遠藤伸雄のAgenda Musicale 今を時めく、ドュダメルを聴いてキターーーーァ !!!

(2008.12.27)

今、全世界を席捲する気鋭の指揮者、グスターボ・ドゥダメルと彼が率いるシモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラの初来日公演を聴く(12月18日@東京国際フォーラム ホールA)。
この若きマエストロ、ドゥダメルとベネズエラのユース・オーケストラについては、このところマスコミで頻繁に報道されているので、ご承知の向きも多いと思われるが、まずは基本情報から。

シモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラ(以下SBYOV) 
南米ベネズエラの首都カラカスの青少年(ユース)管弦楽団。今や欧米はじめ世界各国で、その音楽教育システム(エル・システマ)が注目されているベネズエラ。同国にある130ものユース・オーケストラの頂点に立つ。25歳以下のメンバーが中心。ユース・オーケストラとは言え、アッバードやラトルなどもタクトを振っているし、すでにクラシックの老舗レーベル、ドイツ・グラモフォンよりベートーヴェン、マーラー、チャイコフスキーなどのシンフォニーのCDもリリースされている。今回の来日は、北京、ソウルを経たアジアツアーの一貫で、中国や韓国でも熱狂的歓迎と極めて高い評価を得たという。

グスターボ・ドゥダメル
1981年ベネズエラの生まれの指揮者。SBYOV出身。エーテボリ交響楽団(スウェーデン)の現音楽監督。今この若者に世界中の一流オーケストラからオファーが殺到しており、すでにベルリン・フィルやウイーン・フィルの指揮台にも立ち、2009年から名門ロスアンジェルス・フィルの音楽監督として迎えられることになっている。

*両者の詳細については、今回の来日公演の招聘元・梶本音楽事務所の下記サイトを参照下さい。

http://eplus.jp/sys/web/s/sb/index.html

 

若さとエネルギー漲るドゥダメルとSBYOV。

世界の楽壇を制覇しつつある若きマエストロ
グスターボ・ドゥダメル。

とにかく異例づくしの若い音楽家達だ。
特に若干27歳ドゥダメル。楽壇キャリアの極めて短い彼のような若い指揮者(それもクラシック音楽では後進地域というべき南米出身者)が、上記のような数々の世界最高峰のオーケストラを振る、ということは極めて異例中の異例で、サッカーで例えるならば、ほとんど無名の南米ティーンネージャー選手が、瞬く間に頭角を現し、レアル・マドリーとかACミラン、マンUなど欧州トップリーグの名門クラブのレギュラー・フォワードとして引き抜かれるようなもの、いや、それよりも数倍スゴイことかも知れない。

「南米出身の世界的な指揮者では、ともにアルゼンチン生まれのカルロス・クライバーやダニエル・バレンボイムがいるではないか」との声もありましょうが、前者はもともと本場オーストリアの名指揮者を父(エーリッヒ)に持っていたし、ユダヤ系の後者は若くしてヨーロッパ楽壇で、ピアニストとしてキャリアを積んだ後に指揮者に転じたもので、デュダメルのように生粋の南米の母国で幼少時より活躍していたものの、20代で突如世界的にブレークしたような例ではない。

さて、そのドゥダメル指揮SBYOVのコンサート。東京での第2夜目の公演のプログラムは、ベートーヴェンの「ピアノ、ヴァイオリンとチェロのための三重協奏曲」とマーラーの第一交響曲であった。
ベートーヴェンのトリプル・コンチェルトのソロ、ピアノは、何とマルタ・アルゲリッチ! そしてヴァイオリンとチェロは、ルノーとゴーティエのカプソン兄弟という豪華なメンバー。同じメンバーで今年の夏、ザルツブルグでもこの曲を演奏しているが、世界各地の演奏会で多忙なはずの大人気ピアニスト、アルゲリッチが、わざわざこのユース・オーケストラのアジアツアーに帯同して来たという事実が、彼女のドゥダメル+SBYOVコンビへの高い評価と期待を物語っている、とも言えよう(そう言えば、アルゲリッチも南米アルゼンチン生まれであった!)。

演奏の方だが、正直言ってこの曲自体、通常のコンチェルトのように、ソリスト達の技巧を派手に披露する、といった風に作られてはいない地味な曲なので、特にアルゲリッチなどは手持ち無沙汰の感はあったが、三人に共通したデリケートなアプローチは、それはそれで楽しめた。ドゥダメル達の演奏も、金管やティンパニの強奏など随所に若々しい表現が見られたものの、若干抑え目なサポートであった。彼らのデビューCD、同じベートーヴェンの第五・第七交響曲での爆発的な表現と比べると、若干欲求不満は残ったが、これはデッドなホールの響のせいかもしれない(?)。

まあ、この三重協奏曲、古くは、カラヤン/ベルリン・フィル+リヒテル+オイストラフ+ロストロポーヴィッチといった豪華大スター軍団のレコードがベストセラーになったように、人気演奏家の顔見世興行的
に演奏されるといった面もあるとも言える。

そして、マーラー。2004年、バンベルクで行われた第一回マーラー指揮者コンコクールで第5交響曲を振って優勝したドゥダメルなので、当然期待が高まる。もちろんオケは、ベートーヴェンの時に比べてはるかに編成が大きくなり、広い国際フォーラム(ホールA)の舞台一杯にメンバーが陣取る。

マーラーの第一交響曲は作曲者28歳の作品。その「青春の情熱と哀愁」に満ちた「マーラーのヴェルテル(ブルーノ・ワルター)」ともいうべきこの曲と27歳のドゥダメルとでは、相性が悪いわけはない。
その演奏は、第一楽章から瑞々しい若さに満ちた熱気に溢れるものであり、ベートーヴェンでの欲求不満も解消。

特に管楽器のメリハリの効いた歌いまわしは、非常に印象深かった。一例としては、第一楽章提示部での有名なチェロによる「朝の野辺を歩けば」の主旋律に対するバス・クラリネットの副旋律の表情豊かなこと!こんな副旋律があったことは今回ドゥダメルの演奏で初めて発見出来た(後でスコアで確認して納得)。
第二楽章の切れ味鋭いリズム。と思えば、第三楽章中間部や終楽章の第二主題の優雅な旋律の歌わせ方(過度に甘くなる寸前で押さえる自制力!)にも非凡さが感じられた。もちろんフィナーレでの爆発的な嵐の強奏を操る統率力とバトンテクニックも素晴らしい(その指揮ぶりは、見た目、基本はアッパード。随所にカルロス・クライバーとバーンスタインといったところか?)。ドゥダメルは小柄だが、それを補ってあまるスケールの大きな指揮ぶりである(カラヤンやバーンスタイン、小澤さんなども上背はない)。

オーケストラの各セクションでは、打楽器や金管も好演であったが、弦楽部には、今ひとつアンサンブルに緻密さと繊細さが欲しい。このユース・オーケストラの今後の切磋琢磨に期待したいところだ。
いずれにしても、荒削りな面もあったが、生命力・推進力に溢れたマーラーであった。

 

マーラー終演後の熱狂的なスタンディング・オーベーションと会場随所で振られるベネズエラ国旗(まるでサッカー・スタジアム状態!)の波の中、突然舞台が暗転。再び照明が点けられると、オーケストラの全メンバーとドゥダメルが、ベネズエラの国旗をイメージした赤・青・黄色のジャンバーに着替えており、そしてお馴染み「ウエスト・サイド・ストーリー」から「マンボ」がアンコールとして演奏された(その舞台でのノリノリの模様は、下記サイトでの動画(ミュンヘンでの演奏会の録画)で楽しめる)。

http://mv-classic.eplus2.jp/article/108490100.html

アンコールの後は、各メンバーによる着用ジャンパーの客席への放り投げが始まり、またまた大いに盛り上がり、大団円の終幕となったのであった。

素早くカラフルなジャンパーに着替えて、
楽しいアンコール演奏。

話題のスターの舞台とあって、開演前のチケット売り場では、当日券を求める長い行列が出来ていたし、ロビーでは東京の高名な作曲家や評論家も数人見かけたが、客層の主流は思ったより若くはなかった。もちろんセーラー服姿の女学生やヴァイオリンを持った音大生らしき若者もいるにはいたが、今世界を席巻するユース・オーケストラと若き指揮者(「南米版ノダメ」の世界である)の初来日公演にしては、若い聴衆がそう多くはなかったのは、ちょっと残念だ。こういう演奏会こそもっと大勢の若い人々に聴いて欲しい。我が国でのクラシック音楽情報の発信やその受容のシステム(及び料金体系も)について、多いに考えさせられた演奏会でもあった(マガジンハウスさんも頑張って下さい)。

尚、我らのグスターボだが、今回のアジアツアーの後、大晦日と元旦にはベルリンで第九を振り(オケは、Staatskapelle Berlin)、その後アメリカに渡り、シカゴ交響楽団!(ブラームスの2番)、ニューヨーク・フィル!(マーラーの5番)、2月はイギリスでフィルハーモニア管弦楽団、3月にはベルリン・フィル(ともにプロコフィエフの5番)ならびにベルリン国立歌劇場で「ドン・ジョバンニ」!!とその勢い・人気には凄まじいものがある。