田中晃二の道草湘南《犬の鼻、猫の舌》 東京都現代美術館の
池を眺めながら、満足ランチ

(2012.12.27)

下町の商店街の心意気

『アートと音楽』という企画展を東京都現代美術館でやっていると聞き、坂本龍一が総合アドバイザーをしているそうだし、なんか面白そうなので行ってみることにした。1995年の開館以来、今回が初めての訪問だ。湘南新宿ラインで渋谷に出て地下鉄半蔵門線で清澄白河駅まで土地勘のない深川方面、ちょっと不安になりながら地上に出ると正面に美術館への表示板が目に入り一安心。清洲橋通りに並行した深川資料館通り商店街には、美術館のロゴのついた旗が街灯に並んでいる。お寺、古本屋、花屋、和菓子屋、化粧品店、スーパーマーケット、居酒屋など、シャッターを下ろさずにきちんと営業している商店街は歩いて楽しい。ご当地の深川めし屋や、庄之助最中の店もあり、後ろ髪を曵かれたがここで道草を食うわけにはいかない。

高速道路の橋脚のような屋内のエントランスホール。
隣接する木場公園の紅葉、無数の丸窓から冬の光がまぶしい。
ロゴデザインの考察と現代建築

美術館のロゴの旗を何度も見ながら、MO+って何の略称で、なんと読むのか気になった。ぱっと見に、エムゼロプラスだと思ったが、ロゴの下に小さくMUSEUMU OF CONTEMPORARY ART TOKYOと書いてある。Mはミュージアム、Oはゼロでなくオー? オブの略? +はプラスじゃなくてtokyoの小文字のtなのか、解読するのが難しい。肝心のコンテンポラリーアートのCAを略称から外していいものだろうか? MOCAT(モキャット)なんて、下町の猫キャラを作った方が人気出たんじゃないか? なこと考えながら商店街を進み、三ツ目通りを渡ると旗が無くなっていた。あれっ、行き過ぎた? 近くの人に尋ね、隣接する木場公園側から入った。巨大な建物なので入り口の見当をつけるのが大変。帰る時には三ツ目通り側の堂々とした正面口から出たが、公園側も裏口とは呼べないほどに立派だ。
 

木場公園側の入り口。Mゼロプラスと読んでしまった。
現代美術館の現代洋食とは

エントランスホールに入って、私は突然小さなアリンコにでも変身したような気分になった。巨大な空間のスケールに私の日常感覚が同調するまでの軽い目眩は、現代建築に特有の醍醐味でもある。ホールで友人と落ち合って、企画展を見る前に地下の『レストラン・コントン』へと階段を降りると、ホールの下に広がる池が見えた。美術館に接する木場公園の緑を借景にして、半地下の堀のような池の水面に近づいて行く感じがドラマチック。意外性や驚きも、現代建築の楽しさだ。地下には素敵な佇まいの図書室もあったが、今回はパス。レストランの中は思っていたより広く、長いテーブルに木の椅子が整然と並んでいる。

お昼前の時間、私たちが最初の客だ。池の眺めがいちばんいい席を選んで座る。この店は、“日本独自に発展した洋食メニューに、今現在の西洋の技術を融合。安心できる食材、徹底した手作りへのこだわり、季節感のある料理。懐かしくも新しい『現代洋食』を提供”しているそうだ。しばらくメニューを眺め熟考して、友人は本日の野菜の御定食、私は鮮魚の御定食(各々1,680円)を注文した。店名のコントンcontentはフランス語で、満足している、嬉しい、という形容詞だ。料理は美味しかったです、満足している。年寄りにはもう少し量を減らしてもらえると、嬉しい、のだが。


左:美術系の本を集めた図書室、寄ってみたかったのだが。
右:池に面したレストランは地下とは思えない明るさ。


左:こだわり野菜にバルサミコソースを掛け五穀米も添えて。
右:鮮魚の御定食 各種豆いっぱいミネストローネと天然酵母パン。

味覚の後は、視覚と聴覚の融合

アミューズメント系というか体験型の展覧会は一人だと寂しい。ああだ、こうだと勝手に解釈し合うのが面白いし、これ好き、家にあってもいいなど、殿様気分で見て回ると楽しい。『アートと音楽』の展示物は大型の作品が多く、残念ながら家庭には収容不可能だが。展示物の中で、クレーやカンディンスキーの絵画はデジタル表現が多い作品の中でひときわ古典的なオーラを放っていた。円形のプールに浮かんだ薄い磁器の大小のボウルが、流れに乗ってぶつかり合う偶然の音楽も心地よかったし(風の音が風鈴なら、水の音で水鈴?)、ジョン・ケージの『4分33秒』という楽譜を演奏するピアニストの映像作品『二度の4分33秒』も、不思議な可笑しさに溢れていた。田中未知と高松次郎の言語楽器『パロール・シンガー』が展示してあったが、残念ながら音を聞くことは出来なかった。現代のテクノロジーと、半世紀前のレトロな技術を楽しみながら、サーカス小屋を覗いて回る感じの展覧会はなかなか面白かった。

マキシマムからミニマム、下町美術館のはしご

駅で友人と別れ、私はひとり、隣り駅の水天宮前にあるミュゼ浜口陽三へ寄ってみた。画廊、と呼ぶのがふさわしいような適度な広さと薄暗さ、螺旋階段で地下室へ降りる。パリ時代のメゾチント(版画)と、有名なサクランボのカラーメゾチントなどを一人でゆっくり見終わり、道路際にあるカフェの小さなテーブルでエスプレッソを飲む。甘いものも欲しくなり、しょう油マーブルアイスも一緒に頼んだ。アイスクリーム用に特別に醸造した醤油に蜜をからめてマーブル模様にしたそうだ。東京下町の巨大な美術館の空間を楽しんだ後、小さなミュゼに入って、私の空間スケールは日常に戻ったようだ。ところで版画家、浜口陽三の父はヤマサ醤油10代目社長だということです。

半蔵門線水天宮前駅3番出口そばのミュゼ浜口陽三
黒胡麻と、しょう油のアイスで日常回帰

東京都現代美術館
『アートと音楽』展開催中〜2013年2月3日
住所:東京都江東区三好4-1-1
Tel:03-5245-4111