田中晃二の道草湘南《犬の鼻、猫の舌》 プールが美術館に変身した。

(2011.06.06)

TGVに乗って。

パリ北駅から1時間ちょい、信号機故障でちょっと遅れたが、席に落ち着く間もなくリール駅に到着する。ロンドンとブリュッセルとパリを結んだ三角形の真ん中あたりに位置する都会だ。そこからさらにトラムに乗って北東へ30分くらい、もうベルギー国境に近いところにルーベという街がある。昔から繊維工業で栄えたらしいが、今では『ラ・ピシーヌ』という産業美術館でも有名なところだ。(フランス語のピシーヌpiscineはプールという意味)第二次大戦ではこの街もかなり破壊され、戦争が終わって美術館を再建する計画が持ち上がった時に、市民の憩いの場であったプールをリフォームして美術館にしよう、ということになったらしい。その時に改装を担当したのが、オルセー美術館にも関わったと言われる建築家のフィリッポン。となれば、美術館の収蔵作品以上に、美術館の建物に興味が湧くというものだ。

アールデコのプール?

『ラ・ピシーヌ』に入ってみると、そこは巨大なアールデコの工芸品だった。黄金色の太陽のような、半円形のステンドグラスから射す明るい光がプールの水面に反射して、何やら昼間から水中花火でも見ているような、くらくらする高揚感といおうか、耽美的な怪しい気分。プールサイドに目をやると、細かな青いモザイクタイルのデコ模様が美しい。プールの両側を渡り廊下にして彫刻作品が並んでいるのだが、私はプールの造作ばかりに注目してしまった。ここでのんびり泳いだら、どんなにか気分がいいだろう。泳ぎ疲れて、プールサイドに寝転がってステンドグラスを眺めたら……夢のような妄想が広がる。

 


繊維産業の伝統。

上の階の回廊(元シャワールームや更衣室?)には絵画作品や工芸品が展示されていて、明るく開放的な小部屋でじっくり鑑賞できる。興味深かったのは、テキスタイルデザインの原画と仕上がり見本の布の展示だ。産業革命以降、いろんな美しい織物が大量に生産され、ヨーロッパだけでなく世界中に輸出された、この街がいちばん豊かだった(経済的に)と思われる時代が偲ばれる。とはいえ現代でもデザイナーからの注文があるのか、ゴルチェがデザインしたボーダーのシャツやセーラー服が展示してあったのが印象に残る。電灯、じゃない、伝統の火を絶やしてはいけない。

 


ゴーフレットに感激。

屋内プールと鉄道の駅では建物の規模が全く違うが、駅舍を改装したオルセー美術館と共通するような、がらんとした空間をそのまま生かしたセンスや、以前の建築を別の用途に流用する手法に私は共感を覚えた。

ところで、オルセー美術館に高い天井の気持ちのいいレストランがあるように、この『ラ・ピシーヌ』にもプールの隣りに大きな食堂があった。ちょうど昼時、歩き回ってお腹も空いたし、直行する。昼定食に決めて、山羊のチーズとズッキーニを春巻きの皮で包んでオーブンで焼いたのを選んだ。さっぱりとして、なかなか美味しい。食後にコーヒーを頼んだら、ソーサーにゴーフレット(ワッフル)が一口乗ってきた。マダガスカル・バニラの濃厚なクリームが入ったゴーフレットは、ルーベの郷土菓子のようだ。ベルギーはすぐ隣りだし、食文化も国境近し。