田中晃二の道草湘南《犬の鼻、猫の舌》 恵比寿のアメリカ橋と映画館。

(2011.02.02)
恵比寿のアメリカ橋。俗称だとばかり思っていたら、立派な標識があった。

恵比寿にアメリカ橋という名前の橋がある。下を流れるのは川ではなく、山手線の電車だ。橋の由来を読むと、1906年のアメリカ万博に展示された橋を当時の国鉄が買い取り、1926年にここに架橋したのでアメリカ橋と言われるらしい。1970年に改築され、正式には恵比寿南橋と呼ぶそうだ。付近にある自動車教習所で免許を取った私は、路上教習でこの橋を渡って渋谷や広尾へ向かったものだった。夜になると暗く寂しいところだったと記憶しているが、1994年に恵比寿ガーデンプレイスが出来てから、一躍明るい表舞台に登場することになったのかな。

昔話ついでに、大学時代に百科事典の制作のアルバイトで、「ビールができるまで」という図解をデザインする為に、編集者といっしょに恵比寿のビール工場を見学したことがある。麦の汁がビールになるまでの工程を見せてもらい、最後に出来立てのビールを(少しだけ)飲ませてもらった。美味しかったような気がした。制作工程の図解デザインも、もちろんバッチリだった。その時のビール工場跡地が、今のガーデンプレイスだ。そもそも恵比寿駅はビール積み出し専用の駅で、駅名(地名)はエビスビールに由来するらしい。下戸の私がビールの話をしても、ちっとも旨くないので止めよう。

東京都写真美術館では2月18日から『恵比寿映像祭』が始まるので、要注目。
ガーデンプレイスの巨大なドームは、ヨーロッパの終着駅みたいだ。

恵比寿ガーデンプレイスが出来た時に、写真美術館と映画館が施設内に含まれていたのが私には嬉しかった。何度か足を運んだが、当時、恵比寿は仕事場からも生活の場からも私には遠いところで、普段は行きにくいエリアだった。それが昨年、私の会社が恵比寿のアメリカ橋の近くに引っ越して、いきなり家の庭みたいな場所になったので、久しぶりに恵比寿ガーデンシネマへ行ってみようと思い、ネットで上映作品と時間を検索してみた。サイトを見て、驚いた、1月末で閉館になるらしい。閉館する前にもう一度椅子に座っておかねばならない。

上映中の映画は、ウディ・アレン。主役の男優がアレンそっくりで、アニー・ホールか、スターダスト・メモリーだったか、古い映画を見ているような気分になった。40作目だという映画のタイトルは『人生万歳』、原題は『Whatever Works』、軽いノリのハチャメチャな映画で、最後まで退屈はしなかった。この映画、実は一昨年夏にパリで見たのだった。パゴド(Pagode)という、7区にある中国の寺を改装したちょっと怪しげな映画館で。今回何気なく見ていて最後の方で「なんか、前に見たような気がするなあ」と気付いたわけではないのです、念のため。パリでは当然フランス語字幕だったので、あらすじは追って行けても、台詞の面白さまでは全く理解できてなかったのですね、観客席の笑いについていけなかった。日本語字幕でもう一度見て、台詞の細かい所まで理解できて、なんだ、そうだったのかと。パリで見たフランス語や英語の映画は、2割くらいしか理解できてなかったからなあ。

映画館はいつの頃からか封切館がシネコンという集合形態に変り、それ以前に名画座はほぼ絶滅し、ミニシアター(単館系)という独自のセレクトする新形態の映画館が誕生した。恵比寿ガーデンシネマも、そのミニシアターの範疇のようだ。映画館の変化に伴い、館内の椅子も画期的に快適になった。そのなかでも、恵比寿ガーデンシネマの椅子(というよりソファーに近い)は素晴らしい。前後スペースも広いし、私が知る限り最高、名画座の時代からするとビジネスクラスに座った気分で、映画館好きにはたまらない。とは言え、この椅子に座ってもう映画を見られなくなるのかと思うと、何かもったいない。

パリと比べてもしょうがないが、パリには個性的な名画座やミニシアターがたくさんあった。観客でいつも賑わっている、という印象ではなかったが、細々と息長く続いているように見える。映画館は、街の賑わいには不可欠な文化を伝える装置だ。効率性だけを追求するのではなく、都市の文化を保存するという広く長期的な視点がないと、ミニシアターは今後もどんどん閉館していくんじゃないだろうか。東京の個性的な映画館を存続させるためにも、みんなでもっと映画館へ行かないとダメだな。

パリ7区の名画座、パゴド(PAGODE)は外から見ると中国の寺。映画館は地下にある。庭のカフェが気持ちいい。
1月で幕を閉じたガーデンシネマ入口。恵比寿から映画館がなくなり、残念。
昨年末、パリでの業務が一段落し東京へ帰って来ました。寒くて暗いパリの冬に比べて東京は底抜けに明るく、なんだか申し訳なく思いながら正月を迎えました。パリ単身赴任中にWEBダカーポ エリアナビで連載した「fromパリ(全86回)」 を終了し、新たに東京発のコラム「田中晃二の道草東京《犬の鼻、猫の舌》」をスタートすることになりました。東京を歩いていて気になったことを、写真と文で紹介して行く予定です。犬も歩けば棒に当たる、散歩の途中で躓いて転ぶかもしれませんが、楽しいことや旨いものも見つかるはず。月2回のペースでゆるりと参ろうかと思っていますので、どうぞよろしくご愛読のほど。