北原徹のバカ買い! Smells Like Teen Spirit - 33 - 嘘と愛の狂気。リリーさんの純心なリリック。映画、そしてマンガ。

(2009.11.12)

嘘は狂気を産む。
その場を和ます嘘や、誇張とでも言うような嘘という演出であれば、だれもが発狂したりしないだろう。

嘘にもおそらく本物と偽物があって、嘘のお場合、質(たち)が悪いのは明らかに本物なのである。

本物というのは、嘘を憑く本人自体がまず狂ってなければ、その妄想ともいうべき相談なスペクタクルな脚本は描ききれない。

ぼくらは常に、現実という日常に、よくも悪くも押し流されたり、押し潰されたりしながらも、何とかしがみついたり、何かに助けられたりしながら、ギリギリのところで凌いでいる。そこに嘘がない。

嘘を憑く人は、ーー特に人を騙そうとする人はーー現実の中に存在してないのである。虚構の中にいて、自分が首元まで浸っている現実を見ないようにしているのではないだろうか。ぼく自身がこの嘘憑き体質ではないので、はっきりとこうです、とは言い難いのだけれど、嘘を一度憑いてしむと、その嘘はどこまでも憑き通さないとならなくなるし、その嘘に信憑性を持たせるために、また別の嘘をついたり、嘘の上に嘘を憑いて、その上にまた嘘をべったりと塗りたくって、もう最初に憑いた嘘やら、いまさっき話した嘘まですべて何だかわからなくなってきて、嘘と実の区別もつかなくなり、本人の存在そのものまで強行の世界に封じ込めてしまうのである。

これを狂気と言わなければ、もはや病気である、虚言癖という言葉もあるが、紙一重でこのあたりになってくると専門家に聞くしかないのでちょっと話しを変えてみたい。

愛は狂気を産む。

恋愛をひとつのシステムとして考え、恋愛が人間の中に組み込まれているのか否か、と推し量ってみる。

人を好きになるのは楽しいし、恋をすると幸せな気分にもなれる。それは間違いのない機能なのだ、とは思う。だけれど、この恋とか愛というものは動物本来の姿には装備されていないシステムなんではないか?

だから、恋や愛、恋愛という状況下に入り込むと人は狂気を孕んでしまう。“恋は盲目”。誰が言ったか知らないけれど、見事な名言だと思う。何も見えなくてってしまう。これこそ、まさに狂気なのだ。

愛が産み出す狂気を利用する人もいる。利用する気はなくても、いつの間にか愛という名の狂気という湖にどっぷり浸り込んでしまう人もいる。

女王願望とでも言えばいいのだろうか? 

一夫多妻ならぬ、一女多男が産む“悲劇”そして“惨劇”がニュースとワイドショーを飾る。女王であるにもかかわらず、どこかに漂う”悲劇のヒロイン”感覚。

別にニュースにならなくても、女は男に言うだろう。

“お金がない”“生活できない”“学費が払えない”。ループするヒロインの哀しい妄想。

騙される男たち。信じさせたのはまぎれもない“嘘”。

合鍵を数人の男性に渡していたという女の話もきいた。

“合鍵”。まるで昔のフランス映画のタイトルのように甘酸っぱい芳香を放つ、誘惑の響き。アイカギ。

“愛鍵”。男たちは誰しもが思ったであろう。’50年代のロカビリーたちのように「あの娘はオレのもの」。彼女の愛は独り占め♡ だってオレ、合鍵もってるもん♡ と。

複数の恋……恋じゃないんだろうなぁ……異性との交流が複数化して、嘘を憑かない、なんてまず無理なんだと思う。大体、目の前にいる男に“あなただけ♡”、そんな好いたらしい言葉を何度も、何人にも囁きかける“嘘”。その瞬間、男はティーンネージャー、純心な恋心を持つ少年。

騙されるというより”負けている”。

”嘘”と”愛”。そんな狂気のハイブリッドに男たちは環境ならぬ発狂していく。

重ねられたミルフィーユのような嘘にひと筋の真実を求め、女の嘘の言葉を増殖させて、独り占めしたくなる。

もう、愛なのか、結婚なのか、妄想なんおか、現実なのか、騙されているのか、幸せなのか……。

どうでもよくなってしまう。

女は男の純粋の前では、美しく見えるような涙を流し、男と別れた直後に舌を出して、
”してやったり”と思う。

いつまでたっても男は少年。

そんな誰かの言葉のような男たちの心が事件を産んだのかもしれない。騙すのも悪いが、騙せると、思わせた男たちも悪くないとは言えない……かもしれない。

男たちの悲哀は、男と女というシーンだけではない。仕事にだってもちろん表層化する。

働きたい男と職という行き場のない現代。おそらく、いい会社、いい職場などといおうものは過去の美しき記憶であったり、まぶたの奥に抱え込んだ幻想にすぎないのかもしれない。限界まで働き続ける男たちの叫び。

『ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない』
2009年11月21日(土)全国ロードショー 配給:アスミックエース

『ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない』。何とも長いタイトルの映画。小池撤平を見直す、というか、俳優として小池が悪くない。恥ずかしながらブラック会社という言葉もここで知った。

男たちの純粋と妄想は、やがて“夢”という言葉にすり変えられていく。結婚という夢。働いてちゃんとした自分を作る、という夢。

無情にも、現実は立ちはだかる。

映画のエンドロールに、リリー・フランキー率いる“TOKYO Mood PUNKS”の『ストロベリー』がかぶさってくる。

夢は現実に押し潰されるかもしれない。だけれど、向かっていかなければ、自分の魂をぶつけていかなければ、自分あどこにも残らない。リリーさんの甘酸っぱくもまた少年のような心が素晴らしいリリックを産んだ。(ぼくは2曲目の『BLUE BIRD』も大好きです。)


夢という言葉を書いていたら、今、大好きなマンガ『BAKUMAN』を買ったことを思いだした。中学生からマンガ家になるという夢を持った主人公がこの第5巻で、ついに『週間少年ジャンプ』で連載を始める。

マンガ業界の裏話もわかるし、何より、少年ジャンプの編集部をここまで描いていいのか? と思ってしまうほど描き込んでるのが楽しい。

『あさって 朝子さん』は『Hanako』での連載をまとめたもの。伊藤理佐さんのおとぼけ具合がそのままマンガになったようなボケっぷりが何とも笑えます。というか、世の中の女性が、みんな朝子さんみたいなら、現代の悲劇は起っていないだろう。

立冬。でも<ナンバーナイン>のハーフパンツ姿で迎えました、北原です。
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今週月はカメラマンRosemarryさんと銀座の『T政治』。焼き鳥飲みです。
『週刊G代』の伊集院静さんの連載にも登場する名店です。
リーズナブルでおいしい! レバ刺しも雰囲気もサイコウなんですよ、
ここで飲んでいると気分は文化人。
それはそうと、お隣さんが「キムチ用冷蔵庫」なるものを購入したようです。
お隣さんは新宿で韓国料理のお店『ナラビ』をやっていて、そこでのメニューのキムチ用だそうです。
こんど行って見ようかなあ、でも、お墓参りも行きたいなあ。
しかし世の中は事件だらけだなあ、いろいろ考えますよ、ぼくも。