すと貝殻が寄せ集まるスポットがあるので、そこにしゃがみ込んでじっくり観察すると見つけやすい。小指の爪ほどの小さな薄いピンクの貝は、乱暴につかむとすぐ割れてしまうほどに繊細だ。テレビで見たような大きめの桜貝は果たして本当にあるんだろうか? 

材木座海岸と由比ケ浜の間には、滑川という小さな川が注いでいる。ジャンプして飛び越えるには幅があり、夏だったら裸足になってくるぶし程度浸けるだけでラクに渡れるが、冬では靴を濡らすのはいやだし、立ちすくんでしまう。砂浜から車道に上がって遠回りすれば済むことなのだが、なんか面倒で、材木座海岸をこの滑川まで来たらUターンするのが私のお決まりの散歩コースだ。いつか由比ケ浜まで渡って桜貝を探して見ようと思うのだが、ドラマの影響なのか最近あちら側はいつも人出が多く、そのことも躊躇してしまう理由かも。爺さんが桜貝を拾ってもナンだしなあ。

ヒトデを持ち帰ったことがある。あまりの臭さにすぐ捨てた。
岩牡蠣の殻がよく転がっている。蓋をこじ開けたのは誰?
やっぱりサーフィン

春分の日を過ぎてから、サーファーの数が目に見えて増えた。私は全くの門外漢だからサーフィンのことは何も知らないが、あの黒いウェットスーツ姿でボードを抱え沖合に浮いている様子が、彼らには悪いがどうしてもゴキブリに見えてしまう。遠くから見ると、性別はかろうじて判別出来る程度だが年齢は不詳だ。ボードを脇に抱えて砂浜を歩いている男性の顔は、私と同世代に見えることもある。日焼けした顔や髪に年期が入ってそうだ。うまく波に乗れると気持ち良さそうだなあ、老人でも出来るのだろうか? 若い時からやってないとダメだろうな、たぶん。まずはワカメ採りからはじめようか、定年退職したら時間はいっぱいあるし。でも砂浜に椅子を出して、のんびり海風にあたって昼寝するほうが楽チンでいいか、やっぱり。


左・滑川の手前が材木座、向うが由比ケ浜
右・いいなあ、海は。

左・ヘッドフォンをかけて、一人タップに打ち込む。
右・春分の日を過ぎた頃から、俄然サーファーが増えた。