池田香代子 池田香代子ブログから “嘘と真のこのくにのメルヒェン”
冤罪と原発

(2011.06.24)

絶対安心は安全ではないということ 冤罪と原発

先月の24日、布川事件の再審無罪判決が出ました。検察は控訴を断念し、6月6日、冤罪はじつに44年ぶりに晴れました。この事件では、強盗殺人の犯人としてふたりの若者が逮捕され、ほぼ自白と目撃証言だけで有罪、無期懲役とされたのでした。

ここでは、布川事件の中身について論じるつもりはありません。テレビや新聞でもかなり報じられましたから、あらましをご存じの方は多いでしょう。29年間獄中で、また仮釈放後も14年、一貫して無罪を訴え、それどころかみずから証拠を調べ直して決定的な無実の証明を発見した桜井昌司さんと杉山卓男さんについては、そのたくましさと人間臭い魅力をいかんなく伝えるドキュメンタリー映画「ショージとタカオ」がありますので、ぜひご覧ください。(公式サイトはこちら)。映画のサイトには、わたしも感想を寄せています。

「ふたりがなにくそで生きた14年分の汗の臭いがようしゃなく伝わってくる。ちょっとおかしい。笑ってしまう。でもこの人たちは無実の罪で29年も刑務所にいたのだ。その事実となにげない日常風景との想像を絶する落差に狼狽しながら見終わって、私は新月の蟹のように身が詰まった」

私が考えてみたいのは、この冤罪を生んだ社会がなんとなく、もしかしたら意識もせずに共有していた合意です。ふたりの若者が警察から目をつけられたのは、そろって札付きの不良だったからでした。地域でも知られていたであろうふたりの不良を逮捕立件した警察は、人びとを震えあがらせた強盗殺人事件を解決したことになりました。当時、殺人事件は件数も発生率も、今のおよそ2倍でした。終戦直後からすればかなり落ち着いてきたとはいえ、殺人をはじめとして、まだまだ犯罪は多く、「警察はなにをやってるんだ!」という突き上げも強かったのです。

ふたりの逮捕で一件落着、警察は威信を保ち、人びとは一安心、枕を高くして寝た。けれど、真犯人は捕まっていなかったのです。人びとの安心は偽物でした。つまり、警察によってでっち上げられたのは、無実のふたりによる犯罪と警察の権威だけではありませんでした。じつは人びとの安心もでっち上げられたのです。すこし前に話題になった足利事件という冤罪事件が、こうした偽の安心の実体を、あざ笑うかのように暴露しています。あれは、幼い女の子が何者かによって殺され、気のやさしい通園バスの運転手が犯人に仕立て上げられたのです が、犯人とされた菅家利和さんが収監されたのちも、じつに5件もの同じような痛ましい事件が北関東で起こったのです。このばあい、安心は安全ではなかったのです。

99人の真犯人を野に放っても、1人の冤罪者を出してはならない、というのが司法の基本であるはずです。ところがこのくにでは、検挙率や有罪率を上げて警察や検察や裁判所の権威を保ち、人びとの安心欲求を満足させるために、1人の冤罪者を出してもいいから99人の真犯人を処罰する、という考え方でやってきたように思います。限りない治安水準への要求と、限りない「お上の無謬性」追求がじつにうまいことかみ合って、冤罪の悲劇を生み続けてきた、そうは言えないでしょうか。冤罪を生む社会の無意識の合意、と言ったのは、こういうことです。

そして東電の原発事故です。私たちは公式に発表される情報を、すっかり信用しなくなりました。遅かったり、部分的に隠されているものがあったりが、さんざん、毎日続いてきたからです。大きな話題になったNHKの番組「ネットワークで作る放射能汚染地図 福島原発事故から2か月」が、誰の目にも疑いようもなくつきつけたのは、浪江町 の人びとがわざわざ避難した公民館のあたりは、かれらの自宅のあるところよりもひどく汚染されていた、そのことを、政府はあらかじめSPEEDIを使って 予測していたにも拘わらず、避難民に知らせなかった、ということです。これは、もっともひどい例、勇気ある番組によってみんなが知った例ですが、こういうことはそれこそ無数にあるだろうこと、どんななにのんきな人でも疑いようがありません。

原発は安全、絶対安全、事故が起きても深刻な影響はない、そう言い続けた「お上」と、原発に絶対安心したい私たちの暗黙の共犯が、赤宇木公民館に避難した浪江の方がたのいらぬ被爆を招いてしまったのではないか。そこには冤罪を生み続けたこの社会の病理と同じものがありはしないか。犯人は必ず捕まり、原発は絶対に安全。それが妄想であったことに、私たちは ようやく気づきました。布川事件の無罪判決は、311のすぐあとに言い渡されることになっていたのが、地震津波原発事故のために延期になったというこの巡り合わせは、さまざまな意味で私たちのこれまでの国家観、社会観に見直しを迫っているのかもしれません。

このことは、しばらく考え続けるつもりです。
(2011年06月18日08:57)

池田香代子ブログ